エピローグ

 

「それじゃあ、お祖母さんと仲直りしたんだ」

「仲直りって言うのは違うが、お互いに気持ちの落としどころが見つかったって感じだな」


 明乃との二人での話し合いの場を振り返り、真夜は訊ねてきた朱音にそう返した。


 彼女との話し合いが終わった後、料亭から帰ってきた三人は真夜の自宅にていつものように朱音と渚の三人で集まり、お茶会を開いていた。


「割と話が分かるっていうか、思った以上に話しやすかった。昔じゃ考えられなかったけどな」


 砂糖を沢山入れた甘味たっぷりのコーヒーを飲みながら、真夜は改めて祖母との新しい関係について言及した。


「結果が良ければすべて良しだ。これで実家関係で面倒事は殆ど解決したな」


 星守では分家関係やご意見番など面倒な相手がまだいることはいるが、明乃、朝陽、結衣、さらに次期当主候補の真昼を完全に味方に付けた今では向こうも何も言えないだろう。


「お疲れ様です、真夜君。それと今回は殆どお役に立てずにすいませんでした」

「なんで渚が謝るんだ? 寧ろこっちが面倒なごたごたに巻き込んで悪かったって話なんだけどな」


 古墳の一件では真夜の役に立てたが、今回は何も出来なかったことが歯がゆい渚だった。しかしながら罪業衆については電撃的に相手を倒す必要があったし、戦力的にも十分だった。


 それに今回罪業衆は星守に狙いを定めてきていたので、二人は真夜と一緒にいたために巻き込まれたようなものだ。


「でも渚の気持ちも分かるわ。あたしだって何にも出来てないんだから」


 朱音も今回は見ている事と待っている事しか出来なかったので、不甲斐ないと嘆いていた。


「ほんと、もっと強くならないとね」

「私もです。せめて霊器を顕現できるようにならなくては」


 渚は未だに霊器を顕現することが出来ない。実力的には十分だと思うが、何かが足りないようだ。


「うーん、あたしの場合は気がついたら顕現できてたから、あまり参考にできないし」

「自分で言うだけあって、お前って割と才女だよな。普通は気づいたら顕現とか無いと思うぞ」


 霊器を顕現できる人間は六家の中でも限られている。それを気がついたら出来ていたというのは、かなり凄いことである。


「ふふん。ちょっとは見直したかしら?」

「はいはい。天才美少女の朱音さんは凄い凄い」

「ちょっと! なんかおざなりで馬鹿にした褒め方で凄く腹立つんだけど!?」


 子供をあやすみたいに言う真夜に朱音は激おこであった。


「俺の場合は異世界の神の爺さんの力添えもあったからな。悪い、役に立てそうも無い」


 真夜はそんな朱音をスルーして話を進める。


「いえ。お二人とも気にしないでください。私自身で何とかしてみます。幸い京極には霊器の使い手も大勢いますので、その方達の意見も参考にしてみますね」


 渚にもスルーされたことで朱音は涙目になった。

 ここで二人も朱音に謝罪するが、いいもんいいもんと朱音は拗ねだした。


「お前は子供か」

「朱音さん、すいません。機嫌を直してください」


 ぶっーと言いつつも、朱音は何とか機嫌を直した。


 それはともかくとして、六家には現在、霊器の使い手は相当数存在する。特に、今の若手世代は黄金期と言われるほど朱音や流樹、真昼など多くの霊器使いが誕生している。


 その中でも京極一族は現在、圧倒的な突出した術者はいないが、霊器を顕現した術者は全年齢層を合わせれば十人以上いる。他の六家に比べてもかなり多い方である。


(とは言え、私に教えてくれる希有な方がいるとは思えませんけどね)


 表情には出さず、心の中で自嘲する。京極の同年代にも霊器を顕現できた者が何名かいるが、特に仲が良いわけでは無い。


 いや、そもそも渚をまともに相手してくれる者など京極には………。


「渚、何かあったら言いなさいよ?」


 とそんな渚の心情に気づいているのかいないのかは分からないが、朱音が声をかけた。


「朱音さん?」

「一人で抱えこまないの。あたしや真夜で良ければ相談に乗るから」


 二カッと笑みを浮かべる朱音とそれに同意したような顔をする真夜に、渚は呆気に取られたようだが、すぐに笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、朱音さん。真夜君」

「友達でしょ? そんな事気にしないの。渚にも世話になりっぱなしなんだから」

「そう言うことだ。霊器に関しては役に立たないがそれ以外の所でなら協力できるだろうよ」


 戦闘面に関しては真夜は指導することも出来るだろう。スパーリングの相手としても真夜以上に安心できる相手はいないだろう。


 どれだけ全力を出そうと攻撃の殆どを防御するし、治癒系の術もお手の物なのだ。相手としては申し分ない。


「真夜と模擬戦するのは良い経験になるわよね。二人がかりで簡単にあしらわれるのは辛いけど」

「本当ですね。ですがそれよりも真夜君が異世界に行っていて、そこで四年も過ごしたというのも驚きでした。私を助けてくれた時が帰還した時だったんですか?」


 再会した土蜘蛛の時のことを思い出し、渚は真夜に訪ねた。


「ああ。異世界の神の爺が送り帰してくれたんだけど、何て所に送り帰したんだって思ったぞ。渚を助けられたから結果オーライなんだろうけどな」

「あたしの感じた違和感もそれだったのね。けどまさか精神年齢十九歳なんて……」


 急に大人びたと感じたがまさか本当にそうだったとは朱音も思っていなかった。


(前から思ってたけど、勘違いじゃ無くて本当に年上になったんだ。今の真夜の方がすごく落ち着いて大人びててカッコいいのよね)


 同年代には無い大人を感じ、朱音も渚も余計に真夜に惚れ直していたりもする。割と他のライバルが現れないか気が気でない事もある。


「まああの四年は良い経験だった。強くなっただけじゃ無くて吹っ切れる機会もくれた。色々な意味で俺を成長させてくれたしな」


 勇者パーティーの面々で大人組に指導を受け、考え方や行動にも変化が出るようになった。

 そうでなければ兄や祖母に対してもあんな風に対応できなかっただろう。


「異世界か……。ちょっと興味あるかも」

「私も気になりますね」

「米が無いのが難点だったけどな。帰ってきて速攻、牛丼屋で米をがっついた程だからな」


 真夜のそんな話を聞きながら、二人は声を出して笑った。


「もう。変なところで子供みたいね真夜って」

「やかましい。食事は何よりも大切なんだよ」


 少しむすっとする真夜の姿に朱音も渚も大人びた姿と子供のように拗ねるギャップに笑いを堪えきれないでいる。


「ごめんごめんって! もうそんなに怒んないの」

「すいません、真夜君。でもそんな風に熱弁する程でしたら、よっぽどだったんですね」

「……お前らも一度、異世界で米が無い苦しみを味わえば良い」

「行けるなら行ってみたいかもね」

「色々と経験になりそうですね」


 朱音も渚もそんな真夜の恨めしい言葉とは裏腹に、異世界に興味がわいているようだ。


 真夜も四年いた世界に想いを馳せた。最後は消えるようにあの世界を後にした。仲間達ときちんとした別れを済ませたようで、済ませていないまま帰還した。


 別れるのが寂しくて、辛くて、それを悟られまいと虚勢を張っていたのかも知れない。

 仲間達に再会したら、もの凄く説教をもらうことだろう。

 ははっと、真夜は笑いを零した。


「真夜?」

「真夜君?」


 怪訝な顔をしてくる二人に真夜は何でも無いと適当にごまかす。


 自分も出来るなら、叶うならもう一度あの世界に戻りたいと思っている。仲間達ともう一度会いたいと思っている。


 朱音や渚を連れて、異世界を回るのも楽しいかも知れない。平和になった世界で、またあの仲間達と一緒に、今度は観光のように旅をするのも悪くない。


「そうだな。いつか、行けるなら三人で行きたいな」


 もしそんな機会があればと柄にも無く神に願う。あの神の爺が聞き入れるかは知らないが、願うだけならばタダである。


 決して叶うことは無いだろうし、三人で一緒に行くことはないだろうが、もしそうなったら楽しいだろうなと真夜は思いつつ、二人との会話を楽しむのだった。



 ◆◆◆


 星守の本邸がある場所から少し離れた小高い場所にある墓地。


 ここは星守一族の先祖達が眠る神聖な場所であった。


 明乃は前回いつここに来たのかも思い出せないくらい久しぶりに、その墓の前に立っていた。


 星守一族の宗家の人間で妖魔との戦いで命を落とした者達の墓であった。


 名前が刻まれ、その中には星守晴太の名前もあった。


「久しぶりだな、晴太。どれくらいぶりだろうか。しばらく来れずにすまなかった」


 真夜が生まれ、彼が落ちこぼれだと認識されてから、明乃はここに一切来なくなっていた。


 それまでは年に数回は来ていたと言うのに。


 後ろめたさもあったのかも知れない。無意識に晴太のことを孫に八つ当たりしていると理解していたからかも知れない。


 死してもう随分経つ。その魂は輪廻の環を巡り、どこかでひっそりと転生しているかも知れないし、まだあの世にいるかも知れない。


 だが明乃もようやく真夜や晴太のことで折り合いを付けられた。


「私が馬鹿だったよ。お前と孫を重ね、八つ当たりしていただけに過ぎなかった。この年になって、そんな事も分からなかったとはな。今の私をかつてのお前が見たら、何と言っただろうな」


 自嘲しながら明乃は独白する。誰もおらず、答えを返してくれる者などいない。


 その時、ぶわっと強い風が吹いた。明乃は思わず目を細めた。


「えっ?」


 そして、明乃は見た。薄らと光る一人の少年と、その手に抱かれている二股の尾を持つ猫の姿を。


 彼は笑っていた。そして何かを叫んできた。猫もニャーと鳴いたような気がした。


 驚いて瞬きをした後には、そこに少年と猫の姿は無かった。


「……晴太」


 それは死ぬ直前まで見ていた彼とその守護霊獣の姿だった。


 ただの幻だったのかも知れない。明乃の勘違いや見間違いだったのかも知れない。


 明乃はしばらくの間、呆然としていたが、すぐにくつくつと笑い出した。


「悪かったな、晴太。不甲斐ない所を見せて。ああ、そうだ。お前が勝つと言っていた相手が、こんなのでは張り合いがないな」


 ―――いつまでも落ち込んでんじゃねぇっ! 元気出せ!―――


 そんな声が聞こえた。最後は真夜のように憎たらしげな笑みを浮かべていた。


 何なんだ、と明乃は思った。勝手に死んだくせに、私に説教か。私に勝つとか言っておいて、約束も果たせぬままいなくなって、久しぶりに姿を見せたと思えば好き勝手なことを。


 だが晴太は昔からこちらの事などお構いなしに明乃に絡んできた。何となく懐かしくなった。


 後悔はある。負い目もある。けどいつまでも後ろばかり見てはいられない。


 まだ懸念すべき事はある。やらなければならないことも多くある。真夜のことも考えていかなければならない。


「ああ、そうだな。いつまでも落ち込んで後悔ばかりしていても仕方が無い」


 晴太のように、真夜のように前を向いていかなければならない。自分もいつまでも腐ってばかりではいられない。


 息子の朝陽は真夜の父としてさらに強くなろうとしている。父として成長した真夜に恥と思われぬように。


 それだけではない。真夜に父として頼ってもらえるように。


 自分も同じだ。散々こき下ろしていた孫に抜かれ、自分自身のしでかしたことで後悔の念に苛まれるなど恥ずべき事だ。


「お前はいつも私を前に向かせてくれるな」


 だから自分ももっと成長しよう。死ぬその時まで。


 情けない姿をこれ以上、真夜や朝陽達、それに晴太にも見せるわけには行かない。


「ありがとう、晴太。また来る」


 明乃はそう言うと顔を上げて踵を返す。墓の前には背を向けた明乃の後ろ姿を見守る少年の姿がはっきりと浮かんでいた。だが、明乃は気づいているのかいないのか、微かに笑みを浮かべたまま振り返ることなくその場を後にするのだった。


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