第十九話 後始末


 真昼の渾身の一撃により、エルベの身体は光の粒子のように崩れ去り、空間に溶けて消えていった。


 その魂も浄化され、この結界の効力により昇華させられたようだ。


 完全に敵を殲滅した真昼は残心を忘れずに周囲を警戒しつつちらりと見ると、真夜も応えるように親指を立てた。


 終わった。そう思った瞬間、真昼の身体はぐらりと揺れ倒れそうになる。


「真昼!?」

「真昼様!?」


 すぐさま駆け寄った凜と楓に身体を支えられたが、真昼は疲労困憊で立っていることも出来ない状態だった。


「ごめん、二人とも」

「おい、大丈夫なのかよ、真昼!?」

「どこかお怪我を!? それとも!」

「ううん。どこも怪我はないよ。ちょっと疲れただけだから」


 力ない笑みを浮かべる真昼は、そのまま二人にゆっくりと地面に座らされた。


 二つの力を覚醒させた反動は凄まじかった。まだ身体の出来上がっていない十五歳の少年に過ぎない真昼には慣れていない強大な力の使用は肉体と精神に疲労を蓄積させるほどにきついものだった。


 また超級妖魔との戦闘と言うことで、今まで以上に気を張り詰めていたのも影響したようだ。


 この結界の中で多少の強化と回復がなされていたが、今の真昼は昨日の真夜のように限界まで消耗している状態だった。


「お疲れ様だな、兄貴」

「うん。真夜もお疲れ様。ご免、不甲斐ない所を見せたかな?」


 疲労困憊で座る真昼の下へと真夜が近づき労いの言葉をかけると、当人はまだ満足していないような返事を返した。


「いいや。俺も前に、朱音や渚にそんな感じの所を見せたからな。俺の場合、そのまま意識を失ったから、兄貴の方がまだマシじゃねえか?」

「ははっ。僕も出来るなら、今すぐこのまま寝たいって思ってるよ」

「疲れてるなら寝ても良いぜ、兄貴?」

「魅力的だけど、僕も真夜と同じように意地を張らさせてらおうかな」


 真昼の言葉に苦笑する真夜は、取りあえず事件解決だなと一息つく。結界は念のため起動し続けているが、真夜の霊力を取り込んでの反動のため、真昼は思ったよりも回復していないようだった。


「こっちも終わったわよ」

「ほぼ無傷で浄化できたはずです。あとで確認して頂ければ幸いです」

「あ、ああ。わりぃ。助かった」


 合流してきた朱音や渚の言葉に凜が感謝を述べるが、彼女自身未だに混乱しているようで歯切れが悪い。


「それであちらの方への対応はどうしますか?」

「別にどうもしねえよ。面倒事は全部婆さんに丸投げだ。それに一々関わるのも手間だしな」

「はっ、悪かったな。俺としても甚だ不本意だが、約束不履行になっちまったな。まあ多少は強くなれたんで、こいつには感謝してやっても良いんだがな」


 渚の問いに応えていた真夜に、気絶して意識を失っている光太郎を引きずりながらやって来た彰が声をかけた。この結界の効果か、光太郎の方も治癒が進んでいる。


 真夜のこの結界は十二星霊符を用いて行っており、ただ魔に反応するのでは無く、真夜の敵味方の認識か悪意の有無によって行われるという優れものである。そのため前鬼や後鬼には弱体化は起きてはいない。


 効果範囲こそ狭いし、展開後は使用した霊符を移動させたりすることも出来ないが、敵味方の数が多い場合は、何かと重宝する術である。


 ただしデメリットとして真夜もかなりの霊力を使用する必要があり、展開中も常時霊力を消耗する。


 敵への能力低下こそ大きいが、味方への強化率や回復度合いについては効果が低いため、一長一短ではある。


 真夜はそろそろ霊力も心許なくなってきたのと、戦闘も終わったので結界を解除し、殆どの霊符も消失させたが、念のため一枚だけで簡易結界を張って周囲に話を聞かれないようにはしておく。


 光太郎への治療? 最低限は結界の効果で出来ているだろうし、死にはしないので、完治させる必要は無い。


 それこそ真夜の知ったことでは無い。


「迷惑かけたな。まあこいつにはそれなりに罰があんだろうよ」

「だろうな。無かったら、婆さんが雷坂を責め立てるだろうよ。俺としても擁護してやる気はねえし、処分は雷坂に任せるが、曖昧に終わらせない事を願うだけだ」


 真夜としても昨日の一件や以前のことなどもあり、光太郎にはかなり怒りを覚えていた。積極的に自分から何かをするつもりはないが、今回の騒動の結果、光太郎にどんな沙汰が下されるにしても、甘い処分なら明乃は抗議をするだろうし、そこへ真夜も一口かませてもらうかと考えていた。


「それは上次第だが、手ぬるい処分じゃ身内も納得しねえだろうよ。何せこいつは割と嫌われてたからな」


 彰は面白そうに笑いながら真夜達に告げた。


 光太郎がやらかした事が多すぎる上に、当主の息子と言うことで増長甚だしい部分もあった。主流派では無い雷坂の一部からは問題視や適性を疑問視されており、これ幸いとそちらからも突き上げを喰らうだろう。


「で、俺はこれは約束を破っちまったって事になんのか?」


 彰としては光太郎の件など割とどうでも良いのだが、真夜との再戦が出来ない方が問題であった。


「……貸しにしといてやる。あとできっちり徴収するから、覚悟しとくんだな」

「はっ! でけえ借りになりそうだな」


 そう言いつつも彰は自分の望みは叶えられるとわかり上機嫌である。真夜も彰がただの脳筋では無いと感じ、目の前の男とはある意味で、上手く付き合っていけると考えていた。


「で、よ。そろそろいいか?」


 と、不意に凜が真夜の方に疑いの視線を向けていた。


「この状況、説明してくれるんだよな!? アタシだけ蚊帳の外みたいな扱いされてないか!?」


 この中で唯一、状況が飲み込めていない凜が声を上げた。


 彰もこの結界については何も言っていないが、真夜が展開したものだということ、真昼に関しても今の自分では敗北するであろう強者であることを理解している。


 それでも大人しくしているのは、真夜という極上の獲物がいるためであり、再戦が約束されているからだ。


 余所に余計なちょっかいをかける暇などないという考えもあるが、力を秘密にしているようなので、それに合わせるようにしているだけだ。


 だが凜は違う。いきなり強力な結界が展開され、真夜達が援軍に駆けつけたと思ったら、先ほどまであれほど苦戦した超級妖魔があっさりと倒されたいう形なのだ。


「この結界は一体何なんだ? それに真夜の方も雰囲気が違いすぎる」

「凜、それは……」

「まあ俺も昔に比べたら成長したって事だ。今回の合宿もそれに合わせてだからな」


 凜の指摘に曖昧な返答をしようとした真昼に対して、真夜が口を先に挟んだ。


「あの結界、お前が張ったってのかよ、真夜? 真昼ならまだしも、お前はこんな術なんて……」

「実際使えてるだろ? それに俺は昔から攻撃系の霊術や霊力の放出はまったく出来なかったが、防御や補助の霊術は弱いながらも使えただろ? 兄貴も覚醒したんだ。双子の弟の俺が覚醒出来ないってどうして言えるよ?」


 落ちこぼれが努力の末に大成した。そんな話が全く存在しないことも無いが、凜はそれでも懐疑的だ。


 そもそもこの結界も強力すぎる。超級妖魔を封じ込め、弱体化させるほどの結界を一人が展開できるなど本当にあり得るのだろうか。


 超級妖魔を援護があったとは言え討伐した真昼という天才が存在するのだ。あり得なくも無いが、それが双子とは言え、落ちこぼれと言われた真夜であったならば話は別だ。


 真夜がこの結界の事を語ったのは、どのみち見られているので隠し通せもしないし、誰が展開したかと後で詮索されて騒ぎを大きくされても困るからだ。


 彰は真夜には協力的だし、光太郎が何を言おうが信用が失墜している現在では話を聞いてもらえもしない。それに雷坂に対する攻撃材料は嫌というほど手に入れているのだ。口止めもしやすいし、明乃が無理やりに黙らせるだろう。


 凜に対してはすべてを打ち明けることは現時点では出来ないが、嘘をつくのでは無く、話せるところはギリギリ話して、できる限り誠意を持って対応するのが一番上手く行く方法であると真夜は考えた。


「……わかった。真昼が言えないって事はそっちの事情的に色々あるんだろ。しゃーねえな。今はそれで納得しておいてやるよ」


 凜も納得はできないものの、無理に聞き出す事はしないように矛を収めた。


「ごめん、凜。ありがとう」

「いいって、真昼。それにうちの依頼の鎧も無事に浄化してもらったからな。でも話せるようになったら、話してくれよな」


 真夜のことは気になるが、真昼が言えない事なら、この話はここまでだ。真夜がこれほどの術を使えるのならば、とっくの昔に知れ渡っていてしかるべきなのにそうなってないのだから、何らかの事情があると察することができる。であれば、下手に凜が騒げば星守と風間という一族間の問題にもなりかねないので、この話はここまでと打ち切った。


 それに真夜が成長したからこそ、真昼と仲直りが出来たのだと凜は思ったし、エルベを倒し、自分も助かったことも考えれば、責め立てる方がどうかしている。


「で、秘密にするのはわかったけど、この後始末はどうすんだ?」

「別にどうも? 兄貴達が妖魔を倒して朱音と渚が鎧を浄化。雷坂が馬鹿を無力化した。俺は見てただけ。何も難しくない話だろ?」


 凜の問いに真夜が毎度の事のように答える。確かに事実ではあるが、またこのパターンかと真昼達は苦笑する。


「てめえがそれでいいなら、妖魔の強さも控えめに報告しとけよ? 超級なんて流石に星守真昼が覚醒して強くなってそいつらの援護を受けてたって、簡単に無傷で倒せる相手じゃねえだろ。もっと深く調べられたら、お前の力の事もバレかねねえ。まっ、そっちの連中が納得するならだがな」


 彰も口裏を合わせるために、意見を出してくる。超級妖魔を討伐したとなればその名声は計り知れない。若手でそれを為し得たのならば、個人だけで無く六家の中でも力関係が大きく変化するだろう。


 そのため彰は真昼や凛が一族や個人的な名声を求めるならば、妖魔のランクを落として報告することに納得しないのではと思ったようだ。


「アタシは殆ど何もしてねえからな。寧ろ真昼の足を引っ張ったくらいだし」

「僕もこれ以上騒がれるのは今のところ望まないしね。それよりも雷坂はいいの? その、妖魔のランクを落とすと彼が操られてた件に関しても評価が下がるけど」

「こいつには良い薬だ。それに操られてたのは変わらねえだろう。まあ逆に超級妖魔を解き放ったって失態は隠せるだろうから、こいつにとってはそっちの方がマシだろうよ」


 超級妖魔など、六家でも一族の総力を上げて対応を余儀なくされる相手である。当主やベテランの一部を除けば、相対することも出来ない化け物を封印から解き放ったなど、知れ渡ればより大きな非難に晒される。


「やらかしたことも含めて、報いは受けねえとな」

「あんたも色々やらかしてるでしょうに」

「ほんとにお前は口が悪いな。星守、お前も苦労するだろうよ」

「いや、こいつはこう言う奴だからな。もう慣れたし」

「ちょっと! 真夜はどっちの味方なのよ!?」


 何となく彰も気にくわない朱音は彼に突っかかるが、軽くあしらわれた。


「でしたら、鎧の件も私達だけで行ったのでは無く、風間さんが行ったという方が良いですね」

「そうね。真夜の事を秘密にしてもらう対価だって思えば、安いものね」


 渚と朱音も名誉や名声には特にこだわりもないので、真夜と同じように手柄を譲ることにした。


「待て待て。それじゃアタシが納得しないっての! そりゃ風間の事を考えればその方がいいだろうけど、アタシだけだと無傷とか無理だろうから、絶対にボロも出るって。ババアもそこはツッコんでくるだろうから、悪いけどせめて二人が手助けしてくれたって事にしてくれよな」


 凜としては手柄を丸々もらうのはプライドが許さない。だが何もしていないとなると、妖魔のランクを落とした場合、莉子の追求があり、状況を疑われることになりかねない。


 真夜の事を秘密にすることを考えるのなら、話にはある程度の整合性を持たせる必要があった。


「じゃあまあ、しっかりとこの場で口裏を合わせるか。とは言え先に婆さんにも連絡して状況だけ簡単に伝えておくか」


 真夜はそう言うとスマホを取り出すし、明乃へと連絡を行うのだった。



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