第六話 星守明乃
「………今、何と言った?」
一瞬、表情を凍り付かせた明乃だったがすぐにポーカーフェイスに戻っていた。
「あら、聞こえなかったのかしら? 貴方のお孫ちゃん所に九曜が五人向かってるって言ったのよ」
どこか勝ち誇る闇子の言葉に内心で馬鹿なと明乃は思った。九曜の五人がたかだか一人を拉致するために動いたなどと信じられなかったのだ。
いや、そもそもこのように九曜が大人数で同じ目的のために行動を起こしていること自体が異常であった。
「才蔵に捕まった奴の末路は悲惨なものだ。お前の孫もどんな風にされているかな」
導摩もまた明乃の動揺を誘うような言葉を放つ。
「馬鹿な。九曜が全員動いているというのか? しかもそのうちの半数が真夜を拉致に向かっているだと?」
「その通りよ。もうすぐ才蔵がお孫ちゃんを連れてくるんじゃないかしら? 人質がいたら貴方も戦えなくなるんじゃ無いの?」
「ふん。孫の命を惜しんでお前達を倒す機会を見逃すほど耄碌してはいない。それに私が抵抗をやめたところでお前達が真夜を解放するとは思えん。ならば孫には悪いが、お前達を倒すことを優先させてもらう」
非情にも明乃は二人にそう言い放った。口調にも声色にも一切の変化はない。馬鹿馬鹿しいと切り捨てると共に、明乃は更なる言葉を二人に投げかける。
「それにあの場には他にも火野の娘と京極の娘もいた。その二人にもしもの事があれば、お前達は六家の中の最大派閥の京極と火野までも敵に回す。星守を含めたこの勢力に対抗できると本当に思っているのか?」
「あら。わたくしたちの心配をしてくれているの? でもご心配なく。今の罪業衆は貴方達とまともに戦える自力があるの。それにその二人にしても人質として有効活用できるって思わないのかしら?」
「真夜はともかく火野朱音と京極の娘はそう易々とは……」
「いくら京極と火野の娘とは言え、青二才と落ちこぼれの三人が九曜の五人に勝てると思っているの?」
「貴様……」
闇子の言葉にちっと明乃は舌打ちする。自分達だけで無く他の六家に対しても行動を起こそうと考えているなど想定の範囲外だった。
星守だけでは無く、火野と京極にも牽制材料として使えると闇子は言う。特に朱音は先日の件で名を上げ、彼女の価値は高まっている。
いくら罪業衆に拘束されたとは言え、相手が九曜複数となれば大半の者は相手が悪かったと思うだろう。
「ふふふ。明乃、わたくし達を討つんでしょ? それに早くしないとお孫ちゃんが大変な目に遭うわよ?」
「結局の所、お前も孫は可愛いのだろう。気づいていないのか? 貴様、僅かに身体が震えているぞ」
「……なんだと?」
明乃は導魔に指摘され、自らを顧みる。それは自分自身でも殆どわからない程のものであったが、確かに微かに身体が震えていた。
(なっ、私が動揺しているだと?)
あり得ないと自分自身の変化に僅かに目を見開く。
「うふふふ。貴方が嫌いなお孫ちゃんでも、身内が死ぬかもしれないとなったら動揺するみたいね。まあ貴方は昔に似たような事があったから仕方が無いのかしらね~」
ドクンと明乃の心臓が鼓動した。明乃は一瞬、能面のような表情になるが、すぐに怒りの形相へと変化した。感情に左右されるがごとく全身から突き刺すような霊力が解放される。
「黙れ。今すぐに貴様らを討ち滅ぼしてやる!」
「がはははは! 出来るものならばやってみろ! そしてお前もあの男……星守晴太(ほしもり せいた)の後を追わせてやろう!」
「っ! その名をお前達が口にするな!」
「あははは! いい顔ね、明乃! そう言うのを見たかったのよ!」
「先ほどは不覚を取ったが、ここからが本番だ!」
導魔が新たな呪符を取り出すと、それらを牛頭と馬頭に向けて投擲した。すると二体の傷が見る見る回復していく。さらに変化はそれだけでは無い。馬頭の頭部に一本の角が生えた。さらに牛頭の角も二回り以上巨大化した。
――モォォォォォォォォォォォ!!――
――ヒヒィィィィィィィィィン!!――
二匹が雄叫びを上げると馬頭の身体周辺に風が吹き荒れ、牛頭の身体には雷が纏わり付いていた。
「これは!?」
「がはははは! これこそがこの二体の真の姿だ! 先ほどと同じように行くとは思うなよ?」
ギリッと明乃は唇を噛みしめた。風と雷をそれぞれに纏う特級妖魔。ただの妖気よりも属性の加わった妖気の方が厄介である。迂闊には近づけないし、先ほどのような攻撃は二度と通用しないだろう。
(だがそれでもこいつらはここで仕留める)
明乃の脳裏に一瞬だけ真夜の姿が浮かんだ。今、真夜は危険に晒されているかもしれない。九曜が五人がかりでは如何に結衣の結界や朱音や渚がいても太刀打ちできるものではない。
(奴らの言葉が正しければ、人質にされるために生かされるはずだ。まだ助けるチャンスはある)
いざとなれば見捨てるしか無い。孫の命に対して天秤にかける物が大きければ大きいほど、真夜を切り捨てるのを躊躇うことはしない。
それでも本心ではギリギリまで見捨てる事を明乃はしたくは無かった。
(もう二度と、あんな思いをするのは嫌なんだ。だから……!)
明乃は再び右手の指で三枚の霊符を持ち、左手の指には短刀を構える。
「その強がりがどこまで持つか楽しみね。じゃあ勝負と行きましょうか。貴方がわたくしたちを倒すのが先か、それとも才蔵達がお孫ちゃんを連れてくるのが先か」
「来る前に終わらせてやる」
明乃は四対一の不利な状況の中、それでも勝つために行動を起こす。
いや勝つためでは無い。守るために……。もう二度とあんな思いをしないために……。
(ああ、そうだ。真夜を晴太のような結末にさせないためにも私は!)
脳裏に蘇るのは今は亡き従兄弟であり、友人であり、生意気な弟のような存在。
あいつと同じ結末を歩ませないために、明乃は真夜に辛く当たり退魔師にさせないようにした。
けどこれでは同じでは無いか。自分のしてきたことは何の意味も無かったのではないか。そう思えてしまった。
―――あんたは俺と誰を重ねてみているんだ?―――
不意に真夜の言葉が響いた。
(晴太……! 真夜……!)
だが戦闘中に他の事に気を取られたのは致命的だった。
「っ!?」
「遅いわ!」
「捕らえたわよ!」
動きを誘導された。闇子と導摩が呪符を投擲し、二体の妖魔が明乃に接近することで、彼女の行動は制限され、まんまと回避が困難な状況に追い込まれてしまった。
(しまっ……)
闇子と導摩の呪符を霊符と短刀で迎撃し、牛頭の攻撃を回避するために跳躍してしまった。空中では動きが制限される。そこへ馬頭が攻撃を仕掛ける。距離がまだあったことで見誤った。
馬頭がその口をかぱりと開けると、そこに妖気が収束した。収束された妖気は一筋にまとまりまるでレーザーのように明乃へと放たれ彼女を直撃し彼女を巻き込み巨大な爆発を生むのだった。
◆◆◆
それはもう五十年以上昔の話。まだ明乃が幼かった頃の話。
当時の星守一族も最強の名を欲しいままにしていた。だがそんな中でも一際、若手で優秀であった人物がいた。星守明乃である。
当時は短く切りそろえられたショートヘアで女性の平均よりも身長が高く、王子様のような格好良さがあった。霊力も星守の中でもずば抜けており、習得できる術の幅も広く天才と評されていた。
先日の星守の秘術の守護霊獣の召喚と契約も最上級クラスの力があり、さらに導きの鳥とも言われる八咫烏と結び、大人達の度肝を抜いた。
だが女と言う事で当主の地位に着くのは難しいだろうと言われた。退魔六家も含め、女傑と言われた女性の退魔師は数多く存在したが、当主の地位に着いた者は数える程しかいない。
それも嫡子たる子が亡くなり、やむを得なく当主の地位に据えられ、あとはご意見番達が政を執り行うという形だ。当時でも女性の社会進出は取りざたされていたが、まだまだ社会的に弱く、古い因習の残る退魔師の世界では女性が頂点に立つと言う事は好まれていなかった。
そもそも明乃自身もそこまで当主の地位に興味は無かった。現当主である父も明乃の才を認め褒めてくれていたが、可愛い娘には良き人と婚姻を結び、危険の少ない人生を歩んで欲しいと願っていた。
同年代では一族以外でも殆ど敵無しであり、一流の退魔師にも引けを取らないほどの使い手に成長していた明乃。
だがそんな中でも陰口は当然あった。
―――女のくせに―――
―――星守だから―――
―――あいつは特別だから―――
―――恵まれていて、何でも出来るから―――
―――俺達の苦労なんてわからないくせに―――
女であり、同年代では頭一つどころか飛び抜けていた故の孤独。
さらに明野自身、天才肌であり他人が何故こんなことも出来ないのかわかっていない事があった。
だから冷たい印象を与えてしまった。
天才故の孤独。何も知らないくせに。そう思ってしまう。
明乃とて何の努力もしていなかったわけでは無い。確かに人よりも優れており、他の者達よりも格段に早く成長できた。でもその努力の証は他人には分かりづらかった。
女だからと言うことで蔑まれ、才能がありすぎた事で周囲との軋轢が大きくなりすぎた。
でも……。
「勝負だ、明乃! 今日こそはお前に勝ぁっつ!」
そんな中、たった一人馬鹿のように明乃に突っかかってくる奴がいた。
星守晴太。明乃の一つ年下の従兄弟。だが星守の中では落ちこぼれと言われた少年だった。
「はぁ。またか晴太。これで何度目だ?」
「百から先は数えてねえ!」
「それは自慢できることか?」
毎日毎日、時間がある時は必ず一日に一回は飽きもせずに明乃に勝負を仕掛けてきた。
彼は明乃どころか、同じ同年代の星守の中でも落ちこぼれだった。
流石にかつての真夜ほどではなかったし、その実力は普通の退魔師の平均程度はあったが、星守や六家の退魔師と比べれば明らかに劣っており、彼は落ちこぼれと言われた。
霊力も平均的。使える霊術も限られており、どちらかと言えば補助が得意であった。属性の霊術は一切使えなかったが、それでも霊力を放出したり、収束して放ったりと単純霊力による攻撃系の霊術は使えたので、退魔師として一人で活動できる最低限の能力は有していた。
「うるせぇ! 俺と俺の守護霊獣! 今日こそお前達に勝つ!」
「ニャーン!」
晴太の足下には体長五十センチほどの可愛らしい白い猫がいた。しかしその尾は二つ存在している。
猫又。それが晴太の守護霊獣であった。
「はぁ……八咫」
ため息を吐きつつ、明乃は八咫烏を召喚すると晴太と向き直った。
「八咫。いつも通りほどほどに。晴太、仕方が無いから相手をしてやる」
「今日こそは吠えづらかかせてやる! いくぞタマ!」
「ニャーン!」
一人と一匹はそのまま勢いよく明乃と八咫烏に飛びかかり、ものの一分もしないうちに敗北した。
地面に大の字に倒れる晴太とグデーッと仰向けになって腹を見せる猫又のタマ。
「だから言っただろう。お前では私に勝てないと」
「う、うるせぇ……。今日がダメでも明日、明日でダメでも明後日……いいや、いつの日か絶対にお前を倒す!」
顔を腫れさせながらも、どこまでも自信満々に言い放つ晴太に明乃はあきれ顔をする。
「諦めないのか、お前は? 力の差は分かっているだろう?」
「だからって諦められるか! 俺は絶対に、何があっても強くなるんだ!」
「落ちこぼれのお前がか?」
「落ちこぼれって言うな! 確かに俺は落ちこぼれかも知れないけどな、努力なら出来るんだ! 努力して努力して、必ず強くなる! タマだって同じだ! 俺が強くなればタマも強くなれる!」
「ニャン!」
上半身を起こして明乃に宣言する晴太の言葉に力強く反応するタマ。彼らはどれだけ敗北を重ねても決して諦めようとはしなかった。
「お前は……」
「このまま負けたままで終われるかってんだ」
晴太だけだった。明乃に対してこのように接するのは。周りはあいつには勝てないと諦め、陰で女だと言うことで馬鹿にし、自らを慰めている者達ばかりだったが晴太だけは違った。
周囲からは無駄な努力だとあざけり笑われながらも、それでも諦めず毎日明乃に勝負を挑み続ける。
晴太は明乃が女だからだとか、天才だからとか、当主の娘だからなどの理由による言い訳を一切しなかった。ただ強い明乃に勝つと宣言し、公言し、何度も何度も戦いを挑んだ。
ただ負けたくない。明乃に勝ちたいと言う一身で愚直に強くなろうと努力を続けていた。
「それでお前に勝って俺は当主になるんだ! 見てろよ、明乃! 強い当主になる!」
「なぜそこまで当主になりたいんだ?」
「っ! い、いいだろ! 別に! 当主って事は星守最強って事だろ! それを目指して何が悪いんだよ!」
何故か顔を真っ赤にして明乃に反論する晴太に疑問を浮かべるが、確かに星守の宗家の人間ならば当主になりたいと思うのは当たり前かと結論づける。
「今のままでは無理だな」
「うるせぇ! だったらもっともっと努力して強くなってやる! 覚えてろよ、こんちくしょう!」
「ニャンニャンニャン!」
盛大に負け台詞を吐きながらタマと一緒に逃走する晴太の後ろ姿を見ながら苦笑を浮かべる。
明乃自身、晴太とのやりとりを楽しく思っていた。彼だけだった。当主の娘で天才と言われる明乃に対して本音で本気でぶつかってくる相手は。だから知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。
「まったく。あいつは」
晴太が努力する姿を見て、自分も腐っている場合ではないと気持ちを新たにする。不甲斐ない自分を晴太に見せたくない。
それは明乃の初恋だったかも知れない。彼女自身、気づくこともなかった淡い想い。ただ一緒にいるだけで心地よかった。
いつからか日々の中で、晴太との時間が何よりも尊いと感じていた。
でもそんな日々は唐突に終わりを告げる。
晴太は死んだ。
彼を殺したのは一匹の最上級妖魔だった。
晴太が赴いた退魔の仕事。簡単な仕事のはずだった。他の星守の人間と共に赴いた仕事自体は問題なく終わった。その後だ。事件が起こったのは。
依頼を終え、帰還しようとした際に別の事件に巻き込まれた。
当時まだ健在であった六家に次ぐ実力を有していた一族の数人が、最上級妖魔と戦闘になっていた。明らかに彼らの実力では手に負えない相手。
だがこのまま放置しておけば、その退魔師達は全滅した上に妖魔を取り逃がし一般人にまで被害が及ぶ可能性があった。
晴太は殺されそうな彼らを見過ごせず、危険ではあったが、星守として見過ごす事は出来ないと加勢した。
だが加勢した晴太達に想定外の事態が発生する。その一族の者達は晴太達を囮にして自分達だけが逃げたのだ。まだ彼らが援護してくれれば互角以上に立ち回れるはずだった。
しかし彼らは晴太達の姿を確認すると、妖魔の相手を押しつけた。この行動には流石の晴太達も唖然とした。だが妖魔は待ってはくれない。
晴太達はそのまま最上級妖魔と戦うことになる。
結果だけ見れば相打ちだった。晴太は妖魔に半身を喰われながらも、命のすべてを霊力に変換し妖魔に致命傷を与えた。だが晴太は帰らぬ人となった。
亡骸となり帰還した晴太は身体の右半分を喰らい尽くされ、見るも無惨な姿だった。守護霊獣の猫又のタマも彼と共に命を落とした。
その姿を見た明乃はかつて無いほどに取り乱した。
「晴太、晴太、晴太っ、晴太ぁぁぁぁっ!!!」
いくら叫んでも彼はもう何も言わない。ただ冷たくなった手を明乃は握り続け、泣き続けた。
この事件について当然、星守としてはその一族に抗議した。しかし相手側が当事者を処分して終わりを見る。
星守の当主であり父がこれ以上騒ぎを大きくする事を良しとしなかったのと、ご意見番達が裏取引をしたことで幕引きとされた。
また随分と後に知ったことだが、この妖魔は闇夜と導摩が解き放った物だった。だからこそ明乃は二人に強い怒りを抱いた。
それ以上に彼女を愕然とさせたのは死んだ晴太の扱いだった。
彼の死を悼んだの明乃ただ一人だけだった。
皆が言う。
実力も無いくせに明乃に突っかかり、最期には死んだ愚か者。
最上級妖魔と相打ちならば名誉の死だな。
落ちこぼれにしては悪くない最期だった。
星守の落ちこぼれが死んでも、星守自体には何の影響もない。
(やめろ。晴太を悪く言うな。あいつは落ちこぼれなんかじゃない)
悲しかった。辛かった。苦しかった。
他家の問題に首を突っ込まなければ、晴太は死ぬことはなかったのではないか。
ゆっくりではあるが、着実に強くなっていた。このまま成長を続ければ、明乃には及ばずとも、落ちこぼれとは言われない程度の実力を身につけられたのではないか。そう思っていた。
いや、そもそも無茶だったんだ。自分に追いつくために必死に努力する彼が、最期には無駄な努力などと言われた。
他人を助けるために、自分を犠牲にするなど愚かでしかない。
明乃は思った。他家に関わるべきではない。そして晴太を死なせる原因を作った相手に星守として甘い対応をする父もご意見番も許せなかった。
だから明乃は自分が当主になること誓った。晴太が果たせなかった夢を代わりに果たすために。
当主となり、彼女は古い体制を変えようとした。また他家との関わりをできる限り減らした。
そして月日は流れ、明乃に孫が生まれた。
その孫の片割れは、晴太と同じく、いやそれ以上に退魔師としての素質がなかった。
でも晴太と同じく必死に努力していた。晴太が明乃に勝つために努力したのと同じように、兄に負けないように必死に努力していた。
本当は応援してやりたかったのかも知れない。晴太が果たせなかった事を代わりに成してもらいたいと思っていたのかも知れない。
もし晴太と同じようになってしまったら。もし真夜まで死んでしまったら……。
相反する二つの思いが明乃の中で生まれた。だからこそ、何もかもが中途半端になってしまったのかも知れない。
どっちつかずの愚かな選択とも言えない選択。口では孫を蔑みながらも心のどこかで期待していた。
重ねてしまった。晴太と真夜を。似ていないはずなのに期待してしまう。
晴太が果たせなかった願いを叶えて欲しいと……。
(ああ、そうか。愚かだな私は)
勝手に期待し、でも彼のように死んで欲しくないから辛く当たって……。
いや、辛く当たっていたのはたぶん彼が自分を残して死んだから晴太への怒り。自分にいつか勝つと約束して、当主になると宣言して、一人で勝てない相手に無茶をして死んだ晴太。
それを真夜へと無意識にぶつけていたのだろう。
(最低だな、私は……。しかも結局真夜を苦しめるだけ苦しめ、危険に晒すだけでしかなかった)
自分は晴太を蔑んだ者達と同じだ。いや、それよりもよっぽどたちが悪い。こんな自分を見たら、晴太は怒るだろうし見損なうだろう。それだけの事をしてきた。今更謝ろうが反省しようが遅い。
真夜は決してこんな自分を許さないだろうし、朝陽や結衣も同じだろう。
(だがそれでも……)
まだ死ねない。真夜が危険に晒されているのなら助けなければならない。例えこの命に替えても。
(もう、失うのは嫌なんだ!)
直後、攻撃が直撃する明乃の身体を淡い光が包み込んだ。
◆◆◆
「やるじゃない。でもお遊びはここまでだよ」
「俺達もそろそろ本気を出そうか」
九曜の二人を相手していた結衣の方でも動きがあった。占部一と阿久津陣はそれぞれに妖気を解放する。
先ほどまでよりもさらに不気味な妖気を纏う二人に、結衣の顔には一筋の汗が流れる。
二人は懐から呪符を取り出すと徐に自分の身体に貼り付けた。すると彼らの身体に変化が現れる。
一の背中から巨大な赤い蟹のような腕が六本生えてきた。
陣の方は言うと身体が膨れあがり、顔は凶暴な猿のように変化していった。
「これは!?」
罪業衆が最高幹部たる九曜の術。闇夜と導摩は使い魔を操りそれを強化する術を得意とする。
ならば他の九曜も同じなのかと言うと、彼らは別の術を用いていた。そもそも闇夜や導摩のように強力な使い魔を使役することはかなりの難易度であった。
しかし九十九才蔵が妖魔の力を自らの力に変換する術を編み出した。それを実験がてらに罪業衆内にばらまき適性を見た。
最初は適合できずに死ぬ者もいたが、元々適性の高い者や九曜の名を得ていた者達は問題なく習得し、自らの力にした。
戦闘能力が格段に向上し、並の退魔師では複数人が相手でも簡単に蹴散らされる。
この二人もそれぞれに妖魔の力を封じ込めた呪符を用いることで、その力を解放し自らの力へと変換することで本来の何倍もの力を得ることが出来るのだ。
結衣は今まで以上に恐ろしい妖気と威圧感を放つ二人を前に、冷や汗が止まらなかった。
片方が甲殻類系の妖魔、もう片方は狒々の力だろうか。だがどちらも最上級妖魔クラスの力だ。如何に強化されていても、結衣一人では決して勝つことが出来ないであろう存在達。
(それでもお義母様があの二人を相手に頑張っているんですから、私だって!)
時間稼ぎではない。相手を行動不能にするための封印術を発動させようとする。
尤もその前に状況が変化した。
「お義母様!?」
妖魔の攻撃が直撃した明乃の姿を視界に収めた結衣は驚愕に目を見開いた。それが致命的な隙になった。
結衣の眼前にまで迫る二人。豪腕と化け蟹の腕が彼女に襲いかかる。結衣は霊符で結界を展開するが、数瞬の拮抗の後に呆気なく破壊された。絶望が結衣を襲う。
だが……。
カッと彼女の眼前に今まで以上に強力な結界が展開された。
「これは!?」
見れば一羽の式神のツバメとその背中に貼られた見たことも無い霊符があり、信じられないほど強力な防御結界が展開されていた。
「なんなんだ、これ!?」
「くそっ! こいつ壊れねえぞ!?」
一と陣の攻撃が一切通用しない。それどころか結界が二人を押し返した。
「これって一体……」
「どうやら間に合ったみたいだな」
呆然とする結衣に後ろから声がかけられた。ハッと結衣が後ろを振り返る。
「真夜ちゃん?」
そこには結衣の息子である真夜が、その後ろには朱音と渚がいたのだった。
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