第十七話 末路

 

 幻那の前に一言も発することが出来なくなった四罪と九曜はただ彼の質問を待つしか出来なかった。


「さて。お前達に聞きたいことは、お前達を打ち倒した者についてだ」


 術により宙へと投影されたのは、幻那と戦った時の真夜の姿だった。堕天使を従え、圧倒的な力を以て銀牙や幻那を蹂躙した少年の姿を見た全員が表情を変えた。


「こやつは!?」

「まさか!? こいつは星守真夜!?」


 四罪だけでは無い。九曜全員がこの反応なのだ。幻那とぬらりひょんは予想していたとは言え、空恐ろしさを感じた。


「くかかか! これは笑えるのう! まさか本当に一人で罪業衆の上位者全員を打ち倒しおったとは!」

「そうだな。しかしこれで少しは情報を得られよう。お前達の驚愕は尤もだ。私も初めてこやつの名を知った時は驚いたものだ。一応説明しておこう。こやつの名は星守真夜。星守一族の落ちこぼれと呼ばれた男。だがその実態は身を以て理解しただろう」


 星守一族の落ちこぼれと言われた少年は、実は覇級妖魔と戦えるだけの力と守護霊獣を従えていたなど、彼らからすれば笑い話にすらならない。


「お前達が戦った状況、どのようにして交戦しどのように敗北したか。奴はどのような戦い方をしていたのか。詳細を聞かせて……いや、見せてもらおうか」


 幻那は新たな術を発動させる。言葉で聞くよりも直接魂に刻まれた記憶を読む方が早いと判断したようだ。


 まずは九曜の記憶からと、先ほどと同じように宙へと投影される真夜や堕天使の姿。圧倒的な力を以て、九曜を蹂躙する光景が彼ら目線で再生された。


「ふむ、あまり参考にならんのう。問答もそこそこに瞬殺されていては意味が無い」

「ああ。不甲斐ないとは思わないが、せめてもう少し情報を引き出してもらいたかったものだ」


 九曜達の情報から得られた情報は多くは無い。真夜に関してはほぼ近接戦闘しかしていないと言うこととくらいだろう。堕天使に関しても特級上位を軽くあしらう様子が映っているだけだ。


「せめて四罪からはより良い情報が得られれば良いが……」


 しかし期待した程の情報は得られなかった。覇級妖魔を一撃で粉砕する威力の一撃を出せることは分かったが、ぬらりひょんは期待外れだとため息を吐く。


「いや、それでも得た情報はある」


 だが逆に幻那はこの戦闘から何かしらの情報を得たようだ。


「奴はここまで攻撃に一切の霊術を使っていない。四罪の記憶を見る限り牽制や態勢を立て直す事にもな。ただ拳に霊力を込め、叩きつけているだけ。私との戦いの時もそうだった。これほどの霊力があれば、放出して敵に向けるだけでもかなり牽制になる」

「霊力の消耗を考えての行動……とは考えられぬか?」

「無くは無いだろうが、調べた星守真夜の情報では攻撃系の霊術が一切使えないとあった」

「そんな前情報は当てになるのか? 現に奴の強さは落ちこぼれどころの話では無い」

「ああ。使わなかったのでは無く使えないと言う可能性は十分にある。しかし接近されてしまえば意味は無く、こちらの遠距離からの攻撃もあの霊符で防御される」


 幻那との戦いでも四罪との戦いでも見せた見たこともない特殊な霊符。その性能は分かっているだけでも三枚で覇級クラスの攻撃を防ぎ、また幻那との戦いでは五枚の霊符を用いて攻撃を跳ね返していた。


「並の霊符では無い、おそらくは霊器であろうな」

「霊符型の霊器か。奴が何枚顕現できるのかも分からぬのであれば、対応は難しいのう」

「ああ、私が把握できている限りでは十二枚だ。だがそれが限界枚数だとは思う」

「何故だ?」

「奴は私との戦いの際、こちらの攻撃を跳ね返す際に霊符を五枚使用した。だがその際の霊符は、私を逃がさないようにする結界の構築に使っていた物を手元に戻してだ。私を逃がすリスクが上がるのに、そんな真似をすると言うことは、それが上限なのだろう」


 あの戦いの考察は幾度となく行っていた。それは再び真夜と戦う事になった時に勝利を得るため。


 真夜の戦い方や戦術の研究。それの確信を得るためにも今回の九曜と四罪の戦いの情報は貴重だった。


「無論、楽観することは出来んし、更なる切り札を持っている可能性もある。奴は強い。堕天使も含めるのならば最強と言っても過言では無い。だが……ただの最強に過ぎない」


 幻那は真剣な眼差しで鵺の目から見た真夜の戦いを観察する。


「奴は最強かもしれぬが、無敵の存在でも無ければ完全無欠の絶対の存在でも無い。人間を遥かに凌駕する領域にいるが一人の人間なのは間違いない。無尽蔵に近い霊力を持っているかも知れんが、無限の霊力を持っているわけでも無く、傷つきもすれば消耗もする」


 正面からの戦いならば負ける可能性が高いが、別に力を競い合っているわけでは無い。必要なのは真夜を殺すことでも倒すことでも無いのだから。


「極論、奴に介入されても京極を滅ぼすまでの時間稼ぎさえ出来れば良いのだ。勝てないならば如何に足止めを行うか。それだけで構わない」

「お主はそれでよいのか? その手で京極を滅ぼしたいのであろう?」

「ふっ。私とて出来ればそうしたいが、それにこだわる気も無い。京極を滅ぼし、その血を根絶やしにさえ出来れば、私で無くとも良いのだ。もしもの時はお前に実行部隊の指揮を任せよう。危険で達成したとしてもお前の悪名がさらに積み上がり討伐の可能性は高くなるだろうがな」

「くかかか! 結構結構! それも一興よ! 儂もそうなった場合、全力で事に当たろう。儂もお主を利用するし、万が一お主が倒れた場合は致し方ないが、お主の遺品や配下をすべてもらおうかのう」


 どちらに転んでも構わない。ぬらりひょんの言葉に幻那は笑みを浮かべる。


「それでいい。だが私とて時間稼ぎだけに徹する気は無い。勝つための道筋は用意する」


 幻那は再び四罪や九曜へと向き直る。


「ご苦労だった。お前達から得た情報は参考にさせてもらう。またお前達が使った術式も役立たせてもらうとしよう」


 闇子や導摩が扱った自分よりも強い妖魔を使役した術。才蔵が開発した人間のままで妖魔の力を取り込み、変化をした後に再び人間に戻る術。どちらも幻那には役立つ物だった。


 これも彼らの記憶を映し出し、その術式を手に入れた。


「まっ、待って! 貴方ほどの使い手なら、わたくし達を蘇らせることもできるんじゃ無いの!?」


 幻那からの圧が一時的に弱まったことで闇子が声を上げた。


「わたくし達ならば貴方と、いいえ、貴方様の手助けが出来ますわ!」

「そ、その通りです! 私の技術に興味がおありでしょう? 他にも貴方様のお役に立てる技術を提供させて頂きます! 蘇らせて頂けるのであれば、今後も貴方の役に立つような術を開発致します! そこの女や脳筋どもよりも役に立ちましょう!」

「ふざけるな才蔵! お前よりも俺様の方が役に立てるわ!」


 闇子に続き、才蔵も導摩も声を上げる。声と言っても魂を通しての物なので、本当に声を発しているわけではないのが、その切実さは伝わってくる。


「わ、我らも六道の術を継承する者! 新たな肉体を用意してくれれば、その肉体を乗っとり役に立って見せよう!」

「その通りだ! 我らを倒したその星守真夜という小僧や星守一族をも滅ぼそうぞ!」


 彼らも必死であった。このまま冥府へと送り還されたら確実に地獄行きになる。生前は死後のことを気になどしていなかった彼らではあったが、一度死してその心は折れてしまったのだ。


 同時に復讐も考えていた。自分達を殺した星守真夜や星守明乃を含めた星守一族への復讐。自分達だけならばともかく、目の前の存在が味方になればそれも叶うと思ったようだ。


「必ずや役に立って見せよう!」


 懇願する者達を見ながら、ぬらりひょんは再びため息をついた。これが自分が目障りに思っていた者達かと彼らの評価をより下げた。


(死を受け入れぬのは滑稽よな。まあ今の奴らから見れば、幻那は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようにも見えるか。しかしこやつらを蘇らせてもあまり役に立つとは思えんがのう)


 これならばまだ幻那の腹心であった銀牙を蘇らせた方がマシであろう。しかし銀牙はすでに閻魔にその魂を握られているので、さしもの幻那でも呼び戻すことは出来なかったようだ。


「……わかった。そうまで言うのならば役に立って貰おう」


 不意に幻那が言うと四罪や九曜の面々は嬉々とした笑みを浮かべる。ぬらりひょんはどう言うつもりだと疑念を向ける。


「ありがとうございます! 必ずや貴方様の……」


 だが闇子が礼を述べきる前に異変が起こった。真紅の光を放っていた魔法陣が闇色の光を放ちだしたのだ。


「こ、これは!?」

「な、何をするつもりだ!?」

「私の役に立ってくれるのだろう? お前達に戦力としての役割は期待していない。必要なのはお前達の魂だけだ」


 口々に叫ぶ彼らを尻目に幻那は懇切丁寧に説明してやる。


「お前達を適当な人間の肉体に憑依させたところで、その力は高が知れている。ならば妖魔と融合させる? それはお前達も望むところでは無いだろう。このまま冥府へと送り還す? そうなればお前達は地獄行きだろう。だから私はお前達に救いを与えてやろう」


 人の形をした魂が足下から分解され、地面に球体状に集まっていく。四罪、九曜共にその現象は起きていた。


「貴様ぁっ! 我らをどうするつもりだ!?」

「魂とは力の源でもある。西洋の悪魔や力ある者が欲するのは、それを取り込むことで力を得たり、増したりすることが出来るからだ。しかも一般人に比べ、退魔師や妖術師の魂は質その物が圧倒的に高い」


 それが九曜や四罪などの魂ともなれば、質の面では一般人どころか並の退魔師何十人分にも匹敵するか凌駕するだろう。


「こ、こんなのは嫌よ!」

「貴様ぁっ! 約束を破るのか!?」

「私は一言もお前達を蘇らせるなど言っていない。役に立って貰うと言っただけだ」


 冷たい目で幻那は闇子や導摩達を見ると、次に四罪へと視線を移す。


「同じ六道の術を継承する者? 笑わせるな。貴様らは六道一族と袂を分かった言わば裏切り者だ。それに関しては私からは何も言わぬが、そんな者共が私と同じ正当な継承者だと語るなど腹立たしい限りだ。私からお前達にかける慈悲など無い。せいぜいその魂をもって私の役に立て」


 悲鳴が木霊する。魂を粉々に砕かれる痛みは想像を絶する。肉体を失い魂だけの彼らはその痛みに悶え苦しむ。


 発狂することも気を失うことも出来ないまま、彼らはその身をすり潰され、力の結晶に変換されていく。


 一分にも満たない僅かな時間。その間に彼らはその魂を分解され結晶へと作り替えられた。魔法陣が光を失い、後には十三個の黒い結晶が転がっている。


「妖霊玉に近いがあれよりもさらに純度も質も高い」

「ふむ。確かにのう。これ一つでどれだけの力が籠もっておるのか」


 魔法陣の中に入り、結晶を一つ手に取るとぬらりひょんが興味深そうに観察している。


「ああ。これほどの物は早々に作り出せん。それこそ同じ物を作ろうとすれば、それこそ六家のトップクラスの実力者でなければ無理であろう」


 妖魔でも代用が利くのだが、それは妖霊玉という形で実を結んでいた。これはそれの上位互換と言うところか。六道一族の術を使う四罪の結晶はより幻那に適合する可能性が高い。


「これを用いて私は元の姿に戻ろう。そして残りを使い、新たな戦力を得るとしよう」

「お主もようやく元の姿に戻るのだな。そして残りで星守真夜や堕天使に対抗する妖魔を強化するのか。これを使えば確かに超級クラスを覇級クラスにまで高められよう」

「いや、それでは足りない」


 ぬらりひょんの意見を幻那は否定した。


「いかに超級妖魔とは言え、おそらく強化できても覇級クラスの中位が関の山だろう。それに暴走や急激な力の増加に自己崩壊の危険性もある」


 水波が管轄していた上級中位の赤面鬼を解き放ち、妖霊玉を用いた実験では急激な進化に鬼の強固な肉体でも耐えられなかった。超級クラスとなれば肉体的強度は比べものにならないだろうが、それでも危険は付きまとう。


「ならばどうするつもりだ?」

「一から作り出せば良い。私に従い、崩壊も暴走もしない新たな覇級妖魔をな」

「なっ!?」


 幻那の言葉にぬらりひょんは絶句した。妖魔を作り出すこと自体はそこまで難しくは無い。


 最下級や下級、低級クラスまでならば妖術師ならば容易に作り出すことが出来る。中級、上級妖魔でも罪業衆に所属する上位者や九曜、四罪ならば難しくは無いだろう。


 しかし最上級や特級、超級妖魔を作り出すのは容易なことではない。


 最上級や超級を作り出すにも強力な素体が必要になる。かつて一流の妖術師や退魔師を素体として特級や超級妖魔を作り出した者はいたが、覇級妖魔を作り出した者は存在しない。


「お主、何を考えておる? 覇級妖魔を作るにしてもそれほどの素体が存在するのか? よしんばいたとしても、おそらくそれほどの者ならば名の知れた術者であろう。そんな者が行方不明になれば騒ぎが起こらんはずが無い」


 それこそ星守朝陽や星守真夜レベルの素体が必要になるだろう。


「いや、素体は必要とはしない。必要なのは概念だ」

「概念じゃと?」


 意味が分からないとばかりにぬらりひょんは首を傾げる。


「概念、あるいは想念。人の意思や人の想像の力と言ったところか。言霊という物をお前も知っているだろう。言葉という物は強い力を持つ。それと似たような物だ。数多の人間に想起させるのだ。最強の妖魔をな」


 実のところ、妖魔の生まれる原因が諸説様々あり、一つだけでは無い。それこそ幻那の言うとおり、人が無意識に生み出す事もあり得る。


 しかしそれでも生まれる妖魔は低級以下にしかならない。


「そんな事、本当に可能なのか? 概念や想念等という曖昧な物を素体として覇級妖魔を作るなど」

「出来るのだ。六道一族の秘儀とでも言うべき物だがな。多少の数の人間の想念では意味が無い。それこそ何千、何万を超える人間がその妖魔を思い浮かべる程で無ければな」

「それこそどうするのだ? そんな数をどうやって集める?」

「集める必要は無い。ただ人々がそう思っていると言う事実があれば、あとはこの結晶を使い、大規模儀式を行えば事足りる。それに当てはあるのだ」


 ぬらりひょんは半信半疑だった。覇級クラスの妖魔を想起させる。確かにこの国にはヤマタノオロチや九尾の狐、魔王と呼ばれた山本五郎左衛門、祟りとしての平将門や崇徳天皇などが存在する。


 そのいずれもが強力な妖魔として名を連ねているが、それらはすでに封印や討伐が成されている。


 それらに匹敵する存在を想起させると言っても、あまりにも曖昧すぎる上にどのような存在を人々に植え付けると言うのだ。


「『ソレ』は近年生まれた架空の妖魔だ。『ソレ』はいくつかの解釈や誤解により時間をかけて広まりを見せた。私はその存在をこの世界に新たに実体化させる。それに今の世の中はインターネットを使い世界中と繋がれる。小難しい術を用いる必要はない。ただ伝えれば良いのだ。最強の妖魔にふさわしい『ソレ』の名と存在をな」


 結晶を集めながら、幻那はその存在の名を口にする。


「だから私は作り出すのだ。すべての妖魔を葬る最強の妖魔。空亡(そらなき)をな」


 彼はここにはいない最大の障害である真夜達の事を思い浮かべながら、ぬらりひょんにそう宣言するのだった。

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