第九話 集合

 

 九曜を殲滅した真夜達は取りあえず、彼の自宅へと戻っていた。


 彼らが襲撃してきた痕跡は一切残っていなかった。結界内において、ルフがすべてを片付けたので真夜の部屋には惨劇の惨状が現れることは無かった。


 真夜も事故物件に住みたくは無いし、部屋が無残な状態になるのを避けられたので御の字である。


「やあ真ちゃん。大活躍だったみたいだね」


 真夜達が帰ってきたタイミングで、朝陽がやってきた。彼だけでは無い。その後ろには真昼と楓の姿もあった。


「親父だけじゃなくて兄貴達も来たのか」

「ああ。念のためにね。罪業衆が動いたとなればそれ相応の戦力が必要だし、もしかすれば星守本家や真昼への襲撃の可能性もあったからね。一人にしておく方が危険だと判断して連れてきたんだ」


 朝陽は明乃と真夜からそれぞれに連絡を受け、真昼と楓を連れてきた。


 九曜に対応する戦力に関しては、真夜達がいる時点でそこまで心配はしていなかったが、もしその隙をついて四罪が動き星守を襲撃すれば真昼一人では対応できない。


「それだと星守の本邸の守りがやばいんじゃないか?」

「構わないさ。本邸は結界を張ってはいるが、人は念のために避難させている。本邸が落ちても人が無事なら再建できるからね」


 朝陽は本邸が落ちようが、人さえ無事で最終的に自分達が勝利できれば問題ないと思っているようだ。


「流石に僕や楓だけじゃ心許ないからね。情けないけど、こうやって父さんに付いてきたんだ。楓も一人にしておくのは心配だったし」

「申し訳ありません、真夜殿」


 真昼は自分の不甲斐なさを語りつつも、それでも前を向いていた。まだ己の力が父や真夜に遠く及ばないことを理解しており、虚勢を張るべきでは無いと考えている。


 今はまだ弱い。それでも必ず強くなる決意は変わらず、自分の弱さを受け入れつつも、卑屈にならずにいるようだ。


「しかし母様から連絡を聞いた時は驚いたけど、何とかなったようで何よりだ。母様もママも無事で一安心だよ」


 朝陽は真夜がいるから心配は少ないとは思っていたが、こうして二人の無事な姿を確認できて安堵した。


「……朝陽、お前は知っていたのだな。真夜の事を」


 黙っていた明乃に問い詰められた朝陽は真夜へと視線をやると、真夜は首を縦に振った。


「ええ、まあ。知ったのはつい最近ですが」

「それに関してもこんなところで突っ立ってないで、中に入って話そうぜ。色々と積もる話もあるだろうからよ」


 真夜は皆を促すと部屋の中へと入っていく。流石にこの大人数では手狭であったが、外で話をするわけにもいかない。結界を張り、万が一の時の襲撃などにも備える。


「さてと。じゃあまあ親父達にも現状だけ説明しておくか。電話で話した後の事だが、九曜は全滅させた。罪業衆の戦力は大きく削れただろうよ」


 真夜は明乃達との合流前に一度朝陽と連絡を取り、九曜の五人を倒した状況をすでに伝えていたが、残りの四人も問題なく討伐したことを報告する。


「なんと言うか、改めて聞くと凄まじい成果だね」


 理解していたが、驚きというよりも呆れが出てくる。そんな朝陽に対して明乃が苦言を呈した。


「凄まじいどころでは無い。これが実質、真夜一人で行われた事を考えれば異常事態でしかない。いや、そもそも真夜の強さもあるがあの堕天使のこともだ。朝陽、お前はあの堕天使のことも知っていたのか?」

「……そうですね。真ちゃんが強くなっているのを知ってからですね」


 黒龍神の件は伝えずに報告する。ここで話を出せばまたややこしくなりそうだという配慮からだ。


「……なぜ私に秘密にしていた?」

「真夜からの頼みもありましたし、その方が色々と有利に進められるかと考えたからです。それに実際目の当たりにしなければ、母様とて信じられなかったのでは?」


 朝陽は真夜の頼みだけでは無く他勢力や、最近暗躍していると思われる謎の存在に対しても対処するために真夜の実力を隠した。それに口頭で伝えたとして、明乃は決して信じたりはしなかっただろう。


 朝陽とて自分の目で見ても信じられない光景だったのだから。


「……真昼。お前も知っていたな? 真夜の力のことを。いや、お前だけではない。楓もそうだな?」

「……どうしてそう思われるのですか?」


 突然話を振られた真昼は一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに平静を装い明乃に聞き返した。


「お前が今の話を聞いて、一切の動揺や驚きを見せないからだ。もしお前が真夜がそれほどまでの強さを得ていれば、何かしらの感情を見せるはずだ。それなのに、それを当然と受け入れていた。お前達だけでは無い。火野朱音と京極渚。お前達も知っていたのだろ? 罪業衆との戦闘の時でも動揺を見せていなかったし、真夜の強さに驚きもしていなかった」


 もし真夜の実力を朱音や渚が今回初めて知ったのなら、もっと真夜を問いただしていただろうし、明乃達と合流する前に話を聞いたとしても、それだけで納得できるはずがない。少なからず今も動揺を見せるはずだ。


 明乃は周囲を観察し、他の者達の様子を窺っていた。皆の反応を見て、知らなかったのは自分と結衣だけであったと確信した。


「いつからだ? いつからお前達は知っていた?」

「順番からすれば渚、朱音の方が早いな。六道幻那の事件で二人は知ったし、その後、俺の様子を見に来た親父が俺の実力に気がついた。その後に兄貴と楓だな。俺の強さを知ってるのはあと一名いるが、そいつは口止めしているし、自分から喋ることもないと思うぜ」


 もはや隠し立てすることもないと真夜は自ら明乃に打ち明けた。


 自分の力はルフを含めて明乃達に見せているのだ。他の面々に関しても隠し立てした所で真夜の知らないところで詰問されるだけだ。


 なら朝陽も含め味方になってくれる人間が大勢いる状況で打ち明けた方がいい。真昼の一件も同じだ。疑惑を持たれた時点で明乃に隠し通すことは不可能。


 幸い、この場には事情を知っている者と知っても問題ない者しかいない。


 真夜と真昼の力の件は結衣に教えるのも少し躊躇われたが、秘密にしておくと露見した時に余計にこじれそうなので、この場で朝陽などの様子も見つつ伝えるかを考えることにした。


 また関係者が全員いて、朝陽もいるので流れをコントロールする意味でもこのタイミング以外に無いと真夜は判断した。


 この場にいない氷室家の八城理人が真夜の強さを知っているが、いくつもの貸しを作っており、星守として朝陽もきっちり釘を刺しているので、彼が自ら喋ることは無いだろう。仮に喋ったとしても真夜が実力を隠した状況では一笑に付されるだけだ。


「まあ全員が俺がどうやって強くなったのかは知らないけどな」

「真夜ちゃん! それでも私やお義母様にだけ秘密にしてたなんて酷いですよ! 朝陽さんも真昼ちゃんもずるいです!」


 今まで黙っていた結衣が顔をぷくっと膨らませて抗議した。私、怒ってますとアピールしているようだった。非難の視線を真夜だけで無く朝陽や真昼にも送っている。それだけで男三人衆は視線を逸らし、いたたまれない気持ちになった。


「結衣、追求はあとでしろ。今は真夜の事を聞くのが先だ。いや、真昼達が知った件も気になる。いつだ? 六道幻那の事件の後にお前達が会うような事など無かったはずだ」


 明乃は真夜達の会話の中でその事が気になってしまった。真夜が星守にいる間は二人の中は険悪だった。


 真夜が調子に乗って真昼に話したのか? いや、それはないだろう。今の真夜からはそのような増長した人間の持つような不快な態度や感情を感じない。


 ならば朝陽か? いや、それも無いだろう。秘密にしていてくれと真夜は言ったという。ならば結衣に話さず、真昼にだけ話すなどあり得ない。


 それに実際、目の当たりにしなければ信じる事はできないだろう。


(……まさか)


 明乃の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。


「真昼がお前の力を知ったのがいつか考えるならば、先日の古墳での事件しかない。あの事件、お前も関わっていた。違うか?」

「どうしてそう思うんだ? あの件は兄貴達と朱音が解決したんだろ」

「この状況でとぼけるな。あの事件の後の真昼の態度も今思えばどこかおかしかった。そう考えれば朝陽がお前に協力を要請したとすれば辻褄が合う」


 明乃は身内以外の朱音や渚がいる状況でこの話を持ち出すのは危険では無いかという思いもあった。


 朱音はあの事件の当事者であり、真相を知っている可能性はあったが、渚は部外者であり彼女経由で京極にこの事が知られれば、面倒なことになるかもしれない。


 しかし明乃はその可能性は低いと考える。


(真夜が側に置き、朝陽も警戒が薄い。とすればこの娘をこちら側に取り込んでいる可能性が高い)


 京極渚を明乃はそれほど知っているわけではない。ただ一応、京極の名を名乗れるだけの人間の事は立場上、頭には叩き込んでいる。


(京極渚は現当主の娘。しかしその立場は微妙なものだ。真夜の実力を知り、取り込もうとしているとも考えられるが、そうだとすれば朝陽も警戒しているだろう。その状況で真夜の頼みがあったとは言え、朝陽が私に秘密にしているとは考えられない。それにすでに朝陽も京極渚に関して色々と調べているはずだ)


 息子である朝陽を明乃は過小評価していない。あのような自由な性格だが、退魔師としての実力だけでは無く、当主としての能力も決して低くはない。他の六家の当主と渡り合えるだけの力を持っている。


 朝陽とて真夜の実力を知れば、彼が他家に取り込まれるのを防ごうとするはずだ。その過程で真夜の身辺にいる人間を調べないとは思えないし、京極に対しても探りを入れているはずだ。


 それにもし渚が京極に有利になるように動いていれば、すでに京極はもっと大きなアクションを星守に対して起こしているはずだ。


 落ちこぼれと言われていたが、九曜を一人で圧倒する実力と強大な堕天使を引き連れる星守の宗家の人間を自陣営に取り込めば、名実共に京極が退魔師界の覇者になれるだろう。


 その動きが無いとすれば、渚をこちら側と明乃は判断した。


(仮に違ったとしても、まだ京極に大きな動きがないのだからこちらにアドバンテージが有ると考えていい。ならばこの状況を利用し、星守が最大限有利になるよう進めるだけだ)


 もし渚が真夜を京極に取り込もうとしているのならば防ぐ必要がある。


 散々、真夜を貶めていた人間が強くなったからと言って掌を返して一族に縛り付けようとするなど、愚かであり、恥知らずの所業と言えるだろうし、明乃自身もそう考えている。


 しかし優先すべきは一族の安寧と未来。当主を引退したとは言え、一族を守る立場にあるのは変わりない。だからこそ、明乃は朝陽の代わりに汚れ役や嫌われ役を率先して行うようにしていた。


 真夜は朝陽に視線をやると朝陽は笑顔で返す。真夜の好きにすればいい。あとのフォローはきっちりすると言外に語っているようだった。


 同時に真昼の方も見る。真昼も同じ意見なのか僅かに首を縦に振った。真昼も真夜の功績を明乃や結衣に知って貰いたいと思っていたし、自分の評価などどうでもいいと考えていたからだ。


 そんな朝陽や真昼に真夜は苦笑しながらも、話す機会は今以外に無いと思い明乃に告げることにした。


「まあ親父が俺に協力を要請したんじゃ無くて、俺が親父に頼んだんだがな。婆さんの言うとおり、あの事件に俺達は介入した。俺達って言うのは渚もだ。あの事件、渚がいなけりゃ犠牲者が出ていた可能性が高いからな。あと婆さんが心配しているだろう京極への報告も渚はしてねえ。俺のことも含めて黙っててくれてる」


 真夜は古墳での事件の自分達の介入の流れや報告を朝陽に告げたように話した。


 その報告に明乃は予想していたこととはいえ動揺し、結衣は驚きつつも真夜の活躍に目を輝かせていた。


「……何故京極には報告していない? これを伝えれば星守に対して大きな攻撃材料にもなる。いや、それだけに留まらず、秘密にすると言う条件で京極が星守に対して圧倒的に有利に立てる」

「……理由はいくつかありますが、星守君への恩があったからと言うのが大きいです。彼には二度、命を救われました。それにこれを京極本家に伝えた場合、六家の間で権力争いが大きくなります。星守君も巻き込まれることになり、恩を仇で返す事になりかねませんから」


 明乃の問いかけに渚は嘘偽り無く答える。


 もし京極が真夜のことを知れば積極的に自陣営に取り込もうとするだろう。その場合、彼の婚姻も進められるはずだ。その相手に渚が選ばれれば彼女としては喜ばしいのだが、一族内部での立場を考えれば難しいと言わざるを得ない。


 それに権力争いに巻き込まれれば、真夜に迷惑もかけるし、京極内部でも星守の血をどの派閥が取り込むかで大荒れするのが目に見えている。


 さらにこれ幸いと星守の失点をつき、他の六家を巻き込んだ醜い勢力争いにまで発展する可能性が高かった。


「謎の存在が暗躍している可能性がある今、それは誰も望まないはずです」

「だがこの事が露見すればお前の京極での立場が無くなるぞ?」

「覚悟の上です。それに元々私の京極での立場は微妙なものです。今更どうなろうが構いませんので」


 明乃の言葉に渚ははっきりと答える。明乃はここに来て、彼女を甘く見ていたと考えを改める。


(この年で政を理解しているか。なるほど、朝陽が気に入るわけだ)


 これならば逆にこの娘を星守に取り込むのもありかと明乃は考える。おそらくは朝陽も同じような考えだろう。だが今はそれよりも先に知らなければならないことがある。


「お前の事はわかった。真夜達の事やその他諸々を秘密にしてくれていたこと、また真昼達の救出に尽力してくれた事に感謝する」


 明乃は感謝の言葉を口にすると頭を下げた。年下だろうがなんだろうが、礼儀を尽くす相手であり、それだけの事をしてくれたのだから。


「……それで、真夜。一番の疑問には答えてくれるのか? どうやってお前がここまで強くなったのかを」


 明乃の言葉に皆の注目が真夜に向けられる。


「ああ。ここまで来たら話すさ。俺がどうやって強くなったのかをな」


 真夜は思い返す。自分が強くなる要因を。四年前、異世界に召喚され仲間と共に旅をし成長していった日々のことを。


 長いようで短い時間。それでもこの世界で生きた十五年よりも濃密で、死と隣り合わせで辛い思いや悲しい思いも多く誰かの死を看取り背負った日々でもあったが、確かにあの世界は、仲間達は自分を強くし、心を成長させ大切なことを教えてくれた。


 だから真夜は万感の思いを込めてこう口にした。


「俺は異世界帰りだ」


 と。

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