第十四話 敵対


 真昼と凜は急ぎ、騒ぎが起こったであろう場所へと向かった。一流退魔師と遜色ないあるいは上回る霊力の放出。それも結界を張らずに放たれたそれは、確実に周囲へと混乱と影響をもたらした。


 サイレンの音が鳴り響き、野次馬達も大勢通りに出てくる。


 人の波をかき分けてたどり着いた寺院。そこには警察関係者や寺院の関係者と思われる人間、それを見る野次馬などで溢れていた。


 警察はまだ来ていないようだが、凜と真昼は境内に残る霊力と微かに感じられる妖気に表情を強ばらせた。


「真昼、これって」

「うん。微かだけど妖気を感じる」

「ああ。それと質がやべえ。こんなのアタシも感じたことねえぞ」


 感知能力の高い凜と真昼は境内の妖気の質が異質な事に気がついた。霊力自体は雷坂の物に近かったが、妖気は微かにしか残っていなかったのに、二人をして危険と判断させるレベルの物だった。


「特級、いや下手すりゃ超級の可能性もあるんじゃ……」


 凜の頬に一筋の汗が流れる。凜の実力を以てしても、勝ち目が無いと思われる存在。それが出現した可能性があると凜は考えた。


「そうだね。もしそうなら、早く手を打たないと」


 逆に真昼は凜と違いそこまで悲観していなかった。仮に超級妖魔であったとしても、倒すことに関しての杞憂は無い。


(他力本願で情けない話だけど、超級妖魔だったとしても、真夜がいるから倒すことは出来る。問題は、被害が広がる前に見つけて、対処できるかどうかだけだ)


 真昼達だけならばともかく、超級妖魔どころか覇級妖魔さえ倒した実績のある真夜がいる。現状、万全とは言い切れないだろうが、ルフも召喚できるのと真昼や明乃が一緒にいる点を加味すれば、超級妖魔を必要以上に恐れる事はない。


 今の真昼でも前鬼と後鬼がいれば、超級妖魔が相手でも時間稼ぎなら十分可能だろう。


 だが一番の懸念は、妖魔が起こす被害だ。超級妖魔が全力で暴れれば、高野山は一夜にして灰燼に帰すだろう。そこまでの被害を出すつもりは無いが、死傷者の数が三桁に及ぶことも十分に考えられる。


 今もこの瞬間にも、被害が拡大している可能性もあるのだ。


「どうする?」

「お祖母様達に連絡して、指示を仰ごう。こっちもできる限り式神を飛ばしたりして形跡を追跡……」


 ゾクッ


 二人は何者からの視線を受けた。それだけで身体中に悪寒が走った。


「くそっ! どこの誰だ!?」

「凜、落ち着いて」


 周囲を苛立ちげに見回す凜に真昼が言うと、自身もその視線の出所を探る。


(いた!)


 雑踏の中、二人は一人の金髪の少女がこちらを見ているのを見つけた。にこりと可愛らしい笑みを浮かべているが、気配は人間の物ではなかった。先ほど感じた妖気だ。


 少女は二人が気づいたことを確認すると、そのまま背中を向け歩き出した。


「ちっ、舐めやがって。アタシ達を誘ってやがる」

「十中八九、罠だろうね。でも放置も出来ない」


 これだけ人が集まって来ているにも関わらず、気がついたのは自分達だけだ。他にも退魔師とおぼしき人間が何人かこの場にはいたが、彼女に何の違和感も感じていないようだった。


 二人は誘い出されている事は分かっていたが、このまま姿を見失い潜伏される方が危険と判断し、追跡することを決める。


「ある一定以上の力が無いと見破れない術か?」

「たぶんね。さっきの一瞬以外、力を漏らしていないし、指向性を持たせたからなのか、僕達以外気がついてない。とにかくお祖母様達に連絡して、情報の共有をしよう」

「しかたねえか。アタシ達だけじゃ、取り逃がす可能性もあるからな」


 スマホを取り出し、真昼と凜は明乃と莉子にそれぞれ連絡を入れると少女を追いかける。少女の足とは思えない速さであり、二人も本気を出さなければ見失ってしまいそうだった。


 段々と人のいない場所へと誘い込まれている。途中、通話を続けていた電話が途切れた。結界に取り込まれたのか、電話が通じないようになった。


「どうする?」

「……追おう。大体の位置は伝えているし、お祖母様達にも情報はある程度伝わったはずだから。それに見失う方が問題になると思う。最悪は時間稼ぎに徹しよう」


 装備の大半が無いし、式神を飛ばそうにも式符が手元に無い。だが二人は霊器使いであり、最低限の自衛手段もあるし、戦闘も行える。被害を出さないためにも、危険と思われても追跡するべきだと真昼は主張した。


「わかった。けど真昼もアタシと一緒で過激になったな」

「過激とは少し違うかな? 今一番の最善を考えてるだけだよ」


 自分が倒れても後に真夜が控えてくれているので、後顧の憂いは少ない。


 しばらく移動を続けた少女がたどり着いたのは、誰もいない修練所だった。


「こんばんわ。月の綺麗ないい夜ですわね」


 修練場の真ん中で立ち止まった少女は朗らかな声で二人に挨拶をした。真昼と凜は警戒を怠らず、少女と距離を取りながら臨戦態勢を取る。


「あら嫌ですわ。こちらが挨拶をしたのに、お返事してくださらないなんて。わたくし、少々悲しいですわ」

「へっ、言ってんじゃねえよ。アタシらを誘い出して、どう言うつもりだ? お前、人間じゃ無くて妖魔だろうに」

「その通りですわ。自己紹介が遅れましたわね。わたくし、バートリ・エルベーゼと申します。あなた方のお名前をお聞かせ願えません事?」

「……言っちゃダメだよ」

「わかってるって。名前を教えたら、どんな術をかけられるか分かったもんじゃ無いからな」

「連れませんのね。残念ですわ」


 二人の態度にエルベは心の底から残念そうな表情を浮かべた。


「ですが本日は凄くステキな日ですわ。封印から解放されただけでは無く、このような魅力的な殿方や美味しそうな生娘や、従者と出会えるなんて」

「……封印だと?」

「そうですわ。わたくし、数百年もの間、封印されておりましたの。ですが先ほど解放され、こうやって再び自由の身となりましたのよ。ああ、あとお気づきかも知れませんが、わたくし吸血鬼ですの」

「自分の正体をバラすなんて、大層な余裕だな」

「うーん、ですが貴方達クラスなら、戦えばすぐにわたくしが吸血鬼であることなど、お気づきになるはずですわ」

「それで君の目的は何だい?」


 凜の質問に答えるエルベに今度は真昼が問いかけた。


「せっかちですわね。でも貴方、わたくし好みですので、教えて差し上げますわ。現時点でのわたくしの目的は、優秀な配下を集めることですわ」


 エルベは気をよくしたように真昼の質問に答えた。


「昔は眷族を含めてそれなりにいたのですけど、皆、退魔師に滅ぼされてしまいましたの。挙げ句の果てにわたくし自身も封印されて。ですので、もう二度と封印されないためにも強力な配下が必要ですの」

「へっ! それでアタシ達に狙いを定めたって言うことか」

「ええ、貴方達どちらも優秀そうですから、わたくしの従者にぴったりですわ」

「アタシ達を舐めんなよ。吸血鬼の僕に出来るものなら、やってみろ」


 凜の身体を中心に風が巻き起こり、鋭利な刃物のごとく、周囲を切り裂かんばかりに彼女の周囲へと展開する。さらに右手に扇形の霊器を顕現し、自らの霊力を高める。


 同じように真昼も霊力を解放し、左右の手に刀と剣の霊器を顕現すると背後に守護霊獣を召喚する。


 この光景にエルベも表情を変えた。


「これは凄まじいですわね。それに予想外の戦力もあるようですわね」

「今更ビビったか? でも遅えぜ。アタシと真昼がお前をここで滅する。封印されるような吸血鬼なんだ。どうせ碌な奴じゃ無いだろ?」

「見た目麗しいのに口が悪いですわね。まだわたくしは何もしていないというのに、吸血鬼と言うだけでこの仕打ちと言うのはいただけませんわね。人間というのはかくも恐ろしい存在ですわ」

「言ってろ。アタシ達はお前みたいな化け物を退治するのが仕事なんだよ」

「待って。もし君が無害であり、人に仇成さないと誓えるのならこの場で見逃すことは出来ないけど、身の安全をできる限り保証するようにする」

「おい! そんな事言っていいのか!?」


 真昼の言葉に凜は思わず声を上げた。だがそれでも真昼はできる限り争わないために交渉を行った。同時にこれは時間稼ぎの意味もあった。


 しかしその根底には真昼の優しさ、あるいは甘さがあった。真昼には封印から解放されたと言う彼女と楓を重ねてみてしまっていた。


 楓は過去に何も悪事を働いていなかった。それなのに半妖という事で迫害され、人々に恐れられ封印された。


 もし目の前の少女が楓と同じように吸血鬼というだけで迫害され、封印されたのなら助けてあげたいと思ったのだ。


「ふふ。お優しいですわね。ええ、ええ、とても素晴らしい提案ですわ」

「じゃあ……」

「ふふ、お断りしますわ」


 エルベは真昼の提案を拒否した。


「確かに力が弱っていた時でしたら、その言葉に乗っていたかも知れませんわね。でもごめんなさい。わたくし、今、凄く力に満ちあふれていますの」


 ゴォッと彼女の身体から妖気が溢れ出した。彼女の妖気はまるで無数の怨念のような、あるいは黒い骸骨のような悍ましいものであった。


「くっ……! こいつっ!?」


 凜の身体が震えだした。気をしっかり持ち、耐えようとするが相対したことも無い強大で恐ろしい妖気を前に身体が思うように動かない。


「容姿は今ひとつでしたのですけど、上質の退魔師の血をたっぷり頂きましたの。一般人何十人よりも栄養価が高かったですわ。それで久しぶりの自由と血を飲んだことで身体と精神が昂ぶっておりますの」


 真紅の目が不気味に物理的に光を放ち、彼女の背中に蝙蝠のような一対の翼が出現する。口から除く犬歯は鋭く伸び、両指の爪も伸び出した。


「ですので、わたくし、今無性に暴れたいのですわ。ああ、無論、殺しはしませんわよ? ただわたくし、女子供の恐怖に引き攣る顔や泣き叫ぶ悲鳴が大好きですの。拷問したり、殺したり……昔もそうやって楽しんでたのですわ」

「て、てめえ……。やっぱり極悪の吸血鬼じゃねえか。こんなんで、アタシがビビると思うなよ」


 強がってみせる凜だが、やはり身体は正直だった。超級妖魔の妖気は例え退魔師であってもまともに受ければ身体の自由を奪う。根本的な本能的な恐怖が凜の心と体を蝕んでいく。


 エルベは本来であれば超級下位の力であろう。だが最悪なことに今宵は満月であった。満月の夜の吸血鬼はその力を最大限に高めるどころか、それ以上となる。さらに厄介な事に、高野山が霊地であるため、エルベもこの地の霊力を己の身体に取り込んでいるようだった。


「僕の後ろへ!」


 真昼は凜を庇うように彼女の前に立った。真昼もエルベの妖気に晒されているが、凜のような状態にはなっていなかった。これは昨日のルフとの戦いの成果でもある。


 ルフはエルベほど悍ましい気配では無かったが、強さで言えば圧倒的に上である。そのため、真昼は十分に耐えることが出来た。


(真夜と彼女には感謝だね。まさかこんなに早く、修行が役に立つなんて)


 さらに真昼の霊器が二人の周囲の妖気を浄化し、効果を打ち消している。


「あら。カッコいいですわね。まるで騎士(ナイト)の様ですわ。ますます気に入りました。あの男よりも強そうですし、貴方は特別にわたくしのお気に入りとして飼って差し上げますわね」

「お生憎だけど、君という存在がどう言うものなのかわかった。ここからは僕も容赦はしない」

「怖いですわ。でしたら、わたくしも味方を呼びますわね」


 次の瞬間、エルベの背後の空間が歪んだ。その向こうからガシャガシャと何かが音を立ててゆっくりと現れる。


「あれは!? まさかアタシが浄化していた甲冑か!?」


 現れた物に、凜は見覚えがあった。それは凜がこの高野山に来た目的の物だった。それが何故、この吸血鬼が呼び出し、操れるのだ。


「あら、そうでしたの? これ、わたくしを封印していた村正に宿った意思が呼びかけていたもので、殆ど浄化されてたのですけど、まだ使えそうなのでわたくしがこちらに呼びましたの。で、こうやって……」


 エルベが右手を甲冑にかざすと、どす黒い妖気が纏わり付きだした。怨念が叫んでいるかのように、甲冑がカタカタと震え出すと、段々とサイズが変化していく。人間サイズだった甲冑は三メートルを越す巨体となり、その右手には妖気で出来ていると思われる巨大な漆黒の太刀が出現した。


 特級クラス。ただでさえ厄介な吸血鬼の前に、もう一体の強敵が出現した。


「もう一人、下僕がいるのですけど、先に用事を済ませに行って貰ってますの。ああ、もう用事が済んだみたいですわ」


 エルベがそう言うと、少し離れた所の空間が歪んだ。今度はずるずると、何かを引きずる音がする。


 中から出てきたのは右手に巨大な戦斧を持ち、赤い返り血を浴びた雷坂光太郎。


 さらには雷坂彰の襟首を左手でつかんで引きずった姿で、光太郎は血走った目で真昼と凜を見据えるのだった。


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