エピローグ

 

「はぁ、疲れた」


 古墳での事件から数日後、ようやく朱音は火野の本家から下宿先のマンションへと戻ってきた。


 事件の説明やら事後処理やら報告書の作成やらに手間を取られたのは面倒でしかなかったが、久しぶりに従姉妹や父と直接話を出来たのはよかった。


「けどお母様が海外出張でいないとか、ちょっと残念だったな」


 朱音の母は出張で海外に出ていた。何でも母親の実家のイギリスの方で面倒な事件が起こったとか。それに合わせて渡英していて不在となっていた。電話では話をしたが、やはり直接会いたかったなと思ってしまう。


「でもようやく帰ってこれたわ」


 自分の下宿先のマンションが視界に入り、ようやく安堵した朱音だが、不意に玄関付近に人影があるのに気がついた。


「真夜?」


 見ればそれはこのマンションの隣に住んでいる真夜だった。


「よう。お疲れさん。それとお帰り」


 ここで会えるとは思っておらず少々驚いた朱音だが、それでも何気ない一言で朱音は笑みを浮かべる。


「ただいま、真夜。どうしたのよ、こんなところで?」


 数日ぶりだが、朱音には随分長い間真夜と会っていない様な気がした。


「ん? ちょっと用事で出歩いてて今帰ってきた所だ」

「そうなんだ? あっ、じゃあ一緒に上まで行く?」

「そうするか」


 真夜と朱音はそのままマンションに入っていく。二人の部屋は五階にある。エレベーターを待つ間、朱音は改めて真夜に礼を述べた。


「真夜、改めてお礼を言わせて。ありがとう、助けに来てくれて」

「この間も言ったが気にするな。俺がそうしたかったからしただけだ。別に恩を着せようとかも思ってねえよ。それに報酬も約束したからな」

「うん! それは期待しててね!」


 真夜の言葉に朱音は満面の笑みを浮かべながら答える。真夜や渚に美味しい手料理を振る舞う約束。腕によりをかけて作ろうと気合いを入れる。


「それでもね、真夜には凄く感謝してるのよ? あの時、真夜が来てくれなきゃ、もう少し遅かったらあたしは妖魔にされてたか、死んでたと思うの。こうやって無事なのも真夜や渚のおかげだから」

「本当にギリギリだったからな」


 真夜自身、あのタイミングは神がかっていたというか、狙ったつもりはなかったが本当に間一髪だったと思う。


 いや、そもそも渚がいなければ中の索敵に手間取り、確実に間に合っていなかっただろう。ツバメの式神が先行していたからこそ、あのタイミングに駆けつけられたのだ。


 もし間に合わなかったらと思うとぞっとする。それでも全員を無事に救出できたのは幸いだった。


「俺自身、まだまだ至らない所ばかりだよ。俺も出来ない事の方が多いからな。それにあの時も俺一人じゃ間に合わなかっただろうからな。渚様様だな」

「そうなの? でも十分真夜は凄いと思うわよ。それと渚にも本当に感謝しか無いわ。またお礼は言わないとね。それよりもあたしって真夜にもだけど、渚にも助けてもらってばかり。と言うよりも最近はずっと助けられてばかりだもんね。割とへこむわ」

「気にするなとは言わないが、あんまり気に病むなよ。これから強くなりゃ良いんだよ。俺だってそういう経験はあるんだからよ」


 異世界に召喚されて最初の一年など本当に目も当てられなかった。何度も仲間の足を引っ張り、助けられた。


 悔しいと思う気持ちはよく分かる。だから強くなり、自分も守れるようになろうと必死になったのだ。


「へこんでる暇があるんだったら、強くなる努力をしたらいいだろ。悩んでるなんて、お前らしくないぞ。明るいのが取り柄だろ?」

「ちょっと! それってどう言う意味よ!?」


 真夜の言葉にぎゃぁぎゃぁと騒ぐ朱音だが、確かに真夜の言うとおり落ち込んでばかりいられないと気持ちを切り替える。


(それしても……)


 ちらりと朱音は隣を歩く真夜の横顔を見る。まだ若干の子供っぽさを残した顔立ちだが、歳に似合わない落ち着いた雰囲気をまとっている。そんな真夜が朱音には今までに無いほどに格好良く思えた。


(ああ、やっぱりあたしって真夜の事が大好きなんだな)


 二人でこうして歩くだけでも思わずドキドキしてしまう。


 幼い頃に助けられた事が初恋の始まり。そして真夜が強くなってからもう三度も助けられた。それも命の危険をだ。胸の内から沸き上がる情動。どうしようもない程の熱い感情。


(やばっ。顔赤くなってないよね? 真夜の顔がまともに見れない……)


 何となく俯いてしまう。とエレベーターが止まり目的の階に着く。


(真夜はあたしのこと、どう思ってるんだろ?)


 一番気になることではある。大切に思われていることは何となく察している。しかしそれがどう言う意味でのものなのかが分からない。


 好きだと告げてもそう言う感情は無いと告げられれば、かなりショックを受けるのは間違いないだろう。


 とこれまでも何度もした自問自答をしながらエレベーターから出ると、不意に真夜のスマホが音を鳴らした。


「渚だ」


 真夜がディスプレイの名前を確認すると、渚の名前が表示されていた。


「もしもし?」

『真夜君。今お時間大丈夫ですか?』


 どこか電話の向こうで渚が動揺しているような気がした。言葉も早口だった。


「どうした。何か慌ててるみたいだが」

『真夜君、落ち着いて聞いてください』

「いや、俺は落ち着いているが」

『京極より新しい任が与えられました』


 いつもの渚らしからぬ様子に真夜は何かやばいことが起きたのかと身構えた。


『新たな任の詳細は直接会ってお話ししますが、それに伴い、数日後に真夜君達の住むマンションに引っ越すことになりました』

「何?」

「えぇぇぇぇぇっ!?」


 聞き耳を立てていた朱音の絶叫が響き渡るのだった。



 ◆◆◆



 青木ヶ原樹海。富士の樹海とも言われ、自殺の名所とも言われている。


 実際は遊歩道もあり、案内看板も数多く設置されている。さらに近くにはキャンプ場や公園などがあり、観光地としても有名である。


 しかしそれらの人の手の入った場所から離れ、奥へ進むと状況は一変する。


 樹海から抜け出せないや方位磁針が使えない、電子機器が狂うなど言われているがそれは俗説であり、本来はそんな事は無い……はずだった。


 だがこの地はある一部でそれが事実として存在する。


 罪業衆。


 この国の裏に潜み、闇にうごめく集団。一部のやくざや海外系のマフィア、半グレ集団などとも繋がりを持つ、国内最大の妖術師の集団である。


 かつて六道一族と袂を分かった四人の妖術師が作り上げた組織であり、この地を拠点にしていた。


 この地を選定したのはただの気まぐれではない。富士山というこの国を象徴する霊峰の北西に位置することで、膨大な霊力が集めやすいのが一つの理由だ。


 さらに自殺の名所という噂により、死を望む人間が自らの足でやってくる。妖術師達にとっては格好の獲物であった。負の怨念を利用も出来る。その命や肉体、魂に至るまで、そのすべてを悉く利用される。


 発見されている自殺者などは一部に過ぎず、実際はもっと多くの人間がこの地を訪れ、人知れず彼らに拉致され、様々な事に利用されている。


 同じ行方不明者でも、自殺に訪れる人間を警察も深くは捜索しない。この地で足取りが途絶えても、自殺したものと見なされる。それを利用し、罪業衆は力を付けた。


 数多の妖魔を従え、自殺者を利用することで力を付けてきた。


 彼らの拠点はいくつかあれど、最大規模であり四罪と呼ばれる最高幹部がいるのはこの青木ヶ原樹海の最深部であった。


 罪業衆の拠点。結界に閉ざされた彼らの居住区。それはまるで城のようであった。妖術により築かれたその場所は、かつての天下人である将軍が住むような城を模され、本丸だけでなく二の丸、三の丸なども再現されている。


 しかし似ているのは外見だけで、内部は日本式の城とは大きく異なっていた。内部はまるで迷路のように入り組んでおり、日本風の部屋だけでは無く、西洋風の部屋や石で出来た部屋や階段がそこかしこに存在する。


 城の最上の大広間と呼ばれる石畳の大きな部屋の中央。そこには罪業衆のトップたる四人の妖術師である四罪がいた。全員が黒いローブのような衣服に身を包んでいる。


「火野、星守が何者かに罠にかけられたようだな」


 四人の中の一人が声を発する。


「誰か動いたか? それとも九曜が動いたか?」

「いや、誰も動いてはいないし、九曜も動いてはいないらしい」

「ふん。やつら九曜は内心で我らの地位を狙っておる。秘密裏に動き寝首をかこうとしたのでは無いか?」

「無くは無いな。私達四人は初期から変わらぬが、奴らは入れ替わりがある。増長し、この地位を狙う奴がいても可笑しくはない」

「いっそ見せしめに一人殺すか? 以前もやったことだ。疑わしきは罰せよだ」


 くくくくと全員が可笑しそうに嗤う。彼らは百を超える年月を生きてきた。六道一族の妖術を操り、他者の命を啜り、延命を続けながら今なお暗躍を続ける。


「しかしそれではもったいない。せめて有意義に使い潰そう」

「それもそうだな。なら六家のどこか、あるいは星守にでもぶつけてやろうではないか」

「面白そうだな。ならば星守にぶつけぬか? 奴らは目障りだ。噂の星守真昼の話は聞いたであろう。成長しきる前に、その芽を刈り取るべきだ」

「星守朝陽も面倒な相手だ。この期に潰すべきだ」

「奴にはもう一人、落ちこぼれと言われた息子がいたはずだ。見せしめに始末し、戦端を開くのも面白い」

「もはや我らの力は星守を上回る。いや、星守と六家の半数を相手にしても勝てるであろう」


 彼らが誇る切り札は超級妖魔だけでは無い。


 ここ十年で罪業衆は組織としてさらに力を付けた。所属する妖術師の数が増え、一流から三流まで幅は広いが百八人もおり、馬鹿にできないものとなっていた。


 同時に幹部たる九曜の実力も上がった。四罪の力も衰えておらず特級上位クラスであり、超一流の退魔師でも簡単には倒せない。


 同時に集めた妖魔の数も百に近く、中には特級が四体と最上級も五体存在する。


 その特級も四罪が使役しているので、脅威度はさらに跳ね上がる。


 罪業衆の現在の戦力は後先を考えなければ六家の一角どころか、下手をすれば星守すらも落とせる可能性があるものだった。


「まあ待て。それも良いが今回の事件の首謀者を見つけるのが先だ。もし罪業衆の誰でも無い場合は他の何者かと言うことになる」

「国内の者か、はたまた海外の勢力か」

「九曜を動かし、早急に調べさせよう」

「見つけ次第、始末させろ。いや久しぶりに我らが出ようか。ちょうど奴も暴れたいであろうからな」


 四人は頭上を見上げる。


 高い天井であった。十メートル以上はあろうかという付近には暗雲が立ちこめていた。


 そこからはヒョーヒョーと言う不気味な声が漏れてくる。


「ふふふ、奴も久しぶりに霊力の高い人間を欲しておるわ」

「我らにより超級にまで強さを増した妖魔」

「また暴れる場を用意してやろう」

「それまでしばらく待つがいい。超級妖魔・鵺よ」


 暗雲の中で不気味に輝く二つの光点が怪しく光り続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る