第十四話 罪業衆の終焉
樹海の奥深く、罪業衆の拠点にて戦いが繰り広げられている中、樹海の側にあるドライブインでは朱音達が待機していた。
ここは有名なハイキングコースも近いこともあって人の出入りも多い。妖術師の拠点の側にあるものの、何事も無い平穏な空気が流れている。
彼女達は大型の車の中で周囲を警戒しつつ、雑談を行っていた。
「それにしても車の中で待機ってのも面白くないわね」
「仕方ありませんよ、朱音さん。外にいれば誰に見られるかも分かりません。罪業衆に所属している妖術師がいる可能性もあります。騒ぎを起こさないためにも、できる限り目立つ行動は避ける必要があります」
朱音のぼやきに渚が我慢してくださいと窘める。
八人乗りの大型車の最後部に朱音と渚が座り、その前の席には真昼、楓、結衣が座っている。
車の中だと襲撃された時に対処しにくいかも知れないが、車には鞍馬天狗や朝陽、明乃が施した結界が張られている。真夜の霊符は万一に備え、それぞれが一枚ずつ持たされている。
これだけで中はうかがい知ることはできないし、隠形により気配も遮断されている。仮に襲撃があっても三重の結界と真夜の霊符の守りが攻撃を防ぐ。外にいるよりもよほど安全と考えられた。
「けど悔しいね。真夜達の助けにもなれないなんて」
真昼が同じようにぼやき返す。それだけでなく、人数に対して決して広いとはいえない車内で、女ばかりの中に男が一人だけというのは中々に居心地が悪かったりもする。
「そうね。私達がまだまだ弱いからだけど、ほんと悔しいわね。それと真昼で足手まといだったら、あたし達なんてもっと役立たずよ」
「仕方が無いという言葉で済ませたくはないですが、戦いに関しては真夜君達に追いつくのはあまりにも遠いですね」
彼女達では真夜は勿論、朝陽との力の差は歴然だ。明乃に対しても朱音達では未だに勝つことはできないだろう。彼女には経験やそれに基づいた技術があり、守護霊獣も特級クラスである。
真昼ならば現時点では明乃と同じか上回る力を有しているかもしれないが、如何せん経験不足であり、霊器を扱いだしたことでまだまだ力に振り回されている状態であった。
「そ、そんな事はありません! 真昼様や皆さんはすごいですよ! もっと自信を持つべきです!」
落ち込む三人を楓は何とか励まそうとした。実際、古墳の時に見た朱音の戦いぶりや九体の式神を操作した渚、そしてその強さを身近で見ている真昼は世間一般から見れば十分に優秀であった。
ただ比べる相手が悪すぎるだけである。
「……きっと真夜もこんな風に思ってたんだね。それでも真夜は諦めなかった。やっぱり真夜は凄いな」
「真昼ちゃんも凄いと思いますよ。それに真夜ちゃんにも昔に言ったことがありますけど、あんまり他人と比べ過ぎたらいけませんからね?」
と、今まで黙って話を聞いていた結衣が真昼達に優しく語りかけた。
「朱音ちゃんも渚ちゃんも焦ってはいけませんよ? 大器晩成の人だっていますし、成長速度は人それぞれ。頑張ることはいいことだと思いますけど、頑張りすぎても焦りすぎても何も良いことはありませんからね」
「母さん……」
「ふふっ、まさか真夜ちゃんだけじゃ無くて、真昼ちゃんのこんな悩みを聞くことになるなんて、ママ思ってもみませんでした。でもでもママに頼ってくださいね。こう言うのは話してくれると凄く嬉しいですから。とは言え、真夜ちゃんの時は私はあまり力になれませんでしたけど」
「そんな事はないよ、母さん。真夜は母さんに感謝してたよ。それに迷惑をかけたって」
「真昼ちゃん、親というのは子供に迷惑をかけられるためにいるんですよ? だからそんな事気にしちゃダメなんです。真昼ちゃんも一緒です」
古墳での一件の後、真夜は結衣に電話で今までの事を謝罪し、感謝の言葉を述べていた。真夜自身、朝陽や結衣がいなければ、酷く歪んだ成長をしたであろう事は想像に難くなかった。
両親の愛を真夜は確かに受けていたし、救われていたのは事実であった。
真夜の言葉を結衣は嬉しく思っていたが、それでも真夜を直接助けることができなかったことを結衣は悔いていた。
「真夜ちゃんは真夜ちゃん。真昼ちゃんは真昼ちゃんです。双子の兄弟でも違う人間です。得意な事もあれば不得意な事もあるでしょうし、真夜ちゃんだってきっとできないことはあります。だから私は思うんです。お互いに足りないところを補える関係が良いんじゃないかなって」
だからそれぞれに得意な分野を伸ばせば良い。真夜の助けになるのは何も戦うことだけでは無いのだと結衣は言う。
「そうだね。ありがとう、母さん。でも僕も真夜に負けてばかりなのは悔しいから、もっと強くなるよ。けど心配しないで。抱え込まないようにするから」
「うんうん。そうですよ。悩んだら誰かに相談する。そうすれば楽になりますし、きっと解決策も見つかります。楓ちゃんも朱音ちゃんも渚ちゃんもですよ?」
ニコニコと優しい笑みを浮かべる結衣に、四人は先ほどまでの気負いが嘘のように消えていくような気がした。朝陽もだが、結衣も結衣で安心できる空気を与えてくれる。
「ありがとうございます、結衣様」
「もう、固いですよ渚ちゃん。あっ、何だったらお義母様って呼んでくれても良いんですよ?」
「えっ?」
「なっ!?」
この発言には渚だけで無く朱音も驚きの声を上げた。
「あっ、もちろん朱音ちゃんも楓ちゃんもですよ? 真夜ちゃんも真昼ちゃんも、本当に良い娘達を捕まえましたね」
「か、母さん!」
流石にこの話題はマズいと思ったのか、真昼も結衣を止めようとする。
「ふふっ、冗談ですよ。でも私はそうなってくれたら嬉しいと思ってるのは本当ですよ」
結衣としては孫の顔が見たいなとおばあちゃん的な考えもある。
尤も流石に高校生になったばかりの彼らにその話をするのは不適切だし、推奨する気も無いので言葉にはしないが、それはそれとして別にお互いに愛し合っているのなら『できちゃった♪』でも笑って受け入れようと結衣は考えていたりもする。
「あ、あの私は別に真夜君とはそのような関係では」
「そ、そうですよ! あ、あたし達はその……」
目に見えて狼狽する渚と朱音にむふふふと楽しそうな顔をする。
「ゆ、結衣様、わ、私はその、真昼様をお慕いしてはおりますが……、その…」
「母さん、この状況でそんな話は……」
「もちろん警戒は怠りませんよ? 真夜ちゃんや朝陽さん、お義母様達が必死に戦っているんですから。でも気を張り詰め続けるのは難しいですからね。こうして適度に緊張をほぐさないとダメなんです」
結衣の言葉に真昼達はああ、そう言う考えがあったのかと納得した。
「そう言うわけだから、お話を続けましょうか。真夜ちゃんがいない今だからこそ、聞けることもありますからね! まずは渚ちゃんと真夜ちゃんの馴れ初めとかどんな風に助けられたのかとか、真夜ちゃんがどんな風に活躍したのとか! あっ、朱音ちゃんも後で話を聞かせてくださいね!」
後ろの座席に向かい身を乗り出しながら目を輝かせ、まくし立てるように問いかける結衣に、半分は話を聞きたいだけだと真昼達は思った。
結衣自身も完全に気を緩めているわけでは無く、周囲への警戒も解いてはいないようだが、大丈夫なのかと心配にもなってくる。
尤も結衣も最年長として真夜達の事で皆が不安にならないようにする狙いもあるのだが、自分自身も今この瞬間も戦っているであろう三人への心配を少しでも紛らわせようとしているのである。
(ちょっとは心配ですけど大丈夫。真夜ちゃんも朝陽さんもお義母様も絶対に無事に戻ってきます。私には分かるんですから)
三人の身を案じつつ、この機会を逃せばしばらく二人に聞くことは出来ないことをしっかりと聞き出そうと結衣は会話に弾みを付ける。
(真夜……早く戻ってきて)
真夜の活躍の話なら大いに聞きたいが、別の方向に話がずれてガールズトークが展開される懸念がどんどん大きくなっていく車内。そんな空気に口を挟めるわけもなく、真夜達が無事に、早く戻ってきてくれることを心の中で切実に願う真昼だった。
◆◆◆
真夜の一撃は鵺の顔面に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。
降魔天墜(ごうまてんつい)。
それは腕を砲塔に見立て、集めた霊力を霊符により高速回転させることで威力を上げ、最終的に拳に高圧縮して叩きつける技である。
本来は霊符五枚を用いることで五芒星の方陣を出現させ、もう一段階威力と浄化力を持たせた一撃を叩き込む真夜の数少ない技の中で最高クラスの破壊力を持つ物である。
(っうっ!)
だがその技の反動は想像以上に大きい物だった。
(くそっ。三枚でもこれかよ。威力に身体が追いついてねえ)
だらりと右腕が力なく下がると、真夜は左手で腕を押さえた。
鵺の身体の顔面から上半分はほぼ吹き飛び、一部だけ原型を残している状態だ。真夜の右手の拳は裂傷しており、そこから血が流れ落ちている。服の上からでは分からないが、右腕の方も内出血を起こしており、一部が腫れ上がっている。筋繊維もおそらくはボロボロだろう。
(霊術の治癒でもすぐには回復しないか。しばらくは使うのは控えるべきだな)
霊力による身体能力の強化でも反動を抑えきれず、回復のための治癒術も思った以上に受け付けない。これは真夜自身の霊力が自らを傷つけているため、同じ霊力を用いた治癒術では効果が半減してしまうからだ。
(親父の一撃でかなりダメージを負っていたとは言え、覇級妖魔を倒せるだけの威力はあるのは確認できた。五枚なら直撃すれば覇級上位でも倒せそうだが……。今の俺が使ったら、最悪は腕が使い物にならなくなりそうだな)
帰還して一番にダメージを受けたのが自分の技とは笑える結果である。六道幻那の時の戦いでも反動で身体に負担がかかったが、これはあの時以上に酷い状態だ。
(だがまあ、この程度の傷なんて異世界じゃ珍しくも無かったからな。ただ腕の一本が使えないだけだ)
左腕は無事だし足は問題なく動く。霊力もまだ余裕があるし、仮にもう一体覇級妖魔が現れても戦闘は継続できる。
「真夜!」
と、頭上より八咫烏に両肩を掴まれて降りてきた明乃が焦ったように真夜へと声をかけた。
「よう、婆さん」
「よう、ではない。八咫、朝陽と鞍馬天狗と共に周囲を警戒しろ」
カアァッ!
返事をするとバサリと巨大な翼を羽ばたかせ、八咫烏は空中へ浮かび上がる。
「あいつが完全に討伐できたのか確認しなくて良いのか?」
「ふん。あれは朝陽が確認している。油断はできないが、あの一撃をまともに受けて無事で済むはずが無い」
あの朝陽と真夜の攻撃をまともに受けてはひとたまりも無い。仮に生きていようとも虫の息であり、今の朝陽と鞍馬天狗の敵では無いだろう。さらにルフも警戒を続けているのだ。よほどの事態が無い限り敗北は無い。
と、明乃は真夜の右腕に目をやるとどこか怒りを露わにするかのように不機嫌な顔をする。
「腕を見せてみろ」
「いや、別にいいって。これくらい軽傷だ。それに今はまだ戦闘中だぜ」
「あまり私を侮るな。今、お前の右腕がボロボロなことなどお見通しだ。霊力にはまだ余裕があり、それでも回復できないとなれば、別の要因か。それと先ほども言ったが、鵺は朝陽や鞍馬天狗が、周囲は八咫が警戒している。ならば私が最優先にすべきはお前の治療だ。そうすることで最大戦力が復帰できる。だからつべこべ言わずにさっさと見せろ」
問答の時間がもったいないと言う強引な祖母に反発を覚えなくも無かったが、以前とは違い本気で真夜の身を案じてと感じられたため、はいはいとしぶしぶに腕を明乃の方に差し出した。
服を無理やりまくし上げて現れた腕は膨れあがり赤黒くなっており、かなりの熱を帯びていた。
(これは酷いな。再起不能と言うほどではないが、かなりの痛みがあるだろう。しかも自らの霊力による傷だからか、未だに霊気が停滞している。なるほど、これでは自分の霊力を弾くか)
明乃は冷静に観察すると服の中から数枚の霊符を取り出し祝詞を唱えながら、真夜の腕や拳に貼り付けていく。貼り付けられた腕や拳の真夜の霊力に干渉し、少しずつ霧散させていく。同時に明乃の霊力が浸透し、痛みを和らげていく。腕の腫れも若干だが引いたように見える。
「気休め程度だが、私の霊術で少しは痛みを和らげられるだろう。だが戻った後は本格的に治療しろ」
「わりいな、婆さん」
「礼など不要だ。お前は覇級妖魔を仕留めた。逆に私は見ている事しかできなかったのだ。この程度の事ぐらいはさせろ」
真夜への応急措置を済ませた明乃は、自身も周囲への警戒へと意識を振り分ける。
とは言え、すでにルフによりこの地にいる大半の妖術師と妖魔は狩り尽くされ、トップの四罪は鵺と融合していたため、真夜の一撃により倒されている。
しかし念のため完全に討伐できたかを確認しなければならない。それも今は朝陽達が入念に調べているし、あらかたの殲滅が終わったのか、ルフも鵺の死骸の側へと降り立ちその身体を焼き尽くしている。
「あとは念のため周囲を警戒しつつ残党狩りだな。ここにいる妖術師は罪業衆の所属だ。容赦も必要ない」
「過激だな、婆さんも」
「お前がそれを言うか真夜。四罪に戦いを挑むことの方が過激だと思うがな。それにお前も私と同じ考えなのだろ?」
「まあな。戦意喪失した奴まで手にかけようとは思わねえが、厄介な奴は対処しとかねえと後々面倒なことになりかねないからな」
明乃も真夜も考えは同じだった。寧ろ、その思考や性格の一部は似ているのかも知れない。
「だがこれで罪業衆は潰せただろ。後の処理は婆さんと親父に任せるさ。それと俺の事は内密にしてくれ」
「……お前はそれでいいのか?」
「良いも悪いもそれが一番だろ? 言ったって誰も信じねえだろうし、余計な面倒事が起こると思うぞ」
明乃もそれは懸念していることだった。朝陽が真夜の力を秘匿した理由が良く分かる。
真夜の力はあまりにも強大すぎるのだ。
個人戦闘能力だけならば問題ない。いや、それも問題は無くは無いのだが、それ以上に守護霊獣の堕天使と真夜の霊符の能力が余計に真夜の価値を高めると同時に危惧される。
「……わかった。後のことを含め、すべて終わった後にもう一度話をしよう。それと……」
明乃は一度言葉を途切れさせ、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると真夜の方に改めて向き直った。
「私がお前と誰を重ねていたのか、その時に話をしよう。お前とは腰を据えて話をしたい」
真っ直ぐに真夜を見る目は、以前とは全く違っていた。その事に複雑な思いを抱いてはいたが、真夜もこの場では何も言わず、短く返事をする程度に留めた。
この日、日本最大級の妖術師の集団である罪業衆は壊滅した。
それを成したのはたった三人の退魔師。だがそれは明るみに出ることはなかった。
この事件は別の形にて、世間に公表されることになるのだった。
そしてこの一件は様々な者達の思惑が錯綜を始める、新たな始まりに過ぎなかった。
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