第十三話 覇級クラス


 強烈な一撃をその顔面に叩きつけられた鵺だったが、落下しながらもすれ違いざまに、真夜目掛けて太い蛇の尾が襲いかからせる。


(ちっ!)


 現在は空中のため、回避は容易にできない。十二星霊符のうち、三枚を出現させ三点を起点とした強固な結界を展開する。


 尾と霊符の結界がぶつかり合う。ミシミシと結界を歪ませながらも威力は殺しきれた真夜は無傷であり、一方の鵺はそのまま地面へと落下し土煙を巻き起こした。


(流石は覇級クラスか。一枚じゃ確実に抜かれたな。それにさっきの攻撃じゃ、そんなにダメージは与えられないか)


 背中の翼で土煙を吹き飛ばしその全容を現した鵺を前に、地面に降りた真夜は再び内心で舌打ちした。


 鵺の体長は十メートルを超える。睨みつけるかのように真夜を猿と蛇の目で見る鵺。覇級妖魔の強力な威圧感が周囲を支配していく。


 並の、いや一流の退魔師でもこの場にいるだけで息が詰まり、身体を見えない力で無理やり締め付けるかのような錯覚を抱くであろう鵺の禍々しい妖気。


 超一流の退魔師であろうとも相対すれば死を覚悟する化け物。


 先ほどの攻撃も単純な物理攻撃では無く、膨大な妖気を纏っており威力を底上げしていた。特級クラスでもまともに受ければ一撃でバラバラになっていただろう。


 だが真夜はその化け物相手に一歩も退かず、同じように鋭い眼光を鵺へと向けた。


 真夜達は四罪を倒すために城の内部へと突入したが、タイミング的にすこし遅かった。


 城は迷路のように入り組んでおり、あちこちに妖魔やトラップがちりばめられていたが、ルフの攻撃で妖魔はほぼ倒され、鞍馬の神通力を用いた看破や真夜の霊符の効果でさして足止めを受けずに四罪のいる最上階へとたどり着くことができた。


 しかし四罪が何らかの術を発動させるのを鞍馬が感知したが、奇襲は間に合わず、何の妨害もできずに彼らを鵺へと融合させてしまった。


 真夜達としては各個撃破が望ましかったのだが、纏まってくれたのならばそのまま倒すだけとあえて真夜はそのまま奇襲を仕掛けた。


 全力に近い攻撃をそのまま鵺に二発叩き込んでやったが、致命傷を与えることはできなかった。


 ダメージは与えられただろう。しかし腹部も顔面も陥没や貫通などは起こっていない。


 今の鵺の強さは覇級下位クラス。超級クラスまでならば致命傷を与えられただろうが、覇級クラスはレベルが違う。


 真夜自身、覇級クラスの実力は持っているが現状では下位クラスの力しか無い。


 つまり単純に言えば同格であり、極端な差が無いと言うことだ。


(融合して覇級クラスか。鵺って言うよりはキメラだな。纏まってくれて手間は省けたが、逆に強くなられて面倒にもなったな。こりゃ親父や鞍馬はともかく婆さんには荷が重いか)


 朝陽や鞍馬は超級クラスの実力を持っている。覇級相手では少々心許ないが、それでも完全な戦力外とは言い切れない。


 だが明乃に関しては難しい。明乃の実力は低くは無いが超級クラスならばまだしも、霊符の強化があっても覇級が相手では分が悪い。


 黒龍神の時は相手が真夜を舐めてくれていたから、全力を出される前に致命傷を与えることができた。


 尤もその後に怨霊のような存在に変貌されたので、面倒な事にはなったが、あの怨霊の厄介さはともかく、強さで言えば超級クラスの強さだったので、今はあの時よりも状況は悪いかも知れない。


(……とは言え、負けるつもりもないけどな)


 気を引き締め、真夜は己の霊力を解放する。相手を舐めるつもりもなければ、油断も慢心もしない。


 ヒューヒューヒュー!


 真夜の霊力の解放に触発されるかのように、鵺もまたその身から妖気を溢れ出させる。相反する二つの力がぶつかり合う。それを合図に真夜は動いた。


 身体能力を極限まで強化し、まるで瞬間移動したかのように高速で鵺へと肉薄する。


 対する鵺は真夜の動きを四つの目で捉えていた。しかしその巨体故、真夜ほどの動きをできるわけではない。巨体に似合わずそれなりに俊敏な動きはできるが、鵺の本領はそれではない。


 パキン!


「ちっ!」


 真夜の攻撃は直前に展開した魔法陣に阻まれた。鵺の身体を覆う妖気だけでは無く、四罪が発動させた妖術による防御壁だ。魔法陣は真夜の一撃で破壊されたが、真夜の方もその威力を殆ど殺された。


 先ほどの二発は奇襲であったために、防御壁は展開されておらず鵺の妖気だけの防御だったので突破できたが、本気で防御に回った今の鵺には如何に真夜の攻撃と言えども圧倒することは叶わなかった。


(ルフ!)


 だが真夜は一人では無い。頭上から真夜の攻撃と同時に巨大な真紅の剣が飛来する。本数を減らし、威力を収束した一撃だ。


 ヒュー!


 だがそれも鵺は蛇の口を頭上に向け、闇を収束したような黒い妖気の塊を吐き出してルフの一撃を迎え撃つ。


 二つの力がぶつかり合い、巨大な爆発を起こすと衝撃を辺りへとまき散らす。


(これならどうだ!?)


 一時的に右手に霊力を収束すると真夜はそのまま死角となる巨体の下に入り込むとそのまま腹部へと一撃を叩き込む。


 だがこれも鵺の本体に直撃する直前に、巨大な魔法陣が出現し防がれてしまった。


 今の鵺は妖魔としての強さだけでは無い。四罪の多様な術による強化や攻撃、防御が加わった強さを持っていた。


『ふはははは! 死角を守らないとでも思っていたか!』


 鵺の声では無い。四罪の声が周囲に響き渡る。


『何者かは知らぬが、貴様もろともあの存在を倒し、鵺の餌へとしてくれよう』


 真夜とルフの二人を相手しても、四罪はまだ余裕を持っていた。


 二人の攻撃を完璧に防御しているのもあるだろう。だがそれだけでは無い。


『遊びは終わりだ』


 周囲に展開するいくつもの魔法陣。向けられるのは真夜とルフ。カッと魔法陣が輝きを増すと巨大な闇色の槍のようなものが無数に射出される。


 眼前を埋め尽くす妖気の塊を真夜はすり抜けるように、またルフもその場から高速で飛翔することで回避して見せた。


 四罪もあまり広範囲を破壊する術は使う気は無いようだ。自らの拠点をこれ以上破壊したくは無いのだろう。


『逃げても無駄だ』

『然様。今の我らの強さは何人にも負けぬ』

『愚かな貴様らに、誰に戦いを挑んだかを教えてやろう』

『後悔と共に死ぬがいい』


 回避を続ける真夜とルフに四罪の耳障りな声が届く。だが真夜はそんな声を聞きつつ、内心でニヤリと笑った。


(三下のような台詞をありがとうよ。これで油断してくれるなら、こっちとしてもありがたいぜ)


 確かに鵺の強さは覇級クラスにふさわしい。真夜の本気の一撃を防ぐほどなのだ。しかも防御の面だけでは無い。この攻撃もまともに受ければ星霊符一枚では防ぎきれないだろう。


 だがそれだけだ。真夜には鵺が恐ろしいとは思わない。まだそれならば六道幻那の方がよほど危険だと感じた。相手はまだ自分達を舐めている。黒龍神のように力を解放していないわけでは無いが、その精神状態では付け入る隙を自ら与えているような物だ。


(……こっちじゃ使うのは初めてだな。三枚じゃどの程度の威力か分からないが、お前で試させてもらうぞ)


 隙を窺いながら、真夜は三枚の霊符に霊力を収束させるのだった。



 ◆◆◆



「あの馬鹿は!」


 苛立ちを隠せない明乃が悪態をついた。壊れた城の最上部から、明乃と朝陽、鞍馬天狗は真夜と鵺の戦いを見ていた。


 覇級妖魔の出現と同時に、真夜は先に行くと言うと一人独断専行していった。


 その結果。真夜は地上で鵺の攻撃を前に逃げ回る状況になってしまっている。


「無策で飛び出す馬鹿があるか。敵は覇級妖魔なのだぞ。一人で対処できると思っているのか!?」

「まあまあ。母様、落ち着いてください」

「お前は何を落ち着いている!? あのままでは真夜が危険なんだぞ!?」


 激しい剣幕を見せる明乃に対して朝陽はどこまでも冷静だった。


「真夜が無策で飛びだしたとは思いません。何かしらの策や切り札があるのでしょう」

「あの状況でか?」

「そうです。今はチャンスを待っているのでしょう」


 無論、朝陽も何もしていない訳ではない。


「私達も今はチャンスを待ちましょう。真夜を援護するためにも、今は下手に手を出さない方がいい」


 まだ朝陽達は気づかれていない。朝陽達も今回は真夜から霊符を借り受け、隠形の術により姿と気配を隠している。今の間にも朝陽の霊力は高まり続けている。


「……お前はどの程度力が増している?」


 朝陽の言葉に些か冷静になったのか、明乃はまずは現状把握すべく朝陽へと聞き返した。


「少なく見ても霊力はいつもの三割増しと言ったところでしょうか。強化の方は分かりかねますが、下手をすれば四割に届く可能性もあります」

「お前でもそれほどまでに強化されているのか。私の場合は五割増しと言ったところか。九曜との戦いの時もそうだったが、霊力や身体能力、すべてが底上げされている。戦闘能力だけでなく補助系の霊術も規格外だ」


 ここまで見事な隠形術を行使できる術者は殆どいない。さらにそれを他者にも施した上に、同時に複数人をここまで強化する術まで使える者など、補助系に特化した術者でも存在しないのでは無いかと明乃は思った。


「そうですね。これが真夜の霊器の能力なのでしょうが、霊器の範疇を超えていますね」

「その通りだ。霊器の概念そのものが覆りかねない」


 本来の霊器は攻撃手段としての武器であると同時に保有者の霊力の増幅器でもある。確かに補助系の術者が霊器を発現させた場合はその効果を持つのだが、これほどまでの効果は聞いたことが無い。


(朝陽の言うとおりだ。真夜は異世界では守護者と呼ばれていたらしいが、言い得て妙だな。補助だけでもどこの一族でも喉から手が出る程に欲しがる能力だ。私や朝陽ほどの術者まで強化できるのなら、真夜がいるだけで戦闘能力は格段に向上する)


 十人近くを同時強化できるのなら、今まで討伐できなかった超級クラスまで余裕を持ちながらでも、討伐できるようになるだろう。


(いや、真夜一人いるだけで一族間での力関係は大きく変わる。まさかあの真夜があれほどまでの力を……)


 明乃の見据える先には覇級妖魔の攻撃から防戦一方で回避に徹する真夜の姿がある。


 だが朝陽の言うとおり、闇雲に逃げ回っているわけでは無い。何らかの隙を窺っているようだ。その証拠に真夜の顔には焦りの色が浮かんでいない。


「さて。母様、そろそろ私も参戦しようと思います。母様は援護をお願いします」

「……そうだな。いかに力を増そうとも私では覇級妖魔が相手では焼け石に水だ」


 明乃は不甲斐ない自分に苛立ちを隠せないでいた。朝陽だけでは無く、あそこまで辛辣に当たっていた真夜にも圧倒的な差を付けられてしまった。


「そう自分を卑下しないでください。母様は十分強いですよ」

「嫌味か、朝陽。お前や今の真夜を前にして、どの口が言える」


 あの強さを見て、自らが強いなどとは到底思えない。


「そう言われてしまえば私も同じですよ。私でさえおそらく真夜には勝てないでしょう。ですがそう簡単に受け入れるつもりはありません」


 自分は真夜の父であり、不甲斐ない姿を見せたくは無いと朝陽は語る。


「単純な力で勝てないなら技術を磨きましょう。技術でも足りなければ経験を積みましょう。経験でも追いつけないのならば、せめて心だけでも強くありましょう。諦めて負けを認めてしまえば、そこで成長は止まるのではないですか?」


 朝陽の言葉に明乃は目を見開く。息子の言葉は横っ面を張り飛ばされたような衝撃を明乃に与えた。


「ははっ、私もまだまだ若いと言うことですよ。それでは私も息子にばかりいいところを譲るつもりはないので。鞍馬、そろそろやるとしよう」

「ふん、待ちくたびれたわ」


 霊器の太刀を顕現させると、そのまま鞍馬と共に宙へと跳躍する。明乃はただ、そんな光景を眺めているしかできなかった。


 鞍馬の起こした風が彼らの身体を浮かび続かせると、朝陽は太刀を構え精神を集中させる。


(さて、前回の黒龍神の時はあまり活躍できなかったからね。今回は私も活躍するとしよう)


 朝陽の表情が変化する。いつもの柔和な笑みは消え失せ、最強の退魔師の顔へと変わる。

 すなわち、妖魔を滅する狩人の目に。


(風よ、我が霊器に集いてその力を高めん……)


 渦巻く風が太刀へと収束していく。同時に霊力も膨れあがり、太刀へと流れ込み増幅されていく。また霊符による強化が施されることで二つの増幅効果を生んでいる。


(凄まじいね。これは下手をすれば一撃だけならば倍の威力が出せるかも知れない)


 気を抜けば暴発してしまいそうな力が太刀に宿っている。朝陽をして、制御が難しいと思うほどに。


 だがこれだけの力の収束は流石の真夜の霊符でも隠蔽しきれなかった。力の奔流を感じ取った鵺の意識が朝陽へと向けられる。


(気づかれたか! だがもう遅い!)


 両手で太刀を握り上段の構えを取る。先ほどまで轟々と吹き荒れていた風がピタリと止んだ。


 ――烈風一閃(れっぷういっせん)――


 振り下ろされた刃から放たれるのは一陣の風の刃。音速を遙かに超えた一撃は大気をも切り裂き、鵺へと直撃した。


 ヒューッッッッッ!!!???


 防御の魔法陣を展開していたにも関わらず、それごと鵺の巨大な背中が切り裂かれ、鮮血が飛び散った。


 巨体を切断する事こそできなかったが、片翼の一部と背中を深々と切り裂いた。


 これは朝陽の切断する事に特化している一撃に威力を収束したことに加えて、鞍馬天狗も同時に神通力を用いた攻撃を合わせて放っていたからだ。


 星守の強さとは守護霊獣との連携でもある。


(さあ、真夜。次は真夜の番だ)


 黒龍神の時とは逆に今度は朝陽が真夜が止めをさせるようにサポートを行う。


 朝陽は真夜の方へと視線を向け笑みを浮かべると真夜も不敵な笑みを浮かべた。


 真夜は右手に霊力を収束すると同時に三枚の霊符を右腕の周辺に浮かび上がらせる。


 三枚の霊符が垂直に円を描くように回転し始める。


 バチバチバチと強固な霊力の奔流が真夜の右腕に現れる。


 真夜の切り札にして、最大の一撃。本来は霊符五枚を用いる技ではあるが、三枚でも使用が可能。朝陽の一撃でもがいている鵺の眼前まで移動すると三枚の高速で回転していた霊符が右腕の前に移動した。


 眩いばかりの霊力の光が鵺の目に飛び込んでくる。


 これは数少ない名を冠した真夜の技。


 ――降魔天墜(ごうまてんつい)――


 防御の魔法陣を吹き飛ばし、真夜の全力の一撃が鵺の顔面に到達するのだった。


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