第十三話 解放


「で、どうしてそんな浮かない顔してんだよ、真昼?」


 近くにあった自販機で飲み物を調達した真昼と凜は、適当な場所で立ち止まると凜が話を切り出した。


「真夜の事か? まあお前もあいつに関しては思う所が多いもんな」

「あっ、違うよ。真夜に関しては大丈夫だから。お互いに仲直りしたし、逆に真夜の方が凄くて大人びたって言うか、僕が情けないって言うか……」

「いや、それ悩んでるじゃんか」

「……そうかもね」


 凜の指摘に苦笑する真昼。悩んでいるとは違い、真夜に負けないようにもっと努力しなければと思っているだけだ。


「でも真夜に関しては昔みたいな話じゃないんだ。もう和解したし、今回の合宿だって噂みたいな話じゃ無いんだ」


 凜が誤解したままだといけないので、真昼は今回の合宿の意図が真夜を絶望させるものでもなく、朱音との婚姻を進めるための前段階でも無いと伝えた。


「朱音さんとの事はお祖母様も考えてないって、はっきり僕や真夜や朱音さんにも言ったから」

「……そっか。そうなんだな」


 どこか凜がほっとした顔したあと、ニッと笑みを浮かべた。


「まっ、アタシ達もまだ高校一年だし、そう言う話は早いよな」

「凜にもそう言う話があるの?」

「アタシにはそう言う話は来てないかな。もっぱらアタシよりも従兄弟とかの方だし」


 風間家の現当主の風間涼子は子宝に恵まれ、男二人、女一人を生んでいる。男二人は年上で二人とも霊器持ちである。


 風間と縁を結びたい相手が、年頃の娘を嫁にと従兄弟二人に見合い話を持ってくることはあるようだ。


 霊器持ちの数がそのまま一族の強さと言われている通り男性の場合はあまり他家に婿入することは無い。しかしながら女性の場合は他家との関係強化のために霊器持ちの人間を嫁に出すこともある。


 凜の場合は婿を取るのも、嫁に行くのもどちらでも一族としては良いようだ。ただし相手は風間家が嫁ぐに見合う相手で無いと許されない風潮は未だに残っている。


「でもよかったじゃんか。真昼は昔から真夜との事で悩んでたんだから。和解も出来たし、今回の修業でも関係は良好のままなんだろ?」

「うん。凜もありがとう。昔から真夜の事で相談に乗ってくれて」

「いいって。アタシも真昼の役に立てたんならうれしいし。それでなんでそんなに悩んでたんだ?」

「……楓の事なんだ」

「……へぇ。……詳しく聞かせてくれよ。何か力になれるかも知れないぜ?」


 真昼はどこまで話していいかと悩む。これは自分と楓の問題でもあり、一族の問題でもある。


 凜とは幼馴染みとは言え、風間家の人間だ。迂闊に話して良いことでは無いだろう。


「喧嘩でもしたのか?」

「そう言うのじゃ無いんだ。ただ僕がどうしたいのかって話だから」

「……そうなのか? だったらさ……真昼は真昼のしたいようにすればいいんじゃねえか?」


 悩んでいる真昼に対して、凜はそんな事を提案した。


「真昼がどんなことで悩んでるのかわかんねえけど、アタシもさ、割と風間じゃ問題児って扱いだけど、霊器を出せるからある程度は好きにさせてもらってる。実績さえあれば、結構な我が儘も許されてる。真昼だって実績はあるし、星守始まって以来の天才だって言われてるんだろ? だから真昼がしたいようにして、五月蠅く言われるんなら、そいつらを黙らせりゃ良いんだよ」

「ははっ、凜は過激だね」

「良いんだよ。こう言うのも霊器持ちの特権って奴だし」


 軽快に笑う凜に真昼もつられて笑う。楓とは違う安心感が凜にはあった。真夜のことで悩むことや落ち込むことが多かった昔は、こういう風に凜に相談し、そのたびに彼女の明るさに救われていた。


「ありがとう、凜。君はいつも僕を励ましてくれるね」

「ま、まあ昔からの幼馴染みだしな。真昼はそうやって笑顔の方がいいからさ」


 照れくさそうに顔を赤らめ、視線を逸らす凜。


「な、なあ真昼。その、聞きたいことがあるんだけどよ」


 と、凜はどこか言いにくそうに真昼に問いかけた。


「何?」

「あのさ、真昼は楓の事を……」


 その時、少し離れた場所から大きな霊力が放出された。雷のような光が溢れ、一瞬周囲を昼間のように明るく染め上げた。


「なんだ!?」


 凜は驚愕の声を上げ、真昼もその方角を見つめるのだった。



 ◆◆◆



 雷坂光太郎は謹慎を言い渡されているにも関わらず、一人建物を抜け出した。


 見張りはおらず、仁は本家などへの連絡や仕事の調整や二人が起こした星守と火野への対応で忙しく、彰は大人しく謹慎しながら、封印を破るために集中していたため、光太郎の行動に気がつかなかった。


 色々と問題児ではあるが、まさか謹慎中に抜け出すとは誰も思っていなかった。


 彼は何かに呼ばれるように、ふらふらとどこかへと向かい歩き、気がつけばとある寺院にやって来ていた。


 ―――こっちだ。こっちへ来い―――


「俺に話しかけてここに呼んだのはお前か」


 光太郎は結界で物理的にも隔離されている場所に目をやると、その手前まで歩き足を止めた。


 ―――そうだ。我は妖刀村正と呼ばれる存在。我は使い手を欲する。汝(なんじ)は力が欲しくは無いか?―――


「ああっ!? ふざけるんじゃねえ! わざわざ足を運んでやったって言うのに、何様のつもりだ」


 ―――隠すでない。我が声に反応したと言うことは、力を望んだという事だ。欲しいのであろう? 己の価値を揺るがす存在を圧倒する力を―――


 ドクンと光太郎の心臓が跳ね上がった。


 心の奥底からどす黒い感情が沸き上がってくる。彰も星守も何もかもが腹立たしかった。あの見下したような目が、馬鹿にするかのような目が。


 自分に霊器が発現しない事が憎かった。他の六家の跡取り達には次々に発現するのに、自分は一向にその兆しが見えない事が。


 ―――我を手に取れば、簡単に力が手に入るぞ?―――


「馬鹿にしやがって。お前程度を手にしたくらいで強くなれるんなら、苦労はないんだよ! 村正でも退魔師に簡単に隔離されるような、三流妖刀を手にしたところで強くなれるはずがないだろうが!」


 光太郎は霊術を封印されたが、霊力その物を封じられたわけでは無いので、力を感じ取ることが出来る。目の前の妖刀は確かに強力だろうが、分類としては現時点では上級下位だ。


 仮に光太郎がその手に取り、村正が彼を取り込んだとして強くなるにしても最上級上位が関の山だろう。それでも十分、驚異的な強さにはなるのだが光太郎は自分が取り込まれる事を危惧もしていたし、人間をやめてまで強くなりたいと言う程では無かったので、安易に村正の言葉に乗ろうとはしなかった。


 ―――力が欲しいのであろう? 我は普通の村正とは違う。強大な力を秘めている。先の人間はあまりにも脆弱であり、力を発揮することはなかったが、汝ならば―――


「俺ならなんだってんだ」


 光太郎は彰とは違い、戦うのが好きなのでは無い。彼が求めているのは戦いの結果の気持ちの良い勝利であり、それに伴う爽快感と他者からの賞賛であった。


 光太郎は自分が妖魔になった場合の結末は見えていた。いかに妖魔として強くなろうとも、六家の総力を上げられれば、自分は簡単に敗北してしまう。


 雷坂の跡取りとして、退魔師業界の様々な知識を持つ光太郎はどれだけ優秀な退魔師が妖魔化しても超級までにしか到達しない事を理解していた。覇級妖魔になれば話は別だが、それは完全に光太郎という人間の消滅を意味する。人間をやめてまで望んで力を欲してもいない。


 ただ彼は上位者としての権力と力を誇示し続けたいだけなのだ。


 妖刀を屈伏させたとしても、得られる力は高がしれており、霊器を顕現できないから妖刀で代用したなど、妖刀に魅入られたと噂されれば、一層、光太郎は評価はさらに下がってしまう。そんな事は絶対に受け入れられない。


 ―――汝と我ならば必ずやどんな相手をも葬り去れる!―――


「黙りやがれ! 耳障りな言葉ばっかり並べやがってよ! お前もムカつくんだよ!」


 ―――ならば何故、我の言葉に応え、ここまで来た?―――


「あ”あ”っ? お前が頭の中で五月蠅く騒ぐからだろうがよ! ああ、ムカつく! どいつもこいつも本当にムカつくんだよ!」


 光太郎はその場で苛立ちを爆発させた。どうしてどいつもこいつも俺を馬鹿にする?


 この妖刀もだ。光太郎は村正も自分を見下していると感じた。弱い奴だと、甘言を囁けば自分が簡単に誘いに乗って、ほいほいと力を手に入れられると手に取るだろうと思っているのだろう。


「どいつもこいつも俺を見下しやがって。馬鹿にしやがって! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよぉっ!」


 荒れ狂う怒りは霊力をも反応させた。血が沸騰するかのように全身を駆け巡り、霊力が暴走するかのように高まった。


 霊術を封じていた真夜の封印術がきしみ始めた。彰ほど強力に、入念に封印していた訳ではない。それでも霊器使いの彰に遠く及ばない光太郎の霊力では完全に効力を失うまで一週間はかかると踏んでいた。


 だが真夜の予想は覆された。封印されたことと怒りによる霊力の暴走が、光太郎の力をもう一段階高めた。真夜の封印が内側から破壊される。


「くそガァッ! 俺は雷坂の跡取りなんだよぉっ! くそったれ共がぁぁっっ!」


 それでもなお、おさまりきらない怒りと霊力が迸り、次第にそれは光太郎の眼前で集束していく。


 バチバチと雷を纏った長さは一メートル五十センチほど戦斧が姿を現した。斧の部分は片刃であるが巨大であり、重量感を示していた。


 ―――ば、馬鹿な!?―――


 驚愕したのは村正だった。目の前の自分の声に反応し、与しやすい心に闇を持った人間が突然、豹変とでも言うべき態度と力を解放したのだから。


「どいつもこいつも散々イキりやがって! 俺を舐め腐りやがって! あ”あ”っ! ふざけんなぁぁっ!」


 怒り狂った光太郎は出現した戦斧――己の霊器――を両手で握りしめ、そのまま勢いよく振り下ろした。


 ―――ま、待てっ! ぎゃぁぁぁぁぁっっ!―――


 雷を纏った一撃は結界を切り裂き、その中にあった村正の刀身を粉々に砕いた。断末魔の悲鳴を上げ、村正の意識は消え去った。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 息を荒げながら、光太郎は怒り任せの一撃を放ったことでようやく落ち着いた。


「………ふ、ふふ、ふははははっっっ!」


 しばらく放心していた光太郎だったが、何かに気づき高笑いを始めた。


 力が全身から溢れ出してくるようだった。今までに感じたことのないような霊力を感じる。皮肉な事に、真夜が封印を施したことで押さえつけられていた霊力を、自らが限界を超えて打ち破ったことで、大きく成長したようだった。さらに霊器までも発現した。


 先ほどまでの自分とは隔絶する程の力を光太郎は手に入れたのだ。


「これで誰も俺を見下せねえ! 俺もついに手に入れた!」


 歓喜する。妖刀の力などに頼らずとも、自分は力を手に入れた。そうだ。自分は雷坂光太郎。選ばれた人間だ。これで証明された。もう彰にばかり大きな顔をさせない。自分が、自分こそが雷坂を担う人間だ。


 新たな自分自身の力に酔いしれる光太郎。


 だが……。


 ぱちぱちぱちぱち


 何者かの手を叩く音が聞こえた。


「ああっ?」

「凄いですわね。霊器、でしたか? 村正の声に反応したから、取り込まれると思ってたのですけど、まさかあそこから逆転するとは思ってもみませんでしたわ」


 幼い声が聞こえた。光太郎が声の方に目を向けると、今まで誰もいなかったはずなのに、そこには一人の少女がいた。


 身長は百四十センチ中頃だろうか。どこかおっとりとした雰囲気のウェーブのかかった金髪を腰まで伸ばし、黒いゴシックな衣服に身を包んだ可憐な少女。闇の中で爛々と輝く真紅に輝く瞳が光太郎を見据えている。


「誰だ、お前はよ?」

「失礼。わたくしの名前はバートリ・エルベーゼ。エルベって呼んで頂いて結構ですわ。以後お見知りおきを」


 スカートの裾を摘まみながら、ちょこんとお辞儀をする少女。だが光太郎は油断なくその少女を見据え、睨みつける。


「お前、人間じゃないだろ」

「ご明察ですわ。わたくしは吸血鬼。貴方があの刀を壊してくれて助かりましたわ。わたくし、ずっと昔にあれに封じられていましたの」


 妖刀村正。あれは初期の村正で間違いなかったが、他との違いはこの少女が封じられていたと言うことだ。


 かつて戦国時代に外国よりこの国にやって来た彼女は、ある退魔師に光太郎に破壊された村正で貫かれその刀身に封印された。


 妖刀村正の初期は、退魔の刀や封魔の刀として作られた物があった。だが戦乱の世の中、人間相手の刀が必要とされ、妖魔に対しても人間に対しても効果のある強い力を持つ刀が欲されたため、村正の一派は妖刀になりうる刀を生み出すことになった。


 この刀は後に、刀身に封じられた彼女の影響で妖刀となり、別の意思が生まれることになった。


 だがそれは彼女の存在を隠すためのものであり、封印を解くための相手を探すためでもあった。


 もっとも、いつ頃からか村正自身が悪名高くなったため、刀自体が箱に封印され、何者かによってこの寺院に隠されたのだ。


 そしてついにようやく、長きに渡る封印から解放され、ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべながらエルベは光太郎に礼を述べた。


「お礼に貴方をわたくしの従者にして差し上げますわ」

「ああっ!? ふざけんなよ! 誰がお前みたいな吸血鬼の僕になるかよ!」

「うーん。これでも妥協して差し上げてますのよ? 貴方、顔も体型もわたくし好みではありませんし、眷族にしてしまえば、せっかくの霊器と言うものも消滅してしまいかねませんし……」

「くそガキがッ! ふざけたこと抜かしやがって! こいつでぶち殺してやる!」


 光太郎は霊器をエルベの方へと向けると、斧に雷を纏わせる。


「あらまあ。恐ろしいですわ。でもよろしくて? そんなに怒って?」

「あ”あ”っ!?」

「だって、貴方、周りが見えてませんもの」


 ちくりっ


「がっ!」


 光太郎の首元に痛みが走る。見ればいつの間にか光太郎の首に一匹の黒い蝙蝠が纏わり付いていた。蝙蝠の歯が、光太郎の皮膚を貫き、身体に何かを流し込んだ。


「お、お前っ……っ!?」

「油断大敵。頂きますわ」


 ほんの一瞬、光太郎が彼女から目を離した隙に、エルベが光太郎のすぐ側にいた。


「んぐっ!?」


 突如、エルベの唇が光太郎の唇を奪った。さらに彼女の舌が光太郎の口内に侵入すると、彼の舌へと絡みついた。


「ぷはっ! 臭いますわね。まあ致し方ありませんわ」

「おま、え。なに、を……」

「ふふっ、ちょっとした契約の術ですわ。ではご褒美も上げた事ですので、わたくしも代価を頂きますわね」


 そう言うと彼女はその口を光太郎の首筋に噛みつかせ、その血を貪った。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 光太郎の悲鳴が寺院に木霊するのだった。


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