第七話 反撃
「真夜ちゃん?」
結衣は後ろからかけられた声に驚きながらも、息子の登場を訝しんだ。
「無事みたいだな、母さん」
真夜は母の無事な姿を確認できたことで胸をなで下ろす。
(霊符を貼り付けてたとは言え、何が起こるか分からねえからな)
予め十二星霊符を結衣に貼り付けていたため、特級クラスの上位でも無い限りは簡単に結界を破壊される事は無いのだが、それでも心配は心配であった。
相手は罪業衆の最高幹部である九曜。そのトップ二人がいる戦場だ。何があるか分からないゆえに、真夜達は急いで駆けつけた。
「来ちゃだめって言ったじゃないですか! あっ、でもそっちに他の九曜が向かっていたっていう話ですから、追いかけて来てくれたのは逆に良かったのかも知れませんね」
結衣も闇子と明乃の会話に聞き耳を立てていたので、当然息子達の危機を察していた。
さりとて目の前の九曜二人を相手に余計な隙を見せるわけには行かず、そのため行動できていなかったのだが三人の無事な姿に安堵していた。
「ちょっと才蔵達は何やってるのよ? まあいいわ。そのうちこっちに来るでしょうし、わたくしたちが捕らえてしまえばいいだけのことね」
闇子は捕縛に向かった才蔵達が仕事をしていないことに怒りを露わにするが、別に子供三人が増えたところで状況はそこまで悪化しないと楽観的に見ているようだった。
仮に押されてもそのうち他の五人が合流すれば戦力差では確実に勝るため、危機感を抱く必要もないと思っているのだろう。
「ふん。使えない奴らだ。だが三人増えても、戦力の要の明乃はもう終わりだ。あの攻撃には耐えられまい」
先の妖魔の一撃が直撃した明乃は未だに爆炎と煙の立ちこめる中にいる。如何に彼女でも特級上位クラスの直撃を防ぎきることは難しい。彼女だけでは無い。殆どの防御霊術に特化した退魔師で無ければ不可能だろう。
だがそれを可能にする術者と霊器が存在した。
ゴォッ!
爆炎と煙を霊力が吹き飛ばしす。
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
導摩も闇子も驚愕の表情を浮かべた。そこには多少衣服の乱れこそあるものの、殆ど無傷の明乃が立っていたからだ。
「これは……」
明乃自身も驚きを隠せないでいた。彼女は確かに数多くの術を習得しており、防御の術もそれなりに使えるが特級妖魔の攻撃をまともに防ぐことなど出来ない。
それを可能にしたのは真夜の霊器に他ならない。明乃に秘密裏に貼り付けられていた霊符がその力をすべて解放し、彼女を守り切ったのだ。
「婆さんも無事みたいだな」
特級クラスの攻撃も完全に防ぎきる事が可能な十二霊符だが、何度も直撃を受ければ霊力が減少していく。真夜が側にいれば即座に補充することも可能だが、離れすぎていてはそれも出来ない。
何とか消費しきる前に到着できて幸いだった。
「真夜、無事だったのか」
離れたところにいる真夜の呟きを、明乃は驚くほどはっきりと聞き取れた。孫の無事な姿を見て安堵している自分がいることに明乃は気づく。
だが同時に疑問も生まれた。他の九曜はどうしたのかと。どうやって真夜達は彼らに見つからず、ここまでやってこれたのかと。
(もし上手く遭遇せずにここまでやってこれたのなら、すぐにでも敵の増援がくる)
今のところ最悪の状況は回避された。しかし時を置けば置くほど状況は不利になる。闇子達の言葉が正しいのならば、残りの九曜はそう時間を置かずににここにやってくるだろう。
そうなればさらに状況は不利になる。
(足手まといの真夜を守りつつ、こいつらと戦う。無理だ。京極の娘と火野朱音がいても、とてもではないが対処しきれない)
現状でならば二人の参戦は戦力的にはありがたいが、残りの九曜がくればそれも焼け石に水となる。
(朝陽には結衣から連絡は入れているが、こちらに到着するまで時間がかかるだろう)
朝陽が到着すれば状況は変わる。朝陽と鞍馬天狗ならば九曜が半数でも渡り合えるだろう。上手くすれば全員を討つことが可能だ。
しかしその前に自分達が持ちこたえられるか。
(京極の娘と火野朱音を巻き込んでしまうのは後々のことを考えれば悪手だが、背に腹は代えられない。結衣と連携して時間を稼ぐ。いや、このまま撤退を視野に入れるべきか)
歯がゆいがこのまま撤退か、時間稼ぎを行うための逃走を行う必要があると明乃は考えた。
目の前の二人を討つチャンスは、もう来ないかも知れない。だが自分の感情のためにこれ以上他の者を危険に晒すわけにはいかない。明乃は苦渋の決断を迫られる。
「結衣、それにお前達。この場は退くぞ」
明乃はその場から素早く移動すると結衣や真夜達と合流し、皆にそう告げた。
「撤退ですか?」
「そうだ。このまま他の九曜に合流されては勝ち目は無い。朝陽が間に合えばいいが、あまり当てにするのは危険だ。だから……」
「なあ、婆さん」
撤退を強行しようとした明乃の言葉を真夜が遮った。
「なんだ、真夜。今はお前と話している時間は……」
「あいつらから得られる情報と全員を討伐することのメリットの差はどれだけある?」
藪から棒に明乃に問いかける真夜に彼女は険しい表情を浮かべた。
「今はそんな話をしている場合では無い。確かに九曜の捕縛のメリットは大きいが、奴らは国から危険指定を受けている。下手に生け捕っても危険と判断されている以上後々の事を考慮してもこの場で討伐できるのなら……」
時間が無いと言いつつも、できればそうしたいと言う思いもあるのだろう。明乃は真夜に対してそう告げた。
「わかった。じゃあそうするか」
直後、この空間を新たな結界が覆い尽くした。同時に天上を突き破り何かが飛来した。
それは闇子の使い魔である双頭の狛犬の身体を押さえつけながら、そのまま地面へと叩きつけた。
土埃を巻き上げ、その中心で漆黒の六枚羽が大きく広げられた。
八咫烏では無い。それは堕天使ルシファーだった。
「Aaaaaaaaaaaaa!!!!」
圧倒的な気配と霊力を放つルフの力で、すでに狛犬は絶命していた。
さらに真夜も動いた。その霊力を解放し、一気に九曜達へと襲いかかるのだった。
◆◆◆
時は少しだけさかのぼる。
真夜達が閉じ込められた結界の内部にて起こったのは一方的な蹂躙だった。
九曜の五人は明らかに油断と慢心をしていた。朱音や渚に対しては多少の警戒はしていたが、真夜に関してはまったくと言っていいほど眼中に無かった。
結果。それが致命的なミスであると思い至る時間を、彼らは持つことはできなかった。
才蔵との会話が終わった直後、真夜は十二星霊符を五枚用いて結界を上書きした。そこへほぼ同時にある存在が出現した。漆黒の堕天使・ルシファー。
真夜は最初から全力を解放した。すなわち、自らの力の解放とルフの召喚を何の躊躇もためらいも無く行ったのである。
「Aaaaaaaaaaa!!!!」
二つの驚愕の出来事が才蔵達の意識を完全に硬直させた。
九曜からすれば、あるいは真夜の実力を知らぬ者からすれば当然と言えば当然の反応であったのだが、その隙はあまりにも致命的だった。
真夜とルフの姿がかき消える。
ルフが最初に目を付けたのがこの場で一番実力が高く、危険と判断された才蔵であった。
覇級クラスのルフの容赦の無い必殺の一撃。真紅の炎がその手に顕現するとそのまま掌を才蔵の身体に押し当てる。
「っっ!!!???」
全身に深紅の炎が広がると断末魔の悲鳴を上げる間もなくその肉体は消滅した。彼らの魂はその真紅の炎により焼き尽くされることにより浄化されてしまいこの世界に留まること無く冥府へと送られた。
真夜もまた強い相手を順に撃破すべく動いた。
革ジャンを着込んだ相手、鬼頭国彦に全力の拳を叩き込み、体を上下真っ二つに砕く。
「ルフ!」
「Aaaaaaaaa!」
その二つになった身体にも炎が放たれると無慈悲にその肉体は消滅する。
数秒の間に起こった事態に残る修道服を着た村雨暁闇と、黒い喪服の女性の黒部貞世、そしてタンクトップ姿の真壁久臣は臨戦態勢を取った。
九十九才蔵は違うが、鬼頭国彦を含めた残りの四人の九曜も妖魔の力をその身に宿し、一時的に妖魔に近い存在へと変化することで強大な力を得る術者達であった。
鬼頭国彦は鬼の力を宿し、強靱な肉体と妖術を操る存在に変貌し、力と妖術の二つを用いて相手を蹂躙する。
村雨暁闇は鉄鼠の能力を宿し、巨大な鼠に変貌し配下の鼠を駆使し、数の暴力を持って敵を倒す。
黒部貞世は背中から蝙蝠のような羽を生やし、吸血鬼の能力を操り不死に近い肉体と術を運用し、敵を粉砕する。
真壁久臣は子泣きじじいの能力を有し、その身体を石の様に重くすると同時にその身体をも硬質な石へと変化させ、そのまま戦うことができる。
しかしそれらはすでに遅すぎる行動であった。
彼らが能力を発動する前に、あるいは発動させる瞬間には真夜もルフも次の相手へと攻撃を仕掛けた。
ルフは黒部貞世に、真夜は真壁久臣にそれぞれ襲いかかる。相性の問題もあっただろうが、吸血鬼そのものというわけでは無い貞世と神話にも名を連ねる最強の堕天使とでは比べるのもおこがましい差が存在した。
貞世が全力の妖術を放とうとも、不死に近い肉体を持とうともルフの前では無意味。真紅の炎をもって、その肉体を焼き尽くしていく。
どれだけ再生しようが、再生すら追いつかぬ程に身体が焼かれていく。擬似的な不死でしかない貞世の能力では無限に再生する事は不可能であった。
そう時間をおかずに、彼女の身体は消滅し二度と再生することは無かった。
久臣においても硬化し硬い石となり、重量も増した状態で防御を行おうとしたが、真夜は三枚の霊符を用いて増幅した一撃をその身体にぶち当てる。石が粉々に砕けるように久臣の身体が粉砕された。
反撃さえもろくにできないまま、九曜五人のうち四人が討ち取られた。
残る暁闇は何が起こったのか理解できないまま、最期の時を迎えようとしていた。
「な、なんだ! お前は、お前達は一体!?」
大鼠の姿になったはいいが、まるで勝てる気がしない二人に動揺が隠せない。星守の落ちこぼれがこのような凄まじい力を持っているなどと聞いていない。
だがそんな暁闇に対しても真夜とルフは手を緩めることはない。何も答えぬまま、真夜が暁闇の横を通り過ぎざまにその右腕を振るい、まるで死神の鎌のように頭と身体を二つに分ける。
「Aaaaaaaaaa!」
ルフが止めとばかりに暁闇が復活しないよう、炎で完全に焼き尽くす。
ここに九曜五人は無残にも散ることになるのだった。
◆◆◆
「これで完全に終わりかルフ?」
真夜がルフに確認を取るのは念のためであった。妖術師であるのならば何らかの再生手段や身代わり、復活の手段を持っているかも知れないからだ。
あるいは今倒した相手が仮初めの肉体で、本体が別にいる可能性もあった。
だからこそ結界を展開し、外界と遮断しルフによる索敵を行ったのだ。
真夜の問いかけにルフは首を縦に振った。この場に現れた五人はいずれも本体であった。また肉体が消滅した場合、別の肉体へと魂が転写される術が無いかも警戒し、早々にルフが冥府へと魂を送り出した。
ルフの力による強制的な昇天だ。これに介入できる術者はおそらく存在しないだろう。仮にいたとしてもそんな事をすればルフが即座に気づくはずだ。
「そうか。なら結界を解除して婆さんと母さんを追うか」
真夜もいつまでもここに留まるつもりは無い。早く二人を追って援護しなければ向こうにも危険が迫っているはずだ。
「ん? どうしたんだ二人とも?」
そんな中、朱音と渚はどこか遠い目をしていた。
「いや、分かっていたことなんだけど真夜って容赦ないわよね。しかもルフさんを躊躇無く召喚するとか」
「当たり前だろ。長引かせても不利になるんだし、生け捕りにする気も無かったからな。さっさとルフを召喚して相手を蹂躙した方が効率的だろ?」
「それはそうなのですが、国内最強最悪と言われた妖術師集団の幹部五人を瞬殺と言うのは流石に……」
朱音も渚も真夜ならばこのくらいはできると理解していたのだが、こうも簡単に余裕を持って事を成されるとどう反応していいものかと悩んでしまう。
「相手が相手だったし、時間も無いからな。余裕があれば朱音と渚の経験をとも思ったが、相手を侮るのは危険だからな」
「はぁ、もういいわよ。それよりもこのまま追うのよね? ルフさんもこのままで?」
「ああ。いちいち戻ってもらうのも悪いしな。俺の霊符があればルフの隠形も可能だ。っても数枚は必要だがな」
召喚し続けるコストやリスク、霊力の消耗もあるので、長時間は難しいがもう一戦くらいならば可能だろう。
「そうなのですね。では私達は引き続き真夜君のサポートに回ります」
「そうね。戦いじゃ多少は役に立てるでしょうけど、万全を期すためにはそっちの方がいいわね。あたしの場合は渚ほどじゃないけど、足を引っ張らないようにするわ」
「頼む。この埋め合わせはまたさせてもらうさ」
「いいわよ、そんなのは。それよりも早く行きましょう。真夜のお母さん達が心配だわ」
「はい。式神も問題なく追尾しています。そう遠くない場所なのですぐに合流できるかと」
「わかった。じゃあ行くぞ」
真夜の言葉に全員が頷くと、彼らは明乃と結衣を助けるために残りの九曜がいる場所へと向かうのだった。
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