第四話 修行開始


『ははははっ、母様も災難でしたね』

「笑い事ではないぞ、朝陽。私としたことが下らないミスだ。京極への対応を重視するあまり、他の六家への対応が疎かになってしまった」


 莉子と別れた後、明乃は予め取っていた旅館の一室で、朝陽へと電話をかけていた。


『それは私もです。まーちゃんと朱音ちゃんに対して、そんな噂が出ることも予想しておかなければいけませんでしたね』


 策士策に溺れるですかねと朝陽は明乃に言うが、親子揃って真夜との関係改善や兄弟仲が良くなったことに浮かれ、いつもなら警戒するところを失念していたようだ。


「……身から出たさびとは言え、ややこしいことにならなければいいがな。私に対しての批判は構わん。真夜に対してそう接してきたのは間違いないのだ。客観的に見れば莉子が言うように見えるだろう」


 第三者から自分の行いがどう映っていたかを指摘され、改めて明乃は真夜に対してかなり酷いことをしていたと思い知らされた。


 それは自分が蒔いた種であり、今の明乃は第三者からの非難を受けるのは当然だという考えである。


 しかしそれはそれとして、真夜と和解をした今の明乃には、その事実は地味にショックを受ける内容だった。自分は本当に何をやっていたんだと、我がことながら度しがたいと思う。


「……だが真昼と火野朱音の件は少々問題がある」

『そうですね。真昼の婚姻は今のところ一切進めていませんが、朱音ちゃんとなると火野は良いでしょうが、他は警戒しますからね』


 真昼には現在、婚約者や許嫁は存在しない。その候補が無いわけではないが、星守一族にとっても重要な話になってくるので、決定には至っていない。


 六家はどの家も真昼に注目しており、その婚姻への関心も高い。霊器を顕現させ、名を上げた今の朱音ならば真昼に十分釣り合うだろうが、火野との結びつきが強くなることを警戒する一族が出ないとも限らない。


 また自分の一族から真昼の嫁を出せれば結びつきも強くなる事と、次代の子供を自分の家に婿や嫁に迎え入れることを考慮するなら、この婚姻の噂は放置できないだろう。


『それと真ちゃんは下らないうわさ話だと笑うでしょうが、内心では面白くないでしょうからね」

「……やはりそうなるか」


 一番の懸念はそこである。明乃は真夜が朱音に対してどのような思いを抱いているかはわからないが、以前からの二人の関係を考えるならば真昼との婚姻は悪手と言うことは理解している。それに朱音の方は確実に真夜のことを好いているのは明乃も気づいている。


『しかし上手く利用すれば今後の展開を有利に進められます。こちらの方は私が対処しますので、母様は合宿の監督役を引き続きお願いします』

「いや、これは私のミスだ。私が何とかする」

『母様も今回の合宿を楽しみにされていました。それにこのタイミングだと真夜達にも迷惑がかかります。噂への対処は私と結衣が行いますので、母様は真夜達の方の対処をお願いします。それと真夜への説明は任せますので』

「……より面倒な方を押しつけたな、朝陽」

『さあ何のことでしょうか。ではこちらはお任せください』

「……わかった。こちらは任せろ。それと他の六家の動向も分かり次第報告をしろ。特に雷坂はな」

『心得ています。では母様、宜しくお願いします』


 電話を切り、明乃ははぁとディスプレイを眺めながらため息をつくのだった。



 ◆◆◆


「なるほどな。そう言う話になってたのか」

「すまん。私のミスだ。風間の先代からそう聞かされた」


 真夜達と合流した明乃は、彼らから風間凜と遭遇したことを聞かされた。そのため明乃も風間の先代当主と会い、噂の内容を伝えた。


「僕と朱音さんを婚姻させるのは、その……色々と問題があると思いますよ」


 朱音と真夜の方を伺いながら、真昼はこの話はかなりマズいのではと冷や汗をかいていた。


「もう! どこの誰よ、そんな噂を出したのは!?」


 真夜はどこか面白そうな顔をしているが、変な噂を流されたのが癪に障ったのか朱音は憤慨している。


「落ち着けよ朱音。婆さんもそんな気は無いんだろ?」

「当たり前だ。今回の合宿にはそう言った意図はない。私としても火野朱音と真昼を婚姻させようとは思っていない。火野朱音、すまない。私のせいで不快な思いをさせたな」

「あっ、いえ。別に明乃様に怒ってるわけじゃないです。ただそう言う下世話な話が嫌いなだけなので」


 とは言え、真夜の事が好きな彼女にしてみれば、真昼との結婚はあり得ない。退魔師の世界では世間一般では時代錯誤な事も多いが、自分は両親のように恋愛結婚をしたいと言う思いもあるし、そもそも相手としても真夜以外には考えられなかった。


 ちらりと朱音も真夜の方を見る。真夜の顔はいつもと変わらず、しかしどこか笑っているようにも思えた。


(真夜はあたしと真昼が婚約しても気にならないのかな?)


 この話を聞いてもあまり感情を見せない真夜に不満を持つと同時に不安が生まれる。大切に思ってくれているのは分かる。古墳の時も助けに来てくれたし、普段の真夜の態度を見れば信用してくれているのも分かる。


 だが以前から疑問に思っていた自分に対しての恋愛感情があるかどうかと言うこと。


(やっぱり渚の方が良いのかな……)


 これまでも何度も不安に思っていたことが、ここに来て再度大きくなっていく。


(せっかく合宿を楽しみにしてたのに……)


 初日からこんな気持ちではとても修業にも遊びにも身が入らない。


「それで婆さん。その噂への対処はどうなってるんだ?」

「心配するな真夜。そちらは朝陽や結衣の方が対応してくれる。あの二人のことだ。上手くやってくれるだろうし、この事を利用する手も打ってくれるだろう」

「ならいい。朱音もいちいち気にするな」

「……別に気にしてないわよ」


 少しだけ拗ねたような口調になってしまう。だから可愛げが無いんだとさらに落ち込む。


「まっ、この事をいつまでも話しててもどうにも出来ないだろうから、さっさと修業にでも入ろうぜ。そうすれば少しは気も紛れるだろうよ」


 とっとと行こうぜと真夜は促すと明乃もこのままの空気はマズいと思ったのか、それに乗ることにした。


「わかった。部屋割りは真夜と真昼で一部屋。楓と火野、京極の三人は一緒の一部屋だ。その方が都合が良いだろう」


 年頃の男女を同じ部屋にするわけにもいかず、また二人ずつにしてしまえば誰かが明乃と一緒になってしまう。


 真夜であろうと他の誰であろうと、流石に明乃と同部屋は嫌であろうという配慮からだ。楓も明乃と二人になるよりも朱音と渚と一緒の方が気も休まるだろう。


「集合は三十分後にここにしよう。全員、準備が整い次第順次来るように」


 明乃がそう言うとそれぞれに部屋の鍵を渡し、準備してくるように促す。


「朱音」


 不意に朱音の横を通り過ぎる真夜が彼女の名前を呟くと。


「お前を誰かに渡すつもりはねえよ」


 小声でそんな事を呟いた。


「なっ!?」


 顔を真っ赤にした朱音が通り過ぎた真夜の方を見ると、彼は憎たらしげな笑みを浮かべてそのまま真昼と一緒に部屋の方へと向かっていったのだった。



 ◆◆◆


「真夜。さっきの朱音さんへの言葉って……」

「聞こえてたのかよ、兄貴。自分でもらしくないし、キザったらしいとは思うよ」


 自分でも言って恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてそっぽを向く真夜に真昼は思わず苦笑した。


「真夜って朱音さんと付き合ってるんでしょ?」

「いや、付き合ってはないぞ。今はそう言う関係よりも三人でいる方が楽しいからな」

「えっと、二股?」

「……否定できねえからやめてくれ、その言い方」


 真夜も二人の気持ちを知っており、自分自身でも二人を大切に思っているため、真昼の言葉に何も言えなくなってしまった。いっそ、二股をかけた方が上手くいくのではと本気で思ってしまっている自分がいたりもする。


「で、でもほら! 優秀な退魔師なら一夫多妻制も法律で認められてるから!」


 退魔師関連の法律では、優秀な血筋を残すために条件を満たせばだが一夫多妻制が認められている。


 これはどうしても退魔師になれるほどの霊力を持って生まれる確率が一般人と退魔師では大きく異なっており、妖魔関連の事案に対処するためにはその数を一定数確保する必要があるからである。


 それに毎年少ないながらも妖魔との戦いで殉職する退魔師が出てしまう。だからこそ、いくつかの条件を満たした退魔師には一夫多妻制が認められるのだ。


 その分、税金やかかる義務など一般人は勿論、他の退魔師に比べても大きくなるのだが、六家や星守ならば大きな問題は無い。


「今の真夜なら、問題ないし何だったら星守の当主にだってなれるから。真夜なら僕なんかよりもよっぽど当主に適任だと思うよ」

「やめてくれ。俺は当主になる気はねえよ。一族をまとめるとか柄じゃないし、誰も納得しないぞ」


 実力だけならば真夜は当主にふさわしいだろう。政治に関しても今から明乃や朝陽の指導を受ければ、それなりには出来るだろう。


 しかし一族の多くは真夜を落ちこぼれとして蔑んできた過去があるため、もし彼が一族の当主になれば冷遇されるのではないかと懸念する者が出てくるかもしれない。


 そうなれば一族の不和に繋がる。一族が分裂するかも知れない。いくら真昼が真夜を支えると言っても、彼を担ぎ上げようとする者も現れるだろう。他家からも付けいる隙を与えかねない。


「だから当主は兄貴がすりゃあいいんだよ。めんどくせえしな」

「じゃあ真夜はどうするつもり? 星守を出て行って独立するって事?」

「……そこまでまだ考えてねえ。今は一番良い方法を探ってるところだけどよ。それでもまだこっちじゃ高一だぞ。せめてそう言う話は高三のこの時期まで無しにしてもらいたいんだけどな」

「そうだね。今は考えててもしょうがないか。それに考えようによっては僕と朱音さんが偽装関係でもいいわけか」


 真昼も下手にあちこちから横やりを入れられるよりも、朱音と言う防波堤があれば無理に見合い話をもってこられないと思ったようだ。実際、朱音の父である紅也も火野のご意見番が持ってきた見合い話を断るために真昼を利用している節がある。


「やめとけよ。それやると怒る奴がいただろ」

「えっ、そりゃ朱音さんは怒るかもしれないけど……」

「いや、凜だよ、凜」

「凜が? 彼女も事情を話せばわかってくれると思うんだけど」

「……まあそうかもな」


 だが真夜は真昼が気づいているのか、いないのかわからないため、あえて口にしない懸念事項を心配していた。朱音の負担やストレスが増えないようにするためにも、早急に対処する必要がある。


「俺も協力できることは協力するんで、兄貴もフォロー宜しく」

「うん。僕に出来ることなら何でもするから」


 真昼の言葉に満足すると真夜は今度は自分自身のことを見つめなおす。


 今回の事で浮き彫りになったが、自分の実力を隠すことは難しくなってきたのかも知れないと感じていた。


(もう少し早い段階である程度の実力を明かすか。今回の合宿で少しはまともになったって体にするつもりだったが……)


 朱音や渚の事を考えると、真夜は自分ももう少し受け身ではなく行動に移すべきかと悩むのだった。



 ◆◆◆


 準備を整えた真夜達が明乃に連れられてやって来たのは、高野山にいくつか設けられた退魔師専用の修練場の一つだった。


 周囲は木々で囲まれているが、修練場自体は地面も整備された運動場のような場所だ。しかし霊地であるために霊力で満ちあふれ、それを利用した特殊な術式でこの場ではダメージが軽減されるようになっており、周囲にも被害が広がらないように強固な結界が展開されている。


 全員が動きやすい服に着替えており、いつでも始められるのだが、朱音はちらちらと真夜の方を気にしているようだった。同じように渚の方も朱音と真夜を気にしているように見える。


「さて。皆の準備が出来たところで、それぞれの実力を確認したい。真昼と楓は把握できている。真夜は論外として、火野、京極の実力も知りたいところだ」

「論外とはひでぇな」

「お前の場合は先日の一件で知っている。無論、私や真昼とも個別に訓練を行うが、まずは全員がどれだけ戦えるか知る必要がある。私と真昼は守護霊獣も含めた実戦形式での戦いも行いたいからな」

「なら良い方法があるぜ」


 真夜はそう言うと十二星霊符を展開すると八枚を起点として、結界の重ね掛けを行った。


「これで周囲から完全に隔離した。外からも中は見えないから好都合だろ」

「まさかお前一人で全員を相手にするつもりか?」


 いくら強くても切り札の大半を別の目的に使用した状態で、明乃や真昼を含めた全員を、それも守護霊獣も同時に相手にするなど思い上がりも甚だしいと思った。


 だがそうではないと直ぐに考えを改める。真夜にも同じように切り札があることをこの場にいる全員が知っているからだ。


「そこまでうぬぼれてねえよ。だからこいつに相手をしてもらおうと思ってよ」


 真夜の背後に魔法陣が出現し、彼の守護霊獣にして漆黒の堕天使ルシファーが降臨した。


「Aaaaaaaaaaaa!!!」


 ビリビリと刺すような物理的衝撃を伴う霊力の奔流が周囲へと放たれた。ルフの出現に全員が絶句する。


「ここでなら周囲を気にせずにかなり無茶を出来るだろうしな。最初は俺も含めて全員が自分の力がルフにどこまで通用するか確かめてみようぜ」


 真夜の言葉にルフは微笑を浮かべ、右手を前に出すと指をくいくいと動かし、かかってきなさいと伝えるのだった。

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