第十七話 新しい火種


「それで? 結局の所、思惑通りにいったのか?」

「くかかか! いやはや、中々に思い通りにいかぬ展開じゃったよ! こうやってのこのこと逃げ帰ってきたのがその答えだのう」


 海の見える高台に立てられた洋館にて、少年の姿の六道幻那とぬらりひょんがテーブルに向かい合いながら、お茶や茶菓子を前に雑談を行っていた。


 幻那の言葉に失敗したと口にしながらも、楽しそうに嗤うぬらりひょん。何がそこまで面白いのかと幻那は不思議に思う。


「途中まではうまくいっとったが、思った以上に退魔師側の動きが速かったわい。いや、お主がご執心の小僧がと言うべきかのう」


 ぬらりひょんはくつくつと嗤いながらも、自らが目にした少年の姿を思い浮かべる。


「よく見つからなかったものだ。奴なら、いや奴らならば近くにいれば、お前であろうと確実に発見すると思ったが」

「いやいや、外で古墳内部に入るところを遠目にしか見ておらんよ! 隠形も見事でぼんやりとしか見えんかったし、気配も殆ど感じられんかったわい」


 ぬらりひょんは古墳の中で真夜達を見たのでは無い。外で身を隠し、気配を消して入り口を観察していたのだ。


 ぬらりひょんが真夜達を認識できたのは、その能力故だろう。相手に気づかれにくいゆえに、他者がそのような術を使用している場合は敏感に感じ取り、自分自身への影響力を最小限にする。


 真夜達もすぐ側にぬらりひょんがいれば気がついただろうが、遠くで気配を消して隠れていた状態での発見は不可能であった。


また視線に関しても、その場には火野や星守、また古墳の研究者達の気配や視線があったのと、直接視線を向けずにわずかにそらしていたことで気づくことが出来なかった。


「お主の言うとおりじゃったわ。あれは化け物だ。内部に留まり続けておれば、儂も滅せられていたであろうな」


 出されたお茶を口に運びながら、くわばらくわばらと肩をすくめる。ぬらりひょんをして見事と言うしかない隠形術。お供に鞍馬天狗を連れていたが、鞍馬天狗は気高く誇り高い存在だ。


 契約者や気に入った相手、認めた相手以外とは決して単独で行動を共にしない。その相手と一緒にいる時点で、真夜の力がどれほどの物か想像できる。


 さらに言えば、極端に強くなく、それでも長く生きたことで相手の強さを敏感に感じ取れるぬらりひょんをして、直接相対してもいないのに恐ろしいと感じさせられた。


「まったく。磐野媛や周防の大蟆含め、内部の妖魔は全滅。さらに手中に収めていた星守真昼まで奪還され、妖魔化を進めていた内部に入った退魔師全員が無事に救出。どれだけの快挙、いや奇跡だ? 本当に人間かのう?」


 ぬらりひょんが外に出た時点で、内部の退魔師達は敗北し捕らえられた。七人は妖魔化を進行中で、真昼は完全に手中に収め、残りの二人の命も風前の灯火だった。


 ぬらりひょんが内部に留まらなかったのは、嫌な勘が働いたからなのだがそれはまさに正しかった。


 鞍馬天狗を含めたった三人で乗り込み、逆転劇を見せた上に全員救出ではぬらりひょんで無くてもあり得ないと言うだろう。


 古墳内部には強力な妖魔が多数存在し、罠を張り、人質までいたのだ。それを簡単に粉砕するなど最強の退魔師と言われる星守朝陽でも不可能であろう。


 その事を考えれば実際に見ずとも自ずと想像できる。幻那達を圧倒したと言うことも加味すれば、その力は覇級妖魔並と言えるだろう。


「言ったはずだ。迂闊に手を出せば、手痛いしっぺ返しでは済まないと」

「いや、お主の言葉を疑っていたわけでは無いが、やはり実際に見て見ぬ事にはのう?」

「それにしても、お前にしては詰めが甘かったな。情報を流すのが早すぎたのではないか? あと一日、いや半日でも情報を流すのが遅ければ、新たな妖魔を多数手に入れられていたのでは無いか?」

「まあのう。しかしそうなった場合、件の星守真夜が激怒したであろう?」

「……だろうな。おそらく地の果てまでお前を追いかけたであろうよ」


 フッと笑みを浮かべながら、カップに注がれたブラックコーヒーを口にする。自分と相対した時も、あの二人を傷つけられそうになり怒り心頭だったのだ。


 今回の場合はその片方の火野朱音を巻き込んでおり、もし彼女が妖魔にされていれば、この件を仕組んだ存在を決して許さず、血眼になって首謀者を探し出そうとしただろう。


「本当に想像以上の存在だったのう。だが儂とて無策では無いぞ? 確かに今回は少し情報を流すのが早すぎたかも知れぬが、星守真夜と言うイレギュラーが無ければ上手くいっておったはずじゃ」

「存在は教えたはずだし、奴の介入は予想の範囲内だと思うが?」

「それを言われては言い訳できんのう」


 ぬらりひょんとて幻那の言葉に反論できなかった。介入は考えられたが、まさかあそこまで早く動くとは思わなかった。


「六家には殆ど被害を出せなかった上に、儂の手駒も減らされたが、逆に退魔師側を上手く利用できる体勢は整ったわい」


 もう少し上手く事を運べば、最上の結果を手に入れていたかも知れない。しかしこれは完全な失敗では無い。


「最善は磐野媛含めて全部を儂の手駒に加えることじゃったが、結果論ではあるが星守真夜の強さを知ってそれは最悪の結果と感じたわい」

「ああ。先ほども述べたが、そうなっていた場合、あの男と堕天使がお前を含め関係者をすべて蹂躙していただろうな。まだ今の私でも彼奴らを同時に相手にして勝てるビジョンがまったく見えん」

「今回の結果も考えれば、そうであろうな。まったく、罠を張った状態で特級妖魔や最上級妖魔複数をあっさり倒す化け物に、血眼になって狙われとう無いわ」


 どちらが妖魔だと言わんばかりに怖い怖いと言うぬらりひょんだが、その顔は恐怖しているのでは無くどこか楽しんでいるようだった。


「じゃがこれで上手く利用できれば、最強の存在を手に入れたも当然だのう」

「あの男を上手く利用できるのか? 相対した印象では、そこまで都合よく動かせるほど頭は悪くないと思うがな」

「なに、奴では無く周囲を動かすだけのこと。それに儂が手駒を求めたのは六家の力を削ぐこともじゃが、目障りで邪魔な存在を消したかったからだからのう」

「……奴らか」


 幻那は思い出したように呟くと顔をしかめた。先日聞かされていたぬらりひょんの目的を思い出し、その相手のことを考える。


「そう、奴らじゃ。前から目障りじゃったが、最近はさらに鬱陶しくてのう。ここいらで消えてもらいたいと思ってのう」

「確かに奴らは退魔師にとっても目障りだ。しかし星守真夜を動かせれば、上手くすれば殲滅も出来るだろうな」

「六家のパワーバランスを崩したかったのも、混乱を起こせば奴らが動くと踏んだからじゃよ。そうなれば六家と奴らとの戦争だからのう。奴らも退魔六家は目障りに思っておったし、それとなく情報は流した」

「だが下手を打てばお前が双方から目の敵にされるぞ?」

「くかかか。心配してくれるのかのう? 問題ない。こう見えて逃げ隠れすることは得意じゃからな。この程度出来ずして、長生きなどは出来ぬわ。それにいざとなればお主に守ってもらおうかのう」


 ぬらりひょんの言葉に今度は幻那が肩をすくめる。


「悪いが私の悲願は京極を滅ぼすことだ。かつてお前に助けられたことは感謝しているが、だからと言ってその目的の邪魔をするのならばお前とて容赦はしないぞ?」


 ビリビリと刺すような妖気が幻那の身体から解き放たれるが、ぬらりひょんはそれらをすべて受け流す。


「ふむ。まあ儂とてお主の邪魔をするつもりはないから、その物騒な気配をおさめてくれんかのう」


 どこまでも飄々とした態度を崩すこと無くぬらりひょんは幻那へと言うと、幻那もこれ以上は無駄と悟り気配を抑えた。


「心配せずともお主に迷惑はかけんよ。じゃが京極への復讐には手を貸してやろう。銀牙達を失って、お主も人手が欲しいであろう?」

「生憎と高くつく借りは作りたくないのでな」

「くかかか! 心配せずとも割安で引き受ける。それにタダではお主も安心できまい? あと星守真夜の実力も知れたからのう。お主が慎重になるのもよく分かる」


 もし星守真夜が京極に味方すれば、正面から京極を討ち滅ぼすことは今の幻那でも難しいであろう。


「……いいだろう。私とてお前が味方をしてくれるのなら、願っても無い。ただし、今後は火遊びは控えてもらうぞ」

「くかかか! 勿論だとも。しかし奴らに関しては先に進めさせてもらうぞ?」

「わかった。奴らは私にとっても目障りであったし、利用価値もあるからな。そろそろ私も次の段階に進もうと思う。いつまでもこの少年のような姿では示しがつかない」

「その姿も新鮮で良いと思うがのう! しかしやはりお主にはいつもの姿の方がよい! して、元の姿に戻る算段はあるのか?」

「ああ。お前の言う目障りな奴らを利用すればな」


 ニヤリと不敵に笑う幻那に、ぬらりひょんも再び大笑いをした。


「くかかか! よいよい。久しぶりにお主と共に大仕事をするのも一興! いや、これもお主にしてみれば、大事の前の小事かのう? では作戦を練ろうか? お主にとっても邪魔な星守真夜を利用し、出来れば無力化するためにもな」

「ああ。星守真夜を亡き者にするのが一番だが、そこまでは望めんだろうな。しかしそれが出来ずとも、消耗させ時間を稼ぐことは出来るかも知れん。そうなれば、その隙に私は京極へと攻勢をしかけよう。京極を根絶やしにするためにな」


 彼らの暗躍はさらに進むことになるのだった。



 ◆◆◆



「今回は本当にお疲れ様だね、紅也」

「……まったく。本当に今回ばかりは肝を冷やしたぞ」


 事件から数日後、火野で当主を含めた幹部での会談が終わった後に朱音の父である紅也と真夜達の父である朝陽は二人で小洒落た落ち着きのある個人バーのカウンターで飲んでいた。


 かつては一緒に妖魔と戦い続けた友人同士であり、このように個人的に飲み歩くことも少なくなかった。


 この店は二人の贔屓の店であり、店主も元退魔師であり、退魔師の間では知る人ぞ知る店でもあった。


「だが本当に皆が無事でよかった。それに朱音が今回の事件の立役者になってくれたおかげで火野のメンツも守られた。いや、真昼君にも感謝はしているんだぞ? 真昼君がいなければ、全員が妖魔にされていただろうからな。それにしても真夜君もだが兄弟揃って朱音を助けてくれたんだからな」

「ははっ、またきちんと紅也がそう言っていたと伝えておくよ」


 朝陽は氷の入った度数の強い酒をあおりながら、紅也の言葉に相打ちを打つ。


(実際は真夜のおかげだけどね。紅也に教えてやりたいが、まだ時期が悪い。それに真夜の頼みもある)


 朝陽としては出来れば早くに真夜の実力を知らしめたいが、どうやって強くなったのかも聞いていない状況では時期尚早とも考えている。


(それに今は真夜の存在を秘匿しておくべきだ。今回の首謀者や水波の封印していた鬼の解放事件なども含めて、事態は慌ただしく動いている。真夜も言っていたとおり、真夜には秘匿戦力として切り札になってもらいたい)


 父としてだけでは無く、当主としても動かなければならない。一族を守るため、ひいてはこの国の安寧を守るためにも、非情の決断をしなければならない時がある。六家や星守の当主の座は、それほどまでに重いのだ。


「だがこれで朱音ちゃんの火野での地位も安泰だ。これだけの功績があれば、ご意見番達も無碍には出来ないだろ?」


 昔に比べてマシにはなったとはいえ、六家はどこも封建的であり、年老いた術者がご意見番としてあれこれ口出しすることも少なくない。先代の当主や今なお現役で活動する者もおり、かつての実績から今なお権力を有する者もいる。


 火野だけでは無く、星守でもそれはある。火野では紅也が妻との結婚の際に、彼らから随分な扱いを受け、結婚後も朱音の容姿や力が安定せずに暴走することでお小言や陰口を囁かれることも少なくなかった。


 しかし今回の功績で、ご意見番達も大きな事を言えなくなった。


 当主の息子と娘が何も出来なかったのに、真昼と共同とはいえ、それを解決して火野のメンツを守ったのだ。文句を付ければ、自分達に飛び火する可能性がある。


「ああ。それはな。けど今度は逆に朱音を担ぎ上げようとしたり、どこかの有望な退魔師と婚姻を結ばせようとしている」


 ぐっと怒りを露わにしながら、一気にグラスの酒をあおる紅也。


「ぷはぁっ! ったく! あの老害どもめ! 俺のことはいいが、妻と朱音に対しては許せん! 朱音の気持ちも考えずに! と言うかあっさりと掌返ししやがって! 何が見合い話を持って来ただ!」


 ドンとグラスを叩きつけ、貯まりに貯まったストレスをはき出す。今でこそ落ち着いているが、昔は気性が荒かった紅也は酒の影響もあり、一人称も俺に戻っていた。


「うちは一人娘だから、色々と大変なんだよ。聞いた話だと内々だが他の六家の方からも打診があったって話だ」

「ほう、他の六家から」


 紅也の話に朝陽は興味深そうに聞き入る。


「雷坂からだ。どうにも向こうの中に、火野と関係を強化したい派閥があるらしい。けどな、うちの朱音も年頃だから余計にそう言う話には敏感なんだ。それに朱音は真夜君のことを好いている」

「いっそのこと、真夜と婚姻を結ぶかい? 真夜も憎からず朱音ちゃんを大切に思っているからね」


 朝陽は渚の事も考えながらも、朱音との婚姻は悪くない手だと考える。


「……朱音としては良いだろうが、はっきり言って俺と妻よりも茨の道だろうが。お前がよくても星守の血筋でも真夜君では火野は納得しない。真夜君にとっても苦労しか無いだろう。真昼君ならば何の問題もないだろうがな」


 朱音は喜ぶだろうが、真夜ではご意見番は勿論、他の一族からも何を言われるか分からない。星守でも反対意見が出るだろう。朱音が嫁に行くのも、真夜が婿に来るのもどちらでも反発が大きすぎると紅也は考える。


「うーん、まあ、そうだね」


 曖昧な返事をする朝陽だが、今の真夜の本当の実力を知れば火野は反対どころか諸手を挙げて賛成し、婿に来て欲しいと言うだろうなと思い、朝陽は内心で面白そうに笑った。


 逆に真昼と婚姻を結ぶとなると、真夜が割と本気で怒りそうなのでそれだけは何としても阻止しなければならないと思った。下手をすれば修復した関係が再び壊れる可能性もありそうだったからだ。


(正直、今の真夜を火野に取られたら、星守も最強の座を奪われそうだし、火野が六家の頂点に立てる可能性もあるんだけどね)


 確かに一個人の実力だけで一族全体の力が決まるわけでは無いが、今の朱音や他にも霊器持ちが複数おり、次代に関しては真夜と朱音の子供ならば、高い確率で優れた才能を持つ可能性が高い。


 実際、真昼に力を渡さなければ、元々の才能では真夜の方が優れていた可能性が高い。


(そう思えば真ちゃんを火野へ婿に出すのは出来れば避けたいかな。渚ちゃんのことも考えれば、星守に残ってもらう方が真夜にとってメリットもあるかな)


 だからこそ今回の話も酒の席での戯言にしておく。だがそれでもある程度の言質を取っておこうと朝陽は考えた。


「まあ今は久しぶりにお互いに、愚痴りながら飲むとしようじゃないか、紅也。マスター、もう一杯頼む」

「せっかく朱音が無事だったのに、こんなやけ酒をしないといけないとか最悪だろ。ああ、くそっ! 今日はとことん飲んでやる! 朝陽、最後まで付き合えよ!」

「はいはい。心配しなくてもしっかり付き合うから。けどお酒は飲んでも飲まれないようにね」


 二人の父は朝までお互いに愚痴りながら、酒を飲み続けるのだった。


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