第十六話 口寄せ 


「幻那よ。罪業衆が壊滅したようだのう」

「ふっ。予想はしていたが、実際にそうなると驚きは隠せないな」


 罪業衆が壊滅した直後、海の見える拠点にて、ぬらりひょんと未だに子供の姿の六道幻那は四罪、九曜が壊滅したのをいち早く掴んでいた。


「儂としても上手く連中を動かせて良かったわい。しかも目論見通り星守に喧嘩を売ってくれるとは」


 くかかかと高笑いをしながら、全滅した四罪や九曜の面々を思い出し愉快愉快と上機嫌に茶菓子を摘まんでいく。


「ああ。秘密裏に監視していた甲斐があった。奴らの拠点に潜り込ませていた退魔師を通して、多少なりとも情報は得られた」

「くかかか。お主も人が悪いのう。退魔師の女子を奴らにワザと捕らえさせるとは」

「私は目的のためには手段を選ぶつもりは無い。だから別に極悪人であろうとも構いはしないさ」

「良く言う。お主にはある程度の美学が存在する。確かに手段を選り好みはせぬが、その過程では多少なりとも信念のような物に従っておる。今回の退魔師の女も素行不良の問題児であったであろう」

「買いかぶりすぎだ。その者を選定したのは単に色々な所に恨みを買っていて、利用しやすいと判断したからだ。おかげで行方不明になっても大して騒がれもせず、こちらの術を施すのも容易だった。もっとも罪業衆には随分と酷い扱いを受けたようだが、私の知ったことでは無い。それに使う人員はともかくやっていることは極悪非道であろう?」


 幻那は予め見繕っていた女性の退魔師を拉致し、洗脳し、様々な術を秘密裏に施し罪業衆へと送り込んだ。目論見通り、女は罪業衆に囚われた。


 その後は彼女を通して情報を収集していた。四罪や真夜、朝陽や明乃レベルには見破られる可能性があったが、術を施されているとわかっても、それがどのような術かまでは即座には判別できない。秘匿にはかなり細心の注意を払い施している。


 術を起動させればその限りでは無いが、発動させなければよほど注意深く観察しなければ見破られる可能性は低い。もし術の痕跡を見られても、罪業衆による物だろうと判断されるだろう。


 罪業衆が壊滅した後は適当に情報収集を行った後に、術を解除して解放する予定であった。


 ルフの攻撃も妖術を施されただけの女は除外されたようだった。


「あの女以外にもそれなりに動かしておるのだろう?」

「ああ。簡単な洗脳を施してな。強く術を施せば気づかれる恐れがあるから、軽くではあるが。尤も私の術を見破れる術者などそう多くは無い」

「恐ろしい男よのう」

「まあ六家や星守、SCDには直接送り込めん。簡単に見破られるとは思えんが、下手に露見すればこちらの動きを察知されるかもしれないからな」


 退魔師側も妖術師や妖魔の術を警戒している。そのため各一族はそれに対抗する術や定期的な検査などを行っている。


「しかし今回の罪業衆の件はやはり星守真夜が動いたか。それに星守朝陽に明乃。こうなると星守一族はさらに別格の存在になったな。時間をおけば星守真昼も台頭してくるだろう。手が付けられんな」

「その通りだ。星守朝陽でさえも厄介だと思っていたのに、それを上回る星守真夜と堕天使。そこに星守明乃と星守真昼。星守一族も粒ぞろいだが、他の一族にも有望な退魔師は多い。罪業衆亡き今、退魔師側の隆盛はより一層高まるであろうな」

「その中でも星守一強か。他の六家をたきつければ、面白い事になるやもしれんがな」

「やめておけ。お前が先ほど失敗した古墳での一件で、六家も警戒しているだろう。迂闊なことをすれば、こちらの動きを察知される」


 幻那も星守を目障りに思うが、下手に手を出すのは悪手でしか無い。彼の目的は京極なのだ。他にちょっかいを出す余裕も無い。


「だが真相は秘匿されるだろうな。奴は黒龍神や古墳での一件でも名前すら挙がらなかった。今回、奴の介入があったとてその存在が明るみに出ることはないだろうな」

「……お主にとっても厄介だのう。儂としても奴とお前が見たと言う堕天使に関して、多少なりとも情報を集めたかったが」


 二人が警戒しているのは真夜やルフの実力もだが、その戦闘スタイルや能力が殆ど把握できていない事にあった。ただの力押しだけならば対処もしやすいが、そこに何らかの能力が加われば脅威度は跳ね上がる。


 一切の情報が集まらないのは、幻那達にとっても厄介きわまりなかった。


 退魔師の女を使い僅かには得られたが、殆ど何も得られてはいない状況だった。


「確かにな。もっとも私としては星守真夜や星守一族に手を出すつもりはない。奴を介入させた時点で、おそらくは京極を滅ぼすことは難しくなるだろう。よしんば京極に痛手を与えても根絶やしにする事は不可能であろうな」

「ふむ。まあ策を練り、星守真夜を介入できぬようにするのがベストか」

「ああ。星守真夜に固執し、目的と手段を違える事はしない。だが万が一の奴の介入を考え、できる限りの準備はしておく必要がある。即ち、奴らを倒せるだけの力と戦力を用意する必要がある」


 それは至難の業であるとぬらりひょんは考える。幻那がこう言うからには何かしらの考えがあるのだろうが、それだけの戦力を求めるのならば、覇級クラスが数体は必要になってくるだろう。


「異界から覇級妖魔を連れてくるか? だがそれは容易いことでは無いぞ。屈伏させるのも、操るのも、こちらの世界に連れてくるのもどれも困難だ」

「お前の言うとおりだ。さらに言えば覇級クラスはその数が極端に少ない。広い異界から探すのも手間がかかる上に、屈伏させるには相応のリスクがあり操ることも簡単では無い。それにこちらの世界に連れてくれば確実に痕跡を残してしまうし、下手をすれば気づかれる」


 今の幻那を以てしても覇級クラスを従えるのは困難を極めた。星守一族のように自身の力量を大きく上回る存在を使役できるのは異常とも言えた。


「とは言え、罪業衆が面白い術を開発していたようではあるし、手が無いわけでは無い。それに私自身、当てはあるのだ」

「ほう。お主がそう言うのだ。中々に面白い術のようだな」

「そうだ。さて、ではそろそろ始めようか。せっかく星守一族が私のために罪業衆を壊滅させてくれたのだ。彼らの健闘に敬意を表して事に当たるとしよう」


 幻那はそう言うとぬらりひょんを伴い建物の地下へと降りていく。


 扉を開け、巨大な地下室の中へと足を踏み入れる二人。部屋の中央には血のような真っ赤な液体で描かれた六芒星の魔法陣が存在した。その周りには六芒星を取り囲むように円が二重に描かれ、その間には文字のような物がびっしりと書き込まれていた。


「星守真夜は私から見て甘さは無い。だが冷血漢では無く寧ろ優しさのある人間だろう。倒した敵の魂は成仏させる意味も込め、冥府へと送っている。これは私や銀牙の場合だが、おそらくは他の相手もそうであろう。もっとも奴からすれば下手に現世に留まられ、悪霊になったりそのまま他の人間に憑依されても困るだろうからそれを防ぐ意味もあったと思うが」


 しかしあの堕天使ならば敵対した相手の魂を昇天させずに消滅させることも可能であっただろう。それをせずに冥府へと送るのは、真夜の優しさであると幻那は思っていた。


「通常、冥府へと送られた魂は第三者の介入でもなければ、自力で現世へと戻ってくることはできん」


 真夜がルフによって行わせた行為は、簡単に言えば三途の川をスムーズに渡らせる事である。


 三途の川では待ち時間も存在するため、高位の術者ならば現世との繋がりがある状態ならばその魂だけ現世へと帰還させることも不可能では無い事もある。


「奴はそのリスクを懸念していた。三途の川さえ渡らなければ、自力で戻れる術者もいれば、高位の術者であれば、その魂を現世へと引き戻すことも可能なのだからな」


 三途の川をひとたび越えてしまえば、魂は冥府の預かりになり現世へと自力で舞い戻ることができなくなる。


 仏教では死してから七日を過ぎると三途の川を渡り終え、閻魔大王の裁判が始まるとされ、その魂は閻魔大王の預かりとなりより一層現世からの介入を受けられなくなる。


 幻那も大規模な術と生け贄を用いて何とか現世へと帰還したが、あれは殆ど奇跡に近い物だった。


「とは言え、抜け道が無くも無いのだがな」


 幻那は祝詞を唱えると血で描かれた六芒星が輝き始めた。


「お前には感謝しているよ、ぬらりひょん。お前のおかげでスムーズに人間の血を集めることができた」

「くかかか。最近は便利な世の中になったのう。病院や献血車などから人間の血を集めることができるのだからのう。何なら闇サイトで販売までしている。儂の能力で簡単に事が運んだわい」


 ぬらりひょんはその能力を用いて、人間の血を集めていた。大量の血が必要な場合、人を攫ったり殺したりするのはリスクがある。しかし病院や献血車からならばリスクは抑えられる。


「イタコの口寄せ。あの世の魂を現世へと一時的に呼び戻し、憑依させることで死者と生者の会話を行う。私がアレンジを加えたものだが、この術は憑依を必要とせず、魂を一時的にこの現世へと留められる。もっとも短い時間だがな」


 とは言え、一時間程度ならば現世へと留めておける。その間に幻那は事を済ませるつもりだった。


「呼び出すのは罪業衆の四罪と九曜。奴らの魂は三途の川を越えてはいるが閻魔の裁きを受ける前であろう。ならば呼び出すことは難しくない」


 呪言を唱えると六芒陣が赤い光を放ちだした。冥府より魂を呼び寄せる。それがどれほどの秘儀か。もしこの場に退魔師や妖術師がいれば、幻那の力量や力に驚愕していただろう。


 生半可な術者では発動できず、よしんば発動できたとしても自身が冥府の住人に引きずられあの世へと魂を連れて行かれる可能性もあった。さらに閻魔大王の裁きを受ける前の魂を一時的とは言え呼び戻すのも、逆に閻魔大王に目を付けられることや、呼び戻す魂の質によっては術者の精神が崩壊する可能性もあり、難易度がさらに高くなってしまうこともある。


 呪いや魂に関する術は明治以降は禁忌として扱われている。


 死者への冒涜と言うのが主な理由だが、欧米の考えなども入ってきたのが理由だろう。


 それ以前からもこの類いの術に対しては研究や継承されることが激減していた。


 理由は生粋の陰陽師の消滅やそれ以降の呪術を生業とする呪術師の一派も衰退を余儀なくされた事だろう。


 呪術は呪いや魂に対しての術が主だった物だった。それに対抗できる陰陽師が消え去ったことで、彼らは時の権力者や退魔師達から危険視され、積極的に排除されていた。


 ゆえにその知識や技術の大部分は抹消されていった。


 だがその知識や技術は僅かにだが脈々と継承され続けた。


 六道一族。


 彼らはその術を秘儀として代々口伝でのみ継承してきた。それも一族の長にのみ。こうすることで失伝の危険性はあったものの、秘匿を続けることで守り続けてきた。


「転生する以前の私ならば、これほどの大規模術式や四罪や九曜の魂を呼び出すことはできなかったであろう。だが今ならば可能だ」


 薄らと十三の人魂が陣の中に現れる。人魂はゆっくりと生前の姿へ変化していく。魂に刻まれた記憶を元に再構築された九曜は異形の姿では無く人の姿で、だが四罪は異形の姿で、最後の瞬間の衣服を纏い目を閉じたまま、青白く輝きながらふわふわと宙に浮いている。


「ほう。こうして見ると壮観だのう。してこやつらは反抗はできぬのか?」

「されては困るからな。この陣が奴らの魂を縛っているからここから出られん上に、術も使うことはできない」


 スッと幻那は右手の人差し指と中指を立てると、新たな術を発動させる。


 すると四罪と九曜が全員、自我と意識を取り戻した。


「なっ、ここは……」

「我らは確か……」

「……貴様、何者だ!?」

「まさかぬらりひょんだと?」


 まず四罪が騒ぎ出す。彼らは幻那とぬらりひょんの姿を視界に収めた。


「ちょっと!? 何がどうなってるの!?」

「う、動けぬ。俺様達は確かあの時、星守明乃に……」

「くっ、何がどうなっているというのですか? 私はあの時……」


 闇子、導摩、才蔵など他の九曜も死ぬ間際の記憶は覚えているのか、何とか自分達に何が起こったのかを思い出そうとしている。


「状況を説明してやろう。お前達はすでに死して冥府へと送られた。そして私が一時的に現世へと呼び戻した」

「馬鹿な! 確かにイタコの口寄せのような術は未だに残っているが、このような魂を生前のような状態で呼び戻すような秘術を、お前のような小童に使えるはずがない!」


 幻那の言葉に四罪の一人の共工が反論する。自分達罪業衆でも出来ないことをまだ年若い少年が行ったなど、到底信じられなかった。


「その通りだ! こんな術は我らも知らぬし、扱いも出来ぬ! 貴様、一体何者だ!?」


 幻那はそんな彼らの罵倒にも近い言葉に、薄らと笑みを浮かべた。


「良いだろう。どの道、あの男と違いお前達に名乗ったところで支障はないだろうからな」


 真夜との時と違い、彼らが自分の名前を知り得たところで意味は無い。彼らは何も出来ない。


「私の名は六道幻那。六道一族最後の生き残りにして、京極一族を滅ぼす者だ」


 六道の名を出した瞬間、全員の顔が驚愕に染まる。誰もが信じられないと言う顔をしている。


 特に四罪の驚き様は九曜の比ではなかった。


 この場で隠し立てする意味も無い。幻那は自らの名を告げることで、優位に立とうとした。


 知られたところで問題ない。この場に呼び出された時点で、彼らの末路は決まっているのだから。


 幻那は威圧するかのようにその身から妖気を解き放つ。四罪でさえ恐怖を覚えるほどの、物理的な圧力すら持っているのでは無いかという圧倒的で膨大な妖気。


 魂だけの彼らはその妖気を直接浴びることで、魂その物が震えだし、バラバラにされたかのような感覚を味わった。


 彼らは理解した。目の前の存在は四罪を凌駕するどころの存在では無い。鵺を超えた化け物のような存在であると。


「さて、時間も惜しいのでな。お前達には色々と役に立ってもらおう」


 最強の妖術師は静かに、だが有無を言わさぬ声で彼らに告げるのだった。

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