第六話 戦いの結果

 

「Aaaaaaaaaa!」


 ルフが勝利宣言のように両手を広げ、謳っているかのような声を上げる。彼女の周辺には息を荒げ、倒れ伏す真夜達がいた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……、くそ、ここまでか」


 仰向けになり、息を荒げた真夜は疲労困憊、満身創痍と言ったところだ。


 今までに見たことがないほどに真夜はボロボロになっており、他の面々よりもダメージが大きいのが見て取れる。


 ルフを召喚し続けるのにも彼自身に負担がかかる。通常の守護霊獣であればそこまで召喚者に負荷はかからないのだが、ルフはその限りではない。あまりにも力がありすぎるために術者にまで反動が及ぶのだ。特に若返った今の真夜では封印された状態でのルフの全力の反動すら完全に受け止めきれない。


 さらにルフはその力の一部を封じているわけだが、その封印は真夜自身の力も用いて行っている。真夜は戦いの余波やルフの力が周囲に漏れないように結界を展開しつつ、ルフを召喚し続け、自らも戦闘に加わった上で本気で彼女と戦ったのである。


 これは真夜自身がルフを召喚し続け、戦闘を行った場合、どれだけの時間を戦い続けられるかを知ることや霊力の最大量を増やすために自分自身を追い込むことを目的としていた。


 ルフも今出せる本気と全力で戦ったとは言え、真夜以外にはある程度手心を加えてくれていたこともあり、一時間程度は召喚と戦闘を継続することが出来た。


 真夜以外がルフ相手に長い時間立ち回れたのは、ルフの手加減に加え、真夜が合間合間に皆を回復させていたためである。その結果全員が真夜と同じくらいの時間戦い続けることが出来たのだ。


 ある意味ではデスマーチではあるが、こんな機会はそうそう無いと全員が倒れるたびに回復を施され、戦線復帰をしていた。


 だがその分、真夜の消耗はかなりの物だった。そのため真夜の霊力もすでに底をつきかけており、体力も限界に達していた。


 模擬戦の結果は真夜達の全滅。ルフもかなり消耗しているが、まだ余裕がありそうだ。それは力の差もさることながら、霊地の霊力を一時的に取り込むことで自身を回復させていたからに他ならない。これは三大霊地と呼ばれるこの地でだからこそ出来ることであり、他の場所ではそうはいかない。


 一気にこの地の霊力を取り込めば、この地にいる退魔師達が気づくかも知れないが、ルフは戦いの最中でありながら、少しずつ気づかれない程度に真夜が展開している霊符を経由して取り込んでいた。


 霊地ならば無限に戦えるのかと思われるが、それは出来ない。それをすれば今度こそ本当に真夜の身体が持たないし、反動も大きくなる。


 明日になっても真夜の疲労は完全には回復しないだろう。しかしそれも修業のうちだとルフはあえてこのやり方を選択した。真夜自身も異世界では限界まで身体を酷使し、回復しを繰り返したり、疲労した状態で修業を行ったこともある。この程度耐えられなければ、異世界で強くなり生きていくことなど出来なかった。


 その真夜も一時間は何とか耐えていたが、ついに限界を迎えた。


 真夜以外の他のメンツも明乃以外は全員仰向けで倒れ、その明乃も意地で何とか倒れまいとしているが、汗まみれで座り込み肩で息をしている。


 守護霊獣達もボロボロにされ、明乃と真昼の疲労も合わさり召喚し続けることができなくなったため、つい先ほど召喚を解除されて戻っていった。


「はぁ、はぁ、はぁ……も、もうダメ。う、動けない」

「は、はい。私もです、朱音さん」


 朱音と渚も二人とも仰向けに倒れ込んでおり、体力、霊力とも殆ど使い切ってしまった。まともに立つことも出来ない。黒龍神の時と同じような状態であるが、あの時よりもさらに疲労困憊である。


「ま、真昼様……、ご無事ですか……」

「う、うん。楓は、大丈夫? ははっ、ほんと、力の差がありすぎて笑いしか出てこないね」


 楓は自分の近くで倒れ込む真昼に声をかけるが、真昼は苦笑いを浮かべ真夜と明乃の次にルフにボコボコにされた自分の弱さを顧みる。


 少し離れた所に座り込む明乃は、止まらない汗を手でぬぐいながら、遠目でルフの方を観察する。


(このメンバーと戦って、相手はまだ余裕があるか。真夜も負担が大きく、相性があまり良くない相手とは言え、こうも一方的とは。真昼ではないが笑えてくるな)


 明乃は自分の術がほぼ通用せず、どれだけ上手く立ち回ろうとしてもその上をいくルフに畏怖していた。


 何とか経験から指揮官の役目を行い、指示を出していたがそのすべてが通用しなかった。


 また真夜がルフに対して攻め切れていなかったのは、ルフが真夜の手の届かない頭上で攻撃し続けたり、彼を極力接近させないようにしたからだ。


 他のメンバーにはある程度接近戦を許したが、真夜に対しては徹底的に距離を取り、また動きを制限する術を数多行使することで、真夜の持ち味を徹底的に潰してきた。


 明乃達へはと言うと、攻撃をさせつつもその悉くを余裕で迎撃し、接近戦や遠距離攻撃を繰り返してダメージを蓄積させていった。


 その都度、真夜が皆を回復させていったのだが、真夜は回復役を余儀なくされ、攻撃に参加しようにも、常にルフが真夜の手の届かない位置にいるように立ち回ったため、結果としてほぼ何もさせてもらえないまま限界がやって来た。


(課題は山積みだな……。格下相手ならともかく、格上でルフみたいなタイプの相手じゃ相性最悪だ)


 ほぼ何もさせてもらえず完封された真夜は自身の問題点を改めて浮き彫りにされ、その対策を立てなければならないことを強く意識させられた。これは異世界ではほぼ問題にならなかった弱点だ。その弱点をカバーするために仲間がおり、その誰もが真夜同様、それぞれに弱点を抱えていた。


 無論、パーティーの仲間達も同格相手ならばそんな弱点もさほど問題になり得なかったが、格上ではそうはいかない。


 パーティーとはお互いが足りない物を補う関係であり、対等の関係なのだが、現時点の明乃や真昼、朱音や渚、楓ではその弱点をカバーしきることは出来ず、真夜が徹底してフォローに回らなければならなかった。


 これもルフが改めて真夜に気づかせてくれた問題点の一つである。


「わりい……。そろそろマジで限界だ。ルフと結界を維持できない」


 ルフもコクコクと頷くと、どこからともなく何枚かの紙を取り出してそれら一枚一枚に手を当てる。すると紙に文字が浮かび上がり、ルフはそれらを真夜の側に置くと、むっふーと満足したと言わんばかりの良い笑顔を浮かべ、皆に手を振ってそのまま姿を消した。消える前のルフの肌つやはテカテカと輝いていたようにも見えた。


 ルフの姿が消えると、続けて周囲を隔離する結界を維持していた十二星霊符が消え。結界その物も消滅した。


「ふぅっ……、すぅっ……。はぁ、疲れた」


 何とか手を伸ばし、真夜はルフが置いていった紙を手に取ると、内容を確認する。


「真夜、なんだそれは?」

「……置き手紙。さっきの反省点やらそれぞれの課題とか色々、個別に書いてある」


 明乃の言葉に真夜はざっと見た内容を伝える。


「至れり尽くせりだな」

「ああ。しかもご丁寧に日本語で書いてくれてるぞ」


 どのような術を使ったのか、あるいは真夜を通じて学習したのかは知らないが、日本語で書いてくれていて幸いした。もし向こうの言語で書かれていたら、真夜が翻訳して書き写さなければならないところだ。


 こんな状態でそれは勘弁願いたいので、素直にありがたい。


「ほんとありがたいわね。良い経験もさせてもらったし」

「ええ。彼女には感謝してもしたりませんね」


 朱音も渚もルフに感謝しかない。今までにないほどの戦いを経験させてもらったし、真夜とでは経験することが出来なかった戦い方で自分達を導いてくれた。それ以前にも真夜と共に自分達を助けたり守ったりしてくれたのだ。


「少し休憩の後に反省会だな。真夜、お前の消耗はどの程度だ?」

「俺も少し休めば大丈夫だ。万が一の時のために最低限の霊力は霊符に溜め込んであるからな」


 異世界ではこのような疲労困憊の時に攻められる事も少なくなかった。だから最低限自衛出来るだけの力は温存している。


 だがそれでも流石に覇級クラスの襲撃を受ければ危険だが、その際は無理やりにでもルフを再召喚して凌ぎきる手はずだ。


「ただまあ、身体の方は反動でガタガタで、まともに動けねぇんだけどな」


 あくまで防御手段と奥の手で凌ぎきる算段があるというだけで、身体の方は疲労困憊。霊符による回復も前回の鵺との戦いの時のように自身の霊力による反動もあるので、治癒系や回復系の術を阻害してしまっているために自然回復を待つしか無い。


 霊力に関しては霊地であるために、瞑想でも行えば通常よりも早く回復するだろうが、真夜ほどの霊力量ではかなりの時間がかかってしまう。


「明日にはそれなりに動けるようになってるだろう。俺的には明後日に婆さんや兄貴と手合わせを希望するけどな」

「そうか。わかった。スケジュールを組み直そう。明日は今日の反省点を踏まえ、その紙に書かれた課題や問題点に取り組むとしよう。各々の手合わせは明後日からだ。それと今日はここまでだな」


 真夜だけではなく、他のメンバーもたった一時間ではあるがルフ相手に相当消耗している。精神的にも肉体的にも今日はこれ以上の鍛錬はするべきではないと明乃は判断した。


「動けないようならば、真昼にでも肩を借りろ。それすらも難しそうか?」

「いいや。何とか自力で帰るさ。もう少し横になってりゃ、歩けるくらいには回復するだろうからよ」


 異世界から帰還して数ヶ月、全盛期に近づけるように身体は鍛え直していた。六道幻那の時よりも肉体的には成長しているので、あの時より消耗が激しくても歩く程度は出来るだろう。それに下らない意地もある。


「肩くらいなら貸すのに、真夜」

「悪いな、兄貴。これでも意地があるんだよ」

「そういう所は変わってないんだね、昔から」


 頼られない事を不満に思いつつも、真夜は昔からこうだったと真昼は思い返し、少しだけ笑ってしまった。真夜も和解した今の真昼になら肩を借りるのも悪くはないと思っていたが、気恥ずかしいこともあり、無理にでも自力で歩いて行くと考えていた。


「先に宿に戻っていてくれて良いぜ。そんなに遅くならないうちに戻れるだろうからよ」

「そんなお前を一人で置いていけるか、馬鹿者が」

「ガキじゃねえんだ。これくらいどうって事ねえよ」

「まったく。意地を張るな。それにどうせ、全員がしばらくは動けるような状況ではない。お前の回復を待って、全員で戻るぞ」


 明乃の言葉に真夜は苦笑すると、目を閉じできる限り回復を急がせるのだった。



 ◆◆◆



 同時刻、高野山のある寺院に風間莉子と風間凜は赴いていた。


「まったく。少しは機嫌を直さんか」

「別に不機嫌になってねぇし」


 孫娘のあから様な態度にやれやれと肩をすくめる。久しぶりに再会した真昼とあまり一緒にいられなかった上に、修業の参加も断られたことで、ここに来るまでただでさえ低かったテンションがさらに下がっていた。


「それで、噂の火野朱音はどうだったんだい?」

「あー、ぱっとみた感じ、それなりにやれそうだったかな。でも真昼に釣り合うかはわかんねぇ」

「ふむ。あんたがそう言うならそれなりの使い手ってことだねぇ。わたしゃもあとで確認するとしようか。それに今の真昼にも会ってみたいしねぇ」


 興味津々に呟く祖母を他所に、凜はもう一度、朱音の事を思い浮かべる。


(あいつが真昼の婚約者候補ってのは、納得いかねえ。いや、そもそも真夜の奴の幼馴染みだろ)


 凜は苛立ちを覚えていた。祖母からではなく、一族の者が話している噂話を耳にしていたからだ。


 曰く、星守が真昼の婚姻相手に火野朱音を画策していると。その話を聞いた時、凜は言いようのない不安と不満を胸に抱いた。


 その感情は日に日に大きくなっていく。修業にも身が入らず、当主である叔母と祖母に修業と野暮用をこなすために一緒に高野山に行けと言われた。しかもそのタイミングで真昼達がやって来ると。


 真昼達には叔母や祖母に言われたからと述べたが、本心では渡りに船で彼女自身望んでやって来た。


(一緒に修業できないのは残念だけど、空いた時間に話に誘うくらいはいいだろうからな)


 そこでこの噂が本当なのか、確かめられればいい。それに彼らが高野山にいる間に朱音の実力を確かめたかった。


(もしアタシよりも大したことが無いんだったら……)


 ぐっと拳を握る凜を横目で見ながら、莉子もまた今回の星守の噂話を考えていた。


(この孫娘は。まあ今回の件は、凜でなくても気になる話ではあるがねぇ。今の星守は歴代最高と言える時代に突入しているんだよね)


 自分と同年代ながら、未だに現役で活躍し続ける明乃。退魔師最強と謳われる朝陽。そして台頭著しい真昼。


 さらに直接ではないにしろ罪業衆を壊滅させた実績。火野だけでなく、ここにきて氷室とも友好関係を推し進めている。


 実力でも名声でも政治面でも星守は京極をも凌ぐ勢力となりつつある。唯一の欠点は一族の数が少ないことだろうが、それも次代ではわからない。


 その次代を担う真昼の婚姻相手はかなり注目されている。もし火野朱音と婚姻を結ばれれば、その結びつきはより強固になる。


 そのため水面下では他の六家も候補を出そうと言う動きがある


 優秀な退魔師は一夫多妻制を認められ、複数の妻を持つことも出来るが正妻と側室といった序列が存在する場合がある。そうなると正妻の方が様々な面で発言力が高く、側室では正室よりも立場が弱くなる。


 だからこそ、真昼に嫁を送り込みたい勢力は何としてもこの婚姻を潰したいだろう。


(まあわたしゃらも人のことは言えないが、他も動くところがあるだろうね)


 今回の合宿には火野の他に京極の娘も参加していると言う情報は掴んでいる。どう言った内情かは未だに不明だが、京極がこれ以上下手に動くことはないだろう。おそらくは何らかの密命を帯びているはずだからだ。


(監督役が朝陽から明乃に変わった時点で、警戒はしてるだろうからねぇ。となれば残りは雷坂くらいか。水波は最近、次期当主の小僧が名を上げたし、氷室も新しい当主は星守寄りだ。この二家は無理をする必要がない)


 莉子は当主の涼子同様に、雷坂に対してあまり良い印象を持っていない。寧ろ今の当主だけでなく若手も好きにはなれないでいた。


(けど雷坂には年頃の娘はいなかったはずだし、そうすると次に取ってくる手は……。やれやれ、明乃はどうするつもりだろうねぇ)


 それに莉子は真昼だけでなく、もう一人の孫である真夜の事も考える。今回の合宿に参加した星守の落ちこぼれ。兄弟の仲は改善されたようだが、未だに明乃と真夜には確執があると莉子は思っていた。


(どうにも気になるのはあの明乃の雰囲気と態度なんだが、こっちも情報が少なすぎるねぇ。まあここは孫娘に期待するとしようか)


 凜がうまく真昼と接触して、情報を得てくるように願うとしよう。それに気にすべきはそれだけではないのだから。


「お待ちしておりました。莉子様、凜様」


 寺院の奥から一人の僧侶が姿を現すと二人に頭を下げる。


「ああ。で、さっそくだが案内してくれるかい?」

「はい。こちらです」


 僧侶に案内されるように、二人は寺院の奥へと進んでいくと、霊符などで厳重に封印の施された襖があった。


「これの奥かい?」

「はい。宜しくお願い致します。お気をつけて」

「わかった。凜、行くよ」

「わかってるって」


 莉子と凜は封印の扉を開け、その中へと足を踏み入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る