第十二話 鵺

 

「聞いたか。九曜が星守を潰すために動いたんだとよ」

「おいおい、マジかよ。あの星守をか?」


 罪業衆の拠点の建物の内の一角。組織に所属する妖術師達が屯する場所があった。


 そこに数人の男の妖術師達が話に華を咲かせていた。ここにいるのはまだ比較的若い者達で二十代から三十代くらいの術者達であった。


「ああ、そうだ。何でも四罪様直々の命令だとよ。俺達にもそのうち命令が来るかもな」

「はっ、これで星守も終わりだな。今の罪業衆なら星守も恐れることはねえ」

「久々に楽しいイベントになりそうだ」


 下衆た笑みを浮かべながら、男達はこれから起こるであろう星守への蹂躙劇に思いを馳せた。


 退魔師界と同じくらい妖術師達の間でも星守は一目置かれ、恐れられていた。彼らには手を出すな。それが暗黙の了解として存在したほどだ。


 しかし四罪はそれらを無視し、打って出た。罪業衆に所属する妖術師達もそれを無謀とは考えていなかった。


 幹部以外でも四罪に直接会うことはある。その力を目の当たりにした時、彼らは心の底から四罪に屈伏した。


 あれは同じ人間の妖術師では無い。別の何かだと。そんな存在が四人。さらには超級妖魔鵺の存在。


 この場にいた一人の男がぶるりと身体を震わせた。あんな存在が襲いかかるのだ。星守と言えどもひとたまりも無いだろう。


「星守を潰せば、他の六家も順に潰すんだろうな。だがその前に星守で色々と遊べそうだ」

「普通の人間は壊れやすいからな。その点、退魔師なら長持ちするしな。それに何と言っても星守だ。分家でも一般的な退魔師よりも何倍も優れているからな」

「おいおい、お前また壊したのかよ。これで何度目だ?」

「ぎゃはははは! いいじゃねえか! 十分に楽しんだんだからよ!」


 彼らは人を人とも思っていない。ただ自らの欲望を満たす道具でしか無い。でなければこんな組織には所属していない。人を嬲り、いたぶり壊すことも何ら罪悪感を覚えることなどない。


「この間の女もいい具合だったが、やっぱり普通の人間はダメだな。あ~、俺も退魔師の玩具が欲しいな~」

「そういや、この間に退魔師の女を捕まえたって奴がいたな」

「今もお楽しみ中だろ。くそ、何であいつだけ!」


 この拠点には妖術師や妖魔以外にも囚われている一般人や、数は少ないが六家に所属していない退魔師などもいた。


 彼らあるいは彼女らは樹海に迷い込んだ者や自殺者、あるいは罪業衆所属の妖術師とは知らずに敵対した者である。


 囚われた者達の末路は悲惨なものであった。今もこの拠点のどこかではそんな者達が何人もいた。


「星守を落とせばそれもすぐだろ。星守は一族の数は少ないらいしが、門下生は多いって話だ。そっちを貰えばいいだろ。門下生でも十分一般的な退魔師よりも上らしいからな。まっ、実際俺はそっちを狙ってるんだけどな」

「んじゃあ、上手く九曜に取り入らないとな。そうすりゃ、おこぼれに預かれるぜ」


 自分達の邪魔をする退魔師達を蹂躙し、玩具にする事を夢想する。その現実がもうすぐやってくる。


 彼らはそう信じていた。


 しかし現実というのはいつも無情であり、彼らにとって非情な鉄槌が下されることになる。


 救いがあるとすれば、彼らは恐怖を感じる間もなく何が起こったのか把握することも無く終わることができたことだろう。


 他者を犠牲にして得られていた彼らの日常は、ここに終焉を迎えることになる。


 突然、空より降り注いだ真紅の斬罪の剣が、彼らを無慈悲に貫き、その命を悉く刈り尽くすのだった。


 ◆◆◆


 罪業衆の拠点に降り注いだルフの攻撃は甚大な被害をもたらしていた。


 建物を貫き、その場にいた妖術師や妖魔達は一撃の下に絶命させられていた。


 後々の戦いや消耗を抑えるために、一撃一撃の威力はある程度抑えられていたが、最上級妖魔をも討ち滅ぼすだけの力を込められていた真紅の刃を防げる者はこの場には多くなかった。


 総数において百八本。それらは妖気に反応し襲いかかった。妖気の高い者を優先的に襲う斬罪の刃。貫かれた妖術師は瞬く間に命を散らし、妖気を纏った妖魔達も無残な屍をさらすことになる。


「もう何て言ったらいいのかわからないけど、本当に真夜と彼女が味方で良かったと思うよ」


 空より降り注いだ破壊の雨を隠れて見ていた朝陽は、心の底からそう思った。隣に立つ鞍馬天狗も渋い顔をしつつも、ルフの力を認めているらしく不機嫌ながらもどこか満足そうでもあった。


「……まったくだ。だがあれは何だ、真夜?」


 同じく様子を窺っていた明乃が真夜へと聞き返した。彼女が疑問に思っていたのは、ルフの姿である。霊力にて視力を強化できる退魔師であるが、今のルフの身体の周辺には黒い靄のような、あるいは霧のようなものが纏わり付き、彼女の姿をはっきりと窺うことができない。


 かろうじて人の形に見え、翼があるようには覗えるがそれだけである。


「目撃者がいても困るからな。ルフの姿は隠し通せるなら隠し通したい」


 明乃の問いかけに真夜はそう答えた。彼は圧倒的優位な状況を作り出すことに成功したが油断はない。


 真夜と朝陽と鞍馬天狗、明乃はルフが結界に干渉してから、十二星霊符の効果の隠形で姿と気配を隠し結界内部へと侵入を果たし、ルフの攻撃を離れた位置で観察していた。


「できるなら最初から全力でここを吹き飛ばしたかったが、証拠やら捕まってる一般人もいるかもしれないからな。そいつらも一緒に消し飛ばすのは避けたかった」


 囚われている者がいれば助けたいし、罪業衆の悪事の証拠やこの国の悪事を働く者との繋がりを示す物があるならば手に入れておきたいと真夜は考えていた。


 だからこそ、相手の殲滅を考えつつもルフに一撃で終わらせずにこのようなやり方を取ったのだ。


「けどこれで雑魚は一掃できるだろうよ。残りの雑魚も任せて俺達は四罪を狙う」


 ルフには空で待機しておいてもらい、結界の掌握と維持、そして露払いを行ってもらう。


 あれだけ目立つのだ。生き残りがいれば何かしらの行動に出るだろうし、相手側の反撃が無く、隠れたり逃げようとすれば先ほどと同じようにルフが再び真紅の刃を投下する。


 四罪もルフの存在に気づけば攻撃を行うだろうが、生半可な攻撃ではルフは倒せない。現時点では覇級妖魔の気配はない。もし出現すれば、ルフにはそちらの対処も行ってもらうが、流石に罪業衆でも複数の覇級妖魔を保有していないと真夜は考えていた。


「もし罪業衆に覇級妖魔が複数いるなら、婆さんを複数で襲ったり俺を人質にするなんて小細工は必要ねえ。正面から星守だけじゃなく六家に戦いを挑めばいい。いくら親父や兄貴がいたって、覇級妖魔数体の相手なんてできるはずも無い。それは他の六家も同じだ」


 覇級妖魔を単独で対処できる一族は存在しない。星守でも難しいだろう。もし複数いるならば、明乃が単独の時に襲撃したり、真夜を人質にする必要などない。そのまま覇級妖魔を奇襲の形で星守に差し向ければそれだけで星守は陥落しただろう。その点からも相手側の最大戦力が推測できる。


 楽観は禁物だが、罪業衆が所持しているであろう上限は覇級妖魔が一体程度。あるいは超級妖魔が複数か。


「いや、おそらく真夜の推測は間違ってはいないだろう。覇級妖魔も存在しないのではないか。もしかすれば奴らの配下に超級妖魔が複数いる場合も考えられるが、それでも対処は可能なのだろ?」


 明乃は闇子や導摩が自分よりも強い妖魔を使役していたことで、超級クラスの妖魔ならば複数保有している可能性はあると思っていたが、それでもせいぜい五体以下であると明乃は予想していた。


 五体もいれば脅威どころの話ではないのだが、真夜とルフ、朝陽と鞍馬天狗もいる状況ならば悲観するほどでもないと考えていた。


「ああ。ルフなら可能だ。一応、超級二体相手に圧勝しているしな。今回ルフを矢面に立たせてるのは、相手の出方を見る為でもある」


 古墳では超級クラスとなった前鬼後鬼を相手にルフは圧倒した。ルフ単独ならば難しい局面もあるかもしれないが、真夜達のサポートがあれば問題ない。


 ルフの対処をしようと相手側の最大戦力が出現した場合、真夜達は不意打ちの形で相手を討伐するつもりだった。


「さてと。俺達は移動しつつ、四罪を探すか。そいつらを討てばこの戦いも終わりだ」

「そうだね。手早く終わらせることにしよう。鞍馬、探せるかい?」

「ふん。誰に物を言っておるのだ、朝陽よ。この儂にかかれば、その程度造作も無い」


 朝陽に頼まれ、鞍馬は四罪を探すために神通力を行使した。結界の外ならばともかく、内部であれば探すのはそう難しくはなかった。


「……見つけたぞ。連中はあの城の最上階だ。それにそこに特級クラスの妖魔も存在する」

「そうか。ありがとう鞍馬。じゃあ、母様、真夜。行くとしようか」


 朝陽の言葉に明乃と真夜は頷くと、そのまま四罪を討伐するために一気に城まで駆け抜けるのだった。



 ◆◆◆


「くっ、何という一撃だ」

「我らでなければ容易には防げんかったぞ」

「ああ。まさかこれほどの存在が襲撃してくるとは」

「どうする? 鵺を差し向けるか?」


 四罪はルフの攻撃を無傷で防ぎきった。彼らの力は特級クラスの実力を持つ。先ほどのルフの攻撃程度ならば奇襲でも何とか防ぎきることができた。


 二度目の攻撃を警戒し、さらに強固な防御の術を施したが、空より感じる強大な威圧感を放つルフを前にどうするべきかと苦悩していた。


「いや、鵺と言えどもこれほどの力の存在に対しては難しいのではないか?」

「そうとは言い切れん。奴は我らの結界を乗っとった。確かにすべての力を向けられれば鵺と言えども敗北は必至。だが我らの術を用いればその限りでは無い」

「奴を縛りきれるか? 奴は少なく見積もっても超級上位。下手をすれば覇級クラスかもしれんぞ。如何に我々四人の力を以てしても縛りきれる物ではないぞ」

「鵺との戦闘時ならば可能性はまだある。鵺自身も我らの術で強化を施せば時間稼ぎくらいはできよう」


 策を練る四罪だが、どれも決定打に欠けると判断する。


「九曜が全員出払っているタイミングでの襲撃とは」

「まさか狙っていたというのか?」

「わからぬ。だが奴の攻撃でこの拠点にいた妖術師や妖魔の気配が大量に消えた」

「奴に殺されたか。計画が大幅に狂うな」


 九曜が残っていれば、まだ他の策も取れていたかも知れない。しかしあれだけの力を持つ存在の来襲を前にどれだけ抵抗できるか分からない。


 さらに先ほどの一撃で喪失した戦力は決して少なくはない。


「……致し方ない。あまり使いたくはなかったが、『アレ』をするべきか」

「『アレ』か。短時間ならばともかく、長時間は我らも危険だぞ?」

「危険ではあるが、それが最もあの存在を倒す可能性が高いか」

「そうだな。しかし奴を倒すことができれば鵺をさらに強化できる」

「それどころか奴を手中に収めることができれば、今回の喪失を大きく上回る成果を得ることができる」


 全員が顔を見合わせると、各々が呪詛のような詠唱を始める。直後、彼らの身体に変化が訪れる。


 四罪とは本来、中国神話に登場する天に害を成した四柱の悪神の事を指す。


 共工(きょうこう)は人面蛇身の存在。


 驩兜(かんとう)は人の身体に羽が生え嘴がある異形の存在。


 鯀(こん)は魚の顔と下半身を持つ存在。


 三苗(さんびょう)は見た目は普通の人間だが脇から羽が生えている存在。


 その名を冠した彼らはその名の由来を引き継ぎ、またその力を肖るかのごとく、その姿へと変貌を遂げた。


 文字通り豹変した異形の者達。妖気が増し、不気味な気配が周囲へとまき散らされる。


 超級にこそ届かないものの、特級上位の化け物達である。


「さて、鵺よ」

「我らと一つになりて」

「その力を増さん」

「我らの力をその身に宿せ」


 四人の身体が光に包まれると、彼らはその身を頭上の暗雲の中にいる鵺へと移動し重ね合わせた。


 ヒューヒューヒュー!


 鵺の不気味な鳴き声が響き渡った。暗雲の中で鵺の姿が瞬く間に変化していく。


 元々サルの顔、狸の胴体、虎の手足、尾っぽは蛇の化け物であった。それが四罪と融合を果たすことで、さらに変化していく。


 体格が二回り以上大きくなり、狸の身体には魚の鱗があちこちに現れその背中には翼が生えた。サルの顔には嘴が出現し、尾っぽにはもう一つ太い蛇の尾が生えた。尾の蛇自体も太く大蛇のごとく変貌した。


 まさにキメラと言うべき姿だ。


 変わったのは姿だけでは無い。確実にその妖気も増している。超級の階梯を昇り、覇級へと踏み入れた罪業衆最強の化け物。


 暗雲が消え去り、中から新たな化け物がその姿を現した。新たな姿をした鵺はその巨体を地面へと下ろした。


『長くは持たぬ』

『長引けば鵺と一つになってしまう』

『だがこの状態ならば勝ち目はあろう』

『しかり。鵺の力と我らの妖術とその知性。この三つが揃いし今の鵺に負けは無い』


 鵺の中では四罪の四つの魂が混在していた。


 強大な力や術にはリスクが伴う。この術は四人で行使しなければ制御もままならず、長時間融合していれば鵺に吸収され、二度と元に戻れないリスクもあり、術が解除された後の消耗も大きいために簡単には発動できなかった。膨大な力を得るが抱えるデメリットが大きすぎるのだ。


 だが今はこの術が役に立つ。覇級という四罪にとっても破格の存在を相手取るには。


 ヒュー!


 頭上に向け、ルフのように鳴き声が咆吼のような衝撃波を放ち周囲の壁を破壊していく。


 天蓋が吹き飛び、空に浮かぶルフの姿を鵺は確認する。


 ニィッと鵺が不気味な笑みを浮かべると、その巨大な翼をはためかせ飛び上がろうとした。


 だがその直前……。


 ドンっと横合いから鵺の身体に強烈な一撃が放たれた。


『『『『!!!!!!?????』』』』


 鈍い痛みが広がると、そのまま壁を突き破り鵺の巨体は城から落下する。


『な、何が!?』


 困惑する四罪達だが、鵺の目と尾っぽの蛇の目を通して彼らは見た。


 自分達を追うように城に空いた穴から勢いよく飛び降りてくる人影を。


 影の正体は星守真夜。彼は霊力を纏った拳をもう一度、鵺の横顔に叩き込むのだった。


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