第十五話 会合

 

 罪業衆の壊滅。


 その一報は六家を始め退魔師界全体を驚愕させることになる。


 国内最大規模でどの六家でも、単独で対処することは難しいとされた妖術師の勢力を、星守一族の当主朝陽と先代当主明乃が壊滅させた。俄には信じられない話ではあった。


 そのため緊急でSCD(警視庁・怪異事案対策局)が主導で、六家の当主や他の有力な退魔師の一族や組織の長らが集まり会合を開くことになった。


 東京都内のとあるホテルの会議室。そこには退魔師界の錚々たるメンバーが集まっていた。


 星守一族当主・星守朝陽並びに先代当主・星守明乃。

 京極一族当主・京極清彦(きょうごく きよひこ)。

 火野一族当主・火野焔(ひの ほむら)。

 水波一族当主・水波流斗(みずなみ りゅうと)

 氷室一族当主・氷室氷華(ひむろ ひょうか)

 雷坂一族当主・雷坂鉄雄(らいさか てつお)

 風間一族当主・風間涼子(かざま りょうこ)

 SCD局長・柩木隼人(くるるぎ はやと)


 他にも名の知れた退魔組織の長がそろい踏みしており、彼らの誰もが退魔師としても一流であった。


「さて本日はお忙しい中、皆様には遠路はるばるお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。進行は私、SCD局長である柩木隼人が務めさせて頂きます」


 柩木隼人と名乗ったのは、紺色のスーツを着こなしたクールな印象を与える二十代後半の美男子だ。


 すらりと手足も長く、身長も百八十半ばでまるでモデルのようだが身体は鍛えられており、貧相な印象はまったくない。


 彼は二十八歳と言う若さで警視庁の退魔組織の局長を務めるほどのやり手であり、退魔師としての実力も六家でさえ認めるほど高い、若き麒麟児の一人であった。


「今回お集まり頂きましたのは、皆様もご存じの通り罪業衆が壊滅した事に関してです。これに関してはお手元の資料に添ってご説明させて頂きます」


 隼人が資料をご覧くださいと言うと全員が手元の紙へと視線を向ける。


 事の発端は九曜の一人が明乃を襲撃したことから。その後、明乃と朝陽の妻である結衣が敵を追跡。そこへ九曜の待ち伏せに遭うが、時間を稼ぎ朝陽と合流後、これらを撃破。


 そのまま九曜の本拠地へと奇襲をかける。そして……。


「ちょっと待て。おう星守。この話は本当なのか? 罪業衆の本拠地を壊滅させたのが謎の覇級妖魔だと?」


 進行を遮るかのように一人の男が声を上げた。身長百七十半ばほどの恰幅の良い中年であった。こちらは簡素な和装に身を包んでいるが、服の上からでも分かる、丸太のような太い手足と分厚い胸板が特徴的だった。


 彼は雷坂一族の当主である雷坂鉄雄である。風貌はまるでやくざの親分のようなものだった。


「ああ。私達は九曜を倒した後、奴らの拠点に潜入。四罪を討とうとした。だがその前にあれは現れた。そうですよね、先代」

「そうだ。姿はよくわからなかった。黒い闇のような、靄のような物に覆われていたのだが、遠目でもそれが尋常で無い化け物だと理解できた」


 朝陽の言葉を補足するように明乃が説明を加えた。


「奴は空に無数の霊力の塊を展開し、それを雨のように降らせた。その標的は妖術師や妖魔に限定されていたようだった。奴は私達には目もくれず、奴らの拠点を破壊した。その後、出現したおそらくは四罪が使役していたであろう覇級妖魔・鵺と戦いを繰り広げた」

「覇級妖魔同士の戦いだと? ふざけるのもたいがいにしろ」


 憤慨するかのように言い放つ鉄雄。それもそうだろう。覇級妖魔など一体だけでも大災害を巻き起こす厄災であり、六家でも対処ができない可能性の高い相手なのだ。


「ふざけてなどいない。何なら柩木にでも確認しろ。すでにSCDは罪業衆の拠点を調べているのだ。鵺の死骸は焼却されたが、その痕跡や拠点にも私達の話が事実だと言う証拠も多数残っている。他にも救出した人間の証言も聞くと良い。突然、妖術師や妖魔共に霊力の塊が降ってきたと言っている」


 明乃が目線を柩木にやると、紙の資料に記載されていない情報が室内に設置されているプロジェクターから壁に投影された。


 そこには無残に破壊された建物や一部が崩れ去った城。鵺の死骸があったと思われる燃やし尽くされた痕跡などが映し出されていた。


 他にも少なくない罪業衆に捕らえられていた者も救出された。中には退魔師もおり、話ができる者に聞き取りも行っていた。


「世間では私達星守が罪業衆を壊滅させたと言う話が出回っているようですが、その話には些か語弊がある。実際は別の覇級妖魔が四罪を取り込んだ鵺を倒し、罪業衆の拠点と構成員を殲滅した。ご理解頂けたでしょうか?」

「なるほどな。そやけどこれは厄介やな。件のもう一体の覇級妖魔は行方知れずと」


 ぼやきとも言える呟きを放ったのは眼帯をした女性・氷室氷華だった。


 彼女は先日、正式に父親より当主の座を引き継いだ。その裏では様々な駆け引きや、内部でのパワーバランスの調整、はたまた老害の排除などを行い得た物なのだが、彼女は何食わぬ顔でその地位を我が物にした。尤も退魔師としての実力も先日の一件で向上しており、異議を唱える者は皆無となっていた。


「ああ。もう一体は鵺を倒した後、そのまま何処かへと消え去った。追跡も試みたが追跡用の式神はすべて破壊され、私の守護霊獣の鞍馬も危険と判断して断念させた。ですがおそらく異界へと戻っていったと思われます。その後、私と先代が罪業衆の残党を討伐したと言うのが、今回の罪業衆壊滅の真相です」


 罪業衆の壊滅は退魔師達にとって喜ばしい話だ。しかし新たな問題も浮上した。


 超級上位クラスの力を持つ鞍馬天狗でさえ危険と思われる相手。朝陽は異界へ扉を開いたと言っているが、それは即ち、その存在は自由自在にこちらの世界と異界とを行き来できる存在であると言うことだ。


 またいつ出現するかも分からず、さらにはもし万が一こちら側の世界に留まっていた場合、大きな被害を出すことが予想される。


「SCDが目下全力で調査をしていますが、現在の所こちら側の世界では痕跡を見つけられておりません」


 隼人も全国の警察関連の人員を動員し、目撃情報や被害状況を確認させたが、覇級妖魔が起こしたと思われる物は何も発見できていない。


「こちらからも質問しよう。そのもう一方は仕留められなかったのか? 覇級同士の戦いならば相応に消耗していたはずだ」


 口を開いたのは黒い和服を着こなした細身の男性・京極清彦だった。常に硬い表情をしており、他の六家の当主は彼が表情を変えるのを一度として見たことが無い。


「だからこそ、危険と判断した。確かに倒すに越したことは無い。しかも相手は罪業衆を壊滅させ、覇級妖魔を倒してもそれほどまでに消耗もしていなかった。確かに多少の手傷は負っていたようだが、手負いの覇級妖魔ほど危険な物はない。下手に手を出して倒せず中途半端に取り逃がせば、被害が甚大な物になると判断したまでだ」


 明乃が清彦に対し、強い口調で言い返した。もし余計な手傷を与えれば、覇級妖魔は傷を回復させるために人間を襲う可能性がある。勝てる見込みが少ないのなら、余計な手出しをするべきでは無いと反論した。


「またあの場で覇級妖魔を倒せず私と朝陽が倒れれば、星守も痛手を被る上に相手をさらに強大にする可能性もあった。ゆえに深追いはしなかった。それは非難されるべき事か?」


 もし朝陽と明乃が覇級妖魔に喰われでもすれば、相手はより手が付けられない化け物になっていただろう。


 さらに朝陽、明乃を失った退魔師側の戦力では、六家が一丸となり立ち向かったとしても、勝てるかどうか分からないだろう。


 明乃としてはならばお前達ならばどうしたと問い返した。


「確かに星守が独断専行し、罪業衆の拠点へと奇襲をかけた事に関しては、ある程度責められても仕方が無い。だがこちらとしては先に奇襲を仕掛けられ宣戦布告されたのだ。何とか九曜は討伐することができたが、その敗北を受けた四罪からの報復があった可能性が高い。ならば連中に時間を与えずにこちらから攻勢を仕掛けるのが間違っていたとは思わん」


 それに星守が罪業衆を壊滅させるために他の六家に協力を要請したところで、火野以外は色よい返事を返したとは思えない。その火野も罪業衆と戦うと言うことになれば、一族内での意見をまとめるのに時間がかかった可能性が高く、SCDに関してもすぐには動けなかっただろう。


「時間も無い上に、罪業衆がどのような動きをするか分からなかった。しかし九曜を全滅させることができ、相手側のある程度の実力や戦力も知れた。あとは四罪さえ討てれば報復の可能性は減る。だから行動に移ったまでだ。覇級妖魔は取り逃がしたが、罪業衆は壊滅。四罪も覇級妖魔と融合し鵺に取り込まれそのまま討たれて消滅。これは私と朝陽で確認した。結果としては悪くないと思うが」

「ふん。後でなら何とでも言えるな。だがな、もし覇級妖魔が暴れて甚大な被害が出たら星守はどう責任を取るつもりだ」


 鉄雄は朝陽や明乃にきつい口調で問い詰めた。雷坂としては今回の罪業衆壊滅の一件はおもしろくない話だったからだ。彼らは今、国内での名声をさらに高めようと画策していた。


 なのにここに来て星守が罪業衆を壊滅させると言う偉業を打ち立てたことで、その目論見は崩れそうになった。ただでさえ星守の次代を担う真昼が頭角を現すどころか、霊器まで顕現させ星守の評価はうなぎ登りなのに、ここに来て一層差を空けられることになったのだから。


「その時は星守の総力を以て討伐する。さらに被害が出た場合は、その補償の一部も行うつもりだ」

「待て、星守。そのような安請け合いは問題だ」

「そうたい。雷坂の言うことは気にせんでよか」


 朝陽の言葉に反応したのは火野焔と風間涼子であった。


 焔は燃えるような赤い髪を長髪にした筋肉隆々の男だった。四十を過ぎた身ではあるが、身長も百七十後半はあり見た目は三十代前半にも見える。


 涼子は長い茶髪を後頭部で結いレディースーツに身を包んだ、二十代半ばくらいの女性だった。しかしその年齢はすでに四十後半でありながら、スタイルは抜群であった。


「確かに覇級妖魔を取り逃がしたのは問題かも知れないが、それだけで星守を責められない。仮に俺がその状況にいたとしても同じ事をしただろう」

「そうたい。覇級妖魔が相手じゃしょうがなかと。それと雷坂、あーた星守ばっか責めんのはどうね? あーたなら無駄死にの可能性があっても戦った言うんと?」

「ふん、火野と風間は星守の味方か。つうか風間、お前の博多弁はどうにかならねえのかよ!」

「私の博多弁ば、馬鹿にしよっとね!? 上等ばい! その喧嘩、買ったるばい!」


 雷坂と風間が一触即発の雰囲気を作り出した。この二人、以前より仲が悪くこうして顔を合わせては当主のくせに何かと衝突を繰り返していた。


「お二方、この場での争いはお控えください。六家の方々以外にもご参加頂いてる方はいらっしゃるので」

「柩木殿の言うとおりだ。六家として恥ずかしくは無いのか」


 隼人の後に二人を窘めたのは眼鏡をかけた壮年の男性であり、水波家当主の流斗だ。彼は六家以外にも参加者がいる中で、最高位の退魔師であり一族の代表が子供のように喧嘩ごしであるのがいたたまれないようだ。


「いや、今回は星守の勇み足の部分もあった。確かに後でなら何とでも言えることではある。だからこそ責任は持たなければならない」

「まあうちらは要請さえもらえば協力はさせてもらいますわ。氷室としてもそんな化け物を野放しにはできまへんし、星守と協力すれば討伐の確率は上がるでしょ」

「おう、新しい氷室の当主もそっち側か」


 鉄雄はどこか飄々とする氷華をじろりと睨むがどこ吹く風である。


「うちはどうするのが一番ええか言うとるだけや。もし仮に自分とこの管轄に覇級妖魔が来た場合、悔しいけど氷室では対応しきれへん。なら予め協力体制を構築しとく方が得策や。それともなんや雷坂さんとこは、自分とこで対処できると? それとも暴れられた場合、全部星守のせいにする気なんですか?」

「口を慎め小娘。新参者の当主が今まで当主を務めてきた俺らと対等だと思うなよ?」

「そりゃすいません。では新参者の小娘は口を噤むとしますわ」


 そう言って口を噤むと氷華は横目で朝陽の方に視線を送る。無言で氷室は星守に協力すると言っていた。


 彼女としても朝陽には多大な恩があると同時に、もう一度自分達が勢力を盛り返すためには、星守と協力関係を構築した方がいいと考えた。


 氷室自体の術者の質も落ちている今、改革には長い時間が必要になる。その間、星守の門下生などを氷室に融通してもらう腹づもりでもあった。これは今いる門下生だけで無く新しい門下生も含めて交流や自陣営への取り込みを考えてのことである。


 内情はお寒い氷室ではあるが、名声は今のところ保たれており醜聞が表には出ていない。まだブランドは保たれている。


 またここで星守と協力体制を取っておくことで、万が一何か起こった時でも協力してもらえるかもしれないと言う打算もあった。


 星守としても味方は多い方が良いだろう。火野は元々星守寄りでそこへ氷室も加われば、星守としても政治バランス的に雷坂を抑え込めるだろう。


「皆様、建設的な話をしていきましょう。SCDとしては目下全力を以て覇級妖魔の痕跡を探っています。星守の責任については今回はSCDとしても処罰する理由はありませんので、不問としたいと思います。ご納得いただけない方もいらっしゃるでしょうが、ご理解ください」


 隼人はこれ以上は不毛な言い争いになると判断したのか、この話題を切り上げることにした。


 彼からすれば終わったことをいつまでも言い続けても意味は無い。必要なのは今後のことである。


「ここで皆様にお願いしたいのは、覇級妖魔出現時の対処についてと、罪業衆の残党に関してです」


 罪業衆は本拠地を壊滅させられ、トップと幹部を軒並み失い、その構成員や所有妖魔の大半を失った。


 しかしまだ所属していた全員が死亡、あるいは捕縛されたわけでは無い。中には未だに逃走している妖術師もおり、いくつかの拠点は残っていると推測されている。


「皆様にはSCDより正式に罪業衆の残党への対処を依頼したく思います。我々の方も今まで罪業衆との関係を噂されていた裏社会の人間への対処も行う予定なので、正直手が足りません。ですので、今後しばらくは六家を含め、協力をお願い致します」


 残っている妖術師はそこまで高位の者ではないかも知れないが、中には上級妖魔クラスの実力者も何人か残っている。一般的な退魔師からすれば十分に脅威となりうる。


 SCDもできればこの機会に彼らの脅威を完全に取り除きたいのだ。


「では話を続けましょう」


 隼人が再び進行役で話を進めるのを見ながら、朝陽と明乃はお互いに顔を見合わせる。


 何とか二人の思惑通りの展開になりそうで内心では安堵した。


(これで真夜の件も何とかなるだろう)

(この問題を利用すれば、真ちゃん達が表舞台に立つ事も難しくは無いだろう。あとは私達がきちんと道筋を立てるとしよう)


 明乃と朝陽は会合の話を聞きながらも、今後の真夜と星守の未来のために策を巡らすのだった。


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