第十話 異世界帰り
異世界帰り。
その言葉を口にした真夜に対して周囲の反応は困惑だった。
真夜自身、仮にいきなりこんなことを言われても、どう反応していいのか困るのは間違いない。
「い、異世界帰りって……ど、どう言う事よ?」
皆が何を言っているんだと言う視線を真夜に向ける中、朱音が真っ先に真夜へと問いかけた。
「言葉通りの意味だ。こことは違う世界に行って帰ってきた。ああ、妖魔とかが潜む異界じゃないぞ。文字通りの異世界。この地球とは全く違う、だが同じ人間の住む場所だ」
地球とは異なる歴史、異なる法則、異なる存在を内包した世界。ある意味では別世界というよりも別の星と言い換えてもいいかもしれないと真夜は思う。
「と言ってもこれだけじゃ何言ってるのか分かるわけ無いだろうから、順を追って説明する。色々と途中で聞きたいこととか疑問に思うこととかふざけるなと思うような内容もあるだろうが、取りあえず最後まで聞いてくれ」
真夜は語る。自分の身になにが起きたのかを。とは言え、四年分の内容を語り出せば時間がいくらあっても足りないので、端的に話をする。
皆が聞きたいのは真夜がどうやって強くなったのかである。その途中の過程も必要であるが、一から十まで詳細に話す必要は無い。
「簡単に言えば、異世界の神に召喚されて別の世界に行った。そこで俺は魔王を倒すために勇者の仲間として守護者の役目を担って四年間過ごした。その期間で死に物狂いで強くなった。で、仲間達と魔王を倒してお役目ご免になってこの世界に戻してもらった。その際に、神様の計らいで肉体は四年分若返り、時間も召喚された時から五分しか経っていないようにしてくれた。これが真相なんだが……」
もう一度、周囲の反応を伺うと皆がなんとも言えない顔で真夜を見ている。自分でも話していて現実味の無い話だなと思うと笑いが込み上がる。
「……ふざけている、わけではないのだな真夜?」
あまりの話に明乃が疑いの目を向けてくる。他の面々も似たように信じられないという顔をしている。
「当たり前だろ。こんな事を冗談で言えるかよ。まあ証拠を出せって言われても、異世界から持ち帰れた物は俺の神造霊器の十二星霊符くらいしかないけどな」
異世界での装備品でもあればもう少し説明しやすいのだが、最終決戦時の装備品や服を含めてすべてあの神が回収した。こちらの世界への影響を考えたのだろうか。
とは言え、ルフをこの世界に連れてきている時点で影響も何もあったものでも無いのだが。
(強くなるきっかけを与えてくれた事には感謝だが、もう少し報酬でも強請ればよかったかな?)
等ととりとめの無い事を考えつつ、真夜は自分の周囲に十二枚の霊符を出現させる。すでに渚や朱音、朝陽を含め枚数は把握されている。無論、情報秘匿の観点から能力の詳細すべてを語っているわけでは無い。
「……まさか霊器だと?」
「ああ。まあこいつは件の神様のおかげで手に入ったようなもんだがな」
異世界への転移の際、神は異世界の言語が分かるようにしてくれると同時に、真夜の空っぽの器に力を注ぎ込んだ。誕生の前に真昼に譲渡した力の残滓を刺激し、器をさらに広げると同時に中身を入れた。
もっともそれは呼び水程度の量であり、そこから先は真夜の四年に及ぶ努力の成果である。
枯渇した力が蘇り、その結果、真夜は霊器を顕現させた。
「四年間、こいつや仲間達と一緒に強くなった。こっちにいるよりもよっぽど濃密な毎日だったぞ。あちこちに死が溢れてたし、敵の強さも尋常じゃ無かった。こっちで言う最上級は珍しくない上に、特級や超級なんて魔王軍にはかなりいた。ついでに言えば特級クラスなら普通に野良であちこちにいるほどだったからな」
魔王軍との戦いで様々な経験をし、強くなったと真夜は語る。
その話を聞いている面々は絶句していた。特級などこちらの世界では遭遇すれば大惨事を引き起こす存在が、あちこちに溢れているなど悪夢でしか無い。
「勇者、聖騎士、聖女、大魔導師、剣聖、武王、そして守護者の俺のパーティーで最終的に魔王を撃破した。ルフ……、あの堕天使に関しては旅の途中で契約を結んだ」
ルシファーの名前は出さずにあえて愛称を言う。もしルシファーの名前を出せば、かなり面倒なことになる可能性が高いからだ。
「まあいきなりこんなことを言われても信じられないだろうし困惑するだろうが、俺は四年間、異世界にいた。そこで強くなった。これが事実だ」
断言する真夜に誰も何も言わない。朱音などがもっと騒ぐのではと思ったが、神妙な顔で話を聞いている。
「……確かに真夜の強さや戦い方は、数多の経験に基づくものだと以前の手合わせで感じた。今の話の整合性は取れているとは思うよ」
「朝陽、お前はこんな荒唐無稽な話を信じるのか?」
「信じますよ。真夜は私達の息子ですよ? その息子の言葉を信じないでどうするのですか?」
朝陽の言葉に明乃は反論するかのように言うが、彼は笑みを浮かべながら当然とばかりに答える。
「私も同じ意見です。この場で真夜ちゃんが嘘をつく理由もありません。ですので事実だと思うべきです」
結衣もまた朝陽の意見に同意した。確かに俄には信じられない話だろうが、結衣も息子の話を信じる事にしたようだ。
「馬鹿馬鹿しい。それならばまだ前世の記憶が蘇ったなどの話の方が信憑性がある。もしくは別の何者かの魂と融合したとかな」
明乃としては過去の文献において、そう言った事例がごく稀に報告されていた事を思い出し、異世界云々よりもこちらの方がまだ信じられると思っているようだ。
「まっ、婆さんの言葉も尤もだよ。前例があるんならともかく、こんな話を即座に受け入れる親父達の方がどうかと俺は思うな」
「真夜ちゃん! 酷いですよ! ママ達は真夜ちゃんの事を信じているのに!」
「いや、悪い悪い」
だが口ではそう言いつつも、自分の言葉を信じてくれる朝陽や結衣の事を真夜は嬉しく思っていた。
「正直、すぐには信じられません。真夜君が嘘をついているとは思いませんし、事実なのでしょうが俄には信じられない話です。でも真夜君がそう言うのならばそれが事実なのでしょうね」
「あたしもそう思うわ。でも真夜が言うことだもん。信じるわよ」
渚と朱音も驚きはしているものの、真夜が嘘を言っているとは思っておらず、真夜の口から出た話は真実なのだと感じていた。
「えっ、でもそうなると真夜は僕より年上って事になるのかな」
真昼も話を信じたようだが、そうなると自分よりも年上となってしまうのではと、少しズレた感想を抱いていた。
「いや、兄貴は兄貴だって思ってる。確かに四年分、俺の方が精神年齢は高いけど。肉体的にも五分の差があるけど誤差の範囲だろ?」
真夜と真昼の出産の際の時間差は五分少々程度だったので、それを差し引いても真昼が兄であることには変わりなかった。
「俺にとって兄貴は兄貴だ。だから今まで通りの関係でいてくれると助かる」
「……うん。わかった。僕としては少し複雑だけど真夜の兄として誇らしくあれるように頑張るよ」
もう許されたとは言え過去の事や真夜に対して新たに芽生えた複雑な感情はあるものの、強くなってもそれでも兄として思ってくれる真夜の気持ちが嬉しくて、真昼は兄として誇れるように成長しようとさらに決意を新たにする。
「でもそっか、そんなに凄い経験をしたんだ」
「ああ、そりゃもうな。兄貴でもあっちの世界にいけば俺以上に強くなれるんじゃないかとは思うぞ。なにせ相手には困らなかったからな」
「真夜はそんな所で四年も戦ってたのね」
朱音は真夜がこの世界においては過酷としか言いようもない世界で戦っていたのかと、少し同情しているようだった。
「俺一人だったら、たぶん耐えられなかっただろうし途中で死んでただろうよ。でもな、俺は仲間に恵まれた。最高の仲間だって心から言える皆にな」
異世界での出会い。真夜のこれまでの人生において、何物にも代えることができない掛け替えのない存在だと心の底から言える。
最後は消えるように別れることになってしまい、後悔と寂しさが今なおある。もう二度と会うことがない戦友達。
「いい人達だったんだね」
「ああ。俺にはもったいないくらいの最高の仲間達だったよ」
朝陽の言葉に真夜はそう返した。彼らがいたからこそ、自分は肉体的にも精神的にも強くなれた。
ある意味、彼らは真夜にとってのもう一つの家族だったのかも知れない。
父や母のような自分を守り導いてくれた武王や大魔導師。兄や姉のような聖騎士や剣聖。親友にして弟みたいな勇者と妹みたいな聖女。
殺伐とした戦いの日々の中で、彼らとの時間は何よりも尊いものだった。
「色々な経験をした。だから精神的にも落ち着くことができた。悪くなかったぜ、あの四年間は」
「真夜ちゃんも苦労したけど、その分いい経験だったんですね」
「そうだな。当時は必死だったけど、今なら笑って話せる内容だな。時間があれば色々なエピソードも話してもいいけど」
「私は聞きたいですよ! じゃあ今度ゆっくり真夜ちゃんの武勇伝を聞かせてくださいね」
楽しそうに言う結衣に、真夜はまあそのうちなと言いつつ今度は祖母である明乃と向き合う。
「婆さんは納得していないだろうけど、信じる信じないはそっちに任せる。だが現実に俺は強くなった。それが答えであり結果だ」
「……わかった。お前の話をすべて信じることはすぐには難しそうだが、強くなったこと自体は受け入れるしか無い。実際にその強さを見ているのだからな」
明乃もすぐには納得できないものの、話自体を完全に否定することはしなかった。
彼女も真夜が嘘を言っているのではないと理解しているのだ。それに嘘をつくならもっとマシな嘘をつくだろう。
(……あとは)
真夜が言っていた明乃に関する件。誰を重ねて見ていたのか。それを明乃は告げなければならない。
燻る感情はどう言った物なのか明乃自身、明確に分かってはいなかった。
別段、話をすると明乃自身が言ったわけではない。だから絶対に話さなければならない事は無い。
だがそれは真夜に対する不義理になる。真夜は自分の秘密を告げた。その話が如何に荒唐無稽なものであろうとも。
自分が真夜に対して行ってきた数々の仕打ち。その根底にあったのは下らなく、褒められたものでは無い個人的な感情から来るものでしか無かった。
明乃は真夜を嫌っていたわけでも憎んでいたわけでも無い。不器用なりにも彼の身を案じ、幼馴染みである晴太のような結末を迎えて欲しくないという思いからの行動でもあった。
それがどれだけ真夜を苦しめ、傷つけていたのか。冷静に今、その事を振り返れば愚かな行為でしか無かったと思い知らされる。
才能の無い真夜を晴太のように無茶をして死んで欲しくないと言う思いと、晴太のように努力する姿を重ね、退魔師として成長して欲しいと言う感情。
(我がことながら度しがたいな。いや、これは私の愚かさか)
明乃はそう思いつつ、真夜に対して自身の胸の内を打ち明けようとした。
だが……。
「まっ、俺の話はこれで分かってもらえたと思うから、次の話をしようか。親父も来たことだし、休憩もできたからとっとと全部終わらせるとしようぜ」
真夜は明乃への追求をする事無く、朝陽へと話を振ったのだ。
(どう言うつもりだ、真夜?)
疑念を浮かべる明乃に真夜は一瞬だけ目を合わせると、苦笑したような顔をした。だがすぐにそれを打ち消すと不敵な笑みを浮かべ、再度朝陽の方へと視線を向ける。
「まったく。以前に話を聞かされた時は何を考えているんだと思っていたが、ここに来て役に立つとはね」
「あの古墳の件は俺も色々と思うところがあったんだよ。それにいいじゃねぇか。星守や六家だけじゃなく退魔師サイドにとって厄介な相手を壊滅させるチャンスになったんだからよ」
朝陽と真夜の会話に他の面々は話についていけず、二人は何を言っているんだと疑問に思った。
「朝陽さん、真夜ちゃん、二人だけでなんの話をしてるんですか? と言うよりも朝陽さん! 私に隠れて真夜ちゃんと内緒話をしてたんですね!」
「はははっ、ごめんねママ。でも情報の漏洩をさせないためにもこれは必要なことだったんだよ」
結衣の追求に朝陽は悪びれた様子も無く言うと彼女は不満そうに顔を膨らませた。
「朝陽、真夜。お前達は何をしようとしているんだ?」
どこか不吉な予感を覚えてしまった。
息子の朝陽に対して以前にも自由奔放すぎるゆえに、かなり無茶をしでかすことがあった。
特に覇級妖魔と戦ったと聞かされた時など、持っていた物を取り落とし唖然とした覚えがある。
そんな朝陽と真夜がどこか似た雰囲気を出していると感じたのだ。
「なぁに。ただ売られた喧嘩を買うだけだ。後顧の憂いを断つためにな」
そう言いながら、真夜はさらにどう猛な笑みを浮かべながらこう宣言した。
「罪業衆のトップの四罪。それを討つ」
最強の守護者が静かに動き出すのだった。
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