第五話 招待 前編



 大祭の準備は滞りなく進んでいた。


 京極家も今回の大祭で、星守よりも未だに大きな影響力があると内外にアピールする目的もあった。


 単独で超級を倒せる術者はおらずとも、数・質は六家の中でもトップであり、未だにその権威は衰えてはいない。


 そもそも個人で超級を倒せる術者は残りの五家や星守を入れても、片手で数える程度にしか存在しないのだ。


 それに政治力も侮れず、政財界との大物とも懇意にしていることもあり、今回の大祭も金に糸目を付けずに準備がなされている。


 同時に、各方面への招待状も配られることになる。それはもちろん、京極を除く他の六家も同じである。


「あっ? 俺に京極の大祭に参加しろだぁっ?」

「そうだ。私と仁と一緒にお前には京都に行ってもらう」


 北海道の雷坂家本邸にて、雷坂彰は父である雷坂早雲(らいさか そううん)から京極の大祭への参加を言いつけられていた。


「理由はなんだ? 親父と仁だけで行けばいいじゃねえか。つうか、当主か先代は行かねえのか?」

「当主は今回は参加しない。先日の一件でずいぶんと落ち込まれてるからな」


 夏に当主の息子である光太郎が起こした事件は、雷坂家に大きな混乱をもたらした。


 特級妖魔を解き放ち、あまつさえ操られ、高野山全体を危険にさらした。それ以前に高野山での本来の依頼も遂行できず、身内相手に刃傷沙汰を起こした上に、星守にまで喧嘩を売り、尚且つ落ちこぼれとされた真夜に撃退された事も波紋を呼んでいる。


 当主も星守だけでは無く火野、風間からの抗議と追求や内部からの激しい突き上げにあった。


 光太郎は犯罪を犯した霊能力者が収監される収容所へと移送され、そこで数年は暮らす羽目になるようだ。


 またこの件は当主への責任問題にまで発展した。高野山全体に影響を及ぼした事で、下手をすれば一般人に被害が出るところであった。


 高野山を管轄する氷室だけでなく、水波・京極も雷坂に圧力をかける始末。自分の息子の失態に鉄雄は針のむしろ状態であり、内部からも鉄雄への責任問題が取り上げられた。


「はっ、まあ野放しにしすぎてたからな」

「近く当主は引責するだろう。当主不在では格好が付かんから、しばらくは先代がその任に就くだろうがな」

「親父殿は立候補しないのかよ」

「私はそんな器では無いし、昔ならともかく今はこのざまだからな。それよりも今はお前を当主にと言う声が大きい」


 早雲はヒラヒラとした、本来は右腕が入っているであろう服の袖を見ながら彰に言う。


 彼はかつて鉄雄と当主を争うほどの実力者だった。いや、彼よりも実力は上だった。


 しかし当主の選定の前に妖魔との戦いで右腕を失った。また後遺症で霊力も大きく減衰してしまい、今では霊器すら出せない始末だ。


 尤も若い頃もヤンチャしていて彰よりもよっぽど不良のチンピラだったので、当主としてはどうなんだという疑問は上がっていたのだが。


 逆に彰は先日の一件以来、精神的に落ち着きを見せた。退魔師としての強さも短期間にもかかわらず恐ろしいほどに伸びている。また意外な事に彰は面倒見は悪くない方で、頼られれば悪態をつきつつも協力する一面を持っていた。


 雷坂の若手の良心とも言われる仁も前から、光太郎よりも彰を支えていた節があり、また強い雷坂を望む派閥からは、彼の次期当主待望論が出ている。


 ただまだ彰も成人もしていないため、当主になるのはまだ当分先であろう。


「まっ、考えとくわ。で、その布石として顔見せや印象づけのために俺が行くって事かよ」


 彰はチンピラ風ではあるが、頭も悪くない。悪くないどころか成績はトップクラスであり、頭の回転も速い。父の意図も短い会話から察することが出来た。


「六家や星守との関係は悪化状態。現当主では改善どころかあの性格じゃ頭を下げるってのも中々に難しい。なら次期当主候補とその関係者が謝罪行脚に赴けば少しはマシになるだろうからな」

「そうだ。それにお前は先日の一件で星守ともめはしたが、星守家からお前への糾弾はほぼ無かった。むしろお前を推している節まであった」


 彰の言葉を早雲は肯定する。雷坂としては彰が星守に取り込まれたのではと危惧もあったが、今の星守と敵対するのは愚策だ。火野の方も見合い話の一件で雰囲気が悪くなっている。そのため関係修復に早雲などは頭を悩ませている。


「星守も大祭には参加するようだ。正式に謝罪はしたが、大祭の場を利用してもう少し相手の態度を軟化させておきたいし、火野との間の仲介も期待したい。……今のお前なら誰彼かまわず喧嘩を売りはしないだろうからな」

「はっ、心配するなって。相手が星守真昼だろうと最強って言われてる星守当主だろうが、そんな真似はしねえよ」


 今の彰の目標は真夜のみ。確かに強くなる過程で真昼とも手合わせを願いたいものだが、下手に絡んで真夜の不興を買いたくは無い。


「ならばいい。準備だけはしておいてくれ。泊まりになると思うのでな」

「まっ、他の六家の連中を見るのも悪くねえか」


 彰は戦う気は無くとも、大祭に来るであろう他家の人間がどれほどの者か、多少の興味を抱きながらも父の言いつけに従い、準備を進めるのだった。


 ◆◆◆


「はぁっ!? 俺と志乃を大祭に連れてくやと!?」

「そや。氷室としては近い京極とは懇意にせなあかんから、うちが出向く。ついでに志乃を顔見せも含めて連れてく。つうことで、お前は志乃の護衛兼世話役や。言っとくけど、拒否権は無いからな」


 奈良・氷室家の本邸でも大祭に向けて参加の準備が進んでいた。


 右目に眼帯をつけた氷室家当主の氷華は、子飼いの八城理人に有無を言わさず告げた。その隣にはニコニコと笑顔を浮かべる小柄な氷華の年の離れた妹の志乃がいる。


「いやいや、せやけど俺は京極を滅ぼそうとしてた六道幻那に手を貸してた男やで。そんなのが大祭に行って、余計に面倒な事にならへんか?」


 理人は以前、氷室家を裏から支配していた覇級妖魔・黒龍神を倒し、生け贄にされかけていた氷室志乃を救うために、交換条件として六道幻那に手を貸していた。紆余曲折あって、今は氷室家に再び仕えているが、その情報は京極も知っているため、その場に行けば厄介な事になりかねないのではと思ったのだ。


 というよりも理人は京極の事が嫌いであり、あまり近づきたくないと言うのが本音だ。


「お前の件はすでにSCDを挟んで京極とも話はついとる。うちがお前をスパイとして送り出したって事にしてるし、お前が証言した事でその六道幻那の情報もある程度掴めたそうやからな」


 とはいえ、詳細は氷華も聞かされていない。六道幻那についての情報は規制され、京極はもちろんSCD側からも伝えられていない。きな臭さを感じつつも、下手に騒いで京極の機嫌を損ねるのもマズいので、理人への件を手打ちにすることを確約させ、それ以上はこちらも首を突っ込まないとして手打ちとした。


「志乃も楽しみにしとる。なあ志乃?」

「こなたも大きな祭りに参加するのは初めてなのだ! 今から楽しみにしている! 理人も一緒に行くのだ!」


 志乃は幼い頃、生け贄として見定められて以来、いつ鬼籍に入っても問題ないように病弱と偽られ、屋敷の一角に半ば軟禁状態であった。


 しかしその元凶が消滅した今、彼女は大手を振って外に出ることが出来るようになった。


 元々霊力は高かったが、退魔師としての修行はしておらず、外部との接触もほとんどなかった。今は少しずつ、退魔師としての勉強や修行を重ねているが、そろそろ他家との顔合わせも済ませたいと氷華は考えていた。


「まあこの通り、志乃も行く気満々や。あと志乃にはまだ小難しい話は面倒やろうから、早々にお前と祭りを楽しませたるつもりや」


 顔見せさえ済ませれば、あとは自由にさせる。京極や他家から来る者達の相手は氷華の仕事だ。


「とにかくお前は志乃を護衛しつつ、祭りを楽しませる重要な任務を任せるさかい、しっかり励みや」

「なんや公私混同のような気もするけど、しゃーないな。志乃の件は任された。せやけど京極には極力関わらんようにすんで」

「構わへん。あと京極に絡まれても余計な真似はすんなや。そやけど志乃の事を馬鹿にする奴がおったら、京極だろが全力で痛い目みせたれ」

「言うとることが前と後で全然違うやないか!」


 どこか漫才のようなやりとりをしつつ、今日も氷室家は平穏であった。



 ◆◆◆



「僕と水葉を大祭に?」

「ああ。お前も前回は参加したが、今回も参加させようと思ってな。星守が台頭してきているが、京極家の力はまだまだ大きい。あまり不興を買うべきでは無いからな」


 水波家でも当主の流斗が息子である流樹に大祭への参加を勧めていた。


 次期当主として決まっている流樹ではあるが、まだまだ若輩であるために様々な場に連れ出し、見聞を広め経験を積ませるべきだと流斗は考えていた。


 当主となれば今後も大祭に参加するかもしれない。今後のためにも今回も一緒に参加する方が流樹のためである。


「わかりました。しかし今回の大祭は他にも当主や次期当主候補が何名も来ると聞いていますが」

「ああ。京極も今回は前回や前々回以上に力を入れている。他の六家や星守、その他の有力な退魔師一族や勢力にも前回以上に積極的に声をかけているようだ。水波としてはあまり下手な者を送って、相手の顔に泥を塗るわけにはいかないからな」


 京極は先代や当代の当主が書状をしたためただけでなく、京極最強と言われている右京が直々に各六家へと赴いて参加を要請していた。


 ある意味、当代や先代に次いで二番目か三番目に京極家で影響力がある人物が直接、他の六家へと赴き書状を手渡すなど、前回では考えられなかった。威圧外交と言われればそれまでだが、ここで下手な対応をすれば、京極家の面目を潰しかねない。


 六家の頂点を自負するだけあり、京極家の影響力はすさまじい。


 水波は十年前に氷室に秘密裏に手を貸し、黒龍神を討伐せんとした際に、失敗した結果、手練れを多数失った。十年たった今ではそれなりに回復も出来たが、それでも十年前の損失は大きく未だに無視できない。


 氷室も同様に現在は手練れも少ない状態で近畿・中国地方で京極と接しているこの二家は、迂闊なことをすれば京極家が勢力を伸ばすために介入してくる可能性がある。


 東は火野・星守がいるため、弱みを見せれば氷室・水波の方を先にと考えるかもしれない。そのため流斗は氷室と歩調を合わせ連携を強めつつ、お互いに当主が出席する事で話を付けた。


「先代よりも今の氷華殿の方が話がわかる。お前も彼女とは多少は気心がしれているだろう」


 その言葉に流樹は微妙な顔をする。黒龍神の一件以来、前よりは付き合いやすいとは思っているが、最近では退魔師としての実力でも上を行かれているようで妙なライバル心もある。


(いや、落ち着け。僕はあの時から変わったんだ。いつまでも子供のようにくだらないことで張り合うな)


 眼鏡の位置を直しつつ、流樹は冷静であろうとする。


 あの日、黒龍神とその配下との戦いの際、自分の弱さを自覚した。また次期当主としての心構えも、考え方も足りないと諭された。


 それからは前以上に努力を重ねたし、父達に様々な事で教えを請うた。まだ至らぬ所は多いが、あの時よりも確実に成長していると思っている。


「他の六家の当主と話をする機会も増えるだろう。今のうちに場数を踏んで慣れていくにはちょうどいい機会だ」

「そうですね。僕もまたとない機会だと思います」


 それに流樹としても他家の当主候補が来るならば、今の自分とどれだけの力量差があるのかを直に感じるのにもいいだろうし、聞けば京極家も次期当主候補達による演舞などを執り行うようだ。


 そこでも今の京極家の若手の実力を直接目にすることが出来れば、自分の糧になることは間違いないだろう。


(星守朝陽殿にも言われた。僕はまだまだ強くなる。それに氷華殿にも負けるつもりは無い)


 流樹は一足先に当主となった氷華に負けるものかと気炎を上げる。


 先日の一件で氷華は霊器を顕現した。その強さは日増しに高まっているらしく、また当主しても一族を先代よりもよほど上手くまとめ上げているようだ。門下生の受け入れ体制の見直しや星守との協力関係の強化など、京極対策も行いつつ、一族そのものの地力も上げている。


 身近な目標するにはちょうどいい相手だ。


(それにいつまでも僕を子供扱いさせてなるものか)


 キランと眼鏡を光らせつつ、当主となった自分に頼み事をする氷華を想像しつつ、ふふふと笑みを浮かべる。


「どうかしたか?」

「い、いえ。何でもありません」

「そうか。では水葉の方にはお前が伝えなさい。くれぐれも相手に粗相のないようにするように」

「はい。水波の次期当主の名に恥じぬようにします」


 流樹は力強く返事を返すと大祭に向け気合いを入れるのだった。

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