第二話 京極一族
「母様、どうかされたのですか? 難しい顔をして」
星守本邸の中庭で、池の鯉に餌をやりながら、難しい顔で何かを思案している明乃に偶々通りかかった朝陽が声をかけた。
「朝陽か。いや、最近の京極の動きが些か気になってな」
餌をやる手を止めると、視線を朝陽に向けながら自分の考えを口にした。
「夏の合宿前後から、当主である清彦殿から何度か連絡をもらいましたからね」
「ああ。それと先代の清丸の動きも気になる。正直、奴は私以上の狸だ。お前とて手玉に取られる可能性がある相手だ」
「何やら水面下で動いているようですね。こちらでも詳細は掴めていません」
「奴は退魔師としてはともかく、政治的駆け引きや相手を上手く動かそうとする事に関しては、海千山千の手練れだ。京極渚の事も、それを見越しての事かも知れん」
明乃は渚自身には星守に対しての思惑を含んでいない事はわかっているが、その背後にいる清彦、清丸はどのような考えで今の状況を作ったのかその裏を読もうとしていた。
「そうですね。聞いた話ではわざわざ真ちゃん達の学校に転校させるほどですから。今の真ちゃんの実力を向こうは掴んでいるのかも知れませんね」
できる限り秘密裏にはしているが、先の合宿の時の雷坂とのいざこざで、真夜の実力の一端が明らかになった。雷坂も醜聞になりかねない話だったため緘口令を敷いたが、人の口に戸は立てられず、京極の情報網を以てすれば難しくはないだろう。
「かもしれんな。正直、今の真夜を京極に取られれば、星守としては大打撃だな」
どこか面白そうに笑いながら言う明乃に、朝陽も苦笑する。
「確かに。奥の手が無くとも真ちゃんの実力と霊器の力だけでお釣りが来そうですからね」
「真夜の強さもだがあの霊器は反則だ。これに奥の手まであるのだから、敵に回せば厄介どころの話ではないなまったく」
仮に真夜が星守を出て行く決断をしたならば、明乃は止めることは出来ないだろうし、その資格も無い。尤もだからと言ってすんなり外へ出ていかせるつもりは無く、星守に残るメリットを多く提示することで残ってもらうようにはするつもりではある。
「真夜もだが京極渚もあの歳では十分優秀だ。突出した強さこそ無いが、京極らしくすべての系統の術を高いレベルで習得し運用しているし、式神に関しては飛び抜けていると言って良い」
「交渉力などに関しても及第点を与えて良いと思いますよ。母様も渚ちゃんを気に入りましたね」
「そうだな。悪くは無いと思っている。鍛えればかなりの物になるだろうし、取り込めるなら完全に星守に取り込みたい」
それは明乃にしては最大級の賛辞と言ってもよかった。真夜の事も含めると、朱音以上に星守に有益な人材と思えた。
「真ちゃんも喜ぶでしょう。朱音ちゃんも含めて星守として正式に表明すればあの子達は喜びますよ」
朝陽も真夜が朱音と渚の二人と秘密裏にだが付き合いだしたのを聞かされている。結衣共々大いに喜んだものだ。両親二人は大々的に真夜達の手助けをするし、明乃も真夜との約束もあるが、その権力などをフル活用して協力すれば殆どの障害はあってないようなものだろう。
「だがそれこそが京極の狙いなのかも知れん」
星守との京極の婚姻は大きな意味を持つ。清丸を初め、京極の多数派は星守を最大のライバルとして敵視しているが、その血が自分達と同等かそれ以上に価値があることも認めていた。
だからこそその血を取り込みたいと考えていたが、星守一族自体も数は少なく、お互いに牽制し合っていた間柄だけに、ではこれから仲良くしましょう、年頃の者達をお見合いさせましょうなどと言う事にはならない。
どちらが婿に行くのも嫁に来るのも様々な問題がある。
しかし今回はある意味で例外的である。落ちこぼれ時代の真夜では価値はないが、今の真夜の価値は計り知れない。実力を明かせばその評価は真昼を凌駕するし、次男であるために家を継ぐ必要は無い。
また落ちこぼれ時代の星守での扱いもあるため、星守の当主になるのは問題が大きい。婿に行くのは何の障害も無い。
渚の場合も京極の名を名乗ることは許されているが、立場的に微妙であるために京極内の派閥間での勢力図の激変が少ないのもメリットでもある。
「政治的な面での問題はありますが、星守一強よりはまだデメリットが少ないでしょう」
「それはそうだが、私が存命中の間は良いが、真昼の代になった時が些か心配だな」
「それまでにはまーちゃんも成長してくれるでしょうし、その時は真ちゃんも補佐してくれるはずですよ」
「希望的観測だな。だがそう願うしか無いか。私としては今のうちに京極の真意を見定められれば良いが……。それに気になることはまだある」
明乃は朝陽に向き直る。
「京極は例の六道幻那の件を未だに調べ続けている。SCDからの情報も制限しているし、裏があるのは間違いないだろう」
「何か知られたくない事があるのでしょうね」
「ああ。下手に藪をつついていらぬ物を出したくは無いが、気がかりではある。罪業衆が潰え勢力図が激変した今、より注意が必要になってくる」
「はい。星守が介入する事態が無ければいいのですがね」
「京極とて手練れは多い。お前ほどの実力者はいなくても熟練や若手を含めて優秀だ。我々が介入する事態は早々起こらんし、もしそうなれば色々な面でかなり厄介な事になるだろうからな」
京極一族は霊器使いの数も飛び抜けている。退魔師の総数が多いだけでなく、朝陽のような突出した術者こそいないもののベテラン勢は経験の差もあり朱音を上回る者は多く、若手の霊器使い達も粒ぞろいと評判だ。
そんな彼らが星守を頼らざるを得ない状況。それこそ真夜が倒した四罪や鵺、九曜が同時に攻めてくるような事態でも無ければあり得ないだろう。
馬鹿馬鹿しいと一笑に付すような話だが、明乃にはどうにも嫌な予感がぬぐいきれなかった。
何も無ければいいがと呟く明乃だが、彼女も朝陽も、もしもの時のために動く準備を進めるのだった。
◆◆◆
京極本邸。本家の大広間に数人の若者が集まっていた。上座に当主の清彦が座り、その左右に数人の男女が並んでいる。
さらにその先にはまだ年若い術者達がそろい踏みしていた。
長老衆や幹部と京極一族の中で京極の名を名乗ることが許された者達だ。
京極清彦には四人の子供がいる。
正室・伊吹(いぶき)との間に生まれた長男・清貴(きよたか)。
側室・若菜(わかな)との間に生まれた長男・清治(せいじ)、長女・清羅(せいら)。
そして渚。
他にも渚にとっての従兄弟や従姉妹達がこの場にはおり、十名を超える人数となっている。渚はこの場では一番の下座に座って、他の者達の報告を聞いている。
(久しぶりの集まりですが、あまり長居したくは無いですね)
今日は若手の報告会である。現状、彼らは罪業衆の残党の討伐の任を受けていた。功績を立てれば当主の座に近づくと考えている者が大勢いる。
京極の当主は退魔師としての能力だけで決まるわけでは無い。様々な要素が複雑に絡まり、当主という地位を得る。当主の長男だから安泰というわけではないのだ。
渚には一番縁が遠いものであり、自分の功績は兄である清貴や清治達へと渡している。
息が詰まりそうだ。以前からもそうだが、ここ最近は特にそうだ。
あまり不自然にならないように渚は周囲を見渡す。
誰も彼もが自分の功績を当主や他の皆の前でことさらにアピールする。中には控えめに発言する者もいるが、大半は当主や他の者達の覚えを良くしようという考えの者ばかりだ。
渚も今回は形ばかりの報告を行う。先の合宿や現在の星守家との顔つなぎ等、話しても問題ないものばかりだ。
「以上が私からの報告になります」
頭を下げ、報告を終える渚に長老衆からは何とも言えない視線を受ける。
「渚はほかの者達とは違い星守の相手か」
「奴らの弱みの一つや二つ握ったとの報告が欲しかったのう」
「言うてやるな。星守相手はなかなか辛かろう。もっとも落ちこぼれ程度は手玉に取ってもらいたいがな」
「落ちこぼれをうまく利用してやればいいだけではないか」
好き勝手なことをいう長老達に渚はほとほと嫌気がさす。しかしここで口答えなどしては大ごとだ。
今まで通り無難な受け答えで逃れるだけである。
「渚の件は私の指示。確かに思ったほどの収穫はないが、継続していけばいずれは有益になりましょう」
清彦が口を開くとほかの長老達はしぶしぶ矛を収めた。
「ご当主がそういうならば」
「しかり。よいか、渚よ。今後はもっとうまくやるのじゃぞ」
「はい。ご期待に添えるように努力いたします」
「では次の話を……」
別の話に話題が移ると、渚は内心でほっとした。だがそんな彼女に対して、いくつかの視線が向けられるのだった。
◆◆◆
「ちょっと待ちなさい、渚」
「何でしょうか? 清羅様」
会合が終わった後、そのまま本家を後にしようとした渚に声がかけられた。
渚より少し背が高い、肩甲骨のあたりまで伸びる少しウェーブのかかった黒髪の女性。渚の五つ歳年上の腹違いの姉である清羅である。顔立ちは整っているが、きつめの印象をがあった。
「あなた、最近調子に乗ってないかしら?」
「何のことでしょうか?」
清羅の言葉に本気でわからないと首をかしげる。
「とぼけるんじゃないわよ。星守真昼とコネを作れたからって、私たちの関係が変わると思わないことね」
(ああ、そういうことですか)
この異母姉は自分が真昼とコネクションを持ったことで、態度を大きくしていると思っているのだろう。
確かに最近は真夜や朱音と交流を増やしたり、一人暮らしをすることで以前よりも表情が豊かになっていた。
そのことが自分は真昼を自分側に取り込み、優越感に浸っているのだと勘繰っているようだ。
「私にはそのような考えは一切ありません」
「ふん。どうかしらね。まあでもあんたには星守の落ちこぼれの方がお似合いでしょうけどね」
嫌味をねちねちと言ってくるのは今に始まったことではない。だが今回は彼女一人だけではなかった。
「そこまでにしておくんだな、清羅」
「お兄様」
「清治様」
清羅の後ろから現れたのは、どこかふてぶてしい表情を浮かべる青年だった。
清羅の兄であり、渚の異母兄である清治。年齢は二十三歳と渚とはかなり離れている。
「話がある」
「どういったご用件でしょうか?」
「清貴に付かず、俺様に付け」
端的に、それでいて尊大に言い放った。
「お前は今、親父殿から清貴と俺様のどちらにも手を貸している。だから今現在、次期当主に近いのは俺たちだ。だが奴の方が年が上で正室の子と言うことで有利だ」
「だから私に手を貸せと?」
「そうだ。お前が俺様だけに力を貸せば奴を不利に追い込める。むろん、俺様が当主になった暁にはお前にも褒美はくれてやる」
星守とのコネクションを作った渚を清治は自らの手中に収めたいと考えたようだ。
確かに今後を考えれば、彼の行動にも一理ある。
「いい事? あなたはこれまで通り私達の言うことを聞いてればいいの。ただ清貴に手を貸さなければいいだけ。簡単でしょ?」
異母兄弟とはいえ、清治と清羅にとって清貴は邪魔な存在なのだろう。
だからこそ、渚を完全に取り込んで清貴を追い落とそうとしている。この分ではほかの者や分家にも声をかけているだろう。
しかし渚は安易に返答はできない。父の手前もあるし、京極内の派閥争いを激化させるのはまずい。
何よりそれが飛び火して真夜達にまで迷惑がかかるかもしれない。
だからこそ渚はこの二人の要求を断れないかと思案する。
「へぇ、何か面白い話をしてるじゃないか」
不意に声がかけられる。
「清貴様」
「ああ、ごめんごめん。気にせずに話を進めていいよ」
そこにはさわやかな笑顔を浮かべる京極家の嫡男・清貴が立っていたのだった。
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