第十一話 それぞれの動き 


「よし、それでは本日は個別に与えられた課題をこなせ。昼以降はそれぞれの課題に対しての改善案の提示とそれに対しての各々の意見交換とする。まずは一時間、瞑想を行う」


 一夜明け、合宿二日目。ルフより与えられた課題を元に独自に鍛錬を行うことになった。昨日の疲れもあるので、あまり激しい鍛錬は行わなず、明日の個別での手合わせに向けた調整も兼ねるメニューも組み込んでいる。


 明乃の号令で最初は全員が座禅を組み瞑想を行うことになった。


 霊地より霊力を感じ取り、身体に取り込んで循環させることで体内での霊力の流れを整え回復を早める。大量の霊力を取り込むことは出来ないが、これを行いもう一晩ぐっすり眠れば翌日には万全に近い体調と霊力になっているだろう。


 明乃は少し離れた場所で全員の様子を確認しながら、真夜や真昼の事や、昨日真夜から聞かされた雷坂について考えていた。


(真夜の方はうまくいったようだな。真昼と楓は……まだ難しいか)


 真夜の件は何とか問題なく進みそうなので良かったが、真昼の方は明乃も手放しで協力できないのが歯がゆいところではあった。


(しかし雷坂がこのような手を打ってくるとはな。思惑としては理解できるが、行動があまりにも稚拙だ。根回しもなく、いきなり真夜達に絡むとはこちらに反撃の口実を与えるような物だ)


 現当主の雷坂鉄雄は政治に極端に長けているわけではないが、それでも当主として立つ人物であるのだから自身の息子や宗家の人間が不用意に動けばどうなるかなど分かるだろうし、させるとは思えない。


(あるいは今の雷坂も一枚岩では無いのかも知れんし、焦りもあるのかも知れんな。それは火野にも言えるか。火野朱音が功績を立てすぎて、逆に厄介になっているのかも知れん)


 雷坂が急速に勢力を拡大する背景には様々な要因があった。明乃が掴んでいるだけでも、雷坂では一族の数こそ増えているのだが、質においては一番競合する火野に大きく後れを取っていた。


 六家において、力の象徴とは何か。それは霊器であり霊器使いの数である。


 歴代の霊器使いは一族において歴史に名を刻まれる。かつては霊器使いの数がそのまま、一族同士の力関係と見なされてきた。


 第二次世界大戦前後の混乱期において、六家の霊器使い達は強力な妖魔と戦い、勝利と敗北を重ねていた。敗北は命を落とすことと同義であり、数多の霊器使いが帰らぬ人となった。生き残った者達も霊器を顕現できない程の後遺症に苦しむ退魔師も少なくなかった。


 そのため霊器使いが一時的に数を減らしてしまった。戦後の混乱が終わり、高度経済成長が進むにつれ、その数は少しずつ回復していったが、バブルの崩壊の混乱と人々の絶望で再び妖魔の質が変化し、ここでもまた霊器使いが一時的に減少してしまった。


 現在、霊器使いは若手を中心にその数を大きく伸ばしているが、平均的な顕現出来る年齢は二十代半ばであり、十代半ばや前半で顕現できる今の若手が異常であった。


 そんな中で雷坂には現在、霊器使いが雷坂彰を含めて四人。しかし火野では何と八人もの霊器使いが存在する。


 また星守においても最強と名高い朝陽だけでなく真昼の台頭も影響し、雷坂は影響力の低下を懸念したことで、勢力拡大を急いでいたと思われる。 また朱音に関しても火野の古い考えを持つ人間からすれば、嫁に出てもらったほうが有り難いと思われているのかもしれない。


(しかしそうだとすればあまりにも行動がお粗末すぎるな。だが隙を見せてくれたのなら、存分に利用させてもらおう)


 ふふふと悪巧みを思いついたかのように笑う明乃。もしこの場に朝陽がいれば見たことも無い母の顔に驚きつつ、内心、怒っているが楽しそうですねと口にし、ついでに真夜とそっくりですよとツッコミを入れ、彼女を不機嫌にしていただろう。


 明乃はそのままスマホを操作し、どこかへと連絡を行うのだった。



 ◆◆◆



「何考えてるんですか、彰さん」

「あん? あのボンクラが先に勝手な行動したから動いただけだよ。それに反省してるって。だからこうやって大人しく謹慎を受けてんだろ?」


 雷坂が運営、管理している建物の一室。畳が敷き詰められた道場のような場所で雷坂彰は従兄弟の雷坂仁に詰問されていた。


「……当主は激怒されてましたよ。それに星守だけでなく火野の方からも苦情や問題視の声が出ています」

「まあそうだろうな。何なら菓子折持って、平謝りにでも行こうか?」


 くくくと笑う彰。彼は一族の監督役や当主からのお叱りを受けたはずなのに、全く堪えた様子はなかった。


「……本当にあの落ちこぼれと言われた星守真夜さんに彰さんが撃退されたんですか? 星守真昼さんで無くて?」

「ああ、封印術を施されてな。まあ二、三日で解けるみたいだが、今はこいつを自力で何とか出来ないか試行錯誤中だ。中々に難しいが、これはこれで面白え暇つぶしだ」


 昨日のことを思い出して彰はまた楽しくなってきた。何故あそこまで霊感が危険を告げるほどの相手が落ちこぼれと言われていたのか、甚だ疑問ではあるが、そんな事は彰はどうでもよかった。


 仮にあれが星守真昼であろうと無かろうと関係ない。目標は見つかった。再戦の約束も取り付けた。あとはどうやって自分が強くなるかだけだ。


「その事が余計に当主様は信じられず、仮に事実ならばどうなっているのかとさらに激怒されますよ」


 仁としても本当にそんな事があり得るのかと思っていた。彰は霊器使いであり、光太郎も雷坂の中ではかなりの使い手である。その二人が星守の落ちこぼれに敗北したなど、到底信じられることではない。


「星守の落ちこぼれって言われてた奴に、俺もあのボンクラも封印術かまされてのこのこ帰ってきたんじゃ、雷坂の面目丸つぶれだからな。だからつって、本家の方に星守に手を出すなって言っとけ。そうなった場合、俺が全力で雷坂で暴れるからな」

「やめてください。そんなことすれば、彰さんの立場がもっと悪くなりますし、霊器使いとは言え庇いきれなくなります。それと本家の方もこれ以上の醜態はさらせませんから、動くつもりは無いようですし、遅いとは思いますが、この事は緘口令が敷かれました。彰さんもくれぐれもこれ以上、口外しないようにしてください」


 雷坂としてはまさか宗家の人間、それも一人は霊器を顕現できる人間が、星守の落ちこぼれに敗退したなどと広まれば、どれだけ退魔師としての評価が下がることかと危惧している。


 真昼に撃退されたとすれば、まだマシかも知れないが、そもそもいきなり当主の息子と霊器使いの若手が喧嘩をふっかけたこと自体が醜聞のため、この件その物を無かったことにしたいと言うのが雷坂の本音である。


 尤も無かったことには出来ないので、真昼に撃退されたという形に落ち着けようとしているようだが。


「先ほどの彰さんの言葉では無いですが、本当に菓子折持って謝罪に行って貰う事になるかも知れませんよ? 相手に頭を下げることになるかも知れませんが、良いんですか?」

「構わねえよ。いくらでも頭下げてやるさ。……あっ? どうした。鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしてよ」

「いえ、あまりにも彰さんが素直なので」

「はっ! 今の俺は最高に気分がいいからよ。ようやく俺は見つけたんだ、最高の相手をよ! だからそいつと戦うためなら、なんだってするし、どこまでも強くなれるぜ」


 今までは全方向へと向けられていた戦意が、ただ一人だけに向けられた。戦闘狂と言う事は変わりないが、それが抑えられている。抑えられていると言うよりも一つの凝縮され尖った凶器へと変化したと言えるかも知れない。


「……わかりました。後のことは俺の方で出来ることはします。彰さんはお願いですから、もう問題を起こさないでください」

「わかってるって。っと、そういや、あのボンクラはどうした?」

「……光太郎さんは一人で部屋にて謹慎されています」

「ははっ! 今頃ガタガタ震えてるんじゃねえか? まあもうどうでもいいけどよ。俺よりもあいつを監視しとけよ。まっ、あいつがどう足掻こうが、星守をどうこうできるはずもねえだろうが、ちょっかいかけないって約束したからな」


 光太郎は真夜にやり込められた後、彰にここに連れてこられてからかなり癇癪を起こした。彰からすればみっともない事この上なかったが、好きにさせていた。下手にもう一度、星守に突撃されても困るし、暴れてストレスを発散させた方が良いと考えたからだ。


「本当に勘弁してください。そもそも俺達が高野山に来た本来の目的は別にあるんですよ? そっちの案件にも対応しないといけないのに」

「はっ。そりゃ悪かったな。まあ二、三日すりゃ戻るらしいから、仕事はそれからだ」

「お願いします。それまではこちらで対処しておきます」


 仁は頭痛のする頭を抑えながら、これ以上問題事が起きないことを祈るのだった。



 ◆◆◆



「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそがぁぁっ!」


 光太郎は荒れに荒れていた。宛がわれた部屋で物に当たり散らしている。


「あの野郎、許せねえ!! 星守も彰もどいつもこいつも俺を見下しやがって!」


 自分は退魔六家雷坂当主の息子。なのにこれはどう言う事だ。当たり前のことだが、当主の息子だが霊器を顕現できない光太郎よりも戦闘狂の彰の方が一族の中でも一目置かれている。


 さらに現在、六家の中で当主の息子で霊器が顕現できていないのは光太郎のみであったため、彼は肩身の狭い思いをする事になっていた。


「ちくしょうがぁっ! うぜぇうぜぇ、うぜぇえんだよ! どいつもこいつも! 霊器が顕現できない俺を雑魚扱いしやがって!」


 彰はともかくあの落ちこぼれの真夜にまで見下された。いや、かつてボコボコにしてやった真夜に睨まれただけで動けなくなった。屈辱だった。プライドがズタズタにされた。


 怒りがこみ上げてくる。憎悪と言っても過言では無かった。自分は退魔六家の一角である雷坂の人間で当主の息子。選ばれた人間であり、エリートだった。


 子供の頃から体格も大きく、霊力も強かった。霊術に関しても雷坂の術を難なく習得した。


 かつて星守真昼には後れを取ったが、あれは油断しただけであり、本気を出せば負けなかったと思っている。


 だが時が経つに連れて、光太郎は次第にその力の限界が近づいてきた。


 霊器の顕現が出来ない。それが彼のコンプレックスとなった。いつかは顕現できる。平均習得年齢は二十代半ばのため、焦ることは無いと思っていた。


 しかし同年代に霊器を顕現できる術者が激増したのならば、話は変わってくる。


 京極は勿論のこと、水波、火野、氷室、風間で光太郎と似た年齢の霊器使いが誕生している。氷室の場合は現当主である氷華のことであるが、他の四家は十代半ばから後半の霊器使いである。


 その中に自分はいなかった。


 悔しいと思う前に何故だと叫んだ。自分は才能のある選ばれた人間のはずだ。なのにどうして霊器が顕現できない。かつて馬鹿にしていた火野朱音や一族内からは忌々しく思っていた彰までもが霊器を顕現させた。


 気に入らない。虫ずが走る。


 今回の件もそうだ。あの落ちこぼれに霊術を封印された。あんな落ちこぼれと呼ばれた相手に恐怖し、これほどの屈辱を味あわされた。


 光太郎は力で屈伏させることに快感を覚えていた。自分の力で相手を蹂躙することに酔っていた。


 誰もが自分を敬い、持ち上げる。雷坂当主の息子であり、退魔師としても優秀であるために。雷坂では近しい年代の者では彰以外には負けなかった。流石に父やベテラン達には敗北するがそれは年期の差であり当たり前だと思っていた。


 彰には勝利を持っていかれてしまう場面が幾度もあったし、ベテラン勢にも勝ち越すこともあったが、あれは獣であり、自分とは違うと考えていた。あんな戦うだけが生きがいの奴が、いくら退魔師として優秀であったとしても当主にふさわしくはないし、なることはないと考えていた。 だから自分こそが次期当主にふさわしいと考え、相手を見下していた。


 しかし彰が霊器を顕現したことで状況は一変した。また彰より先に見合い話を薦められたが、見合いの後相手側から破談を告げられた。何もかもが上手くいかなくなり始めた。そしてこのざまである。


「絶対に許さねえ。絶対に…、覚えていろよ、星守ぃっ……」


 見下し格下だと思っていた相手から逆に見下される。もはや抑えきれない感情が光太郎の中で爆発する。


 殺意と憎悪で濁りきった虚ろな目をしながら、光太郎はそう呟くのだった。



 ◆◆◆



 時間は少しさかのぼる。


 風間凜と風間莉子が訪れた封印を施された部屋へと足を踏み入れた。


 空気が淀み、気温でさえも一気に下がっているようだった。


 部屋の奥に鎮座するのはいくつもの札が貼られている真紅の甲冑だった。顔には真紅の面頬(めんぼう)が取り付けられているが、凜には怒りの形相にも見えた。


「へぇ。中々の妖気じゃねえか。上級上位クラス……はあるんじゃねえか?」

「あんたなら余裕の相手かもしれないけど、油断するんじゃ無いよ」

「なんでこんなになるまで放っておいたんだよ? さっさと祓うなり、封印を強化すれば良かったのに」

「そうもいかない事情があったみたいだねぇ。この甲冑、先祖代々のものらしくて、壊したくないって金持ちの所有物で、封印を施して数ヶ月前にこの霊地に運んで時間をかけて浄化していたんだよ。封印に関してもそれなりにしていたらしいんだけど、最近急に活性化したって話でね」


 そもそもこの甲冑に取り憑いたのは中級の悪霊だったようなのだが、ここ最近急に活性化を初め、気づけば上級クラスまで強くなっていたとのことだ。


 請け負っていた退魔師やこの寺院では手に負えなくなり、伝を使い風間の方へと依頼が来たのだ。


「で、アタシらにどうしろって言うんだ?」

「依頼に変更はないよ。壊さず傷つけずに浄化してくれってことさ」

「めんどくさいから、力尽くで祓ったらダメ?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。まったく。何のためにわたしゃとあんたが来たと思ってるんだい? 時間をかけてでも無傷で浄化するよ。それにこれも修業の内だねぇ」

「ちぇっ。わーったよ。しょうがねえな」


 しぶしぶながらも凜は莉子の言葉に従い、準備を始める。凜は霊力を高め、霊器を顕現する。それは鉄扇の様な霊器だった。


「風で浄化して力を削ぐよ。わたしゃ補助に回るから、あんたが主体で浄化するんだよ」

「はいはい。分かりましたよ」


 凜が扇を広げると舞を踊るかのように身体を動かし、清浄な風を室内に満たしていく。


(これで良しと。凜は浄化の風が今ひとつ不得意だからねぇ。それでも並の退魔師よりは優れているから二日もあれば完全に浄化できるかねぇ?)


 孫娘は攻撃的な風の霊術は得意だが、このような術は今ひとつのため今回の件はよい経験になるだろうと莉子は凜を暖かく見守った。


 一回でほぼ完全に浄化する事は可能だろうが、もう一度行うことで妖気を塵さえ残さず、再度妖魔に憑依されないようにする術も施す。それも含めて、孫には二、三日をかけて行わせる予定だった。


(けど封印と浄化を続けていて、急に活性化するなんて可笑しな話もあったもんだ。これが何者かの介入で無ければいいんだけどねぇ)


 一抹の不安を感じながらも、莉子は何事も起こらず無事に浄化が済むことを祈るのだった。


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