第一話 日陰と日向

 

 京極一族。それは退魔六家の中でも最も古く長い歴史を持つ一派である。


 京都に本拠地を置き、政財界にも顔が利き、退魔師の数も多く本家、分家、門下生を含めるのならば数百人にもなる、日本最大規模の退魔集団であり、その中でも京極の名を名乗ることが許されるのは、直系と本家の一部だけである。


「清彦よ。先の一件はどうなっておる?」


 京都が京極家の本邸。その一室で京極家当主である清彦と、先代の当主であり彼の父である清丸(きよまる)が対面し話し合いを行っていた。


 すでに年齢が七十を超えており、年齢通りの見た目である清丸には、星守明乃や風間莉子のような若々しさや覇気はない。霊力も退魔師としてみればまだまだ多いが、一流から見ればかなり見劣りする。


 彼は現役時代はそれなりに名を馳せていたが、引退後は現役時代よりもさらに組織運営に力を入れるようになり、鍛錬を疎かにしていたため、同年代の実力者にかなり劣るようになっていた。


 しかしその政治手腕は明乃や莉子を上回っており、未だに一目置かれる存在である。


「今のところ、めぼしい情報は何も」

「不穏じゃな。先日の会合では一部の馬鹿共が楽観視していたが、本当に六道絡みならば由々しき事態だぞ?」

「わかっております。SCDの方にも手を回していますし、情報収集の方もぬかりなく行っています」

「柩木隼人か。奴は信用できるのか?」

「こちらの要請通り、今のところ他の六家や星守への情報は流していないようですので、それなりには信用できるでしょう」


 京極の当主を務めてきた先代と当代は、先の六道幻那の事件を楽観視していなかった。一部の長老などはあまり事態を重く受け止めていなかったが、この二人は違っていた。


「現時点での報告は受けている。それなりに情報は集まった。だが……」

「ご推察の通りです。情報は集まっていますし、件の六道幻那の目的とその手段もこちらで抑えましたが、肝心の六道幻那の正体がまったく掴めない」


 六道幻那の拠点などは八城理人からの情報ですでに捜査されている。SCDだけではなく京極からも人員を差し向けた。


 しかし痕跡は掴めども六道幻那個人へとたどり着く情報は一切無かった。理人が伝えた拠点から様々な遺留品や痕跡は見付かるし、そこから繋がる他の拠点なども発見することが出来た。


 攫われた裏社会の人間についてだが、妖魔の餌にされたかのような痕跡が見つかった。またその場所で特級妖魔(・・・・)とおぼしき個体が休眠状態で発見された。


 この事から六道幻那はこの特級妖魔を作り出すために、大勢の人間を連れ去った。そしてこの特級妖魔を強化し、超級妖魔へと至る更なる進化を促す研究がなされていたと推測された。


 その証拠に、理論やそれに準じる様々な術式や霊具なども押収されている。


 理人は幻那、銀牙、狂司以外の仲間を見たことは無かったし、聞かされてもいなかった。末端と思われる人間は何人か拘束出来たが、理人以上の情報は得られなかった。


 六道幻那の目的は京極一族を滅ぼすこと。その目的から彼が本当に六道一族の生き残りである可能性が高かった。


「京極を滅ぼす。確かに超級妖魔を使役できれば、その可能性はあったであろう。特級妖魔でも京極に大きな被害をもたらしただろうな」

「おそらくは。しかし事前にそれは頓挫させることが出来ました」


 清丸も清彦も京極に被害が及ぶ前にどうにかすることが出来たことに安堵していた。


「先代は何を気にされているのですか?」

「この情報や証拠に不自然な所など一切無い。その六道幻那と言う男の計画の恐るべき全容が見て取れる。だがな、あまりにも自然すぎて儂には違和感(・・・)しかない」


 清丸の言葉に清彦は眼を細め、続きを促した。


「儂にはまるでこう言う計画をしていましたと言う事を、あえてこちらに流しているようにしか思えん。重要な情報は確かにある。恐るべき、一介の妖術師には到底出来ない、それこそ六道一族の血を引き、また罪業衆と繋がりがあったのではと思われる程の力量が推測される術式や妖魔の管理体制じゃ。しかし肝心要の部分が儂には隠されているように思えてしかたがない」


 何もかもが整いすぎている。まるで自分達の結論をそこへ集約させようとしているかのように、用意周到に偽りの答えを自分達で導き出させようとしているかのように。


 隠し通さなければならない絶対の秘密を覆い隠すために別の事実を散りばめているかのように清丸には思えて仕方が無かった。


 これは彼の人生経験や当主として、海千山千の権力者という名の魑魅魍魎と接し続けてきたからこそ生まれた、危機に対する霊感によるものでもあった。何となくではあるが、清丸はこの霊感に何度も助けられてきた。


 だが清彦以外のそれこそ重鎮や長老衆に言ったところで、大半からは疑り深く考えすぎや老いて心配性になりましたかと小馬鹿にされるだろう。


 清丸は自らの地位を守るために、このような勘を周囲には打ち明けなかった。あくまでこれは自らに危機が迫った時限定であり、一族や近しい人間に害が及ぼうとも発動しない類いのモノであったからだ。


 しかし清彦は同意するかのように頷いた。


「やはり仲間がまだいると? 拘束された操られた末端の人間は何人かおりましたが……」

「そのような小物では無い。もっと大物がおるやもしれん。罪業衆が未だに存在していたなら、そちらも疑っておったが、奴らは星守と謎の妖魔に壊滅させられたからな。残っているのは残党しかおらん」

「そちらはご存じの通り、霊器使いや本家の若手を中心に討伐や捕縛を行っております。京極管轄の残党はほぼ殲滅できたはずです」

「若手の丁度良い相手になったのなら何よりじゃな。しかしまだ火種が完全に消えたわけでは無い」

「打てる手はすべて打ちます。京極の若手や霊器使いはもちろん、他家に関しても」

「上手く利用せい。もちろん渚も含めてな」


 清丸の言葉に一瞬だけ清彦は眉をひそめるが、すぐに元の仏頂面に戻った。


「はい。あれには星守との繋ぎをさせております。星守真昼とだけではなく、星守朝陽、星守明乃とも面識を持たせることに成功しており、最近名を上げた火野朱音とも良好な関係を築いているとのことです」

「ならばより、利用価値はある。渚に伝えよ。このまま関係を維持せよと。だがくれぐれもこちらの弱みや相手に借りを作ることはするなと厳命せよ」


 こちらが利用する分には良いが、利用されては困る。


「彼奴を使い、星守真昼を上手くたらし込ませれば、京極としては言うことはないが、奴らの弱みでもある落ちこぼれの星守真夜でも構わん。明乃はともかく、両親は落ちこぼれとは言え息子を溺愛している」

「最近では不仲であった兄弟の仲も改善されたとか。また渚からは星守兄弟とは良き友人関係を構築できていると報告を受けております」


 清丸は星守一族の力を目障りに思っていた。特にここ最近の躍進は凄まじい物があり、自分がより大きくした京極の市場と価値を大きく削られる程であった。


「あるいはその身体で兄弟をたらし込んでもよいとも伝えておけ。かつてお前が彼奴の母にそうされたようにな」

「あの者に伝えておきます」


 清彦は表情も声にも一切変化なく淡々と清丸の言葉に同意する。だがその握られた手が良く注意しなければ分からないほどに、微かに震えていた。


「話は以上だ。儂も警戒は怠らんが、万一の時はすべてを利用し京極を守れ。それが当主の務めだ」


 だがその事を清丸は最後まで気づくことは無いのだった。



 ◆◆◆



「お疲れさんだな、渚」

「いえ、大丈夫ですよ、真夜君。ただ少し驚いてしまって。それに朱音さんのおかげで助かりました」

「いつも渚には世話になりっぱなしだから、これくらいは任せなさいよね」


 私立天ノ丘学園。昼休みになり、真夜は渚と朱音を伴って、学園の中を歩いていた。


 真夜達が通う学園に本日、渚が転校してきた。


 私立で偏差値も高い学校ではあるが、見た目麗しく凜とした美少女である彼女の容姿には男女問わず感嘆の声が上がった。


 また退魔師が一般的に世間に知られており、その中でもトップのネームバリュー持ち、当然ながらこの学園のある関西圏では一番名の通った退魔師の一族である京極を名乗る彼女に誰もが興味と関心を寄せた。


 これだけならば学友に詰め寄られ根掘り葉掘り聞かれるのだが、そこは同性の朱音が前面に出て仕切ることで、できる限り渚への負担がいかないようにした。


 クラスでも人気者であり、スクールカーストで言えば上位の朱音であるため、さほどしつこく渚に質問が飛ぶことは無かった。


 ちなみに真夜はと言うと陰キャラでは無く、こちらも退魔師以外の部分は優等生であったものの、女子への対応は朱音に丸投げしており、寧ろ周囲からのやっかみを考慮し下手に動かなかった。


 とは言え、真夜のクラスメイト達は割と気の良い奴ばかりなので心配もしていない。


「ありがとうございます、朱音さん。それにすいません。校舎の案内もして頂いて」

「気にしない気にしない。渚も早く学園に慣れた方がいいでしょ? まあ大体の場所は渚なら見取り図とか見て暗記してるでしょうけど」

「いえ。それでも嬉しいです。こうやって友人と学園を歩くこともあまりありませんでしたし」


 中々悲しい発言である。残念なことに渚は前の学園ではぼっちであった。京極の息のかかった学校と言うこととその出自で中々学園に馴染めなかった。クラスメイトも渚とどう接して良いか分からず、当の本人も友人の作り方が上手い方では無かった事も災いしてしまった。


 また当主である清彦からの命で退魔の仕事も行っていたので、女子校であったため、仲のいいグループが出来上がった時には彼女の居場所は無くなってしまっていた。


「クラスの連中も基本的には良い奴らだからな。まあ俺も交友関係が広いわけじゃ無いが」

「真夜も特定の男子としか連まないもんね」

「お前も似たようなもんだろ。つうか、それ当たり前じゃ無いか?」

「そうかもね。でもあたしはそれなりに顔が利くわよ」

「俺はそこんところサボってたからな」


 朱音は残念な部分も多いが、クォーターで見た目よく、スタイル抜群。成績も優秀でスポーツ万能。明るく曲がったことが大嫌いな真っ直ぐで裏表のない性格なので、男子にも女子にも人気が高い。


 対して真夜も成績優秀で運動神経もよく、顔も悪くは無い。しかし入学当初の真夜は退魔師として落ちこぼれであり、精神的にも未熟だったため、余裕が無く常に気を張っており近寄りがたい雰囲気を出していた。


 朱音はそんな真夜を心配し、彼が孤立しないようにある程度は立ち回ったため交友関係が広がったが、真夜はそこまで周囲に愛想を振りまくこともしなかったため、交友関係は狭いままである。


 逆に今は精神的に安定しただけで無く大人の男性を思わせる余裕があり、近づきがたい雰囲気が消失したことで寧ろ女子に人気が出てたり、異世界での経験からか、交友関係の見直しをして敵を減らし味方を増やす努力はしている。


 ちなみに真夜は朱音以外の女の子にモテ始めた事で、男子から嫉妬や恨みの視線を向けられる事も増えていたりもする。あと友達は多い方がいいと言う考えでは無く、良く選ぶ方なので友達が少ないことを気にしてはいない。


「まあとにかく朱音と一緒にいれば問題ないだろ。朱音を通じて交友関係を広げりゃ、変な奴とは関わらないで済むだろうし」

「そう言うこと。学園での生活のサポートは任せなさい! あとであたしの友達も紹介するし、真夜の友達も紹介してもらえば良いわ」

「……真夜君、朱音さん。本当にありがとうございます」


 渚は二人の気遣いに涙が出そうになる。ほんの数ヶ月前まではこんな風に学園生活を送れるなど、想像もしていなかった。


(本当に真夜君と朱音さんのおかげです)


 渚は真夜と朱音の二人だけでも十分だと考えていた。でもそれだとダメなのだ。自分の世界に閉じこもっているのと同じだ。それでは昔と同じだ。だから自分も変わらなければならない。


 知らず知らずの笑みを浮かべる。何気ない日常。でもそれはとても尊くて輝いていて。


 渚は今あるこの幸福に感謝しつつ、学園生活を満喫するのだった。


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