第十一話 攻勢

 

「四罪を討つ、だと?」


 真夜の言葉に明乃は思わず聞き返す。あまりにも突拍子も無い事を孫が言い出したからだ。


「ああ。前から親父と相談しててな。国内の厄介な勢力を潰せないかってな」

「私も最初は無茶苦茶だと思ったよ。でも相手のことを調べるのは必要だし、真夜自身がやる気だったから話だけは進めていた。それがこう言う形になるとは思わなかったよ。まさか真夜は予知や未来視の能力まで得たのかな?」

「生憎とそんな便利なもんはねえよ。せいぜい簡単な占いくらいだ。それでも役に立っただろ?」


 朝陽としても真夜の言葉に苦笑するしか無い。確かに真夜から相談を受けた朝陽は国内の厄介な勢力の情報、特に星守や六家を含む退魔師達にとって敵対関係にある勢力の情報を収集、精査していた。


 真夜曰く、危険な芽を摘む意味でも攻勢に出るべきだと。


 些か好戦的な真夜に朝陽は危険な物を感じなくは無かったが、別段息子は血気に溢れているわけでも無く自分の力を過信しているでもなかった。


 とは言え、黒龍神の時の事もある。下手に否定して行動されても困るため、手綱はある程度握らなければならないと考える朝陽と、自分一人で行動する愚かさを理解している真夜の双方はこの件においても協力関係を結ぶことにした。


「古墳の一件にどういった者が関与していたかは不明だが、罪業衆の可能性もあるだろ? それに国内最大の妖術師の集団を潰せば、確かに混乱も起こるが退魔師サイドとしては最大の脅威が無くなる。そうすれば罪業衆じゃ無かった場合、そっちに対処しやすくなる。それに謎の存在ももっと動きを見せるかも知れないからな」

「だがそれは無謀過ぎる」

「いや、九曜を全滅させたんだから、そう難しい問題でも無いだろ。親父にも協力してもらえれば、成功の確率はもっと高くなるはずだ。相手を侮る気は無いが、こっちから奇襲をしかければもっと勝率は上がる」


 真夜達の行動を咎めようとした明乃だが、続く真夜の言葉に押し黙るしか無かった。


 確かに九曜を守護霊獣と共にとは言え、ほとんど一人で苦も無く壊滅させた真夜ならば四罪に対しても互角以上どころか、相手が同人数ならば圧倒するだろう。そこに朝陽と鞍馬天狗が加われば、四罪を同時に相手にしても勝算は高い。


「今が最大のチャンスだろ? 連中の拠点は大まかに分かってる。あとは鞍馬天狗やルフの力があれば連中の殲滅も可能だ」


 だから今こそ攻め込むべきだと真夜は主張する。最高幹部の九曜が文字通り全滅し、残る強敵は四罪のみ。


 残りの妖術師達も脅威になる者はいなくはないだろうが、九曜クラスはほぼ存在しないだろう。


 いたとしても真夜にとって油断さえしなければ脅威となり得ない。


「だからこれから親父と一緒にちょっと富士の樹海まで行ってくる」


 まるで近くのコンビニに買い物に行くような感覚でものを言う真夜に朝陽や朱音、渚は苦笑するが他の面々は目を点にしている。


「真夜ちゃん! それはかなり危なくないですか!? いくら真夜ちゃんが強くなったとは言え、相手は最強最悪の妖術師の集団のトップですよ!? 朝陽さんもです! 二人だけでは無くもっと人数を集めるべきです」


 結衣が声を上げて二人に考え直すように言う。朝陽の強さは知っているし、真夜の強さも目の当たりにしたとは言え、結衣からすれば息子と夫が危険な相手に戦いを挑むのが心配なのだ。それに敵の拠点に向かうのが守護霊獣込みとは言えあまりにも少なすぎると結衣は考えた。


「いや、母さんの心配も尤もだけど奇襲は少人数の方がいいし、親父と鞍馬が協力してくれれば十分事足りると思うぞ」


 何か前にも似たようなやりとりがあったなと思いつつ、結衣の不安を取り除くように真夜は説明を続ける。


「それと別に真っ正面からやり合う気は無いから」


 正々堂々、名乗りを上げての戦いなどする気は無い。異世界での奇襲のように、初撃にて相手を圧倒するつもりだった。


「ならば私も付いていこう」


 真夜と結衣の会話に割り込むように、今度は明乃が声を上げた。


「確かにお前達の話は一理あると思える。あの古墳の事件については罪業衆ではない何者かの仕業である可能性が高いが、だからと言って奴らを放置できん」


 いつかは討たねばならない相手。明乃自身、無謀と先ほどは口にしたが、今の真夜の実力とあの堕天使、朝陽と鞍馬天狗の戦力とさらに九曜が壊滅している事を考えればこれは最大最高のチャンスとも言えた。


「それに今回の件を考えるならば、星守は罪業衆に目を付けられた。そこに九曜の壊滅だ。報復があると考える方がいい」


 真夜の実力が伝わらずとも、星守に対して攻勢を仕掛けた九曜が戻らず壊滅したとなれば彼らは星守を危険視するだろう。


 正面切っての攻勢こそ無くなるかも知れないが、搦め手での報復に出ることは十分に考えられた。


「そういうことだ。俺だけならともかく、兄貴や母さん、それに朱音や渚にも手が伸びる可能性もある。まあ朱音や渚に手を出せば、火野や京極まで敵に回しかねないから流石にしないだろうが、俺達の交友関係で手が出しやすそうな所を狙うかもしれない。そうなる前に潰す」


 真夜は組織の恐ろしさを知っている。魔王軍だけではなく、異世界では幾度となく、そういった組織の闇に触れたことがあった。


「拠点を潰し、組織のトップを討てば後は烏合の衆、とまではいかなくても六家やそれに準ずる退魔師達なら余裕で対処できるだろうし、SCDにだって任せられるだろ?」


 在野に下った構成員が悪事を働くかも知れないが、後ろ盾を失った妖術師が派手な行動を取るとは思えない。それに組織だった動きさえ無ければ対処もしやすく星守に恨みを抱いたとしても、行動にまで移そうとする輩は極端に減るだろう。


「ああ。お前の言うとおりだ。それでも万全を期す必要がある。だからこそ、私も同行する。確かにお前達には大きく劣る実力だが、それでも他の者よりは強い」


 闇子と導摩に苦戦していたが、退魔師全体を見れば明乃の実力は決して低くは無いどころかトップクラスである。今回は相手が悪すぎたのであって、明乃は今の朱音や渚よりも遙かに強い。


「真昼も確かに強いが、未だに経験不足だ。それに万が一の事を考えれば残しておく方が無難だ」


 明乃の言葉に真昼は少しばかり悔しそうな顔をするが、自分が未熟なのは理解していたし、霊器も完全に使いこなせているとは言えない状況だ。


 単純な霊力量ならば霊器を保有する真昼に明乃は劣るだろう。しかし経験や技量の差がそれを埋める。


 それに相手は四罪。まだ経験の少ない真昼では何かしらの術中に嵌まりかねない。そのため真昼は大人しく明乃の言葉に従うことにした。


「わかりました。お祖母様に従います」

「そうですね。母様の言うとおり、真昼にはママの警護をお願いするとしよう」

「俺もそれでいいぜ」


 真夜も明乃を足手まといとは考えていなかった。彼女と彼女の守護霊獣ならば真夜の霊符による強化があれば、かなりの強さを発揮するだろう。


 一番難色を示しそうな真夜が賛同した事で、奇襲メンバーが決まることになる。


「あたし達はここで留守番してればいいの? それとも樹海付近まで一緒に同行しましょうか?」

「そうですね。ここで待機するのが一番なのでしょうが、不測の事態や相手側の動きも考えれば近くにいて、突入後は姿を隠していた方がいいかもしれませんね」


 朱音と渚は前回の黒龍神の事件の際も、自分達がそれなりに露払いを果たせた事で今回も似たような役割を果たせればと考えた。それに万が一、彼らが別行動を取った後、ここに四罪が現れても危険だ。


 樹海付近にいた方が危険度は増すが、近くにいた方が真夜達も対処しやすいと言うメリットはある。


「さて、真夜。どうする?」

「俺としてはそっちの方がいいと思うぞ。霊符に関してもこの人数なら余裕があるし、万が一の時は近くにいた方が対処しやすいだろ。入れ違いに奇襲されても困るしな」


 朝陽の問いに真夜はそう返した。前回のようなことは無いとは言えないが、彼女達ならばある程度ならば対処可能だ。


(前回の黒龍神は覇級妖魔でルフの温存も考えていたが、今回は親父だけじゃ無く婆さんもいる。相手側に覇級妖魔がいないと仮定するのは早計だが、最悪は兄貴も近くにいる。俺の霊符の強化があれば単純な力押しなら婆さん以上の力になるはずだ)


 真夜は守るべき者の事を考えつつも敵の殲滅に重きを置いていた。いくら幹部を倒してもトップを倒さない限り組織は存続し続ける。中途半端に攻勢をしかけた結果、報復を招き大切な者を失う可能性も高い。


 だからこそやるならば徹底的に、それも迅速に行う必要がある。さらに罪業衆は数多の妖魔を配下にしていると言われている。人手が必要な事があるかも知れない。


(それにあまりにも兄貴や朱音達を信じないのは相手への侮辱だ)


 かつての自分のように真昼や朱音達は強くなろうと必死になっている。真昼もこの短期間の間にさらに強くなっているのを真夜は感じ取った。


 明乃の言うとおり経験不足は否めないが、それは致し方ないこと。それをクリアすれば真昼は一気に真夜や朝陽のいる領域にたどり着けるだろう。


「んじゃ、行くとするか」


 後にこの国の退魔師界の転換期にもなったと言われている、罪業衆の滅亡はこうして始まるのだった。


 ◆◆◆


 富士の樹海内にある罪業衆の拠点。


 結界内に存在する巨大な城を中心にいくつかの建物が存在する。この拠点の彼方此方には現在、数十人の妖術師が控えており、その何倍もの妖魔が存在していた。


 能力で言えば下級から上級まで玉石混淆だが、数の暴力というのは侮れない。


 中央に位置する城の最上階。罪業衆トップの四罪の四人が集まり会話を行っていた。


「九曜全員が動いたとなれば、他の六家やSCDも黙ってはいまい」

「くくく、だが星守を落とせば奴らとて早々に手を出せまい」

「然様。奴らは横の繋がりが薄い故、各個撃破もしやすい」

「他の六家も油断ならないが、星守を潰せば残りは恐るるに足らん」

「九曜には星守明乃の抹殺を命じ、人質を確保するように命じた。星守朝陽とそして星守真昼を亡き者にする事ができれば我らの勝ちだ」

「九曜が戻り次第、星守へと奇襲を仕掛ける。我ら全員と鵺、九曜を差し向ければ、明乃を欠き人質を手にしたこちら側に対抗するのは難しくなるであろう」


 朝陽が一人強くても個人では限界がある。星守一族は確かに強いが数の面では少ない。星守真昼も強いが各個撃破していけば問題ないと彼らは考えていた。


 九曜の襲撃で警戒はされるだろうが、星守とて気軽に他の六家へ救援は頼めないだろう。あるいは火野が協力するかもしれないが、古墳の一件もあり即座に動くとは思えない。他の六家やSCDに関しても同じだ。


 それに四罪の切り札たる超級妖魔・鵺にしても、星守の直系の血肉を食べさせることができれば、その力は爆発的に強くなるはずだ。生きたまま食べればなお良いが、死体でもその栄養価は計り知れない。


 殺した明乃の血肉と落ちこぼれとは言え、その血を受け継ぐ真夜の手足でも食べさせれば、超級から覇級に至る道筋が開ける。そのためにも星守と言う贄は必要なのだ。


「我ら罪業衆がこの国を支配する。そのために雌伏の時を経てきたのだ」

「もう間もなくだ。邪魔な退魔師達を一掃し、我らはこの国の頂点に立つ」

「この国を作り替える。我ら妖術師の、力ある者が支配する素晴らしい国に」

「近隣国が我らの国を恐れ頭を垂れる程の強大な国家に。もう二度とこの国を異人共の好きにさせぬ」


 それは彼らの夢。どれだけの犠牲を払おうと、どれだけの関係の無い人間を犠牲にしようと叶えるべき彼らの悲願。


 そのために邪魔者を排除し、自分達がこの国の頂点に立つ。


 だがそんな彼らの悲願は、打ち砕かれることになる。


「「「「!!!!!!?????」」」」


 四罪が強固に展開していた結界に何者かが干渉を行った。それだけならば驚きは少なかった。


 しかし彼らを驚愕させたのは、その結界が何者かに乗っ取られ始めたからだ。


「馬鹿な我らの結界に干渉した上に乗っとろうとしているだと!?」

「ありえん! それにこの力、明らかに覇級妖魔クラスだぞ!?」

「くっ、何者だ!?」

「鵺を差し向けるか。いや、レベルが違いすぎるぞ!」


 狼狽する四人を尻目に事態は進む。結界内部の空一面に二メートルほどの、真紅に輝く剣のような十字架が無数に出現した。


 その中心には漆黒の三対六枚の翼を広げた堕天使ルシファー。


 彼女は微笑を浮かべると右手をゆっくりと振り上げ勢いよく振り下ろした。


 無数の十字架が栄華を極めた妖術師達の拠点へと降り注ぎ、破壊の限りを尽くすのだった。

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