第五話 ルフとの戦い


 ルフの出現と真夜の言葉に全員が目を大きく見開く。


「真夜君、それは最初から私達全員と彼女との戦闘ということでしょうか?」

「ああ、そうだ。中々無い経験だぞ、覇級クラスとの実戦形式での訓練なんて」


 渚の質問に答えた真夜の言葉に、当たり前だと全員が心の中で思った。


 覇級クラス。それは六家のトップクラスの術者であろうとも、単独では勝つことが出来ない圧倒的存在。


 あの朝陽と鞍馬天狗でも相手取れるとしても覇級の下位クラスまでであろう。


 まともに出会えば真夜は別として、守護霊獣を召喚した明乃や真昼でさえも、そう時間をかけずに殺されるだろう。


 しかもルフは現状で覇級中位の力がある。それを相手にするとは無茶無謀と言うほかない。


「全員が初日に今の自分がどれだけ格上相手に戦えるのかもわかるし、ルフが相手なら恐怖の最大値を上げるのにも有効的だ。ルフの威圧に慣れれば、超級クラスでも臆すことなく動けるだろうよ」


 明乃達は勿論のことだが、特に朱音と渚は真夜の言葉になるほどと納得した。朱音自身、帰還した真夜と行動を共にする間に、今まで遭遇したことのない特級クラスの鬼や、超級クラスの六道幻那と言った敵と相対することとなった。


 特級までは確かに身体も動いたが、超級クラスでは蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なくなり、闘ってもいないのに、精神がそれだけで敗北を認めていた。


 渚も六道幻那の前では心こそ折れなかったが、まったく動くことが出来なかった。


 無論、当時の朱音や渚よりも今の二人は成長している。あの時と同じような事になるとは思えないが、それでも覇級クラスを敵として相対するのは初めてだった。


 味方として、その力を何度も見ているがこうして向き合うとその強さを改めて感じる。


「それに俺相手だと流石に殺す気では来れないだろ? やろうとしてもどっかで心理的ブレーキがかかるはずだ。けどルフだとよほどの事が無い限り死ぬこともないし、致命傷でもなけりゃ回復は難しくないからな」


 真夜がルフに相手を頼んだのは、彼女が人間とは違う存在だからと言う事もある。真夜が相手ならば、防げると思っても最大級の攻撃を行う事にためらいも見せるだろうし、全員で彼一人を相手するのは気が引けることもあるだろう。


 しかしルフの場合はどうか。彼女の力を知っている者からすれば、そんな余裕など無くなる。真夜よりも格上で、人間とは違う存在。また真夜以上に多彩な術を持っている。


「俺は近距離攻撃しか出来ないが、ルフはどの距離でも戦える。朱音も渚も俺だとそんな攻撃への対処も訓練できなかっただろ? ルフならそれも出来るし、接近戦もかなりこなすぞ。俺も油断すればすぐにやられる」


 その言葉に全員が改めてルフの方を見る。彼女の微笑は自信の表れかも知れない。


「ルフもやる気満々だ。俺達全員を鍛えるって意気込んでる。ついでに舐めてると余計に苛烈に責め立てられるぞ」


 微笑を浮かべたまま、しかしその気配はどんどんと強くなっていく。気にせず全員が全力で挑んでこいと言っているようだった。


「ふん。なるほど。確かに私も覇級クラスと遭遇することは初めてだ。お前の言う通り、これ以上の相手は望めないな」

「そうですね。前鬼も後鬼も先日は不甲斐ない戦いをしたと言っていましたので、今回はそれを返上できると喜ぶでしょうね」


 明乃も真昼もまたとない機会と気合いを入れる。実際、遭遇すれば確実に殺される程の実力の相手と命の危険をさほど心配せずに戦え、自分自身が現時点でどれだけ強くなったか、また覇級クラスに通用するのか知る良い機会だと思ったようだ。


「楓も大丈夫?」

「は、はい。少々当てられましたが大丈夫です。今回の合宿に参加させて頂いたのです。私だけ泣き言など言ってられません!」


 顔色を悪くしていた楓だが、真昼に問われ自分自身を奮い立たせる。真昼のパートナーで居続けるならば、いつかはこんな相手とも戦う日が来るかも知れない。そんな時に何も出来ず、逆に真昼の足を引っ張るだけになっては悔やんでも悔やみきれない。今回は言われたとおり良い機会だと楓も表情を引き締める。


「ほんと、真夜との特訓以上にハードになりそうね」

「はい。ですが彼女にも私達が何も出来なかったあの時よりも、強くなっていると知ってもらう必要がありますから」

「同感。あたし達も気合いを入れ直さないとね」

「色々と悩んでいる暇はありませんね」


 朱音も渚も今は他のことに悩むのではなく、目の前の相手に不甲斐ない所を見せないようにと奮起する。


 二人も旅館での真夜の言葉に動揺していたが、ルフが相手だとそんな事を考えている余裕など無いと一時的にそれを考えないようにする。真夜自身もそれを狙っていたこともある。


 ルフは全員が動揺から立ち直るのを確認すると、彼らから十メートルほど離れる。


「来い、八咫」

「来て、前鬼・後鬼」


 明乃と真昼はそれぞれの守護霊獣を召喚する。召喚された八咫烏と前鬼・後鬼は明乃や真昼からルフとの模擬戦の事を聞かされる。


 まさかの展開に三体も最初こそ動揺するが、八咫烏は明乃がいつも以上に気合いを入れていることで自分自身も負けじとルフに鋭い眼光を向ける。


 前鬼と後鬼も前回のリベンジと闘志を燃やしている。


 真昼と朱音は霊器を顕現し、渚も刀を、楓と明乃は手に霊符を持って準備を整える。


「じゃあ始めようか。実戦形式なんで、ルフも割と本気で来るから……死ぬ気で応戦しろよ」


 真夜の気配も変化した。帰還して対峙した幾多の強敵の時よりも険しい表情をする。


「Aaaaaaaaaaaa!!!!!」


 それが合図となった。両手と三対六枚の翼を広げると、膨大な霊力を放出する。


「くっ!」


 衝撃波となり襲い来る霊力を全員は何とか防ぐが、並の退魔師ならばそれだけで吹き飛ばされ戦線離脱を余儀なくされるだろう。


(相対すればその異様さが良く分かる。これが覇級妖魔……、会合では涼しい顔で言ったがもし現実に目の前に現れれば死を覚悟する化け物だな)


 明乃自身、少ないながらも超級妖魔と戦った経験はある。あの時も死を覚悟したが、ここまで絶望的な力の差を感じたことはなかった。


 ルフは皆を殺す気が無い分、威圧はマシと言えるがそれでも無意識に身体が強ばってしまう。それだけではなく霊力を用いて重力でも操作しているのか、身体を押さえつけられるような感覚まである。


 明乃でこうなのだ。他のメンツはより厳しいと言える。


 そんな中、真夜は一人、果敢にルフの方に距離を詰めた。攻撃手段が拳による接近戦しかないのだ。他のメンツがもう一度精神的に持ち直す間は時間を稼ぐつもりだった。


 だがそんな中、真夜と同じように動いた者がいた。真昼である。真夜の速度に合わせるように、ルフへと肉薄する。


「兄貴!」

「僕もいつまでも真夜に後れを取るつもりはないから!」


 真昼もルフの霊力に当てられたが、すぐにそれを打ち消した。霊力量だけで言えば真昼は退魔師の中でも上位クラス。さらに霊器の増幅効果でさらに高くなっており、単純なごり押しでルフの威圧を軽減していた。


 二人が刀と拳でルフへと攻撃を仕掛ける。連携の訓練など一切取っていない二人だが、まるで長年共に戦っていたかのように息の合った連携を見せている。


 真昼が攻撃を仕掛ければ、真夜がそのフォローに周り、真昼の体勢が崩れると即座に入れ替わり真夜が攻撃に周り、真昼が体勢を立て直すと真夜のフォローに回った。


 しかしそんな二人の猛攻をルフはギリギリ回避するか、両手で受け流す。真昼の霊器である刀と剣もルフの手に纏った膨大な霊力の手刀ですべて切り払われ、真夜の拳もまともに受け止めることなく上手く力を逸らされている。


「!」


 だがルフが相手をしなければならない相手は二人だけでは無い。彼らに追随するかのように朱音と前鬼が攻撃に加わった。


「はぁぁっ!」

「おぉぉぉっ!」


 霊器の槍と巨大な斧がルフに迫る。槍の突きと斧の振り下ろしをルフは即座に魔法陣を展開して矛先と刃を受け止め防御する。


「くっ!」

「ぬぅっ!」


 全力の一撃だったのだろう。両者は苦々しい表情を浮かべる。簡単に通るとは思っていなかったが、簡単に防御されると辛いものがある。


 しかもルフは全員に意識を配りつつも、その多くを真夜に注いでいる。唯一、警戒すべきは真夜の攻撃だと思っているのだろう。


「わかっていたけど、ちょっとはこっちも注目してくれないと強くなった甲斐がないのよね!」


 朱音はもう一度、腰を深く落とし渾身の突きをルフへと向ける。


「こっちもだよ!」


 同じように霊力を収束した刀がルフへと向かう。


「Aaaaaaaaaa!」

「きゃぁっ!」

「くぅっ!」


 しかしルフは両手をそれぞれに突き出すと霊力を放出して、二人を吹き飛ばした。


「おらぁっ!」


 その隙を突く形で真夜が正面からルフへと迫る。だがルフは軽くステップを踏み、後ろに少しだけ動くと翼を動かした。漆黒の羽が周囲にまき散らされるとその羽が一斉に起爆し周囲を爆発が包み込む。


 一枚一枚は小規模な爆発だが無数の爆発が続くと、その威力は馬鹿に出来ない。真夜も霊符で防御するが、動きを止められた。ルフはその隙に上空へと飛翔した。一度、体勢を立て直すつもりだ。


 だがそこへ眩いばかりの光を纏った灼熱の炎が迫った。


 ルフが視線を向ければそれは明乃と八咫烏が起こした術であった。


 印を結び祝詞を上げることで作り出す事の出来る明乃の炎術と、八咫烏の発生させた炎を合わせた攻撃である。


 さらに明乃は特殊な梵字を刻んだ短刀を起点として五芒星を作り出すことで、炎の威力を増幅させた。


「Aaaaaaaaaaa!!!」


 ルフは迫る炎を同じように黒い炎を召喚することで迎え撃った。真紅の輝きを放っていた炎が漆黒の炎に呑み込まれる。超級妖魔でさえもまともに食らえばただでは済まない威力の炎を事もなにげに相殺した。


 しかしまだ攻撃は終わらない。後方に待機していた渚、楓、後鬼がそれぞれにルフへと霊術を解き放つ。


 渚は明乃とは違い刀に風を収束させ一気に解き放ち、楓は霊符で威力を底上げした妖狐が得意とする青い炎の狐火を向け、後鬼もその手にした水瓶から膨大な水を勢いよく噴射した。


 それらはルフの周辺で一つに重なると巨大な爆発を生み出した。


 水蒸気爆発。水などが温度の高い物質と接触することで起こる爆発現象である。


 三人は示し合わせたかのように、タイミングを合わせルフへと別種類の攻撃を向けこの現象を発生させた。爆発の衝撃波は頭上から皆の方へも伝わった。霊力が浸透していたのだ。防御が間に合っていなければ大ダメージだろう。


「Aaaaaaaaa!」


 だが爆発の向こう側。漆黒の翼で煙を吹き飛ばしたルフはほぼ無傷であった。多少衣服や髪に乱れはあるし、肌も薄汚れているが、ダメージを負ったようには見えない。


 しかし彼らの猛攻はルフの闘争心に火を着けた。


「やべっ…」


 真夜は小さく呟くと一筋の汗を零した。


 如何にルフでも訓練とはいえ、こうも一方的にやられるとフラストレーションも溜まるようだ。


 彼女の微笑がより深くなる。


「Aaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 ルフが本気になった。それを真夜は感じ取った。他の者も同じように感じたのだろう。


 真夜の足下に魔法陣が出現すると漆黒の鎖が伸び出し、彼を拘束しようとする。


「ちっ!」


 何とか飛び退き、回避するが前後左右頭上に至るまで魔法陣で敷き詰められ逃げ場を失った。漆黒の鎖が今度は逃がさないとばかりに真夜に殺到する。真夜は四枚の十二星霊符をすべて防御に回し、鎖をはね除けようとする。だがそれはルフの罠だった。本命は別にあったのだ。


「なっ!?」


 真夜を閉じ込めるように、巨大な漆黒の円柱が伸び彼を一時的に隔離する。


「真夜!?」


 朱音が駆け寄ろうとするが、その足下に漆黒の翼が飛来すると爆発し彼女の足を止める。


 見上げるとルフがこちらを見ている。


 ルフにとって一番厄介だった真夜の動きは封じた。真夜と言えどもあの鎖を突破して、円柱を破壊するまでに多少の時間がかかる。その間にほかの者達の相手をしよう。


 これは訓練である。だが実戦形式だ。真夜と言う絶対強者がいない状況で、貴方達はどう戦うか見せてみなさい。そう言っているような気がする。


 真夜に対してもこの間の六道幻那との戦いの教訓が生かされていない。自分が相手とは言え、簡単に隔離されるようではお話になりませんと言っているようだった。


 これは自分も納得して一人で全員と戦う事を承諾したが、そのせいで大勢で寄って集ってフルボッコにされかけたのを怒っているわけでは無い。そんな事で怒っているのでは決して無いのだ。


 これはただ彼らに戦いの厳しさを教えてあげるための愛の鞭なのだ。だから今の自分が出せる全力と本気を出すのは何の問題も無い。真夜に対してもそうしてあげよう。


「Aaaaaaaaaa!!!」


 ルフの反撃が始まるのだった。


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