第三話 策謀する者達
京極清貴。
京極家当主の清彦の息子で年齢は二十四歳。
美男子であり、父とは違って表情が豊かな爽やかな青年であった。
現在の次期当主に最も近いと目される人物であり、若手の最大派閥を有しており、退魔師としての実力も京極の中では若手・ベテラン含めて上位に位置する存在ある。
「ははっ、俺に気にしないで話を続けてもらってもいいよ」
「清貴っ」
清治は苛立ちを隠そうともせず、突然現れた清貴を睨み付けるが、当の本人はどこ吹く風と笑顔を崩さない。
異母兄弟でありながら、この二人の仲は最悪と言ってもよかった。
「何かな、清治。あまり渚を困らせてはいけないな。俺達は半分は血の繋がった兄弟なんだからね」
笑みを絶やさぬ清貴だが、渚は彼の笑みがどこか作り物のようにいつも思えてしまっていた。少なくとも真夜の父の朝陽のような安心感は微塵も感じなかった。
「どの口で言うか。俺様よりも一年早く先に生まれたからと言って」
「うーん。清治は誤解しているね。俺は別に一年早く生まれただけじゃないだろ? 俺は正室の嫡男で退魔師としての実力も清治よりも高いんだ。兄貴風を吹かせるのは当然じゃないか」
「実力は俺様の方が上だ! お前と戦ってそれを証明してやる!」
「ははっ。威勢がいいね、清治は。確かに俺と同じで清治も霊器を顕現できるのは凄いけど、俺は戦う気はないから」
「逃げるのか」
「違うよ。これは優しさだ。だって大勢の前で俺が清治を倒しちゃったら、もうそんな風に俺の方が強いんだって言うことも出来なくなるだろ?」
「貴様ぁっ!」
明らかな挑発とも思えたが、清貴には驚くことに悪意はなかった。ただ事実を口にしただけで異母弟に気を遣ってあげていると本気で思っていた。
「そうやって上から俺様を見下しやがって。そういうところが気に食わないんだよ」
清治はそんな異母兄を敵視しており、今にも飛びかからんばかりの一触即発の様相を呈していた。
「見下してなんかいないよ。ただ俺は事実を言っているだけだからね」
「それが見下していると言うんですわ!」
(この人達は相変わらずですね)
そんなやりとりを見ながら、渚は内心でため息をついた。
天然の入った清貴と俺様な清治は相性がとことん悪い。また清羅も清貴の態度や性格を嫌っており、仲は最悪と言えた。
清貴と清治の実力に関してはそこまで大きな差はないと渚は思っているが、実際のところどうかはわからない。
この二人はともに霊器使いであり、京極の中でも上位クラスの実力者であった。おそらく今の渚でも真っ向勝負では勝てない相手であり、若手退魔師全体の中でも真昼や覚醒した彰などを除けばトップクラスに入る。
実力だけ見れば、両者とも当主候補として申し分ないのだが、清貴は確かに優秀であるが無意識に他者を見下す傾向があり、清治は強いがそもそも性格に難があると言えた。
渚としてはまだ清貴の方がマシとは思うが、清治にしてみればそんな異母兄が一族のトップになるのが我慢ならない。だからこそ清貴を蹴落とそうと必死になっているのだ。
「けど悲しいな。俺が当主を継いだら、清治も清羅も、もちろん渚だって重用するつもりなのに」
「誰が貴様の下に付くか!」
「ええ。当主になるのはお兄様です!」
「ははっ、面白いことを言うね。俺の方が強いし、実績も人望もあるんだよ? 派閥だって清治と清羅の二人を合わせたものよりも大きい。まあだから渚を自分達の派閥に完全に取り込みたいんだろうけど」
清貴は自分の地位が盤石に近いとは思っていても、完璧であるとまでは思っておらず、清治にもまだ逆転の目はあると考えていた。だからこそ不確定要素は排除したかった。
「確かに星守との顔役になりつつある渚を自分の派閥に取り込めば、後々に有利になるだろうからね」
清貴もここに来て渚の価値を見いだしたのか、にっこりと笑みを浮かべて彼女の方を見る。
「渚、わかっているんでしょ? この二人の言葉に耳を貸しちゃだめだからね? 俺に付きなよ。そうすれば京極での待遇をもっと良くしてあげるから」
清貴も清治も今までは手を差し伸べようともしなかったくせに、星守と縁を持ち始めた途端、手のひら返しのように自分の派閥に取り込もうとしてきた。
かつてはその出自から、同じ兄妹でも遠巻きに接せられ、退魔師として役立つとなれば、父の命の下、手柄を渡す存在として重宝した。
だがそれでも自分の派閥に加えることはしなかった。面倒な存在を好き好んで自陣営には加えたくない。敵対派閥に対しての隙になり得るからだ。
しかしそれが名実ともに京極と完全に肩を並べるまでに存在感を増した星守と大きな縁を結んだからと、積極的に自陣営に加えようとする態度に渚は辟易してしまう。
「賢い渚ならどっちに付く方が得かなんてすぐわかるよね? でももし清治の方に付くなら、俺も色々と考えないといけないな」
「ふん。くだらん。渚、俺様に付け。さもなくば」
この場で二人は渚がどちらに付くかを明確にさせようとした。だが渚はどちらを選んでも面倒ごとにしかならないと理解している。
半ば脅迫に近い二人の言葉。断れば何らかの報復がある可能性が高い。
この場を濁して、父であり当主である清彦の判断に委ねると言えば一番角が立たないと思うが、それではこの二人は納得しないだろう。
どの道、自分たちが有利になるように再度干渉してくるのは目に見えている。
(マズいですね。どちらに付いても今後に響いてしまいます)
一番厄介なのは、あの手この手で渚を自陣営に加えるために真夜や朱音を巻き込む騒ぎを起こすこと。それだけは何としても防がなければならない。
「はーい。そこまでにしとき」
唐突にパンと横合いから手をたたく音と咎めるような声がする。
「君ら、ほんまに仲がよろしくあらへんな」
そこには肩まで伸びたボサボサの髪の毛を、無造作に首元で束ね、小さめの丸眼鏡をかけた糸目の男が立っていた。
年の頃は三十代前半から半ばくらいだろうか。どこか痩せこけた貧相な印象を与える容姿だった。
「腹違いやけど君ら兄弟なんやから、少しは仲良くせなあかんよ?」
「はは、俺は別に清治を嫌ってはいませんよ、右京(うきょう)さん」
清貴は朗らかに笑いながら自分の考えを相手に伝える。
京極右京。彼は少し若いが清貴や渚らの父である清彦の年の離れた弟であり、彼らの叔父に当たる人間だ。
「そやの? でもあかんよ。渚ちゃんもなんぎしとるやろ。清治君もそない怖い顔せんとき」
「だがこいつは!」
「はいはい。ほならここは僕が仕切ろうやないか。お互いに納得できへんのやったら、こりゃもう白黒はっきりつけなあかんよ」
どこか面倒くさそうにポリポリと頭を掻きながら、右京は提案を行う。
「まあでもそれは今やないで。大祭も近いんや。それが終わってから、僕が兄(あに)さんにきちんと話しとくから」
その言葉に清治は笑みを浮かべ、清貴は渋い顔をした。
「右京さん。それはどうかと俺は思いますが」
「なんや、清貴君。君、自信ないん? これはいい機会やで? 君、ここで勝てば次期当主の地位は盤石になるんやで。それに僕が全面的に君を支持したる。無論、清治君が勝ったら君を支持するから」
乗り気でない清貴に右京がそう提案すると、とたんに色めき立った。それは清治も同じだ。
(まさかこの人がこんな提案をするなんて)
渚は叔父である右京が二人にこんな提案をするとは思ってもみなかった。
彼は一匹狼に近く、飄々とし自ら派閥を作らず、さりとて誰かに積極的に加担することもなかった。例外として当主である清彦と先代当主の清丸には従っているため、彼らの懐刀と呼ばれていた。
そしてその実力は京極家最強(・・・・・)。霊器使いであり、京極家に伝わるほとんどすべての術を会得し、単独で特級妖魔を葬り去る。
文字通り、京極家の切り札。当主である清彦に足りない武力を補う希有な人物であると同時に、自らは当主にならないと宣言している男。
今まで当主以外の後ろ盾はしないと言っていた男が、ここにきて協力すると宣言した。
もしその言葉が本当なら、清貴や清治にとってはまたとない機会だ。
「その言葉、忘れないでくださいね」
「もちろんや。清治君もそれでええか?」
「ふん。俺様はそれでいいぞ」
「おおきに。ほなこの話は一旦、これまでや。ほな渚ちゃん。送ってったろ。ちょうど僕も出かける用事もあるし」
「いえ、私は……」
「遠慮せんとき。ほな三人ともごめんやす」
右京は強引に渚の背を押すと三人を尻目にその場を後にするのだった。
◆◆◆
「すいません。先ほどは助けてもらった上に送って頂いて」
「ええよええよ。気にせんとき」
黒いランボルギーニの助手席に座った渚は、上機嫌で鼻歌を歌いながら運転をする右京に素直に礼を述べた。
だが昔から渚は右京のことが苦手だった。本家にはほとんどおらず、時たま帰ってきては渚を含め、清彦の子である四人にお土産などをくれていた。
しかし遊びや修行の相手になってくれたことはなく、会話らしい会話もあまりした記憶がない。遠い親戚のおじさんといった感覚だった。
また掴み所がないだけではなく、どこか子供心に得体の知れない不気味な物を感じていたこともあるだろう。
「いや~、ほんまにあの二人は仲が悪いのなんの。渚ちゃんもほんましんどいな」
「いえ、そんなことは……」
「やめとこか、この話題は。言いにくそうやし」
めんごめんごと謝る右京に渚は彼の本心がどこにあるのかわからなかった。
「けれどよかったのですか? あのような約束をして」
「んん? ええんよ、別に。僕は元々誰であっても当主には従う気やったし、あの二人ならどちらになっても兄さんも父(おと)さんも納得するやろうし」
「そうですか」
「そやで。まあその前に大祭の準備やね。今回は父さんもなんや気合い入れとったよ。最近は星守にええとこ持って行かれっぱなしやったし、できる限り京極の権威を見せつけたいやろ」
京極はここのところ、大きな功績を作れていない。かつては六道一族の生き残りを倒した、超級妖魔を討伐した、などの功績があったが、直近では星守の罪業衆壊滅のインパクトが大きく、最強と名高い朝陽や、二体の守護霊獣と二つの霊器を扱う真昼の二大看板。
さらに政治的にも火野と氷室と協力関係を強め、今まで強気でいた雷坂も先日の一件で発言力を落としている。風間も星守とかなり懇意にし始めたとの噂もある。
清彦、清丸以外の上層部もかなり気をもんでいることだろう。
「そやから上手いこと星守と仲良くなれた渚ちゃんをみんな取り込もう思うてるんよ」
「……今回の送迎はそういう意図でしょうか?」
「あははは。僕はそう言うのに興味はあらへん。最強っちゅう肩書きもなんやいつの間にか言われてただけでそれに固執してるわけちゃうし、僕自身星守に対して思うとこもないよ。別に送っていってそのまま星守の子と会おうとも思ってへんしね」
まあ長老方は人の扱い方が下手やけどな~、と愚痴る右京に渚は確かにと心の中で同意する。
「まあ渚ちゃんはこのまま星守と仲良くしとき」
「……わかりました」
それ以降は特に会話らしい会話もなく、渚は下宿先のマンションの前で降ろされた。
若干警戒していたが拍子抜けするくらい、あっさりと右京はそのまま車を走らせていった。念のため、式神である程度追跡したが、どこかで車をUターンさせることもなく高速の入り口に入ったため、渚はほっと一息をついた。
「本当によくわからない人です」
悪い人ではないと思うが、清貴や清治、清羅とも違う付き合い難さがある。
今日は本当に疲れた。時間はもう夕方である。
しかし渚はマンションに近づくに連れ、表情を和らげていく。マンションのエントランスから自分が住んでる部屋のある階へとエレベーターで上がっていく。
廊下を進み部屋の前で止まり、インターホンを鳴らすとほどなく、扉が開かれた。
「お帰り、渚」
「お帰り! ご飯出来てるわよ」
「ただいま戻りました、真夜君、朱音さん」
渚は出迎えてくれた最愛の人と大切な友人に、満面の笑みを浮かべながら言葉を返した。
◆◆◆
高速道路を一台のランボルギーニが疾走する。運転手は京極右京。彼はたばこを吹かせながら、ハンズフリーで誰かと連絡を取り合っていた。
「無事に送り届けましたで。本家の方ではなかなか面倒なことに巻き込まれ取ったけど。あははは、そりゃあんじょーいくわけないですわ。あの子らはいらちいらちやし」
笑う右京に対して、電話の向こうの相手はどこか苛立っているような声で何かしらを言っている。
「そこまで僕も責任持てへんって。まあ頼まれたことはするさかい。うん、うん。ほならそれでは兄(あに)さん」
ピッと通話を終えると、右京は小さくクツクツと先ほどとは違う笑い声を漏らす。
「ほんまけったいな家族やな。渚ちゃんもせっしょーなもんや。まあそれは僕にも言えることか」
何本目かになるたばこに火を着け、右京は自分の所属する一族を改めて評する。
「まあそれももうすぐ終わりやろうけど。…………わかっとるよ、僕らに残された時間が少なくなってるんは」
誰もいない空間、誰とも通話もしていないはずなのに、右京はまるで誰かと話をしているようだった。
「鍵は真夜中に輝く星って、なんかの謎々かいな。まあせいぜい足掻くとしよか」
タバコの煙を吐き出しながら、右京はアクセルを加速させ、高速道路を走り抜けるのだった。
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