第一話 母と祖母の来訪


 富士の樹海の奥深く。罪業衆と呼ばれる妖術師の集団の根城。


 その一角にて、数人の人物が集まっていた。


「うふふふ。四罪様から命が下ったわよ。わたくし達に動けとの事よ」


 妖艶な長身のスタイルのいい長い紫髪の女が面白そうに告げる。スリットの入った黒いロングワンピースに身を包んだ三十前後の女性だった。


「ふん。俺様達がわざわざ動く必要があるのか?」


 年の頃は四十ほどだろうか。女の側にいた熊のような顔に修験道のような服を身に纏った、身長は二メートルに達するかという大男が疑問を呈した。


 この二人は罪業衆の最高幹部である九曜にトップたる計都と羅睺の称号を冠する者達であった。


 常世闇子(とこよ やみこ)と毒島導摩(どくじま どうま)。それがこの二人の名であった。


「お二人が手に余る様であるならば、この私が赴きましょうか?」


 側にいるのは丸眼鏡をかけた百八十センチを超える長身の美男子だった。細身ではあるが、服の上からでもわかるようながっちりとした体つきをしており、医者のように白衣を身に纏っていた。


 九十九才蔵(つくも さいぞう)。この男も九曜の一人で、この二人に次ぐ実力を持つ存在であった。


「黙れ、小僧が。俺様に意見するつもりか?」

「うふふふ。わたくしは別に貴方が行ってくれるなら構わないのだけど。でも他の子達もチャンスは上げるべきよね?」


 闇子が視線を向けると、そこには他にも数人の人影があった。


 黒い喪服に薄いベールを被った中年くらいの女性。黒部貞世(くろべ さだよ)


 白い修道服に身を包んだ体格のいい初老の男。村雨暁闇(むらさめ ぎょうあん)


 タンクトップにジャージという格好の二十代半ばくらいの肥満体質の巨漢の男。真壁久臣(まかべ ひさおみ)


 革ジャンに身を包んだ三十前半の筋肉隆々の強面の男。鬼頭国彦(きとう くにひこ)


 ベストに半ズボンというどこかの学校の服装に身を包んだ、まだ小学生くらいの小生意気そうな少年。占部一(うらべ はじめ)


 パンチパーマのヤンキーススタイルの二十代前半の青年。阿久津陣(あくつ じん)


 見た目こそ統一感も何もなく、どこにでもいそうな人間にも見えたが彼らは歴とした罪業衆幹部である九曜の一員であった。その実力は折り紙付きで全員が全員、並どころか一流の退魔師をも葬り去る事が出来る実力者達であった。


 全員が笑みを浮かべ、何かを言いたそうにしていた。


「新入りもいることだし、わたくしが懇切丁寧に説明してあげるわ」


 闇子がしゃべり出すと、他の面々も静かにその言葉に耳を傾ける。


「貴方達も星守と火野の一件は聞き及んでいるわね? どうにもどこかの馬鹿がこざかしい策を弄したらしいわね。この中にそんなお馬鹿さんはいないわよね?」


 星守と火野の一件がもし最悪の事態に発展していれば、二家だけでは無く他の六家にまでその影響は及んだだろう。


 罪業衆も混乱した六家ならばいくつかを落とす事が可能であろう。


「まあ策としては面白いわね。成功していれば星守と火野の権威は失墜。さらに次期当主クラスや複数の実力者を失って戦力も落ちる。そこをついて京極だけではなく雷坂も勢力拡大に動いたでしょうから、六家は混乱し、今のわたくし達の格好の獲物になっていたでしょうね。でも失敗したのでは無意味ね」


 あざけり笑うように言う闇子に他の者達も同意する。


「でもこの策はどうにもわたくし達とは関係ない者が仕組み、あまつそれを罪業衆が行ったように見せかけようとしたみたいなの。本当に腹立たしいわよね?」

「ふん。そんな愚か者など見つけ出してくびり殺せばいい」

「いえいえ。私に任せて頂ければ、死ぬよりももっと恐ろしく悍ましい経験を与えてあげますよ」


 導摩と才蔵は闇子の言葉にそう答える。この二人、と言うよりも九曜にはまともな感性の人間が一人もいない。彼らに捕らえられれば、楽には死ねないだろう。


「わたくしも同じ意見ね。でも四罪様はそろそろ雌伏の時は終わりとも言われていたわ」


 その言葉に九曜全員がざわめき立った。


「目障りな六家と星守にはそろそろ消えてもらいたいとの事よ」

「いいですね。罪業衆の力はここ十年で飛躍的に高まった。九曜の実力もさることながら、四罪様とその使役される超級妖魔・鵺の力もまた強化されている」


 妖魔の階級でも同一のランクでも力には差がある。同じ上級でも上級の上位と下位とではその力にかなり差がある。


 四罪の使役する鵺は超級クラスではあるが、その力はすで超級でも上位に位置し、四罪の実力も特級の上位に近い。朱音や流樹を圧倒した赤面鬼が四体同時に出現するのと同等だし、鵺にしても六道幻那に近い力を有していた。


 だからこそ、四罪は行動に出ようとしていたのだ。


「面白い。俺様もそろそろ全力で暴れたいと思っていたところだ。それでどこから潰す計画だ?」

「京極か星守かと言われていたけど、おそらくは星守ね。わたくし達も因縁がある星守明乃もいるし、あの事件を解決した星守真昼と最強の退魔師である星守朝陽の三人を仕留めれば、もう恐れる者は何も無い」

「京極も数は多いですが、突出した実力者はいない。星守を潰せれば、残りの六家が手を組まぬ限り、罪業衆の負けは無いですか」


 京極にも多数の実力者がおり、霊器持ちも十数人いるが単独で超級妖魔を相手取れる存在はいない。


 対して星守は朝陽を筆頭に数こそ少ないが、明乃や真昼などの実力者が揃っている。


 だからこそ、四罪は最初に星守を潰す計画を立てたのだ。


「ちょうど星守明乃と星守朝陽は別行動を取っているみたいだし、先に明乃の方を潰すわよ」

「わかりました。それに星守には弱点も存在しますからね」


 補足を入れたのは才蔵であった。


「星守の落ちこぼれである星守真夜。彼を人質にでも取れば、そこそこに星守の動きを牽制できるでしょう。星守明乃は無理でしょうが、現当主の星守朝陽は息子を溺愛している。無論言う事を聞かせる事は出来ないでしょうし、最終的には切り捨てる判断をするでしょうが、動きを鈍らせるだけでなく、一族内で不和を起こさせるなど十分利用できるでしょう」

「小僧を人質とは、小ずるい策だな」

「あら? 貴方も好きでしょ。こう言うの?」

「もちろんだとも」


 ニィッと笑みを浮かべる導摩に周囲も同意する。彼らは卑怯事も厭わない最悪の集団だった。


 しかし彼らは知らない。その相手こそが、星守最強の存在であるという事を。


 彼らの命運を握る、最悪のジョーカーである事に気づく事は無いのだった。



 ◆◆◆



「お義母様。もうすぐ真夜ちゃんのマンションですよ」

「そうか。しかしもう少し落ち着け。子供でもあるまいに」


 タクシーに乗り、真夜のマンションへと向かっている結衣と明乃だったが、息子に会えると結衣はテンションが爆上げとなっているのに対し、明乃は逆に辟易していた。


「だって久しぶりに直接真夜ちゃんに会えるんですよ? それに朝陽さんの話では一人暮らしをしていい影響が出て、凄く落ち着いたって言ってましたから」


 朝陽は結衣を安心させるために、真夜の近況についてはそれなりに話してあった。精神的に落ち着いており、大人びていたと聞かされた。


 また先日の電話の時も結衣を気遣うように話し、真昼に対しての話も前向きに話す真夜に結衣は直接会えるのを楽しみにしていた。


「ふん。少しは落ち着いてもらわなければ困る。一人暮らしでさらに悪い方向に進むのなら、連れ戻す事も視野に入れなければならないのだからな」

「もうお義母様ったら。それでも真夜ちゃんの成長を喜びましょうよ」


 だが明乃は結衣の言葉に鼻を鳴らすと不機嫌そうに顔を背ける。しかし結衣は明乃が僅かに口元を緩めているように見えた。


(本当にお義母様は不器用ですね。朝陽さんはあんなに感情表現が豊かで得意なのに。でも朝陽さんとは違って、そういう所もいいとは思うんですけどね)


 明乃が真夜に辛く当たるのを母として看過できない部分は当然ある。それでも結衣は星守に嫁いできた事やかつて明乃に受けた恩もあり、彼女を嫌うことも出来なかった。


(お義母様も真夜ちゃんも仲良くしてくれたらいいのに)


 無理やり仲良くさせようとするのも、間を取り持とうとするのも難しいと結衣は考える。


(今はまだ冷却期間ですね。いつか真昼ちゃんと仲直りしてくれたみたいに、お義母様とも仲良くなってくれればいいんだけど)


 しかしそれは双方が歩み寄る必要があり、どちらかだけでは無理なのだ。


 それに明乃の言動はともかくとして、その意図は間違っていない。


 力の無い退魔師がこの業界で生きていくのは不可能だ。一般的な退魔師であろうとどれだけ優れた退魔師であろうと、命を落とす事がある危険な世界。


 生き抜くためには、生き残るためには最低限の力が無ければならない。その最低限にすら届かない真夜をこの業界に置いておけないと言う明乃の言葉は正しいであろう。


(でも私も朝陽さんも真夜ちゃんには自分の意思で選んで欲しい)


 真夜が本当に望む事をさせあげたい。退魔師になりたいと願うのならば、その願いを叶えられるように最大限のサポートを行う。もし退魔師を諦めてもそれはそれでいい。真夜が決めた事ならば、人の道を外れてさえいなければ、結衣はどのような道であろうとも応援するつもりだった。


「あっ、着きましたよお義母様」


 結衣達は真夜が下宿しているマンションに到着すると、そのままエレベーターに乗り、目的の階まで行くと二人にとっては驚きの光景を目の当たりにする。


 エレベーターから降りてすぐ。遠目ながら真夜の部屋に入っていく朱音と渚の姿を二人は目撃するのだった。



 ◆◆◆



「真夜、今日もお邪魔するわね!」


 朝も早くから真夜の部屋にやって来たのは朱音と渚だった。昨日も夜遅くまで遊んだが、日付が変わる前に真夜は二人を帰した。泊まるところは隣の朱音の部屋なのだが、それでも真夜としては徹夜で遊ばせるわけにはいかない。


 渚は色々と疲れているだろうし、次の日は土曜日で休みということもあり、それならばと朝から遊ぶ約束をした。


「お邪魔します。真夜君」

「おう。まあ適当にくつろいでくれ」


 二人を招き入れると、真夜はリビングでいつものように二人の飲み物を用意し始める。と、何故か急に悪寒が走った。


「どうしたの真夜? あっ、お腹が減ったんでしょ? 何か作ってあげようか?」

「違うぞ。いや、急に変な感じがしたんだが……」

「お疲れですか? でしたら少し休んでもらっても」

「別に疲れてるわけじゃ無いんだけどな。何となく嫌な気配が……」


 と言葉を続けようとして真夜は不意に入り口の方に視線を向けた。気配を感じる。それもよく知る者の気配を。気配は二つ。そのうちの一つは隠そうとしているようだが、僅かに怒りの気配が感じ取れた。


 とは言え、今の真夜だからこそ気づくほどの僅かな気配。その証拠に朱音も渚も気づいていない。


「おいおい、まさか……」


 真夜は急ぎ、部屋に備え付けられている玄関先が映るインターホンのモニターのボタンを押す。


 すると予想通りの、しかし想定外の人物達が映っていた。


「なんでこう、俺の身内は突然やって来るんだよ!?」


 思わず叫んでしまった。デジャブである。


 前回は父である朝陽。そして今回は母である結衣と何故かいつも以上に不機嫌そうな顔をする祖母の明乃が来訪した。真夜は何となく、背中に冷たい汗が流れた。


「えっ、もしかして真夜のお母さんとお婆さん!?」

「朱音さんはともかく、私は些かマズいかも知れませんね。真夜君のお母様はともかく、お婆様である星守明乃様は他家に対して、あまり良い感情をお持ちで無いとお聞きしてます。特に京極に関してはこちらの態度もあり、頑なだとも」


 朱音は真夜や真昼の幼馴染みとして認識されているだろうが、渚に関しては違う。渚は真夜や朱音だけで無く古墳の一件で、朝陽を含め星守や火野に貸しを作っているようなものなのだが、それは公にされておらずその事実を知るものは少ない。


「渚が気にする必要はねえよ。昨日の話通り、前の一件で交流を深めたで押し通せばいい。それに朱音の所に遊びに来たついでに、引っ越しの報告と事前の挨拶に来たって言えばいいだろ。実際その通りなんだし、別にやましい事は何も無いんだからな」


 真夜としても驚きはしたものの、何も問題ないと意識を切り替える。


「婆さんに俺の私生活にまでとやかく言われる筋合いは無いからな」


 退魔師として名乗る事も活動する事も禁じられているが、それを破ったつもりは無い。


 実際はそれに触れる行動を取っているが、それらは非常事態であったのに加え、星守だけでは無く多くの人間の命を救う行為でもあったので、褒められこそすれ非難される筋合いは無い。


「ベランダ越しにあたし達は隣の部屋に移動したほうがいいんじゃないの?」

「いや、下手に動けば婆さんに察せられるかもしれないし、逆にやましい事があるんだろって思われるだけだ。なら堂々としてればいい」


 朱音の意見を真夜は却下した。女性でも身体能力が高く霊力で強化も出来る二人ならばベランダ越しに行き来する事など簡単だが、それでは祖母が気づいた場合、余計に勘ぐられるの可能性があるのでこのまま先日のように同席してもらった方がいい。


 最悪は父である朝陽に連絡を取り、こちらの味方をしてもらえばいい。朝陽も真夜や渚にはいくつも借りがあるのだ。無碍には出来ないだろう。


「とにかく話はある程度合わせてくれ。婆さんとはできる限りもめ事を起こしたく無い」

「真夜の今の実力云々はどうするのよ? おじさんにはすぐに気づかれたんだから、お婆さんもすぐ分かるんじゃ無いの?」

「その時はその時だ。絶対に隠しきらないといけない話じゃ無いからな。ただ大っぴらに騒がれなければそれでいい」


 真夜としてはまだ自分の実力は隠しておきたい。いや、身内に知られるのは構わないのだが、もう少しだけ隠し通しておきたい理由がある。


(親父に相談した件もあるし、まだ今は騒がれたくはない。俺の実力はあの件が片付くまでは秘匿しておきたい)


 今はとある目的のために朝陽と連絡を取り合い、準備をしている段階であった。祖母にも事情を話し、巻き込んでしまえばと思わなくも無いが、それでも真夜の下らない感情が邪魔をする。


(本当にガキだな、俺は。まだ婆さんに対して意地はってるなんてな)


 星守にいる間の祖母の言葉と態度。今なお真夜の心の奥底で苦い記憶としてこびりついている。


 父に対しても、兄に対しても、祖母に対しても複雑な感情は、異世界で過ごした四年の年月を持ってしても、心身共に成長してもなお、真夜の心を揺さぶる要因となっていた。


 だがそれでも父や兄に対しての感情にも折り合いを付ける事が出来た。祖母に対しても同じように折り合いを付ける事ができるはずだ。


(まずは話し合う事からだな)


 兄にも言ったとおり、逃げてばかりではいかない。苦手な相手だからと関わりを断ち切るにはまだ早いだろう。


 言葉を尽くし話し合い、それでも相容れず決別するしか無いのならば致し方ない。だがそれすらせずに、一方的に関係を断ち切るには祖母との関係は深すぎる。


「心配するなって。親父の時も問題なかったんだ。母さんはもちろん、婆さんとも話せば何とかなるさ」


 真夜は深く息を吸い込むと深呼吸をして気持ちを改めると、朱音や渚に向けて安心させるように話しかける。


「そう言うことだから、一番の懸念事項かもしれない事に取りかかるか」


 そう言って微かに笑みを浮かべた真夜はそのまま玄関まで移動すると、扉を開けて久方ぶりとなる母と祖母と直接相対する。


「久しぶりだな母さん。それにお婆様。大したもてなしも出来ないけど、どうぞお入りください」


 そう言って、真夜は二人を部屋へと招き入れるのだった。


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