第四話 大祭

 

「大祭?」

「はい。再来週の土日に開催される京極家でも最大規模の催しです」


 いつものように朱音の手料理で食卓を囲んでいた真夜達だったが、その席で渚は近く執り行われる儀式のことを二人に話した。


 朱音はあまり聞き覚えのない言葉に疑問符を浮かべている。


「お前、もう少しこういうの勉強しておけよな」

「う、うるさいわね。最近は色々と勉強してるわよ」


 真夜に指摘され、朱音はしどろもどろに返事をする。自分自身にそういった知識が足りないことは自覚しているようで、最近朱音は実家や渚から色々と教えてもらっていた。


 そんな様子に渚は苦笑しながらも、大祭の説明をする。


 京極家大祭。


 十年に一度行われる催しであり、京極一族では伝統にもなっている行事にして儀式の一種である。


 かつて京極家の初代が本家のある土地で覇級妖魔を討伐し、完全に消滅させ土地を浄化するために十年に一度、浄化を繰り返し行っていた事が始まりとされている。


 京極家はその妖魔の残滓に対処するためにその土地に社を作り、そこを中心として本家の建物を建築し住まうことにしたようだ。


 現在ではその妖魔の痕跡は完全に消失しているため、本来は浄化の儀式を行う必要もないのだが、京極家の権威を知らしめたり、先祖への敬意や一族の繁栄を願う恒例行事として執り行われている。


「で、それに渚も参加するの?」

「はい。京極家の本家はもちろん、分家や他家にいる者も基本的には参加します。準備はすでに始まっていますし、間際になれば私も本家にて作業の手伝いをしなければいけません」


 十年に一度の大行事であるため準備は手間がかかる。


 大祭には二つの儀式があり、日中に一般公開され、政府関係者や他の六家を招いて行われる浄化の儀と、夜半に一族だけで行われる秘中の儀が存在している。秘中の儀は浄化の儀の後に執り行われるのが習わしである。


「へぇ、十年に一度だから凄いのね」

「はい。当日はかなりの人で賑わいを見せます。十年前も規模はかなりのものでしたが、今年はさらに一般公開の範囲を広げたり、京極家本家に保管されている貴重品も公開するそうです」


 儀式の他にも京極家の退魔師の模擬戦の公開などを行い、京極家の力を示そうという意図があるという。


「……ああ、そういえば十年前も凄かったな」


 昔を思いだし、どこか苦々しい顔をしている真夜に対し渚はどこか面白そうな顔をしている。


 十年前、真夜は大祭のタイミングに合わせて朝陽や真昼と共に京極家を訪れていた。


「どうしたのよ、真夜も渚も」

「いえ、懐かしいなと思いまして。あの日でしたね、私が真夜君に救われたのは」

「……思い出した、あの時の」

「はい。ようやく思い出してもらえましたね」

「ねえねえ、何二人だけの話してるのよ。ちょっとムカムカするんだけど」


 朱音もようやく真夜と恋人関係になって精神的に余裕ができてきたとはいえ、同じ恋人関係の渚と二人だけの世界に入られるとなんとなく嫉妬してしまうのは、致し方ないことだろう。


「……ああ、色々と恥ずかしい話だよ。渚にも昔一度会ってたのに、忘れてたのもあるしな」

「それだけじゃないんじゃない? 真夜がそんな風に言うのって、他にも何かあるんでしょ?」


 ばつが悪そうに言う真夜に朱音は興味津々に尋ねた。明らかに顔がにやけている。以前に昔の自分のやらかしでからかわれたこともある朱音としては、絶好の反撃の機会とでも思ったのだろう。


「別におかしな事はなかったですよ、朱音さん。私はあの時、真夜君に出会って、話を聞いてもらっただけです。でもあの時の真夜君の言葉に当時の私はすごく救われたんです」

「いい話じゃないの。じゃあなんで真夜は変な顔をしてるのよ」

「………いや、渚と会った事は覚えてるんだが、当時どんな会話をしたのかなんて忘れちまったし、その会うきっかけってのがな」


 まだまだ悪ガキであり、待っているのが暇になって散策していたら迷子になってたまたま渚と出会ったと言うのが、なんとも言えない気持ちになる。


 その上、渚は真夜の事を覚えていてくれたのに、本人は今の今まで忘れていたのではかなりかっこ悪く気まずい。


「私は気にしていませんよ、真夜君。あの日の真夜君との会話のおかげで今の私があります。それに思い出してもらえたみたいですし、今はこうして真夜君と一緒にいられますから。もちろん朱音さんともです」


 渚は今の自分の幸運を尊く思っていた。あの時からは考えられない話だ。まさかあの時から淡い恋心を抱いていた相手と付き合う事になり、自分にはもったいないと思える最高の友人まで出来たのだから。


「ですので、もしかすれば来週あたりは向こうに泊まることが多くなるかと思います」

「仕方が無いわね。あっ、学校には来れるんでしょ? それとあんまり無理しないようにね」

「はい、ありがとうございます朱音さん。あともしよろしければ真夜君と朱音さんも、一般公開の大祭に参加されますか? 私は大祭の前後は京極の方にいなければならないので、ご一緒できないとは思いますが」


 渚としては三人で一緒に大祭を回りたいが、そんな時間は一切無いだろう。父や重鎮の仕事の補佐でまとまった時間を捻出することは不可能だ。


「あー、気持ちはありがたけど、渚が忙しいのに真夜と二人で楽しむってのもなんだか違う気がするから」

「まあ俺もあの時以上の人混みは嫌だな」


 真夜は十年前の大祭の時、渚に会った時だけでなく日中の浄化の儀の際に、屋台などの出し物に気を取られ迷子になっていたのである。


 二度の失態で余計に恥ずかしい思いをしたために、記憶を封印していたのであった。


 もし朱音にバレたら色々とからかわれるのは目に見えているので、絶対にこの話は秘密にしようと思った。


「まっ、出かけるなら別に大祭で無くてもいいだろ。大祭の後にでも三人で出かけようぜ」


 夏休みには三人で何度か出かけており、初デートの際は何とか無事に二人をエスコート出来て、真夜は一安心していた。


「うん。そうしましょう!」

「はい。お願いしますね、真夜君」


 三人はたわいも無い会話を続ける。


 だがこの時すでに京極家を滅亡へと誘う悪意が、動き出していたのだった。




 ◆◆◆



「狙うのは秘中の儀。ここで京極家は直系やそれに連なる人間が全員揃う」


 隠れ家にてぬらりひょんと共に、京極家への復讐の最終確認を行っているのは六道幻那である。


 どこから手に入れたのか、京極家の本邸の見取り図や周辺の地図を広げ、作戦の概要を説明していく。


「基本的に秘中の儀の際は、他の六家や政財界の大物、一般人は不参加だ。前夜祭を含め、日中で滞りなく終わらせ、残りは京極家のみで行われる。仮に周囲に宿泊していたとしても、駆けつけるまでは時間があるし、今の私の力ならばしばらくの間、介入できなくさせる結界を展開し維持するなど造作もない。その間にすべてが終わる」


 覇級上位の力を得た今の幻那の結界は超級クラスでも破ることは難しい。すでに入念に準備し、相手が京極家とはいえ過剰なまでの戦力を用意しており、他の六家の介入を許したとしても、事は十二分に達成できる。


「ただし、星守真夜が介入しなければ、じゃろ?」


 ぬらりひょんの言葉に幻那は苦笑いを浮かべる。


「ああ。他には星守朝陽、それ以外の六家の当主ならば最大火力の火野くらいか。私の結界を破る可能性があるのは。それでもかなりの力を使わなければ破壊できないであろうがな」


 その二人以外にも六家や星守には実力者はかなり存在するが、単純な破壊力で見れば単独で驚異的な力を使う術者は限られている。


 結界内に侵入されなければそれでいいし、万が一に敵対されても用意している配下の妖魔を差し向ければ時間稼ぎは出来る。


 それに大祭には他の六家の者は客賓として招待されるが、実際に当主が参加するのは少なく代行や先代が赴くことが多い。


「他の六家の当主やトップクラスの術者でも、おそらく今の私の結界を単独で破れんだろう。そもそも京極が要請せねば他の六家も動けまいし、突然の事態で即座に体勢を整えるのは難しいはずだ」


 一般人や大物が参加している日中の浄化の儀の際ならばともかく、京極家のみで行う秘中の儀での奇襲ならば、詳細がわからぬ段階では、他の六家も京極の面子や後々に起こるトラブルを考えて援軍は躊躇するだろう。


 幻那やぬらりひょんは京極家が警戒を緩めていない事をつかんではいるが、京極がいくら警戒しているとはいえ、まさか覇級クラスの存在や総力で見れば罪業衆に匹敵、あるいは上回る集団での襲撃は予想していないだろう。


 仮に何者かに一族の滅亡を示唆されていても、多くの者は一笑に付すだろうし、それを理由に他の六家へと協力要請をかけるとは考えにくい。


「現代において、未来視や星詠みの使い手は存在しても的中率はあまり高くなく、外れることも多い。見える未来も限定的だ。もし京極家にその使い手がいて、我らの襲撃が予見されていたとしても、奴らは大祭を取りやめになどしないだろうし、逃げ出すこともままならんだろう。そんなことをすれば、京極一族の権威は失墜するのだからな」


 覇級クラスの襲撃により京極家が滅亡する。内部はもちろん、外部から京極家にそんな未来を誰かが告げたとして、果たして多くの者はそれをまともに受け取るだろうか。


 確かに罪業衆を壊滅させた覇級妖魔の存在が先日より周知されているため、騒ぎ立てれば六家やSCDを動かすことも可能かもしれないが、そうなれば必ず前もって大きな動きがあるはずだ。


 もし京極が他の六家やSCDと協力して動くようならば、幻那は大祭のタイミングで動かないだけだ。大祭を狙う理由は単に十年に一度の京極一族が一堂に会する、悲願を成就しやすい機会だからに過ぎない。


 他にも大祭ほどではないが、一族が多数集まる機会はある。


 覇級妖魔の襲撃の可能性があるならば、一般人や非戦闘員は避難させなければならないし、大祭に参加予定の政府要人や政財界にも話をしなければならず、大祭は中止せざるを得ない。


 しかし逆にその状況で何も起きなければ?


 襲撃を予想し反撃の準備を整えていて何も起こらなければ、情報を流した術者もだが、協力を要請した京極家の信用も面子も丸つぶれである。


 覇級妖魔の出現の可能性があるとして、今まで他家を見下す傾向にあった京極家の頼みに応え、戦力を送っておいて何もありませんでした、大祭は中止しました、だけでは他家やSCDは無駄足を踏まされたことになり、京極への不信感がより一層募ることになる。


 となれば次にもし京極への襲撃を予知しようとも、再び協力を求めることなど出来ようはずもなく、相手側もまたかと要請を渋る事になるだろう。


 ただ、今の星守ならば協力関係にある六家と共に参戦する可能性があるが、二度目ともなれば京極も要請しないだろうし、星守側も京極との対立を懸念して無理に動かないだろう。


 万が一、星守が他の六家と協力して参戦しようとも真夜が現れない限り、たとえ星守朝陽が来ようとも今の幻那ならば勝利は揺るがない。


 そして大祭は人もだが、物も金も動くし何よりも京極の見栄もある。今更不確定情報で止めはしないだろう。


「だからこそ当初の予定通り、星守真夜をどうするか。その一点のみと言うことか」

「その通りだ。奴を介入させないように手は打つ。しかし何事も最悪の事態は想定しなければならん。奴が我らの企みに気づき、大祭に潜り込む可能性もあらかじめ盛り込んでおかねばならん」


 準備過剰で無駄な労力ならば笑い話で済むが、一番肝心な不安要素を楽観的観測で甘く見るのは馬鹿のすることだ。


「幻那よ、お主、まさか大祭の場で星守真夜と雌雄を決したいなどと考えてはおるまいな?」


 ぬらりひょんは幻那が一番愚かな選択肢を取ろうとしているのではないかと危惧していた。今の幻那の強さは圧倒的とも言っていい。覇級上位の力を有し、奥の手をも手に入れた。配下の妖魔の数、質共に申し分ない。


 それでもぬらりひょんは以前に自分が仕掛けた罠を食い破り、罪業衆を壊滅させた相手を前に余裕を持つなどあってはならないと考えていたため、このような苦言を呈したのだ。


「それこそまさかだ。これだけの力を得ようとも、どれだけ戦力を整えようと、星守真夜とあの堕天使は侮る事など出来ない相手。私に奥の手があるように、奴らにも奥の手があると考えるべきだ。私の本懐は京極家の滅亡。星守真夜と雌雄を決することではない」

「ならばよし。だからこそ直接相対は避けるべきであろう」

「その通りだが、世の中何事も思った通りにはいかないものであろう? そのためにも万が一の時の策や、戦うための心構えや戦術を用意しておくべきだ」


 幻那の言葉にぬらりひょんもため息を吐きつつ同意する。幻那の言うとおり、古墳での一件を鑑みれば、どれだけ介入させないように策を弄しても、襲撃の場に真夜が現れる事を最初から織り込み済みでいた方がいいだろう。あらかじめ想定さえしておけば、そうなった場合でも対処は出来るのだから。


「その場合はあ奴らをお主にすべて任せる。正直、ワシはあんな奴とは相対しとうないからのう」

「当然だ。奴を抑えておかなければ、京極家の滅亡は不可能だ」

「本命の京極を取り逃がしても面倒だからのう。しかし幻那、今更ながら、京極の根絶やしにすると言っても、他家に行っていたり、他の一族との間に生まれた子の扱いはどうするつもりじゃ?」


 大祭でも京極家の血が流れるすべての人間が参加するわけではあるまい。直系や本家・分家とそれに近い存在は集まるだろうが、何代か前に他家に行き、その血が流れる者や何かしらの理由でこれない者もいるはずだ。


「無論、京極家の血は必ず潰えさせるつもりだ。直系とそれに連なる人間さえ葬り去れれば、あとの策は用意している」

「ひひひひ、ようやっとこのオババの出番ですな」


 ヒタヒタとどこからともなく一人の黒いローブと黒の三角帽子に身を包んだ老婆が姿を現した。


「くかかか。お主か、山姥よ。なんじゃ、その姿は? まるで西洋の魔女ではないか!?」

「ひひひ、いいじゃろ? 最近の流行じゃよ」


 この老婆は幻那に仕える忠臣の一人にして、山姥の一種だ。かつて山で幻那を襲い返り討ちに遭ったのだが、当時の幻那はこの山姥を術の実験台に使い、性格を反転させる術をかけた。その影響で生まれ変わって誠心誠意、幻那に仕えるようになり、彼の世話役などをしていた。


「婆(オババ)よ、準備は出来ているな?」

「問題ありませぬとも。例の品はこちらに……」


 山姥はスッとローブの中から一つの赤い壺を取りだした。大きさは五十センチほどだろうか。まるで鮮血で塗られたかのような赤色で、不気味で禍々しい気配を放ち、蓋や周辺には何かを封じるかのように札が何枚も貼られている。


「蠱毒かのう?」


 蠱毒とは中国から伝わる呪術の一種でムカデや蛙、蛇などを含む百の虫を同じ壺(あるいは容器)で飼育し、お互いに共食いさせ、生き残った一匹を別の術に用いたりするものである。


「そうだ。しかしただの蠱毒ではない。京極一族を文字通り根絶やしにするための重要な呪術核の蠱毒だ」


 幻那の返答にぬらりひょんはこれがただの蠱毒ではないと冷や汗を流す。封印されているにも関わらず、それでも十二分に伝わってくる中にいるであろう存在の気配。


「だがこれで完成ではない。京極一族を血に染め、阿鼻叫喚の地獄を生み出してようやくこの術式は完成するのだ」


 幻那はその時を思い浮かべ、昏い笑みを浮かべる。


「さて、では星守真夜を含め、星守一族を遠ざける策を弄するとしよう。無論、奴らに悟られぬようにな」


 闇の中で、水面下で彼らはついに動き出すのだった。


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