第十一話 真実


 星守の秘術たる守護霊獣の召喚と契約は宗家、分家共に基本的に一人一体が原則であった。


 長い星守の歴史の中でも、どれだけ優れた退魔師であろうとも、それこそ星守の初代や最強と謳われた朝陽であっても二体の召喚と契約を行えなかった。


 だがその例外が起こった。真夜と真昼である。


 真夜は星守の歴史上、初めて召喚と契約に失敗した。逆に真昼は前鬼と後鬼の二体を召喚し契約を結んだ。


 当時、この現象について様々な憶測が生まれた。


 しかし霊器においても、対になっている場合は二つ発現する場合がある。


 そのため真昼の場合も天才であったことと、前鬼と後鬼と言うかつて修験道の開祖と言われている、飛鳥時代の術者である役小角(えんのおづぬ)が使役していた夫婦の鬼であったために、対になっていたからこそ召喚と契約に成功したのだろうと結論づけられた。


 中には真夜の守護霊の分も真昼が召喚したのでは無いかなどと言う下らない笑い話まであった。


 守護霊獣に関してはまだ真昼が天才であると言う事で納得できた。しかし霊器はどうだ。二つの霊器が対になっていない。全く別の形状である。


 そんな事はあり得るのだろうか? これも真昼が天才だから、類い希なる才能を有していたからの現象と片付けられるのか?


 だがもしその前提条件が間違っていたら? 下らない笑い話こそが真実だとしたら?


『ふふふふ! いかにお前達が強くとも、妾にはこの男がおる! どうじゃ、この力! こやつが使役する二体を! 妾さえも大きく上回る力! そこな長鼻にも劣らぬ威圧感! こやつらさえおれば負けなどせぬ!』


 磐野媛は勝ち誇ったかのように告げる。


 超級クラス。超一流の退魔師で無ければ相対することさえ出来ない化け物。その超一流であっても単独での討伐は困難を極める。


 そんな化け物と同等の力を持つ相手が一人と二体。普通ならば絶望し抵抗する気すら起こらないだろう。


「まさかこれほどまでとはな。流石は朝陽の息子と言ったところか。だが情けない。これほどの力を秘めていながら、簡単に操られるとは」


 鞍馬は真昼の力に感嘆しつつも、そのくせ簡単に操られてしまった彼に対して怒りと落胆の念を抱いた。


『ふふ、妾にとって幸いじゃったのは、その男が心に闇を抱えておった事じゃ。元々の実力も高かったが、これほどの力を秘めていたにも関わらず、心は驚くほどに弱かった。心の隙をつき、こやつが抱えている闇を刺激してやれば、驚くほど簡単に堕ちよったわ』


 あざけり嗤う磐野媛は自分が真昼を手駒にしたことをよほど自慢したいのか、饒舌に語り出した。


『こやつはな、弟に対して負い目を感じておった。まあそうじゃろうな。何せこやつは弟の才能や力をすべて奪って生まれたのじゃからな』


 ドクンとその言葉を聞いた真夜の心臓が一際大きく鼓動した。目を見開き、それまで真昼を凝視していた目を磐野媛の方に向ける。


「どう言う、ことだ」

『ん? そう言えばその顔……。こやつの記憶にあったな。そうか! お前がこやつの弟か! はははっ! これは傑作じゃ! 兄を助けに来たはずが、その兄に殺される事になるとは! しかも本来お前が持って生まれるはずであった力によって!』


 真夜の言葉に興が乗ったのか磐野媛はべらべらとしゃべり出した。


「やめろ! それ以上言うな! これ以上、真昼様を苦しめるな!」


 だが横合いから話を遮ろうと楓が声を張り上げた。磐野媛はちらりとそちらを一瞥すると、ニィッと三日月のように口を不気味に吊り上げた。


『くくく。確かお前も知っておったのじゃったな。これは二人だけの秘密じゃったか? 少し前の退魔の際、相手の妖魔から教えられたな』


 磐野媛は勾玉を通して得た真昼の記憶を語る。


 真昼と楓が真実を知ったのは、真夜が星守を出て一人暮らしを始めた少し後だった。


 二人は星守からの依頼を受け、退魔に赴いていた。


 遭遇した妖魔は、聞かされていたよりもさらに強い妖魔であった。


 特級クラス。しかも知恵もある化け狸だった。神通力に似た妖術を扱い、その力も妖気も今まで真昼が出会ってきたどんな妖魔よりも強く、戦い方も巧みだった。


 さらに化け狸は配下を伴っており、最上級妖魔に類する個体もいたため、守護霊獣を召喚した真昼を含め四人の状態でも苦戦どころか死闘にまで陥りかけた。


 この時の前鬼と後鬼の実力はまだ最上級程度でしか無かったのもその要因だ。


 だが真昼はこの時に霊器を発現させた。戦いの最中、命の危険に晒されたことで、さらに楓を傷つけられ、怒りを爆発させた事も関係していたのかも知れない。


 彼は無我夢中だった。左右で違う霊器であったことなどその時は疑問にも思わなかった。


 ただ楓を助けられる。彼女を傷つけた妖魔を倒せる。その事で頭がいっぱいだった。


 霊器の力は守護霊獣の力も増幅させ、形勢は一気に逆転した。真昼はついに、化け狸に致命の一撃を叩き込んだ。


 しかしその時に化け狸より真昼の過去が暴かれた。


「ぐふふふ。ずいぶんな力だな。そりゃそうか。弟の力を奪って自分のものにしたんだからな」


 最初、真昼は化け狸が何を言っているのか理解できなかった。


「な、何を言っているんだ」

「お前の持ってる武器を見てみろ。どうして別々の形状をしていると思う?」


 聞くなと真昼の霊感が囁いている。だが化け狸の言葉に耳を傾けている自分がいる。


「それはな、お前が生まれてくる前に弟の力を全部奪ったからだ。いるんだろ? 無能の弟が?」

「ど、どうしてそんな事をお前が知っているんだ!」

「ぐふふふ。簡単な事よ。俺はな、こう見えて神通力が使えるんだよ。そして俺の一番の得意な術は過去を見る事だ。お前のその武器に貫かれた時に見えたんだよ、お前さんの過去がな」


 ニチャァッと血を口から零しながらも、どこまでもふてぶてしく化け狸は嗤った。致命傷に近い傷を受けているはずなのに、余裕であるかのような振る舞いだった。


「真昼様! 耳を傾けてはいけません! どうせ口から出任せです!」

「口から出任せ? ならお前達の出会いでも言ってやろうか? 迫害され、封印されてそこのガキに救われた狐の半妖よ」

「っ!?」


 化け狸の言葉に今度は楓が動揺した。化け狸は楓の出自を言い当てたのだ。


 半妖。それは人の血と妖魔の血が混ざったどちらでもない存在。妖魔、あるいは妖怪か、あるいは人がそれぞれ別種族と情事を行う事でごく稀に生まれる存在だ。


 これは妖魔の苗床とはまた違い、片方の特性だけを持つのではなく、人に似た姿で両方の特性を受け継ぐ存在のことだ。


 楓はその半妖であり、真昼により救われた少女であった。


 化け狸はその事を言い当てた。半妖である事は察せられるかも知れないが、それ以外は目の前の存在が知るはずが無い。


「適当な事を!」


 口から出任せの可能性がある。だからこそ楓は否定する。


「ぐふふふふ。疑うじゃねぇか。なら封印の祠のことでも言ってやろうか? そのガキがお前の封印を解いてお前を助けた時の状況もよ」


 化け狸はその後も真昼と楓しか知らない事を口にした。


「これで信じたか? まあ信じようが信じまいがどっちでも構わねぇけどな。なあ、真昼とか言ったか? お前、何で自分がこんなに才能があって、弟に才能が無いんだって疑問に思ったことは無いか? 何故自分はそんな凄い配下を二体も従えているのに、弟は一体も従えることは出来なかったのかって?」


 やめろ。それ以上言うな。カタカタと真昼は自分の身体が震えているのに気がついた。しかし動けない。悪魔の囁きのように、真昼は恐怖しながらも真実を知りたいと思ってしまったのだ。


「単純だよ! お前が奪ったんだよ! 弟から全部な! お前が腹の中にいる時に、お前が弟の才能から力やら何やらの殆どをな!」


 化け狸は自身が真昼の霊器から読み取った過去を暴露する。


 それはまだ二人が母の体内にいる時の事だ。


 その双子の片割れは子宮の中で死にかけていた。原因が何だったのか、どうして死にかけていたのか、それは化け狸にも分からなかった。


 しかし事実として、過去に双子の片割れは命の危機に立たされていた。その事に母胎の母親も周囲も誰も気付かずにいた。


 ただ一人、気づいたのは子宮の中で一緒にいたもう一人の片割れだった。


 死にかけ、今にも消えそうな幼く儚い命。まだ自我も何も無い胎児。それでも最も側にいた存在の危機に気づいていた。だからこそもう一人は手を伸ばす。


 彼らは退魔師の血を受け継ぎ、優れた霊力を宿していた。まだまだ少なくともそれでも一般的な退魔師よりも多い霊力を持っていたのだ。


 片割れはその力を死にかけの片割れに流し込んだ。自身の兄弟を助けるために。


 だがそれが悲劇の幕開けだった。


 死にかけの胎児は力を受けとった。だが死を回避するには足りなかった。しかしこの力をもっと取り込めば生き残れる。生存本能が死と言う根源的な恐怖を回避するために暴走を起こした。


 相手から生き残るために力をさらに取り込んだ。また片割れも抵抗はしなかった。もう一人が助かるにはそうするしか無いと感じていたのだろう。抵抗することも無く、必要な力を与えたのだ。


 これはお互いに胎児であり、同じ子宮の中にいたこと。へその緒などで胎盤を通して繋がっていたことで出来た奇跡だろう。


 その時だろう。霊力と共に様々な力が取り込まれたのは。


 この時だろう。まだ胎児のため、身体の殆どが出来上がっていない時の放出で、もう一人の片割れに欠陥が生じたのは。


 不幸中の幸いだったのは、死にかけの片割れが生きるために必要な霊力をすべて取り込んでも、もう片方が死ぬことは無かった事だろう。結果、胎児は両方とも生き残った。


 しかしこの結果、生まれてきた兄弟には大きな差が生じることになる。


 体内で死にかけていたはずの胎児は、もう片方の力を取り込み類い希なる才を持って生を受けた。


 だがその力の殆どを片割れに渡した胎児は、まったくの才を持たないまま生を受けた。


 これが真昼と真夜の誕生の秘密。星守の誰もが気づくこと無く起こった奇跡と悲劇。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ、嘘だぁっ! 嘘だぁぁぁぁぁっ!!」


 真昼は霊器を取りこぼし、頭を抱えて絶叫した。


 これが事実なら、真実なら弟が無能なのは自分のせいである。いや、真夜のこれまでの苦難の原因はすべて真昼のせいと言うことになる。


「ぐふふふ。嘘じゃねえ。お前がその霊器ってのを二つとも俺に突き刺してくれたおかげで、俺はそいつらの起源に触れることが出来たんだ。その刀はお前の霊力の塊だが、そっちの剣は少しだけ別の霊力が混ざってるぜ。それによ、お前も疑問に思ってたんじゃねえのか? 何で自分は二体と契約出来たのかってな。それはな! 本来弟が持つはずだった契約の力もお前が奪ったからだよ!」


 死にかけていた自分自身の足りない部分を埋めるため、真夜から霊力だけではなく、霊器を発現するための能力や守護霊獣との契約の力まで取り込んだのだと化け狸は言う。


「でもよかったじゃねえか。お前は無事に生き残れて、生まれてこれた上に天才とか言われてよ。弟に感謝しろよ。お前の糧になってくれたことによ!」

「うっ、あっ、あっ………」

「貴様ぁっ! それ以上喋るな!」

「ぐははは! これは俺を滅ぼした奴への呪いだ! お前はせいぜい、苦悩し、後悔しながらこれから死ぬまで生き地獄を味わいな! お前がその力を使って俺達の様な存在を滅ぼすたびによく思い出すんだな! その力がなんなのかをよ!」


 化け狸は最期に高笑いをすると、そのまま口から大量の血を吐き出し仰向けに倒れた。化け狸は真昼の性格を見抜いていた。彼が善性の人間であることを。そして自らが助からないことを理解し、呪詛のように真昼に呪いの言葉を残した。真実という名の呪いの言葉を。


「真昼様、しっかりしてください!」

「楓……。僕は真夜に、真夜を……」


 涙を流し、真昼は楓の顔を見る。彼の身体を支える楓には声をかけるしか出来なかった。


 真昼は悪くない。不幸な出来事だった。胎児の時の真昼に何の咎があるのかと。


 だが責任が無いはずが無いと真昼は思う。自分の罪に胸が張り裂けそうだった。突きつけられた言葉が真実だと真昼自身、理解してしまった。


 彼自身疑問に思っていたことだ。何故自分は守護霊獣を二体も召喚し、契約できたのか。もし分け与えられるならば、一体を真夜に渡したい。


 だがその考えは傲慢でしかなかった。いや、そもそもが違う。これは自分が真夜から奪ったものだったのだ。


 真夜の霊力が低いのも、攻撃系の霊術が使えないのも、霊力を放出することが出来ないのも、すべて真昼が原因だったのだ。


 それをもう一度認識すると、真昼は途端に怖くなった。身体がガタガタと激しく震える。両腕で自分の身体を抱く。吐き気がする。不意に自分の足下に転がっている霊器を見る。


 白銀に輝く日本刀と西洋剣。退魔師の力の象徴であり、六家にとっては誇りでもあり、力の象徴でもある存在の霊器。


 だが真昼には自分の罪を形にしたものとしか思えなかった。


 これがもし、第三者の介入があった場合、真昼はここまで苦しまなかっただろう。もし何者かが真夜の本来の力を真昼に注いでいたならば、ここまでの罪悪感に苛まれることは無かっただろう。


 しかし真実は第三者の介入では無く、真昼が生きるために真夜の力を取り込んだだけだ。


 だから真昼はそれ以降、霊器を発現させなかった。楓にも口止めした。誰にも言わなかった。祖母にも、父にも、母にも……。


 怖かったから。霊器の存在が明るみになり、誰かから真夜に真実が伝わることが。恐ろしかったからだ。守護霊獣召喚の時以上の感情を弟から向けられることが。


 いっそ、死んでしまった方が楽かも知れない。いや、違う。いっそ生まれてこなければ、胎児の時に死んでしまっていれば良かった。


「僕がそのまま死ねばよかったんだ。生まれてこなければ良かったんだ」


 それからだ。自分の力を卑下するようになったのは。強くなることを拒絶するようになったのは。


 自ら死ぬことも出来ず、退魔の場で妖魔に殺されてしまえばとさえ考えた。


 けれども真昼は妖魔との戦いに勝利し続けた。死にたいと願っても、心の奥底では死にたくないと思っている。真夜から力を奪ってまで生きながらえたその本質は変わらなかったようだ。


 だからこその呪い。真昼は一生を悔やみながら、苦しみながら生き続ける。それが化け狸の意趣返し。また同時に化け狸は真昼の闇が誰かに利用される事を願った。真昼がさらに破滅するように。


 その思惑は今回の件で引き継がれた。心の闇にして触れたことで磐野媛に利用された。


 真昼は操られていたが、その意識は残っていた。真昼の心は壊れかけていた。自分の目の前に弟がいる。何故この場にいるのか、その力は何なのか、疑問は多々浮かぶがそんな事が些細に思えるほどに、今の真昼の心は荒れていた。


 隠していたすべての真実が白日の下に晒された。


 真夜は先ほどまで驚愕の表情を浮かべて話を聞いていたが、今は俯いておりその表情を伺うことは出来ない。


 無理も無いだろう。自分のこれまでの苦難はすべて兄によってもたらされたものであり、本来自分が持つべき力すべてを生まれる前に奪われていたのだから。


 真昼はかつて無いほどの恐怖と罪悪感と慚愧の念に襲われる。三年前の星守の秘術の儀式の真夜の顔が脳裏に浮かぶ。いや、今の真夜の真昼への感情はその比ではないだろう。


(真夜……)


 どうしてこんなことになったのだろう。どうして自分はこんなにも醜く生にしがみついてしまったのだろう。


 それにこのままでは弟を殺してしまう。でも自分の心はもう折れてしまった。何も考えたくない。


 このまま壊れてしまいたい。死んでしまいたい。真昼は自暴自棄となり、半ば現実逃避していた。


 それでも真昼の視線は真夜に向けられている。そんな真昼に対して、真夜はゆっくりと顔を上げる。


「なんだ、そう言うことだったのかよ」


 真夜はそう言うと、どこまでも晴れやかな笑みを浮かべるのだった。

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