第十七話 合流

 

 真昼からの連絡を受けた真夜は、戦闘を行いやすい服装に着替え急ぎ彼に合流すべく宿を出た。勿論、朱音や渚、楓や明乃も一緒だ。


「急ぐか。兄貴からの情報じゃ相手は超級クラスの可能性があるんだろ? 電話の方も途切れたみたいだしな」

「ああ。今の真昼ならばすぐにどうにかなることも無いだろうし、私やお前がいる事を考えれば無茶や無理をする事もないだろうが、急ぐ必要はあるな」


 今の真昼ならば時間稼ぎに徹すれば、すぐに敗北することはない。それは真夜と明乃の共通認識だ。


 しかし被害が拡大するのを抑えるためにも、早く真昼に合流し対処する必要がある。


「真夜、今のお前はどの程度回復した状態だ?」

「普段の七割程度には回復した。超級クラスまでなら、まあ問題ないだろ。それに兄貴や婆さんもいるんだ。強化すれば超級クラスとはやり合えるだろうし、最悪は奥の手を切るさ」

「できる限りそれは控えろ。まだあれは知られるべきでは無い。今回は私と真昼が表だって戦う。お前は私達が危険と思われれば手を出してくれればいい」


 移動の最中に明乃は真夜に状態を確認し、戦略を立てるべく思考を巡らす。厄介な事になったとは思っているが、真昼と同じように悲観していなかった。


 消耗しているとは言え、真夜がこの場にいる時点で、超級クラス程度にならば手を焼いたとしても敗北はあり得ないと計算していた。


 明乃も真夜の霊符の補助があれば、超級クラスならば対応できる。流石に単独や守護霊獣の援護があっても確実に勝てるとは思っていないが、真夜の援護や真昼が健在ならば十分に勝算があった。


 またルフに関しては今回は人目に触れる可能性が高いので、よほどの事で無い限り喚ばない方がいいと明乃は判断した。


「わかった。そうさせてもらう。朱音達はどうだ?」

「問題ないわ。今日でかなり回復したしね」

「大丈夫です。こちらも最悪は援護に徹します。昨日の訓練が役に立ちそうですね」

「はい。私も問題ありません。早く真昼様に合流しましょう。真昼様が心配です」


 三人も問題ないようだ。


 明乃も八咫烏を召喚し、臨戦態勢を取る。だが八咫烏が周囲を警戒するように何かに反応している。


 低くうなり声を上げ、何かを威嚇しているようだ。


「……まずいな。強力な妖魔の出現で、高野山一帯の霊的バランスが崩れてきているようだ。あちこちで封印されていた低級や下級の妖魔が活性化している。一部は封印を破るかも知れん」

「昨日は結界で周囲への影響を極力抑えたんだが、連日じゃあそうもなるか」


 八咫烏が警戒するくらいに妖魔が蠢きだしているのだろう。超級クラスに近い妖魔が高野山の結界の中で力を発揮すれば、それにつられてこの地に封じられているモノ達が活性化するのは必然だった。


「雑魚ならばまだ良いが、大物が暴れ出せばそれだけで被害が拡大するな」

「どうする? 今の状態でも全力で霊符を全部起動させれば、高野山の浄化は出来るぞ」

「いや、最悪はそうしてもらわねばならないだろうが、下手にお前の力を解放させて問題になるのも考え物だ。幸い、高野山に張られている結界が押さえ込んでくれている。それを強化すれば最悪の事態は回避できるはずだ」


 明乃としては大規模浄化の霊術を真夜が使えることを今更驚きはしないが、下手に大勢に露見するのは今の時点ではマズいと考えた。主格の妖魔さえ早急に討伐できれば大きな被害は起きないが、結界を一度強化しておくに越したことは無いと明乃は考えた。


「じゃあ婆さんは結界の強化に向かってくれ。俺は兄貴と合流して敵を叩く」

「お前に負担がかなりかかるぞ?」

「構わねえさ。兄貴が無事なら、兄貴を強化するし、婆さんもそう時間を置かずにこっちに合流してくれるんだろ?」


 真夜としても他の場所で妖魔や悪霊が活性化されれば面倒なことになる。被害が広がってからでは遅いし、明乃の懸念も理解できるので、二手に別れることが得策だと判断した。


「わかった。真昼の追っている妖魔を頼む。それと私には霊符の援護は不要だ。この状態でもそれなりのことは出来るからな。私と八咫烏で結界の強化を何とかしよう。ついでに莉子の奴も合流して連れて行けば、秘匿も出来るし、結界の増幅も問題ないだろう」


 高野山の結界が強化されれば、妖魔の力も抑えられる。超級妖魔相手にどこまで効果があるかは未知数だが、他の妖魔に対しては有効であろう。


「お前達は先に真昼と合流しろ。私もすぐ後を追う」

「了解。けど婆さんが来る頃には終わってるかも知れないぜ?」

「ふっ、それなら私も手間が省けていい。だがこの間のように無茶はするなよ? そして無理そうなら時間稼ぎに徹しろ」

「その場合は切り札を切るさ。まっ、そうならないように立ち回るから心配しなくていいぜ、婆さん」


 不敵な笑みを浮かべる真夜に明乃はまったくとため息をつく。


「お前達三人も無理はするな。真夜がいるとは言え、何が起こるかわからんからな」


 明乃の言葉に朱音達三人は頷く。彼女達も自分の実力を過信はしていない。


「では一度別れよう。真夜、頼んだぞ」

「婆さんからそう言われるのも新鮮だな」

「茶化すな。少しは緊張感を持て」

「こう見えて、切り替えは上手い方だよ」


 軽口を叩きながらも真夜はすぐに雰囲気を変えた。


「じゃあ婆さんも頼んだぜ」


 真夜の姿に頼もしさを覚えつつ、満足そうに笑みを浮かべると明乃は即座に八咫烏を引き連れて高野山の結界の起点へと向かった。


「さて、俺達も急ぐか」


 真夜の言葉に頷いた朱音達は、その場を駆け抜け結界に阻まれた場所へと到着した。

 強力な妖気の結界は禍々しい気配を放ち、特級どころか超級クラスであることを予感させる程の妖気だ。


「この先ね。どうする? このままぶち破って進む?」


 霊器を顕現させた朱音が真夜に問うが、彼は首を横に振った。


「中の様子が分からねえからやめとけ。もしかしたら不利な状況で苦戦してたり負傷してたりするかもしれないが、有利に事を運んでいたとしても、いきなり突撃して逃げられでもしたら問題だ」

「でしたら、どうしますか?」

「そうです! 真昼様もですが、凜様もいるでしょうし、超級妖魔ならばお二人が危険です」

「分かってるって。まあ今の兄貴なら大丈夫だとは思うが、もしもの時を考えて今回はこれでいくか」


 真夜は十二星霊符をすべてを周囲に展開すると、十枚を飛翔させて五枚を空へ、残り五枚を妖気の結界の外周部へと移動させた。


「これを使うのは久しぶりだが、超級クラスならこれで十分対応できるはずだ。それに中の奴もだが、この結界も霊脈に影響して妖魔達を活性化させてるだろうから、まずはこいつを無効化する」


 十二星霊符が霊力を増していく。霊符が光を増し、光の線がそれぞれの霊符に伸び繋がっていく。


 まず最初に完成したのが空の五芒星。続けて大地の霊符も五芒星を描く。空と大地に五芒星が描かれ共鳴し合うと、霊力の結界が妖気を飲み込むのだった。



 ◆◆◆


「なんですの、これは!?」


 光の結界に閉じ込められたエルベは突然のことに狼狽した。彼女の身体が重く感じ、先ほどまで全能感が消えていく。


 まるで満月の恩恵を奪われているかのようで、さらに聖水を全身に浴びせられたような不快感がエルベを包み込んだ。


 真夜が展開したのは十二星霊符を十枚も使用した大規模結界。空と大地に霊符を展開し、五芒星を作り出すことでお互いを干渉させ、通常以上の浄化力と破邪の力を極限まで高める結界術の一種である。


 展開するには膨大な霊力を必要とするため、今の真夜では広範囲に効果を与えることは出来ないが、エルベの展開した結界を包み込む程度の規模は展開できる。それに、そもそもが結界術であるため、隔離と隠蔽効果もあると言う優れた術だ。


 魔に属する者は中にいるだけで消耗し、上級クラス妖魔でも即座に消滅する力がある。またこの結界から脱出は簡単では無い。それこそ術者の霊力が底をつくか、術者を殺さなければ脱出が不可能であった。


 さらに効果はそれだけではなかった。


「なっ、身体が……それにこの術……」

「どう言う事だ。傷が完全に消えて身体が軽くなってきやがった」


 凜と彰は自分の身体に起こった変化に驚いている。真昼が浄化しきれなかった妖気が完全に消し飛ばされた。彰も自力である程度治癒させたが、完全に治癒しきれていなかった傷が嘘のように消えた。


 真昼は二人が万全の状態に戻ったのを確認すると、エルベ達への警戒を怠らずにこの結界を展開したであろう人物を探す。


「よう、兄貴。無事なようで何よりだ」

「真昼様! ご無事ですか!?」

「真夜! 楓!」


 真夜と楓の姿を確認し、安心した笑みを浮かべる真昼は、少し肩の荷が下りたような気がした。


「あたし達もいるわよ」

「微力ながら協力させて頂きます」


 朱音も渚もそれぞれ霊器と刀を持ち、臨戦態勢でいる。戦力的にはこれで大きく相手を上回った。


「よう、星守。昨日ぶりだな」


 真夜の姿を見た彰も気安く挨拶をしてきた。朱音や渚は何故いるのだと彰を見ている。


「あー、これってどう言う状況だ? 向こうには何か面倒な相手もいるし」


 真夜は嫌そうな顔をしながら、彰や光太郎、エルベの方を見つつ真昼に訪ねる。


「僕もあんまり良く分かっていないんだけど、どうも彼は操られてるみたいなんだ」

「俺は情けないことに、そんなあいつにやられてここに連れてこられた。まあさっきお前の封印を破ってこれからあいつをぶちのめす予定なんだがな」


 真昼の説明に補足するように、彰が答える。どうにも面倒な状況だなと真夜は思い顔をしかめる。


「お祖母様は?」

「婆さんなら高野山の結界の強化に行ったぞ。ここの影響か、あちこちで妖魔や悪霊が活性化してたみたいだからな」


 しかし真夜の張った結界で他への影響も抑えられるだろう。さらに明乃が高野山に張られている結界の強化を行えば、活性化していたモノ達も沈静化するだろうし、最悪暴れ回ろうとも高野山に常駐する退魔師達ならば弱体化した相手程度には遅れを取らない。


「そっか。じゃあ僕達が彼女を倒せば解決って事だね」

「そう言うことだな。なんだ、やる気満々だな、兄貴」


 何の憂いも無くなったとばかりに、真昼は再び剣と刀を構え直す。身体からわき出す霊力は凄まじく、闘志も今までの真昼からは考えられない程だった。


「ここまでお膳立てをしてもらったんだから、少しは僕も活躍しないと色々と立つ瀬が無いから」


 古墳の一件で真昼は何も出来なかった。罪業衆の時も同じだ。


 ただ見ていることしか出来ず、その功績まで真夜に譲ってもらう始末だ。


 真夜が来たことで最悪の事態は回避される。だが真夜に頼りっきりなのは、兄としても一人の退魔師としても情けない限りだ。


(僕はまだまだ弱い。また真夜に助けてもらった。こんな状況で勝ち気になるのも情けないけどこれ以上、真夜の手を煩わせることをしたくない)


 この結界もエルベの弱体化も真夜のおかげだ。自分の成果では無い。ここで相手を倒しても自分の功績では無いだろうし、考えようによってはまたいいとこ取りでしかないかもしれない。


 それでも真昼は今、自分が出来ることをやろうと考えた。


「真夜はそこで見てて。きっちりと終わらせてくるから」

「わかった。俺は後ろで見てるさ。で、あっちの奴らは……」

「あいつは俺がきっちり落とし前をつけるぜ。身内の不始末くらいはしないとな」

「あんたもこの間、不始末起こしたじゃない」

「てめえは割と根に持つ奴だな」


 彰の言葉に朱音が嫌みを言うが、彰も自覚があるのかそれ以上反論はしなかった。彼の言い分を聞いてやる義理は無いのだが、真夜が何も言わないので朱音達も取りあえず彰に光太郎を任せることにした。


「じゃああたしはあの鎧武者でももらおうかしら?」

「朱音さん、抜け駆けはダメですよ。私も今回は少しは活躍したいですから」


 朱音と渚もやる気を見せており、真昼と同じく罪業衆の時に役に立たなかったのを悔やんでいるようだ。


「では私は真昼様の援護に回ります。お一人で戦うのは見過ごせませんので」

「うん。援護は頼むね、楓」


 楓も真昼のサポートに回ることにした。如何に真夜の結界で弱体化しようとも、念には念を入れてだ。真昼も自分一人でケリを付けるとは言わない。優先すべきは敵の討伐だ。


 真夜も状況的に自分は前に出ず、サポートに徹するのが得策だと考え、異論を挟まないでいた。


「ああ、くそっ! 何でお前らそんなに落ち着いてるんだよ!? この結界の事もだけど、敵は超級クラスの吸血鬼なんだぞ!? このメンバーだけでそんなに余裕を持てる相手じゃないだろ!?」


 凜がじれたように叫ぶ。彼女からすればいきなりの結界の展開で状況が改善されたとは言え、援軍に来たのが真夜達だけで莉子や明乃の姿が無く明らかに戦力が足りていない。だというのに真昼達があまりにも余裕の態度を取っているので相手を侮っているとしか思えなかったようだ。


「大丈夫だよ、凜。僕達は勝つから」


 そんな混乱の極みにあった凜に、真昼が優しく言うと、そのまま彼女の横を通り過ぎ、再びエルベと対峙する。エルベはと言うと先ほどとは打って変わり、苦悶の表情を浮かべている。


「さあ、終わらせようか」


 真昼が宣言すると、再び戦いが再開するのだった。

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