第三話 誤解


 風間凜と星守真昼の関係を一言で表すならば幼馴染みであろう。


 六家と星守は年に数回程度だが定期的な会合を行い、近況報告や退魔活動の報告や懇親会なども行っている。


 ここにはSCDが入ったり、それぞれ六家や星守だけで次世代の若者の交流や顔見せ、またはそれぞれの一族の有力な退魔師同士が軽く手合わせしたりと、一族の力を知らしめる場でもある。この会合に若手が全員参加するわけではないのだが、単独の一族同士の交流もある。


 星守は火野との交流が一番多いが、明乃関連だったり、火野との交流の過程で風間との接点もあった。


 真夜にとっての朱音のように、真昼にとって一番仲が良かった同年代が凜であった。


 火野赤司や火織も、歳が近かったが同い年の凜との交流が真昼には一番多かった。それは彼女の祖母の莉子が凜を連れて稀に星守を訪れていたからでもある。


「久しぶりだけど元気そうだね、凜」

「そっちも元気そうだな、真昼」


 気を失った酔っ払いは救急車で搬送。凜は警察の簡単な聴取を受けていたが、真昼達の擁護証言や相手も一応は霊能力者であり、退魔師の法律が適用されるため、一般人に絡んだ後に凜がそれを撃退するための行動は正当防衛と認められた。また彼らが六家と星守の所属であったため、警察も大事にしたくないという配慮からその場での解放となった。


「そう言えば高校に入ってからは会ってなかったね」

「そうだな。アタシも忙しかったけど、真昼も会合とかに参加してなかっただろ?」

「……僕も高校に入ってから色々あったからね」


 真昼は凜に曖昧な返事を返す。中学卒業後は高校入学まで忙しく、また入学してからは自身の力のルーツを知らされ、会合に参加するどころの精神状態ではなかった。


「けど元気そうで安心した。それに前よりも明るくなったな真昼」

「真夜と仲直りしたからだと思うよ。今、とても充実してるしね」

「へぇ、そうなんだ。よかったじゃねえか。それにしてもお前とは随分と久しぶりだな、真夜。お前も格好良くなったじゃねえか」


 真夜が彼女とまともに会って会話したのは小学校六年生の時だ。あの時はまだ守護霊獣の契約前であったが、そう考えれば数年ぶりと言える。


「こっちこそ。あとそう言ってもらえてありがたいね」


 真夜も簡潔に礼を述べる。真夜と凜はあまり接点はない。最低限の挨拶などはしていたが、以前の凜は時間があれば真昼と一緒にいたため、真夜としては近づきたいとは思わなかった。


「凜様、ご無沙汰しております」

「おう。楓も久しぶりっと……。で、そっちの二人は……」


 凜は真夜の後ろにいる渚と朱音に視線を向ける。しかし何故か朱音の方を強く意識しているようだった。朱音は何故か自分が睨まれているような気がした。


(あれ? あたし何かしたっけ?)


 あまり面識はないだけに朱音は疑問符を浮かべる。その視線はどこか既視感のあるものだった。それはまるで自分が以前に渚に向けていたような、それでいて渚から向けられていたような……。


「ご挨拶が遅れました。私は京極渚と申します。以後お見知りおきを」

「あっ、あたしは火野朱音です。よろしく」


 渚が先に挨拶をして、朱音も若干遅れながら挨拶を返す。


「おう。アタシは風間凜だ。こっちこそ宜しく」


 しかし朱音が感じた視線はすぐに消えた。一体何だったのだろうかと首を傾げていると再び凜は真昼に話しかける。


「それにしても真昼が霊器を顕現するとはな。やっぱり真昼は凄ぇな」

「ありがとう。でもまだ全然使いこなせていないから、宝の持ち腐れだよ。今回の合宿でもっと自分の物にしたいんだ」

「ふーん。何ならアタシも合宿に参加しようか?」


 真昼の言葉に凜がそのような提案をしてきた。それを聞いて真昼は勿論、楓も渚も朱音も表情を変えた。


「練習相手は多い方がいいんじゃねえか? これでもそっちの火野と同じく、アタシも霊器持ちだから」


 そう、彼女も風間家の息女としてふさわしい実力を有していた。霊器を顕現することが出来る数少ない人間。十三歳で霊器を顕現させた風間家の天才と謳われる少女で風間家の中でも上位の実力者として名を馳せ、他の六家の霊器持ちに比べても決して見劣りしないだろう。


「どうだ?」

「それは……その、僕の一存じゃ決められないかな」


 真昼もこの凜の提案には困ってしまった。真昼と楓だけならば問題ないだろうが、今回は真夜がいる。その実力は知れ渡っているのならばともかく、現在は世間には秘匿されている。それを真昼の幼馴染みとは言え、凜に知られるのはマズいだろう。


 凜は純粋に善意からの申し入れだろうが、今回はタイミングが悪すぎる。真昼も真夜との本気の手合わせを望んでいる。凜も確かに強いだろうが、真夜に比べれば大きく見劣りする。おそらく凜では今の真昼に善戦できても、苦戦させることは難しいだろう。


「そっか。そうだよな。わりい、余計な事言ったな」

「ううん。ごめんね、凜。お祖母様に一度相談してみるから」


 しかし明乃も承諾はしないだろう。彼女も真夜との本気の鍛錬を望んでいる。凜が参加すれば真夜が本気を出せない。だから凜には申し訳ないが、今回の彼女の参加は難しい。


「まっ、しばらくアタシもここで修業してるからまた機会があったら手合わせしようぜ。真昼も相当強くなってると思うけどアタシも負けてないぜ。同年代の霊器使いには負けないさ」


 また凜は朱音の方に意識を向ける。今の言葉は朱音に向けられているようだった。


(ほんと、何なの? 良く分からないけど、凄く敵視されてるってような気がするわね)


 お前には負けないぞと言われている気がする。以前の朱音ならば何かしらの言葉を出していたかも知れないが、ここは大人しくしておくことにする。


 隣にいる渚も抑えてくださいと目で伝えている気がしたので、何とか自重する。


「うん。また時間が空いたら連絡するね」

「おう。待ってるからよ。連絡先は前に教えたよな? そこに連絡してきてくれ。それと真夜。お前も大変だとは思うけど、折れるんじゃねえぞ」


 それだけ言うとじゃあなとそのまま彼女は真昼達の元から去って行った。


「何だろ。あたし何かしたっけ?」


 彼女が完全に見えなくなったのを確認すると、朱音が口を開いた。


「さあな。朱音が気づいてないだけで何かしたとかあるかもよ。それにしても俺へのアドバイスか。珍しいな」

「それ酷くない、真夜? まあ否定できないんだけど」

「いや、そこは否定しとけよ。兄貴は何か知ってるか?」

「僕にもわからないよ。朱音さんに対しては明らかに敵視って言うよりもライバル視していたような気がするけど」


 真昼も困惑していた。凜が朱音にあんな風な態度を取るとは思っていなかったようだ。


「同じ六家で霊器の使い手であり、大きな功績を打ち立てた同い年の朱音さんに嫉妬していると言うのならば分かるのですが、あの感じはそうではありませんね」

「はい。どちらかというとあの感じは……」

「嫉妬は嫉妬とは思いますが、あれは……」


 渚も楓も彼女の態度が退魔師としての嫉妬ではないと思った。寧ろ渚も覚えがある感情の様な気がする。


「まあここでぐだぐだと話してても分からねえな。情報が足りないんだ。さっきの口ぶりから風間の先代当主も来てるようだし、婆さんなら何か知ってるかもしれないぜ」


「そうだね。少し時間も取られたし、旅館に行ってお祖母様に聞いてみようか」


 風間家の方でも何か動きがあったのかも知れない。真夜達は情報を得るためにも、急ぎ明乃のいるホテルへと向かうのだった。



 ◆◆◆



「久しぶりだねぇ、明乃。まったく、あんたは相変わらず若々しくて羨ましい限りだよ」


 旅館でチェックインを済ませ、迎えに行かせた真昼達が真夜達を連れてくるのを待っていた明乃は、急な来客に声をかけられた。


 視線を向けるとそこには身長百五十ほどのシンプルな長袖のシャツとズボンを穿いた女性が立っていた。年相応に皺の入った顔に背中まで伸びる白髪をおさげにしているが、背筋はピンと伸びており後ろ手で手を組んでおり、どこか武道の達人を思わせる佇まいだった。


「……莉子(りこ)。どうしてお前がここに」


 若干、驚いた表情を浮かべる明乃は莉子と呼んだ女性……風間家先代当主・風間莉子(かざま りこ)へと疑問をぶつけた。


「ちょっとした野暮用とついでに孫娘の修業もかねてだねぇ。まさかあんたがここにいるとは思ってもいなかったけどねぇ」

「……良く言う。お前のことだ。私達が修業に来ることを知って、このタイミングで来たのだろう?」

「さあ、どうかねぇ?」

「相変わらずの狐ぶりだな」

「わたしゃが狐なら、お前さんは狸かねぇ」


 バチバチと二人の間で見えない火花が散っているようだった。


 この二人は年齢も近い上に退魔師としての実力も高く、同じく女性でありながら当主を務めた経緯もあり、ライバル関係に近い物があった。


 勿論、お互いがあからさまにライバルと思っていたわけでもそのような態度を取っているわけではなく、現在の雷坂当主と風間当主のように喧嘩を行うことはなかったのだが、それでも当時では珍しい女性の当主と言うことでお互いが意識していた。


 当主引退後は住んでいる地域も遠いことから、六家の会合などでも先代などが参加する一部の集まりでしか会うことも無くなっていた。


「ふん。お前とここで無駄話をするのも時間の無駄だ」

「久しぶりに会ったってのに連れないねぇ。でもまあ、相変わらずのようで安心したよ。けどお前さん、少し雰囲気が変わったか?」

「さあどうだろうな?」

「……やっぱりちょっと変わったねぇ。あんたに孫が生まれてからは前以上に張り詰めていたのに、今はそれがない」

「……人は変わるものだ。いつまでも昔のことを引きずってもいられないと気づいただけだ」


 真夜との話し合いで、あの墓参りの日の事で、明乃は前を向く事を決意した。だからだろう。かつての明乃を知っている人間が見れば、随分と変わったと感じるのかも知れない。


「私のことはいいだろう。こちらもそちらの野暮用を聞くつもりもないが」

「まあわたしも話す気は無いよ。それよりもお前さんも随分と無茶をしたみたいだね。罪業衆と事を構えて壊滅させるとは」

「壊滅させたのは私達ではないがな」

「それでもだよ。報告書は見せてもらった。覇級妖魔の件についても、まあ概ね致し方ないねぇ。風間の方も警戒は怠らないけど、こっちとしては目障りだった罪業衆の構成員や拠点を潰せたんで、今のところはメリットの方が多い。これでもわたしゃ、あんたらに感謝してるんだよ」


 風間家においても罪業衆は勿論、彼らの息のかかった北九州のいくつかの反社会勢力は厄介だった。また彼らの手引きで大陸や半島の息のかかった集団が近年、さらに多く入り込んでいたようで、風間としては忌々しい限りであった。


 だが罪業衆の壊滅で趨勢が一気に変化した。罪業衆の九曜に次ぐ幹部がいた拠点であっても、そこさえ潰せば報復はほぼ無いため、風間も気兼ねなく攻勢に出ることが出来た。


 またSCDも地方の警察に働きかけ、この機会を逃すまいと反社会勢力の一斉検挙を風間と共に行った。


 報復を恐れ及び腰になっていた警察も、風間家の全面協力を得られるならと大きく動き新聞やニュースを賑わせる大捕物を敢行した。


「それはよかったな。他の六家でも同じように動いているから、遠からず罪業衆の残党は狩り尽くされるだろうし、国内の不穏分子もある程度は一掃できるだろう」


 とは言え、明乃はまだ安心できないでいた。知り合いの情報屋グロリアからの話では、古墳の一件は罪業衆ではない可能性が高いと言われていた。他に孫の真夜からもまだ何者かが暗躍していると警告されている。


(罪業衆は消えるが、それに変わる存在が出てこないとも限らない。古墳での暗躍者の事もある。ある程度は覇級妖魔の話で六家には警告を出したが、どこまで本腰を入れるか)


 少なくとも火野と氷室は以前よりも朝陽が親密な関係を結んでおり、話も聞いてくれるようになっている。


 残る京極、雷坂、水波、風間においては何とも言えないが、明乃はここで風間にもある程度協力してもらうように話をするべきかと考える。


「所で明乃。今回の合宿の件、色々と噂されておるよ」

「何の話だ?」


 莉子の言葉に明乃は思考を中断すると逆に問い返した。


「あんたも落ちこぼれの孫が嫌いだからって酷いこと考えるねぇ」

「おい、だから一体何の話だ?」


 確かに今回の合宿は色々と思惑はあるが、別段、真夜に対して何かをしようと言う考えでの行動ではない。表向き周囲には京極への牽制のため朝陽に代わり監督役を変わった事と、真昼と共に真夜をもう一度鍛え直すとしか言っていない。


 また今回から真昼との共同の合宿を増やし、真夜が少しずつ力を付けてきたとするための布石にするためでもあった。


「とぼけるんじゃないよ。あんた落ちこぼれの孫に、最近成長著しい上に霊器まで顕現させた真昼と自分自身を比べさせて心を折るつもりだろ? それでその圧倒的な力を見せつけた上で、火野の娘まで真昼の婚約者候補にするために呼ぶとは、流石のわたしゃでも真似できないねぇ」


 詳しく聞けば、今回の合宿の話は明乃が監督役に変わったことで、様々な憶測を呼んだと言う。


 明乃が真夜と不仲であり、落ちこぼれと蔑んでいるというのは周知の事実。朝陽が主導ならばまだ兄弟仲を改善させたり、兄から学ぶべき事があると本当の意味で導くための合宿と考えられた。


 だが明乃の場合は、兄との絶望的な差を見せつけ、真夜の心を完全に折ろうとしていると周囲は受け取ったらしい。


 朱音の方は若くして霊器を顕現させただけでなく、古墳の一件で真昼と協力し名を上げたことで、二人を婚姻させるために仲を取り持とうとしているなどなど……。


 明乃は思った以上に可笑しな噂が出ていることに驚きつつも、もしこれが真夜の耳に入った時、どうなるかを考え、若干の冷や汗を流すのだった。


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