第二話 祖母との対話
「真夜ちゃん、久しぶり!」
「どわぁっ!?」
中に招き入れようとした瞬間、いきなり真夜は母である結衣に抱きつかれた。
「もう、ずっと心配してたんですよ? ちゃんと食べてるのかとか、風邪引いてないのかとか、大変な事件に巻き込まれたって聞いたりもしたから」
「ああ、まあ俺は大丈夫だ。ちゃんと食べてるし風邪も引いてないし、事件に巻き込まれたって言っても怪我も無かったから」
母に抱きつかれた事で気恥ずかしくなった真夜だったが、今まで散々母に心配と迷惑をかけていただけに無碍にも出来なかった。
結衣の後ろではまったくと悪態をついている明乃の姿があった。
真夜は祖母への対応は後回しにして、先に母へと話しかける。
「電話でも話したけど、色々とごめん母さん。俺は大丈夫だし、兄貴との関係も修復したから」
「うんうん! 真昼ちゃんや朝陽さんからも聞いてます。ママは嬉しいです」
真夜から離れると結衣は薄らと涙を浮かべながら笑顔を浮かべた。長年の兄弟の確執は朝陽も結衣も心を痛めていた。それが真夜の方から和解を持ち掛け、真昼もそれを受け入れたとあればこれほど嬉しい事は無い。
「真昼ちゃんも凄く喜んでましたよ? それに前はどこか塞ぎがちだったのに今はとても生き生きと楽しそうで。それは朝陽さんもですけどね」
結衣は二人が最近は今まで以上に良く手合わせをしていると真夜に伝えた。霊器を発現した事もあり、真昼はより一層朝陽と鍛錬を行っているらしい。
しかしどちらも負けじと強くなろうとしているらしく、日に日に二人は強くなっていると言う。
「へえ。親父も兄貴も凄えな」
結衣の言葉に真夜は感心と同時に内心で自分も負けないように鍛錬をしないといけないなと気を引き締めた。
真夜は強くはなったが自分が最強とは思っていないし、才能があるとも思ってはいない。
過去の事もあるが、異世界の勇者パーティーの仲間達には真夜を上回る実力者が複数いた。一対一で圧勝できる相手など聖女くらいであろうか。その聖女にしてみても分野によっては真夜を上回る力を有している。
だからこそ鍛錬を怠るわけにはいかない。父も兄も自分よりもよほど才能に満ちあふれている。真夜の場合は修行と実戦経験の密度が桁違いだっただけで、今の強さにあぐらをかいていれば、遠からず朝陽や真昼に抜かれる可能性が高いと思っていた。
(俺も負けてられねえな)
真夜自身、かなり負けず嫌いな所がある。だからこそ落ちこぼれと蔑まれていても、欠陥を抱えていても諦めずに修練を繰り返し、異世界においても心折れずに絶望せずに強くなる事が出来たのだ。
「それはともかくとして、真夜ちゃん」
唐突に結衣の声色が変化した。
「ママ達、さっき真夜ちゃんの部屋に女の子が二人入っていくのを見たんだけど」
口元に手を当て、どこか面白がっているようにも見えた。その証拠に目をキラキラと輝かせている。
逆にその話題になった時、明乃の目が険しくなり真夜を睨んでいるようにも見えた。
「いや、それは事実なんだが……。母さんが何を考えてるのか知らないが、別段やましい事は無いからな」
「ふふふ、そうなの? でも真夜ちゃんも朝陽さんと一緒でモテますね」
違うと口に出そうとしたが、真夜も二人の気持ちを知っているためその言葉を飲み込んだ。二人が自分に好意を抱いてくれているのが分からないほど鈍くは無いし、真夜自身も二人を愛おしく思っている自覚があったからだ。
「からかわないでくれよ、母さん」
「うんうん。真夜ちゃんもお年頃ですものね。でもママにはきちんと紹介して欲しいですね」
「ああ。母さんにもお婆様にもきちんと紹介する。っても一人は母さん達も知ってる朱音だけどな」
真夜は二人をリビングに案内すると、そこには朱音と渚が立っており結衣達を見ると会釈をした。
「お久しぶりです。おばさん」
「久しぶりね、朱音ちゃん。元気でしたか?」
結衣も朱音の事はよく知っている。と言うよりも朝陽と紅也の関係上、彼女の母親とも親交があり昔からよく星守に来て結衣に世話を焼かれていた事もあった。
娘のいない結衣からすれば、娘のように思っているのかも知れない。
「はい、お陰様で。明乃様もお久しぶりです」
顔をほころばせる結衣に朱音は苦笑しながら返答すると、今度は若干緊張しつつ明乃に挨拶を行った。
「ああ。久しぶりだな。先日の件はご苦労だった。真昼と共に事件を解決させた事、改めて感謝する」
「いえ。自分などまだまだ若輩の身で未熟者です。このたびの件でも自分の弱さを痛感した所です。さらに精進するつもりです」
「……そうか。真昼もそうだが君も慢心せずにいるのは良い事だ。精進しなさい。それとそこまで畏まる必要は無い」
「はい。ありがとうございます」
明乃は朱音も真昼と同じで先日の一件で増長せずに、さらに強くなろうという気概があることに感心した。
このくらいに年齢ならば、大きな仕事をやり遂げた後だと気が大きくなりがちだ。特に今回のように特級妖魔を含め、複数の最上級妖魔をも殲滅したのならば自身の強さに酔う事もある。
しかし明乃には真昼もだが朱音にもそれが一切感じられなかった。ただ取り繕っただけの言葉では無く、本心からそう思っていると感じられ深く感心させられた。
(火野朱音。以前はそこまでとは思わなかったが、ここにきて大きく成長したか)
縁があれば真昼ともっと接点を持たせても良いかも知れない。真昼も同年代の実力者で向上心もある相手がいれば、さらに良い影響を受けるかも知れないと考えたからだ。
(だがあと一人は……)
「初めまして。京極渚と申します。星守君、火野さんとは先日の妖術師の一件で懇意にさせて頂いております」
渚はどこまでも自然体だが、良家のお嬢様を思わせるような丁寧な仕草の挨拶だった。
それは今まで培われてきたものではあるのだが、真夜や朱音に手前、二人に失礼があってはならないと言う思いから常以上の丁寧な対応を心がけていた。また真夜達の呼び名も念のため名字にしていた。
「……京極の娘か。話は聞いている。真夜は朱音嬢と共に六道を名乗る妖術師を討ったらしいな」
「はい。ですが私達はあくまで、仲間割れしていた所に奇襲をかけたのが功を奏しただけです。私の実力は火野さんに大きく劣ります」
「そうか。しかしそれでもその功績が無くなるわけでは無い」
明乃はどこか探るような視線を渚に向けていた。京極の名を聞いた時、一瞬だけ眉を吊り上げたのを真夜は見逃さなかった。
「なぎ……、京極は今度このマンションに引っ越してくる事になった。その挨拶もかねて今日は来てくれたんだ」
「あら、そうなんですか?」
「はい。ご迷惑をおかけしないようには致します。私としては星守君や火野さんとは仲良くしていきたい思っています」
和やかなやりとりをしようとする結衣に対して、何らかの懸念を抱いているであろう明乃。
「それで、何でまた今日は急に来る事になったんだよ。親父にも言ったが、前もって連絡くらいしてもらいたいんだが」
真夜はあまりこのやりとりを続けるのはやめた方がいいと考えて話題を変えようと結衣に話を振った。
「……少しこちらで知り合いに会う予定が合った。結衣はその付き添いだ。だがその前にお前の様子を確かめておこうと思ってな」
だが答えたのは明乃だった。彼女は真夜の問いかけに憮然としながら答えた。
「一人暮らしをいい事に、お前が羽目を外しすぎていないかの確認もかねてだ。……部屋はそれなりに片付いているようだが、部屋に朝から年頃の娘を二人も連れ込むのは感心しない」
明乃はじろりと真夜を睨んだ。かつてならそれだけで蛇に睨まれた蛙のように身を縮こませただろうが、今の真夜は朝陽の時の闘気のように軽く受け流した。
「さっきも言いましたが、別にやましい事は何も無いので。お婆様が心配されているような事はありませんし、お婆様やひいては星守の名を貶めるような事をするつもりもありませんから」
厳格な祖母からすれば気に入らない孫が年頃の娘を、それも二人も一人暮らしの男の部屋に朝から招き入れているのだ。不満の一つや二つ出てくるだろう。
真夜はできる限り口調を丁寧にして答える。祖母であり目上の存在である相手だ。できる限り相手を癇に障らないように努めていた。
しかしそれを見ていた結衣は真夜と明乃の間には大きな壁がある事を感じ取った。同時に真夜は明乃を祖母と思いつつも、家族では無くどこか他人のように接していると思った。
結衣がそんな二人の様子を内心ハラハラとしながら黙って見ている一方、真夜と話をしている明乃は孫の態度に違和感を覚えていた。
(……なんだ、これは。かつての真夜ならば私が一睨みしただけで怯え、それでも虚勢を張ろうと私を睨みつけてきた。だが今の真夜はどうだ……)
真夜はどこまでも自然に、それこそ結衣や朝陽のように自分の威圧を受け流している。明乃には信じられなかった。
目の前にいる真夜は敵愾心すら無いように思えるが、同時に明乃は自分よりも圧倒的に強い強者を相手にしているようにも感じていた。
「お婆様の言いつけに背くつもりもありません。ですが二人に関しては交友関係の範囲です。朱音はもちろん、京極とも別に仲良くなっても問題ないとは思いますが?」
口調にも声色にも変化は無い。無いはずだが明乃には真夜から感じる気配がこれまでの孫からは感じられない程の圧を纏っているようにも思えた。
「……確かに私もお前の一般的な交友関係に口出ししようとは思わない。だが星守の先代当主として好ましくない関係は見過ごす事は出来ない」
「京極との関係がですか?」
「……その娘がいるこの場で言うのはあまり好ましくは無いだろうが、この際だからはっきりと言っておく。京極がお前に接触してくること自体が、私は裏があると思っている」
明乃の言葉に京極家の思惑を予め聞かされていた真夜は、祖母の指摘を黙って聞く。
「京極家の人間が星守とは言え、退魔師としては落ちこぼれのお前と縁を持とうとすることが、私にはそもそも信じられん。仮にその娘がお前個人と交友を持ちたいと思っていたとしても、その背後には京極本家の意向が必ずあり、京極家の利益になる思惑が必ずあるはずだ」
違うかとばかりに鋭い眼光を向ける明乃に渚は迂闊な事が言えなかった。事実、京極本家からの意向があるのは間違いなく、そんな事は無いと否定して後にそれが露呈すればより一層、明乃の心証が悪くなるのは目に見えている。
「……だから京極と交友関係を持つなとお婆様は言うのですか?」
真夜から微かに怒気が漏れた。僅かなものであったが、明乃は明確にそれを感じ取った。それでも明乃は言葉を続ける。
「そうだ。お前自身、京極に利用される可能性がある。それはお前にとっても好ましくない話のはずだ。そしてそれは星守にとっても良くない結果を招く」
「……俺に退魔師として活動する事も名乗る事も禁じた上に、今度は友人関係にも口出しですか」
「そうだ。お前は兄どころか一般的な退魔師と比べても、なおも大きく劣る上に欠陥まで抱えている。最強と言われる星守一族に生まれながらだ。そんなお前が退魔師になるなど愚か以外の何ものでも無い。どれだけ努力を重ねようとも、才能がない者はある者には決して勝つ事などできない」
明乃は今までにも何度も真夜に対して言ってきた言葉。真夜は黙ってその言葉を聞き続ける。
(ああ、そうだ。才能が無い奴が、弱い奴が退魔師を生業にすることは間違っている。無駄な努力なんだ。どれだけ努力しても結局は……)
『明乃! 勝負だ!』
『ちくしょう! 覚えてろよ! 絶対に勝つからな!』
『才能が無い? そんな事関係ねえ! 俺が落ちこぼれでも努力で覆してやる! 天才にも勝てるんだってな!』
『明乃! 俺は絶対に星守の当主になるからな!』
明乃の脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。いつも自分に突っかかって来ては、何度も負け続ける少年の姿。
落ちこぼれと言われながら、出来もしない事を口にしては周囲に馬鹿にされ、それでもひたすらに努力していた少年の姿。でも彼の努力が報われる事は無かった。彼の夢が叶う事はなかった。
だって彼は………。
(ああ、私は間違っていない。真夜はあいつと同じだ。だからこそ……)
と、言葉を続けようとした最中、明乃は真夜と目が合った。瞬間、明乃の身体に悪寒が走った。
(なっ……)
「お婆様……、いや婆さん」
それは嫌に明乃の耳に残る声だった。
「なあ? あんたは俺と誰を重ねて見ているんだ?」
真夜から放たれた言葉に、明乃はさらに硬直するのだった。
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