第十四話 真夜と真昼



 真夜は真昼が操られている原因と思われる勾玉を力任せに引きちぎった。本来は呪いが込められており、並大抵の事では外すことも壊すことも出来ないが、真夜の霊符による浄化で効力を無効化した。


 勢いよくはじけ飛ぶ勾玉。その直後、真昼はガクリと膝から崩れ落ちた。


(結局ルフの手助けありでの勝ちか。出来れば俺だけの力で勝ちきりたかったけどな)


 真夜は憮然としながら頭をかいた。出来ればルフの力を借り受けること無く勝利したかった。


 それに肉体への反動もある。おそらく幻那と戦った時のように身体への負担も大きいだろう。


 もっと簡単に、スマートに勝つ方法もあったかもしれない。どうにも家族のことになると熱くなってしまう。


 異世界ではパーティーの守護者として役割をこなしていたはずなのに、父や兄の事となるとどうも感情的になってしまう。


(でもまあ、これで終わりだな)


 砕け散った勾玉を見やりながら、怨念に似た呪いが霧散しているのを真夜は確認すると周囲の様子を見やる。


 ルフと朱音は勝利し、鞍馬天狗も武人達を仕留めて残るは磐野媛だけになっている。


『馬鹿な! 馬鹿な!? こんなことがあるはずが無いのじゃ!』


 喚き散らし、ひぃひぃと腰を抜かしたまま尻餅をついて後ずさる磐野媛とそれを追い詰める鞍馬天狗。


 特級と超級の差だけではない。有利な状況から一転して不利な状況に追い詰められたこと。配下をすべて失ったこと。周囲には敵しかいないこと。怨念となった今でも元の人格が残っていたのだろう。追い詰められた彼女はもはや特級妖魔と誰も思わないだろう。


(何故妾がこんな目に! それもこれもあの人が悪いのじゃ!)


 仁徳天皇が磐野媛が熊野に出かけた際に、別の女を宮中に入れたことが原因で彼女は激怒し別の場所へと移り住むと、そこで没することになる。仁徳天皇が面会に来ても、決して会うことは無かった。


 それは彼女の怒りが凄まじく、またそうすることで彼の気を引こうとしたからでもある。


 しかし仁徳天皇が面会に来る回数も減り、ついには来ることも無くなった。さらに彼女は流行病にかかり、愛しき人に看取られることも、会うことも無いまま没する事になる。その事が彼女を怨霊と化させた。


 この肉体はそんな彼女を鎮めるための巫女だった。だがあまりの怨念の強さに巫女は祓うことを断念し、自らの身体に怨念を宿すことで一時的に封じた。


 肉体と怨霊を引き離すことで、その力を弱め、最後には消滅させようとしてこの地に仁徳天皇は秘密裏に墓地を作り巫女と怨霊を封じ込め、その守り手として十二人の武人を共に埋葬した。


 だが巫女にとって誤算だったのは、磐野媛の怨念があまりにも強く嫉妬深く、どれだけの歳月が経っても消えなかったことだろう。逆に巫女の肉体を乗っとった。


 しかしそれをも想定していた巫女や仁徳天皇達はこの古墳に強固な封印を施した。永い年月を経ていたが、それでも石棺の封印は内部からは決して破られない……はずだった。


 だがこの古墳を発見し、封印を解いた存在がいた。ぬらりひょんである。


(あやつはどこへ行った!? 妾がこんな目に遭っているというのに、あの者は一体どこへ!?)


 真昼達を捕らえた後、ぬらりひょんは磐野媛と再度顔を合わせた後、気がつけばいなくなっていた。磐野媛には名前さえ名乗っていない。味方とも言っていない。ただ磐野媛に配下を増やし好きにしろと伝えただけ。


(どうすれば、どうすれば!?)


 磐野媛は周囲を伺う。どうすればこの窮地を逃れられるのか。この肉体を捨てて逃げても直ぐに浄化される。ほかの人間に乗り移って……。


「!?」


 だがそんな中、彼女の身体が見えない力に抑えられた。その力が何なのか、磐野媛はその力の出所を探した。見れば漆黒の堕天使が片手を磐野媛に向けていた。


『き、貴様っ!』

「ふん。余計な事を」


 ルフの行動に鞍馬天狗は嫌そうな顔をした。彼女は磐野媛が逃げないように拘束したのだ。肉体的にも霊的にも逃走が不可能なように。ルフはいつものように微笑を浮かべている。


『妾は、妾は!』

「もう眠れ、古き姫よ」

『嫌じゃ、嫌じゃ! 助けてたもう!』


 恥も外聞も無く泣きわめく磐野媛だが、鞍馬天狗は無慈悲に磐野媛を見ている。と、彼は少し何かを思案し、真昼の方へと視線を向けた。


「朝陽の息子である真昼よ。意識はあるか? まだ身体は動くか?」


 真夜の直ぐ側で意識を朦朧とさせている真昼に、鞍馬天狗は声をかけた。


「……」


 だが操られていた事もあり、その身体は思うように動かない。精神的にも疲弊しているため、まともに受け答えも出来ない。


 そんな真昼の額に真夜は霊符を無造作に貼り付けた。


「……」


 どこか焦点の定まっていない目で真夜を見る真昼に、真夜はどこか優しげな笑みを浮かべた。次の瞬間、真昼の身体を暖かい霊力の光が包み込んだ。


 真昼の身体が回復していく。疲労感が薄れ、霊力もある程度だが回復している。


「悪いな、兄貴。全快にしてやりたいのは山々だけど、俺の霊力もあんまり余裕が無いからな」


 真夜も朱音や楓、他の七人の回復や浄化、さらに渚の強化や真昼との戦闘で霊力の大半を消耗した。真昼クラスを完全回復させるには心許ない。


 ルフから融通してもらった霊力も一時的なもので、真夜の身体には負担が大きい。幻那との戦いの後のように明日は反動で酷い倦怠感と疲労感が襲うだろう。ついでに言えば、霊力の回復も遅くなる。


「しん、や……、ぼくは……」

「その話は後にしようぜ、兄貴。ほら最後の仕上げだ。朱音は仕事をこなしたぞ。最後くらいは兄貴もバシッと決めてこいよ。しっかりとあいつを成仏させてやれ」


 真夜に促され、真昼は磐野媛の方を見る。


「鞍馬や俺じゃなく、兄貴があいつを倒すことに意味があるんだよ。つうか俺も色々と話もしたいし時間も無いからさっさと終わらせてくれ。それに兄貴もあいつには借りがあるだろ? 楓とか割と酷い扱い受けてたし。それと俺も限界が近いから。……頼むぜ、兄貴」

「真夜……」


 真昼は真夜が自分に頼み事をするなど初めてなのでは無いかと思った。そもそも最後にまともに会話をしたのはいつだったのか。いや、真夜が自分に対してこんな顔をするなど本当に目の前の相手は真夜なのかと疑った。


 だが双子ゆえに目の前の少年が自分の双子の弟である真夜であると、真昼は確信できた。その弟が自分に頼み事をしたのだ。それに応えないわけにはいかない。


 霊器を手に取り立ち上がると、真昼は磐野媛へと近づいていく。


『や、やめよ! 妾は、妾は!』


 鞍馬が真昼に視線を向けると出来るな? と無言で確認を取る。


「………一太刀で終わらせます」


 命乞いをする磐野媛だが、真昼もそれで彼女を見逃すほど甘くは無い。寧ろ、こんな状況を作った彼女に対して怒りを抱いていたかも知れない。


 真昼は刀を振り下ろし、そのまま彼女の霊魂を完全に破壊した。


『ぎゃぁぁぁぁぁっっっ!』


 断末魔の悲鳴が響き渡ると周囲に妖気が霧散していく。


「Aaaaaaaaaaaaaa!!!」


 同時にルフが歌を紡ぐかのような声を放った。いや、それはまさしく歌だった。霊力を纏った歌は、この空間に響き渡り悪霊の残滓を消し去っていく。


 磐野媛に取り憑かれていた巫女の肉体は、磐野媛が消滅するとまるで砂のように崩れ落ち、そのままルフの歌声により粒子となり消えていった。


 ここに朱音達を全滅寸前まで追い込んだ磐野媛とその配下達は、真夜達によって驚くほどに呆気なく、その最期を迎えるのだった。


 ◆◆◆


「真夜!」


 すべてが終わったのを確認すると、朱音は真夜に嬉しそうに近づき、そのまま彼の胸にダイブした。いつもならこんなことはしないというか気恥ずかしくて出来ないのだが、今は感情が高ぶって思わずと言った感じであった。


「無事で何よりだ。結構危なかったけど、間に合ってよかった」

「……うん。本当にありがとう。それに心配かけて、迷惑かけてごめん」


 申し訳なさそうに言う朱音に、真夜は穏やかな笑みを浮かべながら気にするなと労う。


「朱音が無事だったんだ、問題ねえよ。それとこっちも悪かったな。もう少し早く来てればよかったんだろうけど」


 真夜達の到着があと少し遅れていれば、朱音は妖魔にされていただろう。他の面々も決して無事ではいられなかった。


 真夜は本当に間に合ってよかったと心の底から安堵した。


「ううん。渚にも言ったけど、助けに来てもらって文句なんて言えないわよ。それに真夜には何度も助けられて……」


 昔から真夜に助けてもらっている事が嬉しくて、でも情けなくて、悔しくて。朱音は複雑な思いを抱く。


「構わねえよ。それと渚にもきちんと礼は言っとけよ。無理にでもついてくるって渚が言わなきゃ、たぶん間に合ってなかった。俺もお前もまた渚には借りが出来たな」


 式神での先行偵察と敵の排除。さらに朱音達へ霊符を届ける役目など、その功績は計り知れない。真夜としても彼女がいなければ、朱音達を無事に助け出すことは出来なかったと思っている。


「……うん。あとでもう一度お礼を言っておく。けどほんと、真夜にも渚にも助けられてばっかりで情けないわね」

「そう言うなって。今回の案件はどこかの誰かの罠だったみたいだしな。火野や星守だけじゃ無くて六家全体で大騒ぎになってるぞ」

「えっ? そうなの?」

「まあ詳しくはここを出てから聞いた方がいいな。俺もそこまで詳しく知ってるわけじゃ無いし、朱音達がそれを知ってるのもおかしな話だろ? だから今は何も聞かない方が良いぞ」

「そうするわ」


 下手に情報を得ているとボロが出る可能性があるので、朱音も詳しく聞かないことにした。


「さてと。じゃあそろそろこっちの話もしようか兄貴」

「真夜……」


 真夜は朱音から離れると、今度は真昼の方に向き直る。朱音や渚は心配そうに二人を見守っている。鞍馬天狗とルフも少し離れたところでその様子を眺めている。


「真夜殿! どうか、どうか真昼様を責めないで頂きたい! 真昼様に対してのお怒りは、真夜殿達の秘密を知りながら誰にも伝えなかった私へとお願いします!」

「楓!?」


 いきなり楓は真昼を庇うように彼の前に立ち、そのまま土下座をして頭を下げてきた。


「いや、別にそれはいいんだけど。それよりも土下座とかやめてくれ。兄貴もやめさせろよ!」

「楓! 君がそんな事をする必要は無いよ。これは僕の責任だ」

「兄貴もそこまで思い詰めんなっての。正直、そう言う責任の所在のやりとりは小芝居になりかねないぞ」


 真夜は後頭部をかきながら、はぁっとため息を吐いた。


「まずは俺から謝っておく。悪かったな、兄貴。昔から色々と兄貴に突っかかったりして」


 真昼は真夜の言葉に驚きに目を見開く。まさか真夜から謝罪の言葉を聞くとは思っていなかったからだ。


「兄貴が俺を大切に思ってくれていたのも、気遣ってくれていたのも分かってた。けど昔の俺はそれが気にくわなかった。だから兄貴にも酷いことを言ったし、兄貴をできる限り避けてた」

「違う。それは僕が真夜の力を奪ったからで」

「生まれる前の話をしても仕方が無いだろ? それが事実でも当時の俺は知らなかった。ただ兄貴に嫉妬しての行動だ。褒められたもんじゃねえよ」


 とは言え、今は異世界での経験や、精神的に乗り越え成長したことや力を得たことによる余裕があるためで、もし今も無能なままであったなら、とてもではないがこんな風には考えられなかっただろうし言えなかっただろう。


「俺も大層な事はいえねえよ。兄貴達の懸念も尤もだろうよ。結局、俺も強くなったからこんなことが言えるだけで、昔の弱い俺の時にこの話を聞いてたら、きっと兄貴を恨んだまま、憎んだままだったろうからな。ついでにやばい行動にも出てたかも知れないぜ」


 そう言って苦笑する真夜。異世界から帰ってきたからこそ言える台詞で、力を得たから調子に乗っていると言われても否定できない。


 ただ、それはそれとして真夜の中で燻る思いがあるのも確かだった。


「あと先にもう一個だけ謝っておくぜ、兄貴。色々あって、俺も成長したし、乗り越えたはずだったんだ。でも俺もまだまだガキみたいだ。あとで苦情も恨み節も聞くし、やり返してもらって構わない。ほんとに悪い。けど昔から、どうしても兄貴に対してやってやりたいことがあったんだ」


 真夜は何故か真昼にばつが悪そうに言いながら頭を下げた。真昼は真夜の言葉の意図が分からず困惑した。


 しかしすぐにその意味を理解することになる。


「だから……歯ぁくいしばれ、兄貴!」

「!?」


 真夜の右ストレートが真昼の左頬に直撃するのだった。


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