第五話 九曜の猛攻

 

「さあ、明乃! わたくしたちの新たな力を存分味わいなさい!」

「舐めるなよ! 八咫(やた)!」


 八咫と明乃に名を呼ばれた八咫烏が翼を大きく広げると口内から赤い光を溢れさせた。嘴から炎が溢れ出し、八咫烏は巨大な炎弾をはき出した。


 一メートルにはなろうかと言う炎の塊は、火野一族の上位の術者が扱う炎の術に比べてもなお勝っているのでは無いかと思われるほどの威力を有していた。


 しかし融合した狛犬も負けじと獅子と犬の口から黒い炎を撃ち出すと八咫烏の炎を相殺する。


「結衣! 自分の身を守るのを最優先しろ! 私への援護はしなくてもいい!」

「ですが!」

「これは命令だ! それにお前の相手も一筋縄でいく相手では無い!」


 結衣が相対しているのは、罪業衆の小学生くらいの少年である占部一と、ヤンキースタイルの阿久津陣の二人であった。


 見た目はともかく、九曜の一員である二人が弱いわけが無い。さらに結衣は嫁いできた人間なので、当然星守の守護霊獣を有しておらず、補助能力こそ高いが直接の戦闘力が突出している訳でもない。


「ふふっ。お姉さん、ボクと遊ぼうよ。きっと楽しいよ?」

「おうおう! 綺麗な姉ちゃんじゃねえか。俺といいことしようぜ!」

「お生憎ですけど、私は人妻で二児の子持ちです! お誘いは丁寧にお断りさせて頂きますね!」


 結衣は霊符を構え、二人を牽制していく。


「ママならなおいいね! ねえねえ、ボクのママになってよ!」

「人妻ってのは燃えるな。俺が寝とってやるよ! 旦那とは比べものにならねえほどに満足させてやるぜ!」

「結構です! それに私を甘く見ないでくださいね! こう見えて、星守朝陽の妻なんですから!」


 霊符を投擲して、相手の体勢を崩そうと画策する。


(直接倒せなくても、封印術を用いて相手の動きを止めれば……。けど今日はなんだかいつもより調子がいいですね! 何ででしょうか……でもこれなら!)


 彼女はいつもよりも身体の調子と霊力が高いことに疑問を浮かべたが、状況が状況なので自身の変化を気にするよりも相手を打倒することを優先した。


 この結衣の変化は当然、真夜の霊符によるものだった。霊符により高められた彼女の力は、かなり高まっており九曜の二人が相手でも拮抗できる程であった。


 気丈に罪業衆を相手に立ち回る結衣の姿を何とか視界に収めながらも、明乃は自分自身が劣勢に追い詰められているのに気づいていた。


(結衣は善戦しているが、それもどこまで持つか。いや、私も余裕はあまりない。まさかこちらよりも強い戦力を整えてぶつけてくるとは。いや、これは私の見通しの甘さだ! 奴らの力の上昇を見誤っていた!)


 己の認識が甘すぎた。四罪ならばともかく九曜がこれだけの力をつけていたのは計算外だった。まさか常世闇子が自身の守護霊獣と同格の使い魔を操るなど想像もしていなかった。


 それに計都である毒島導摩の使い魔もまた脅威と言わざるを得ない。闇子の使い魔には劣るが、それでも特級下位クラスが二体。その手にはそれぞれ柄が長い巨大なまさかりと長刀が握られている。


 三体の特級妖魔に九曜のトップが二人。如何に明乃と守護霊獣でも苦戦は必死だった。


(結衣の方も気がかりだ。今日の結衣はいつも以上の力を感じるが、向こうも九曜ならばかなりの手練れ。しかしこいつらも…!)


 八咫烏が空から三体の使い魔を牽制しているため、何とか拮抗できているが、それもどこまで持つか分からない。


「うふふふふ! 流石に手強いわね、明乃! それに空を飛ぶ相手は厄介ね」

「お前達に遅れを取る私では無い。それにいつまでも調子に乗るなよ」


 明乃は相手に自分が追い詰められていると悟らせないように虚勢を張る。


「その余裕がいつまで持つかしらね! でも空を飛ぶのは貴方の守護霊獣の専売特許じゃ無いわよ?」

「何?」

「見せてあげるわ。わたくしの奥の手を!」


 闇子はもう一枚の呪符を取り出すと、それを狛犬に向けて投擲した。呪符が狛犬の体表に触れると、ずぶずぶと身体の中へと入り込んでいった。次の瞬間、狛犬の背中に漆黒の鳥のような翼が出現した。


「馬鹿な!?」

「あははは! いい顔ね、明乃! これで貴方の守護霊獣の優位は薄れたわよ! 行きなさい!」


 闇子が命じると、狛犬が翼をはためかせて飛翔した。空を飛ぶ四足歩行の獣が、縦横無尽に空を駆ける。


 ―――オォォォォォォォン!―――


 雄叫びを上げ、狛犬は八咫烏へと肉薄する。二体は建物の屋根を突き破り、空中で激しくぶつかり合う。


「さあて。これで貴方一人ね」


 舌なめずりしながら、闇子は明乃を狙いを付けていく。その手にはジャンビーヤと呼ばれる短剣が握られていた。数多の血を吸っているのか、毒々しい気配が漏れている。


(くっ、マズい。あれほど使い魔を作りだし操るのであれば、その力の大半を使っているだろうが、それでも無視できる相手では無い。それにあちらはまだまだ余裕がある)


 二対五から一対四の状況へと悪い方向へ変化した。しかしそれでも簡単に負けるわけにはいかない。


「言ったはずだ。私を舐めるなと!」


 明乃は霊力を解放すると、全身から霊力が吹き上がった。


「なっ!? 以前よりも格段に強い霊力だと!?」

「ちょっと嘘でしょ!? 何でこんなに強い霊力を発しているのよ!」


 闇子と導摩は明乃から放たれる霊力に驚きを隠せないでいた。またそれは明乃も同じであった。


(何だ、この霊力は!? 明らかに常よりも大幅に高い……。いや、何かに増幅されている! いや、背中から何かの術式を感じるだと! いつの間に!?)


 明乃は自分自身の変化を冷静に分析する。背中を起点に自身の霊力を含め、身体能力までもが強化されていく。自分の背中を見ることは出来ないし、敵から視線を外すことは出来ないので、何があるのかを知ることは出来ないが、何かしらの術が発動しているのは理解できた。


(誰がいつこれを施したのか、それにこれが何かは分からないが、不快な感じはしない。この非常時だ。考えるのは後回しだ。使えるものは何でも使う。それにこれなら!)


 明乃は左手に霊符を構えると今度は右手を妖魔に向けて振った。すると袖口から何かが飛びだし、馬頭の身体に深々と突き刺さった。


「むっ!」

「それで終わりだと思うな!」


 それは長さが二十センチ程の短剣だった。明乃は袖に仕込んでいた短剣を馬頭と牛頭に次々に投擲し、突き刺していく。だがその程度では致命傷どころか大したダメージを与えられない。


「馬鹿め! この程度で牛頭と馬頭が!」

「甘いのは貴様だ」


 明乃は右手の人差し指と中指を立て刀印を作ると、そのまま五芒星を空中に描いた。描かれた五芒星に霊符をかざすと、五芒星が光り輝いた。同時に牛頭と馬頭の身体に突き刺さった短刀から光が漏れ、それぞれが起点となり光が牛頭と馬頭の身体に五芒星を描いた。


「投擲した短刀が五芒星の形に!?」

「滅!」


 左手の刀印を頭上に掲げ、そのまま勢いよく振り下ろすと馬頭と牛頭の身体の五芒星が巨大な爆発を起こした。爆風が吹き荒れ、破邪の霊力が牛頭と馬頭を襲う。


「くっ! 明乃ぉっ!」


 離れた場所まで押し寄せた爆風に顔をしかめてた闇子だが、怒りにまかせて呪符を投擲する。しかしそれらに向かい明乃は冷静にまた袖口から短剣を投擲しすべて叩き潰した。


「星守朝陽に次ぐ二番手の実力は健在と言う事ね」


 忌々しそうに呟く闇子は距離を保ったまま、明乃を警戒し続ける。


「ちょっと! 導摩! 貴方もしっかりしなさい!」

「黙れ! この俺様と牛頭と馬頭をコケにしてくれたんだ! 言われずともしてやる!」


 爆風をかき分け、中から導摩が姿を現す。ギリギリで防御が間に合ったのか、ダメージを受けている様子は無い。だが牛頭と馬頭は多少はダメージを与えたようで、身体からは血を流している。


(行ける。まだ牛頭と馬頭は健在だが、少なくないダメージを与えた。今の私ならばこの二人が相手でも何とか倒せる。このまま押し切って……)


 もし明乃を強化する術がなければ、ここまでの大火力は望めなかっただろうが、今ならば特級妖魔が二体同時でも十分に倒せる。


 だが相手は最強最悪の妖術師。このまま終わるはずが無かった。


「まさかここまでやるとは思わなかったわよ、明乃」

「ふん。私の前に姿を現したのが運のツキだな」

「そうかしら。わたくし達にはまだ切り札があるわよ」

「そうか。ならば早く切ることだな」


 どんな切り札があろうと対処する。明乃は油断無く闇子と導魔を見据える。


「あらあら、そう。じゃあいいこと教えてあげる。今回、わたくし達九曜が四人も動いたんだけど、残りの五人も動いてるのよね~」

「残りの五人がどこに向かっているのか、知りたくは無いか?」


 ニヤニヤと闇子と導摩が笑うと、明乃は訝しげに観察しながらも思考を巡らし、最悪の展開を脳裏に浮かべた。


「まさか……」

「そうよ。貴方の嫌いなお孫ちゃんの所よ♪ 残りの九曜が五人ともね」

「俺様達の中でも性格が特に破綻している才蔵もいる。お前の孫がどんな事になっているのか、楽しみだな」


 二人の言葉に、明乃の表情は凍り付くのだった。



 ◆◆◆



 罪業衆幹部である九曜の五人は結衣が展開した結界を破壊した後、真夜達三人を別の結界に閉じ込めた。


 空間が歪み、真夜の部屋であった場所から何も無い亜空間のような場所へと強制的に引きずり込んだ。


 だが朱音と渚は突如出現した九曜に警戒しつつも、一切の焦りを見せなかった。


「おや、この状況でも焦らないとは剛胆なのか、それとも自分の力を過信して戦力差も理解できない愚か者なのか」


 才蔵は二人の態度に嘲るように言い放つ。如何に霊器持ちや六家の人間であろうとも、妖術師としては最高峰の実力を持つ九曜を五人同時に相手にして勝てると思っているなど、思い上がりも甚だしいと考えているようだ。


 ただ逆に朱音や渚からすればそんな才蔵達の方が滑稽に見えてしまっていた。


(あたし達だけならともかく、真夜もいる状況で勝てるって思ってる方が愚かって感じなんだけどね)


 朱音は知らない事とは言え才蔵達を哀れに思ってしまう。真夜の力は控えめに言っても最強の退魔師と名高い星守朝陽と同格かそれ以上。そこに守護霊獣であるルフが加われば先の古墳での一件でもわかるように超級クラス三体でも勝つことは厳しい。


 もし真夜の実力を知ってそれでも勝つ算段をつけて襲ってきたのならば、朱音達も落ち着いてはいられ無かったかも知れない。


 彼らが切り札として超級以上の存在、それこそ覇級クラスの妖魔を使役している可能性があるからだ。


 しかし先ほどの発言で明らかに真夜の実力を見誤っているのが分かった。だからこそ、相手に切り札があったとしても特級、よくて超級までだろうと判断した。


(それにこっちもそれなりに真夜と戦ったり、渚と連携を取ったりの訓練はしてるのよ。相手が最悪の妖術師達でも遅れを取るつもりは無いわ)


 朱音も不意打ち気味に結界に取り込まれたと言え、前回の教訓からも真夜がいても油断もしなければ、相手を舐める態度もしない。どんな奥の手があるかは分からないからだ。


(真夜君ならば全員が相手でも問題ないでしょうが、私達二人でも強化して頂ければ一対一ならば勝てる見込みも十分ありますし、複数人でも多少は対処可能でしょう)


 渚は現在、愛用の刀が手元に無いがそれでも戦い方はある。渚がサポートとして周り、朱音が相手を仕留めると言う戦法を取れば、一人や二人ならば倒す自信はあった。


(相手はこちらを格下に見ていますからね。数の優位も向こうが握っていて、実力でも勝っていると余裕を持っている。そこに付けいる隙は十分にあります)


 油断と慢心は人を殺す。それは妖術師も変わらない。


 妖魔と妖術師では戦闘能力よりもその技や知能の方が厄介ではあろうが、この状況で真夜が何もしないとは二人は思っていない。


 真夜任せになってしまうのはどうかと二人も思うが、少なくともあの霊符の加護があれば、並大抵の術ははじき返せるので恐れる必要はない。


「おいおい、待てよ。いきなり罪業衆の九曜がそれも五人がかりなんてあり得ないだろ。何が目的なんだ? 俺達に何かあれば星守も火野も京極も黙ってないぞ」


 警戒する中、真夜が世間話でもするかのように才蔵に話しかけた。


(真夜?)

(真夜君?)


 二人は真夜が相手に喋りかけたのを疑問に思い、警戒しつつも真夜へと視線を向けた。


「いいのか? まだ近くにうちのお婆様もいるし、母さんもいる。うちのお婆様の力を知らないのか? お前らでも勝てるかどうか分からない実力者だぞ」

「ははは! 流石は落ちこぼれの発言ですね! ご忠告どうも! ですが問題ありませんよ。そちらには残りの九曜が対処しています。助けを期待しているのなら諦めてください。そもそもいくら星守明乃でも今の計都と羅睺の二人には勝てないでしょう」


 自分では無く他人を当てにする真夜の言葉に才蔵は声を上げて笑う。


「お婆様が勝てない相手だって? まさか本当に星守と戦争でもするつもりか? 親父だって兄貴だっている。それでも勝てるって言うのか……。いや、だから俺を人質にしようってのか?」

「ええ、その通りですよ。落ちこぼれとは言えあなたも星守の人間。それにちょうどいいので色々と実験にも付き合って頂きましょう。ああ、力が欲しいのならば上げますよ。当然、人間をやめてもらいますが?」

「……俺を人質にしても妖魔にしても、親父は最終的には一族を優先して切り捨てるだろうよ。お婆様は特に顕著だろうな。そもそも親父に勝てる奴なんているのかよ」


 朝陽に勝てる存在などいるはずが無いと言う真夜の言葉に、才蔵も他の九曜もただ嘲笑を浮かべる。


「それこそ幻想ですね。星守朝陽と言えども四罪様達の使役する存在に勝てないでしょう。それに貴方を人質に取れば、多少は感情を乱せるでしょうしね。またあなた方も罪業衆を甘く見ている。かつてならばともかく、今の我々は貴方達が思っている以上に力を付けている」


 勝ち誇るように言う才蔵に、他の九曜も頷いたり自信満々の笑みを浮かべている。


 確かに真夜も彼らの実力はかなりの物だと感じている。並どころか一流の退魔師でも霊器を持っていない者ならば敗北してしまうのではないのではと思うほどに強い力を感じる。


 それが九人にその上にさらに強い妖術師が四人もいる。またそれらが使役する切り札があるとなると、彼らの強気な態度も頷ける。


「……なるほど。つまり罪業衆は退魔師側に戦争を仕掛けようとしてるって事で、これはその前哨戦ってわけか」

「その通りです。さっきはああ言いましたが、抵抗してくれても構いませんよ? ボロボロになった貴方達を星守明乃達の前に連れて行くのも面白そうですからね」

「……オーケー。だいたい分かった。婆さんが追って行ったのも罪業衆の九曜で、その先には残りもいると。お前らが何者か、その目的の一端とかの話が聞けて良かったよ。今回は先制しなくて正解だったな。時間もないから手短く終わらせるか」

「何を言っているのですか貴方は? 気でもふれましたか?」


 だが才蔵の言葉に真夜は何も答えなかった。もう聞くべき事は聞いたと真夜は話を打ち切った。


 そして彼らの知らない本当の星守最強が隠された牙を剥くのだった。

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