第十八話 それぞれの勝利

 

「彰ぁっ!」

「なんだ。暗示が解けてねえのか? まあその方が俺としてぶちのめすのに丁度良いからな」


 殺意の籠もった視線を向ける光太郎に対して、彰は余裕の笑みを浮かべる。


「正直、あんまり気乗りはしねえんだが、これでも一応身内の不始末は自分達で付けとかねえと、面倒なことになりかねないからな」

「調子に乗るなよ、彰! 俺は霊器使いになったんだ! お前なんか!」

「だったら、しっかりと強いところを見せてくれよな、光太郎さんよぉっ!」


 全身に雷の霊力が行き届くと、彰は目にも止まらぬ速さで光太郎へと接近する。


「っ!?」


 彰の右手が振り下ろされるが、光太郎は何とか反応し、戦斧の柄を両手で握り受け止める。押し返そうと両手に力を込めるが、彰の腕はビクともしない。


「身体能力も高くなってるが、こりゃ俺だけの力じゃ無いな」


 彰は自ら腕を退くとそのまま後方へ大きく飛び退いた。


「くそがぁっ!」


 光太郎は距離を取った彰に対して斧を振るい、巨大な雷の纏った衝撃波を撃ち出す。


 しかし彰は左手を前にかざすと、簡単に受け止め相殺した。


「これで終わりか?」

「調子に乗るなよ、彰ぁっ!」


 その後も何度も雷を解き放つが、その悉くを彰は余裕で受け止める。


「うぜえぇんだよ、お前は昔からよぉ!」


 光太郎の怒りはピークに達していた。真夜の結界でエルベの呪縛は殆ど効力を失った。しかし光太郎の心の闇が深すぎたのか、それとも彼の彰への敵愾心が強すぎたのか、未だに暗示の効果は残っていた。


 霊器を発現し、彰と同等になったはずだった。霊術を使えなかったとは言え、一度半殺してやったというのに、彰はそれでも光太郎を他の有象無象と同じような視線を向けている。


 気にくわない。気にくわない。気にくわない!


(俺は霊器使いになったんだ! もうお前だろうが、俺を見下させねえ!)


 光太郎の霊器が輝きを増す。今までで最大規模の雷が集束していく。


「お前は俺に跪くべきなんだよ! 俺は雷坂の跡取りなんだ!」


 自分は雷坂一族の長となる。そうだ。自分は選ばれた人間なのだ。霊器を顕現した。数多の退魔師の中でも上位の存在。雷坂の一族内でも上位に位置する使い手となった。


 昔から腹立たしい相手だった彰をこの力で真正面から叩き潰す!


 だがそんな光太郎を前に彰は笑みを浮かべた。


 しかしその笑顔は光太郎が自分に取って脅威になったから浮かべたものではない。愉しめる戦いができるからでも無い。


(前ならそこそこに愉しめたんだろうが、今じゃこの程度じゃまったく面白くねえな)


 数日前ならば、今の光太郎ならば彰も無視できない存在であっただろう。光太郎と戦うことに昂揚していただろう。


 しかし今は違う。彰は知った。理解した。自分の想像も出来ない、今の自分の力が到底及ばない頂点にいる、それこそ雲の上にいるであろう存在を。


 だから光太郎はただの踏み台であり糧だ。あの領域に行くための、新たな力を我が物にするための。


「俺に踏みつぶされちまえ、彰ぁっ!」


 真昼が受け止めた時よりもさらに威力を増した戦斧の一撃。


 だが彰は自らの新たな力を解き放つ。両手の霊器が雷を集束すると、それは彰の腕を伝い、背中へと流れる。カッと光が溢れると彼の背中から黄色く輝く一対の雷の翼が出現する。また左右の霊器により圧倒的に増幅された雷の霊力は、彰の全身を包み込んだ。


「はっ! 行くぜ、おらぁっ!」


 雷の神鳥のように、雷と一体化した彰は光太郎へと突撃する。彰の最大級の一撃が、その腕の爪が、光太郎の雷を切り裂き、粉砕すると、そのまま光太郎の横をすり抜ける。


「がぁぁぁぁぁっっっ!!!!???」


 直後、光太郎は雷に焼かれ、刃に切り裂かれたように全身から血を吹き出し、そのまま地面へと倒れ込んだ。


 一応、手加減はしておいた。重傷ではあるだろうが、死ぬことは無いだろう。雷坂は雷術使いなので、雷に対する抵抗力が強い。光太郎も宗家の人間であるので、致命傷にはなり得ないだろう。


「……てめえとは目指す場所が違うんだよ」


 雷坂という箱庭での頂点を目指す光太郎と箱庭を飛び越え、もっと広く高い頂を目指すことを決意した彰。


 だから彰は力を得た光太郎でさえも眼中にはなかった。


 目指すべき頂は、天辺はすでに見つけたのだ。


「待ってやがれ、星守。すぐにそこに行ってやるからな」


 彰は不敵に笑みを浮かべながら、戦いの推移を見守っている真夜を見据えるのだった。



 ◆◆◆



(なるほど。思った以上にやるな。まだまだ兄貴の方が強いだろうが、このまま成長すりゃ下手すりゃ喰われる可能性もあるか)


 真夜は彰の戦いを観察しながら、彰の評価を上方修正した。総合力では真昼に軍配があがるが、爆発力という点では彰も負けてはいないだろう。


 まだ力に振り回されている印象は見受けられるが、あの年齢であることを加味すれば破格と言える。


 異世界に渡った真夜でもあの領域にたどり着くにはかなりの時間を要した。まだまだ伸び盛りの年代と言うことを加味しても、おそらく朱音や渚でも追いすがるのは困難かも知れない。


(けど俺にとっても悪い話じゃ無いからな)


 自分が脳筋思考に侵されているいう自覚はある。彰が強くなれば、それだけ自分もスパーリングの相手として有効活用できる。


 真夜もまだまだ強くなりたいと思っており、自分の修業相手も多い方が良い。


(まっ、それは今後の話だな。朱音と渚の方は……)


 真夜は彰への意識も払いつつ、戦場のすべてを観察していた。異世界では守護者として、パーティー全員の動きに注意を払う必要があった。パーティーの指揮の要である聖騎士の教えと彼のサポートとして鍛えてきた。


 聖騎士の青年は戦場全体を俯瞰出来ると言っていた。真夜はそれほどの視野は無いが、今も三つの戦闘を同時に認識していた。


「こう言うのって苦手なのよね!」

「面倒ですが、仕方ありません! 朱音さんは援護をお願いします!」


 朱音と渚は鎧武者相手に浄化の術を行使していた。戦闘開始前に、凜からアレは風間が浄化の依頼を受けていた鎧だと聞かされた。


 凜も最初は真昼の援護に回るべきか、それとも鎧武者を相手するかと逡巡していた。


 だがそこへ渚が「でしたら浄化してできる限り無傷で確保するようにします」と提案した。


 渚のまさかの提案に、凜は目を丸くしたが朱音も「まあ風間に貸しを作れるならいいか」と同意していた。


 真夜の結界の効果で特級クラスだった鎧武者は最上級の中位程度までに力を低減させられていた。


 特級クラスならばまだしも、今の朱音と渚の二人がかりならば、真夜の霊符の援護が無くても最上級クラス程度問題なく対処できる。


 それにこの結界の中でならば、霊符の強化ほどでは無いが、ある程度の能力上昇の効果がある。今の二人が全力で挑めば、最上級クラスならば余裕で即座に倒せてしまうので、このような縛りでの戦闘でもしなければ修行にならないのだ。


 戦闘で相手を侮ることはしてはいけないが、敵は三体な上に、エルベは真昼達が、光太郎は彰が相対している。その後ろには真夜が控え、時間をおけば明乃や莉子が合流してくる状況なのだから、風間に恩を売れる戦い方を選択するだけの余裕は十分にある。それに貸しを作れば真夜の力についての口止めもしやすくなるだろう。


 だからこそ渚は凜にこの提案を持ち掛けた。朱音は浄化の霊術はあまり得意では無いので、渚のサポートとして動いている。戦闘に関しては朱音の方が上だが、補助系等は渚の方が圧倒的に優れている。


 今も数体のツバメ型の式神を飛ばし、相手を翻弄しながら朱音を援護し、同時に霊符を用いて浄化を行っている。


「グォォォォォォォ!!!!!????」


 ただでさえこの結界の効力で鎧武者は刻一刻と妖気を削られているのに、そこにきて渚の浄化の霊術を浴び続ければ、遠からずその身は完全に浄化されてしまうだろう。


 力任せに攻撃を振るうが、それらはすべて朱音に受け止められるか炎により相殺されてしまう。また鎧武者の注意を引き、翻弄する意味でも渚の式神は厄介だった。目の前で蠅や蚊が飛び回るかのように、鎧武者の注意力を分散させる。真夜相手に幾度も鍛錬していた二人は完璧な連携の下、鎧武者を追い詰めていく。


「グロォォォォッッ!!!!」


 鎧武者は手に持つ刀にありったけの妖気を集めるとそれを解き放ち、巨大な妖気の球体が朱音へと迫る。


「しゃらくさいわよ!」


 朱音はその場で立ち止まり、膝を曲げ腰を落とすと槍の穂先を妖気の球体へと向ける。紅蓮に輝く炎を纏った穂先で朱音は球体を突き刺す。紅蓮の炎は妖気を焼きつくし、瞬時に消滅させる。


 弱体化した今の鎧武者の最大級の攻撃では、今の朱音の脅威たり得ない。


「あたしはやっぱりこっちの方が性に合ってるわね!」


 細かい操作や浄化などの霊術が苦手な朱音としては、シンプルな戦い方の方が性に合っていた。


「流石朱音さんです。でも私も負けてませんよ」


 隙を突き真夜に習い、自らも習熟度を増した浄化の霊術を展開する渚。五羽のツバメに霊符を持たせ、それを起点として五芒星が描かれる。


 真夜の展開した浄化の結界に後押しされるかのように、渚の展開した術が鎧武者を拘束する。内部へと浸透していく浄化の霊力。逃れようと鎧武者が全力で巨体を揺らすが、身じろぎする程度にしかならず結界はビクともしない。


「無駄です。今の私の結界はその状態の貴方には絶対に破れません」


 宣言しながら右手に握った刀を構え、スッと左手の中指と人差し指を立てて剣印を結ぶと指の間に一枚の霊符を挟む。


「これで終わりです」


 拘束された鎧武者に手が届く範囲に移動した渚が左手に挟んだ霊符を巨体に押し当てると、残っていた妖気が霊符に取り込まれていく。


 妖気によって巨体化していた鎧が元通りの大きさに戻った。どす黒い妖気を未だに放っている霊符だが、もはや何も出来ない。渚はボッと炎の霊術で札を燃やし尽くす。


「渚!」


 朱音は渚に近づくと手を伸ばす。渚も同じように手を伸ばすと二人は笑顔でハイタッチを行うのだった。



 ◆◆◆


 エルベは真昼と改めて向き合っていた。


 だが先ほどのような余裕は無い。ほんの少し前まであった全能感は消え、一気に身体に重しがのし掛かったような状態だ。


(マズい、マズいですわ! 今の状態では先ほどのような再生能力が期待できませんわ!)


 月の恩恵が結界に阻まれている。空間その物が完全に隔離されており、上と下からの浄化の霊術が一秒ごとにエルベの力をそぎ取っていく。


 何とか超級クラスの力は維持しているが、それでもいつまで持つか分からない。


 逆に今は真昼の方がこの結界により強化されている。


(結界を張っているのはあの術者! この結界、わたくしの力では突破できない! ならば術者を殺すしかありませんわ!)


 しかし殺せるのか? エルベの脳裏に一抹の不安が浮かぶ。


 彼女の見据える先には真夜がいる。大分消耗しているようにも見えるが、それでも得体の知れない恐ろしさをエルベは感じていた。


 それに目の前の真昼達もまた今の自分には手に余る相手だ。


 真昼とその守護霊獣の前鬼と後鬼。楓に凜。今の自分ではとてもではないが、全員を余裕を持って相手に出来るとは思えない。


「致し方ありませんわね! これだけは使いたくは無かったのですが!」


 地面に降りたエルベの身体に変化が起こる。少女の身体が膨張し、服が破れていく。色白だった肌が茶色に変化し、顔も人間のものから蝙蝠へと変貌する。身長も伸び、二メートル近くに達すると筋肉質な肉体は硬化し、腕から翼が生えた蝙蝠の化け物の姿へと変わり果てた。


「ぐへへへへ! わたくしのこの姿を見たからには、お前達は死ぬ!」


 妖気も再び膨れあがりだした。先ほどと比べれば見劣りするだろうが、それでも多くの退魔師から見れば絶望的な強さだろう。


 しかし真昼は動じない。彼だけでは無く、前鬼も後鬼も楓もだ。彼らはその上の力を前に戦った経験があるのだ。そんな彼らに凜も覚悟を決める。


(アタシだけビビってんじゃ無い! これ以上、真昼の足を引っ張ってたまるか!)


 気合いを入れ直し、霊器で霊力を増幅する。


「楓、凜、後鬼は援護して。前鬼は僕と前衛で一気に倒すよ」


 そう言うと、真昼はエルベへと駆ける。


「お前を殺してその血を頂くわ!」


 圧倒的な暴力が真昼に降り注ぐ。一流退魔師でも一撃で防御ごと四散させられる攻撃。


 しかしその攻撃を真昼は先ほどと同じように、いやそれ以上に余裕で回避して見せた。


 今の真昼は感覚がどんどんと研ぎ澄まされている。


(まだだ。まだまだだ。もっと、もっと先へ!)


 真昼もまた、彰と同じように頂を知り、その力に焦がれ、そこを目指す者だった。弟への慚愧の念を受け入れ、昇華させた。自らの不甲斐なさを自覚した。強くなることを決意した。誰かを守るという信念を固めた。


 新たな力に目覚めた真昼は、その力を急速に我が物へとしていく。


 同時にそれはもう一つの、真昼だけの力の覚醒も意味していた。


 白銀に輝く日本刀も真昼に呼応するかのように力強く脈打っている。


「アタシ達も援護するぞ。楓、合わせろ!」

「わかりました、凜様! 行きます!」


 渦巻く風が炎を纏い、炎の旋風となってエルベへと迫る。真昼は攻撃が到達する前に、エルベの身体へ攻撃を加え、体勢を崩した。


 それを見計らい、離脱した真昼のすぐ後に炎の渦はエルベを包み込み、その身体を切り裂き燃やさんとする。


「ぐふふふふ! この程度のつむじ風とたき火のような炎ではわたくしは倒せませんわよ!! ふんっ!」


 身体に力を込めると、それだけで炎の渦は消し飛んだ。超級の力は伊達ではない。今の凜と楓では足止め程度しか出来ない。


 だがそれで十分だ。きらりと白刃が煌めいた。閃光のような輝きを放つ刀を見て、エルベは思わず凝視してしまった。


 ―――美しい―――


 それはまるで月のような優しい光の様にエルベには感じた。


 しかしそれは彼女達の弱点たる太陽の様な輝きをも纏っていた。


 エルベがその輝きに目を奪われた刹那、その刃に天空と大地より浄化の霊力が急速に集束していった。


 左手の剣が霊術の構成を分解する特殊能力を有していたように、右手の刀にも特殊な能力を有していた。


 斬魔、あるいは降魔の力。自身の霊力や周囲の霊力を取り込み、魔を討ち祓う浄化の刃と化す。


 真夜の膨大な霊力を取り込み、さらに強化された浄化の刃。双子故、また真昼の力に真夜の力が混ざっているため、純粋な真昼の能力とは言え、真夜の霊力との親和性は抜群だった。


「!?」


 ――光刃一閃(こうじんいっせん)――


 相手を両断する縦一文字斬り。


 ぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!


 頭部から真っ二つにされ断末魔の悲鳴を上げるエルベ。超級クラスのエルベを一刀の下に消滅させることは出来なかったが、致命傷を与えることは出来た。


 エルベは持ち前の再生能力で何とか身体をつなぎ止めようとするが、彼女にしてみれば毒の染み込んだ刃で切り裂かれたようなものだ。浄化の力が傷口から身体の内部に進行していく。


「今だ!」


 真昼の号令の下、凜や楓、後鬼が全力の霊力をエルベへと向ける。回避も防御も出来ず、エルベはまともに直撃する。


(なぜ、どうして!? なにがっ!?)


 自分は負けないはずだった。満月の加護により、不死身の肉体を誇っていたというのに。一体、どこで、何が、誰のせいで……。


 ちらりと視線を真夜の方へ向ける。その男はどこまでも余裕の笑みを浮かべている。


「これで最後だ」


 声が聞こえた。混乱の極みにあったエルベが最後に見たのは、再び光り輝く刃を横薙ぎに振るう真昼の姿だった。


 横薙ぎに振るわれた真昼の刃が彼女の身体を両断すると、彼女は四つに分かれ、そのまま意識を消滅させるのだった。


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