第十八話 先行き
「火野、星守はこの窮地を脱したか。騒ぎの割には些か拍子抜けの終わりだな」
京都某所の京極一族の本邸。そこには京極一族の重鎮が一堂に会していた。
上座に座るのは当主である渚の父である清彦。強面な風貌の男である。その周囲にも先代の当主や京極一族のご意見番などその数は十数人。幹部会と言ってもいいこの会議の主題は、もちろん火野・星守の醜聞になりかねなかった古墳での事件だ。
「星守真昼と火野朱音か。若手最強の名に偽り無しか」
「しかも星守真昼は守護霊獣だけで無く霊器まで発現させたようだ。守護霊獣同様、霊器まで二つとは」
「天賦の才か。このまま順当に成長すれば最強と言われる星守朝陽よりも強い退魔師になろうな」
「京極の地位を脅かす可能性もあるか? 昔から最強の名は星守が冠していたが……」
「いや、所詮は一個人の力に過ぎん。それに星守は京極や他の六家に比べ数は少ない。影響力では我らに及ばんよ」
「退魔師としての力量も重要だが、所属している数も馬鹿には出来んよ。星守は確かに退魔師としての実力は高いが、一族の数は他の六家に比べても少ない。我ら京極には百を優に超える退魔師がおるし、その門下生の数も星守とは比べものにならん。霊器持ちも宗家、分家ともに合わせ十名以上おるのだ。決して奴らに劣りはせん」
会議とは名ばかりの半ば雑談の場になっていた。そんな中、下座には渚の姿があった。
彼女は清彦に呼ばれ、この場へと参じていた。理由は火野朱音や星守真昼の弟である真夜とも接点があり、そこから情報を得られる事が可能であると判断されたからだ。
(ここも相変わらずですね)
渚は周囲の会話に聞き耳を立てつつも、内心で辟易していた。この場にいるのは今の京極を支える術者が三分の一程度、残りの三分の一は組織を運営する者、残りの三分の一が引退してなお、京極で権力を振るう者達であった。
現場にいる者達は今回の件を対岸の火事と捉えずに、京極にも起こりえる事であると考えているが、組織を運営する非退魔師や引退した術者達はどこか楽観的に考えているようにも見えた。
「しかし今回の件は残念だったな。上手くいけば火野、星守の勢力を削り、我らの地盤を広げるチャンスであったろうに」
「まったくだ。星守に貸しを作るチャンスでもあっただろうに」
「ですがご意見番方。今回の件は何者かの暗躍があったのは事実。その何者かの狙いが火野、星守だけとは限りません。京極でも警戒を強めるべきかと」
「その何者かの目星は立っておるのか?」
「いえ、それはまだ。ですが先日、水波でも騒動があったばかりではなく、氷室の方でも大規模な霊障が発生しております。加えて討たれたとは言え六道幻那と名乗った妖術師も出現しております」
六道幻那の名が出た瞬間、先代や年老いたご意見番達の一部が露骨に顔をしかめた。
「六道一族は滅びた。どうせその名を騙った在野の妖術師であろう」
「その通りだ。火野朱音とそこにいる渚、そして星守の落ちこぼれの三人に討たれるような妖術師など高が知れている。のう、渚」
ご意見番の一人から話を振られた渚は顔を上げる。
「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、決して侮れるような相手ではありませんでした。不意を突き、火野朱音さんと私で奇襲をかけられなければ、あるいは仲間割れを起こしていなければ、決して倒せていなかったでしょう。それほどまでに恐ろしいと感じた相手です」
「ふん。霊器すら発現できぬ貴様程度ではそう感じたとしても、霊器持ちであれば大した相手では無かったのでは無いか?」
「さよう。だいたい、足手まといの星守の落ちこぼれが無傷で生き残っているのだ。もし本当に六道の妖術師なれば、お前達が無傷で勝利できるはずも無かろう」
口々に渚を非難するご意見番達。渚としては真実を言うわけにもいかず、言ったとしても到底信じてもらえる内容では無い。
だがまず間違いなく、六道幻那は妖術師として最上位の存在であり、京極一族でさえも本腰を入れなければ倒せない相手だった。
(単独で六道幻那に勝てる退魔師は京極にいない。あれは真夜君で無ければ、あるいは星守朝陽様で無ければ倒せないでしょうね)
ご意見番達の言葉などただの強がりと言うよりも、無知な発言でしか無いと渚は思った。もし今、六道幻那が生きていて銀牙や弥勒狂司を含め、複数の妖魔を引き連れ京極を滅ぼすために襲撃を行った場合、京極の大半は生き残れないだろう。京極の霊器持ちがすべて集結して、何とか勝てるかどうかと言ったところだろうか。
「まあよいではないか。六道を名乗った相手はすでに討たれている。それよりも問題は他にある」
「最近起こっているきな臭い事件の数々。もしや罪業衆(ざいごうしゅう)の暗躍か?」
罪業衆と言う言葉に、場が騒がしさを増した。
その名は六家を含め、多くの退魔師が知る最強にして最悪の妖術師の集団の名である。
その起源はそこまで古くは無い。第二次世界大戦後に、最強の妖術師と言われた六道一族が滅びた後に誕生した集団である。
元々は六道一族に師事していた妖術師達であり、六道一族を見限り在野に下った者達が徒党を組んだのが始まりとされる。
初期は小さな集団であったが、戦後の負の怨念により大量発生・強大化した妖魔に対応するために退魔師達の監視などが手薄になった隙に勢力を拡大した。
トップには四罪と呼ばれる、上位特級妖魔クラスの力を持つ四人の妖術師が君臨し、その配下に九曜と呼ばれる最上級妖魔クラスの実力を持つ九人の幹部が存在するとされる。
さらに所属する妖術師や末端構成員を含めれば、百人を超える集団となっており六家や星守でも簡単には手出しできない組織であった。
「新たな手駒を手に入れつつ、六家の戦力を削ぐつもりだったか?」
「可能性はあろうな。奴らは確かに手強い。何せ切り札として超級妖魔まで保有しておるのだからな」
罪業衆が退魔師側にとって手出ししにくい要因として、トップの実力やその組織力もあるが、何よりも厄介なのが四罪が一体の強力な高位の超級妖魔を使役している点であろう。
かつて六家に次ぐと言われた退魔師の一族が罪業衆と敵対した際、その超級妖魔と四罪によりその一族は壊滅させられた。
六家や星守でもその当時は騒ぎとなり、一族の垣根を超えて共同で彼らを討つべきだと言う声が上がった。
しかし実際は実現せず、罪業衆は野放しのままであった。
理由は単純であった。京極や雷坂が他家と協力することに難色を示し氷室、水波が不参加を表明したからだ。
京極や雷坂はどの家が主導権を握るかと言うことで揉めることになり、氷室と水波は黒龍神の事件の発生後であって動けなかったからだ。
火野、風間、星守の三家での共闘も囁かれたが、実際物別れの結果になった。
罪業衆もその後は大人しく、行動を自粛させたのも大きかった。罪業衆も六家や星守単独ならばまだしも、六家と星守に共闘されては勝ち目が無いと分かっていたから、それ以上の騒動は起こさなかったのだ。
また罪業衆とその退魔一族が戦争状態になったのは、退魔一族の方に原因があったからと言う報告がなされた事も影響していた。
だがもし、あの時に彼らを討伐していれば、今日までの彼らによる事件や被害は起こらなかっただろう。
「もし奴らに今回の戦力が加わり、六家の力が落ちていれば……」
「奴ら我らに戦争をしかけるつもりか?」
「無くは無いであろう。聞けば、今回の古墳には特級妖魔だけではなく、少なくない最上級妖魔がいたと言うでは無いか」
「火野や星守の退魔師が妖魔化していれば、それに匹敵する存在が誕生した可能性もあるか」
高位の退魔師が妖魔化した場合、元々の素養も合わさり高い確率で強力な妖魔へと変貌する。もし火野や星守の宗家の人間が妖魔になれば即座に特級妖魔クラスかそれ以上の存在へとなっていただろう。
「現状の奴らの戦力がどれほどのものかわからぬが、今回の戦力がまるまる奴らに組み込まれれば、六家の一角であろうと簡単に落とせるぞ? かつてでも奴らにはそれに近い力があったのだからな」
「もしそうならば由々しき事態だぞ」
「いっそ、こちらから対処するべきでは無いか? 奴らの本拠地が青木ヶ原樹海にあると以前から噂されている。調査を進め奇襲をしかければ」
「いや、下手に手を出せばかつての二の舞だぞ? 負けはせぬとも相応の被害が出る可能性がある」
「まあ待て。まだ奴らが関与しているとは決まったわけではない」
口々に議論を繰り返す出席者達。渚はこの場においてできる限りの情報収集をする。
(今後、上手く立ち回るためにも、真夜君や朱音さんにとって有益な情報を得るためにも、この場は利用価値はあります)
自分が知らない情報を取り入れられる機会なのだ。利用しない手はない。どうでもいい話の中にも価値のある話はあるのだから。
どれだけの時間が過ぎただろうか。あまり建設的とは言えない会議ではあったものの、大まかな方針は決定した。
「では引き続き情報収集を強化するのと、次に狙われるのが我々京極の可能性も考慮して、今まで以上に注意を払うのと手練れでも複数での行動を推奨することとしよう。罪業衆に関しても手出しはせず、監視の強化に努めることとする」
進行役である当主である清彦の言葉に全員が頷く。
「ついては渚よ。お前にも新たな任を与える」
「……はい」
どのような任か。あまりいい話ではないだろうと思いつつ続く言葉を待つ。
だが直後に放たれた清彦の言葉に渚は目を大きく見開き、驚愕を露わにするのだった。
◆◆◆
「………。あんまりよくない感じだな」
自室のマンションのリビングにて、真夜はトランプと十二星霊符を広げていた。
古墳の事件の後、異世界から帰還した後に自分が関わった事件の多さに疑念を持ち、何度か占いを行っていたのだ。
彼が今行っているのはこの世界で古くから伝わるトランプ占いであるが、真夜が異世界で教えてもらった占いもアレンジして組み込んでいる。
十二星霊符を用いるのは、霊力を用いて増幅することで精度を上げることを目的としている。
大魔導師ほどでは無いものの、真夜のトランプ占いも的中率は高い。しかも悪い占いが出た場合、高確率で当たるのだからたちが悪い。
「帰ってきてから、色々ありすぎだったが、少し気が緩みすぎてたな」
この世界では異世界ほど殺伐としておらず、十五年生きていた中で日常生活では殆ど危険が無かった。また退魔の場においても、家族や一族の者が凄惨な現場に遭遇したことは殆ど無かった。
だから無意識にこの世界に帰ってきて気が緩んでいた。使命を果たし、やり遂げた事に満足し異世界での自分の役目や立場から解放されたことで腑抜けていたのかもしれない。
「守護者の役割は守り手。それは戦いの場だけじゃない」
ぺらりぺらりとトランプをめくっていく。
「朱音達が巻き込まれた事件も、水波の件もまだ解決しきっていない。六道幻那の件でも倒してそれっきりで、それ以降の事に対しても無頓着になってたな」
世界を救った後、この世界でしばらくの間、のんびりと暮らそうと考えていた事もあり、自分から首を突っ込む事をしようとしなかった。
それが間違いだったとは言い切れないが、この状況ではそれを続けるわけにもいかない。不安の芽は、懸念材料は早急に払拭する必要がある。
異世界と同じとは言わないが、この世界にも悪意や闇が存在している。異世界から帰還した今の自分が苦戦する相手も複数存在する。
ならば安寧を守るためにも、大切な人達を守るためにも、このままではいられない。
「攻撃は最大の防御だからな。それに不安材料は取り除くに限る」
相手が分からないのでは行動も何も無いのだが、ならば情報収集を行い事に進めば良い。守護者と言うよりも魔王を倒す勇者に近いが、勇者のように表立って動くつもりもその必要性もない。
裏から、影で暗躍する暗殺者のように、仲間を守るために粛々と行動するだけの話だ。情報を収集し、判断して行動に移す。幸い情報源はいくつか存在する。
「親父や渚からも情報はもらえるだろし、今回と前回の件で親父から仕送りの増額はもらったからな」
真夜は先日、朝陽から新しく受け取った通帳を思い返す。少なくない額が振り込まれており、自由にして良いと言われた。とは言え、無駄遣いは出来ないし、金銭感覚を狂わすわけにはいかない。
「向こうでも旅の路銀は割と苦労したからな」
聖騎士に色々と教えてもらいながら、真夜もパーティーの財政管理を手伝っていたので、お金の重要性は痛いほど理解している。
しかし金というのは使いどころを間違えてはならないが、様々な事に利用できる。
「星守の落ちこぼれが多少動いてもあまり気にもとめられないだろうし、実力が知られていない今なら、色々とやりようはある」
それに何者かの明確な悪意が感じられる。今後もその悪意に自分だけで無く、大切な人達まで巻き込まれる可能性がある。
ならば自分のやるべき事は決まっている。真夜は十二星霊符とトランプを片付けると、スマホを手に取り電話をかける。
しばらくのコールの後、目的の人物はすぐ出た。
『やあ、真ちゃん。どうしたんだい?』
「悪いな親父、忙しいところ。ちょっと相談したい事があるんで、今度時間を作ってくれ」
真夜は電話の相手である父である朝陽に、どこか不敵に笑いながら相談を持ち掛けるのだった。
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