第十話 救出
真夜は渚と鞍馬天狗を伴って、古墳の入り口近くに到着していた。
周辺にはすでに火野の式符使いだけではなく、火野、星守の関係者が幾人かいた。また警察も出動し、周辺は厳戒態勢が敷かれており、物々しい雰囲気である。
そんな中、真夜達はと言うと鞍馬の幻術や真夜の霊符による隠形で完璧に姿と気配を隠し、何食わぬ顔で古墳の入り口へと進んでいった。
「では最終確認じゃ。儂が前衛を務めてやる。お主らは行方不明者の捜索を主に行うのじゃな?」
鞍馬が真夜達に確認をして来た。鞍馬も真夜の実力は目の当たりにしている。さらに自分自身を凌駕する堕天使を従えているのだ。
朝陽と同格、あるいはそれ以上の術者と認識しており真夜を認めていた。だからこそ、朝陽では無く真夜と行動を共にする事に対しては何の抵抗もなかった。
「ああ。渚の式神で内部を捜索して行方不明者を捜す。並の式神じゃダメだって話だが、俺の霊符を貼り付けた式神なら問題なく行動できるだろうよ」
十二星霊符で渚自身を強化した上で、式神にも霊符を貼り付ける。こうすることで式神自体の性能も上がるだけではなく、強力な防御霊壁や浄化能力まで兼ね備えた存在が出来上がる。
中級以下の妖魔ならば、近くを通り過ぎただけで消滅するだろう。
「捜索のついでに内部も浄化できる。あんまり派手にやったら外に気づかれる可能性はあるが、そこは鞍馬の幻術を含めた神通力で対応してくれ」
「任せておけ。それくらいお安いご用じゃ。じゃがそちらの娘はそんな式神を同時に九体も操りきれるのか?」
鞍馬が疑いの目を向ける。渚も退魔師としては一流であろうが、鞍馬から見れば未熟そのもの。
いや鞍馬が認める程の術者となれば、朝陽や真夜などほんの一握りの超一流でも上位の存在だけだ。
「はい。無理を言って随伴させて頂いたのです。必ずやり抜いて見せます」
渚は強い意志を宿した目で、鞍馬に言い返す。鞍馬もそうかと短く呟くとそれ以上は何も言わなかった。
そんなやりとりを見ながら、真夜はどこか満足げな笑みを浮かべる。
「じゃあ始めるか」
「式神を展開します」
真夜に促されると、渚は九枚の霊符を取り出す。祝詞を唱えると九枚の霊符は白いツバメに姿を変える。真夜はツバメの背に十二星霊符を一枚ずつ貼り付けていく。
「くっ、流石に凄まじい力ですね」
予想していたとは言え、式神一体一体の性能が段違いに向上していた。真夜の霊符の能力が付加されているため、特に防御力はずば抜けている。
渚は十二星霊符の一枚による自己強化で自身の能力を底上げし、九羽のツバメを操作する。しばらく試行錯誤を続け、同時に九羽を問題なく操ることに成功する。
「大丈夫そうだな」
「はい。と言いたいところですが申し訳ありません、真夜君。同時に九体の操作と意識共有となると、それに集中しなければなりませんので、この場から動けそうにありません」
大口を叩きながら、不甲斐ない事を口にしなければならない渚は、かなり沈んだ表情を浮かべた。
しかしそれも無理も無い。ただでさえ高性能になった式神は操作が難しい。一体だけならばまだしも、意識をそちらに向けなければならない分、同時に他のことが出来ない。
「心配すんな。俺が運んでやるよ」
「えっ? きゃっ!」
渚が驚いた声を上げる。真夜が渚を抱き上げていた。所謂お姫様抱っこである。思わぬ真夜の行動に、心臓が破裂しそうなくらい早く脈打つ。
「悪いが我慢して貰うぞ。時間も無いし、中には来て貰わないとダメだからな」
真夜の顔が近くにあることに、渚は思わず顔を紅潮させるが、真顔の彼に直ぐに渚も意識を切り替える。
この状況は渚としても嬉しい限りだが、今はそんな事を考えている場合では無い。真夜の言うとおり、時間との勝負なのである。自分が不甲斐ないばかりに真夜にこんなことをさせている。その事を恥じるべきなのだ。
「すいません、真夜君。私が不甲斐ないばかりに」
「気にすんな。それに俺もいきなりで悪かったよ。けどこの方が手っ取り早いし、渚を守りやすいからな」
朱音にも指摘されていたが、渚は真夜のこれは狙ってやっているのか、それとも無意識なのか判断に困る。役得ではあるが、どうにも落ち着かない。
「あの、その……重くないですか?」
「別に。逆に軽すぎるんじゃないかと心配になるぞ」
「そ、そうですか」
思わず照れてしまう渚。不謹慎だがこのシチュエーションを幸せに思ってしまう。
「……時間が無いのでは無いのか?」
「っ! すいません! 直ぐに式神を中に突入させます」
鞍馬の指摘に渚は直ぐに目を閉じて意識を集中させる。今は余計なことを考えずに、式神の操作に集中する。朱音達の命が懸かっているのだ。個人的な感情など二の次だ。
視界を共有させ、式神に命令を下していく。一斉に内部に突入していくツバメ達。内部は薄暗くなっているが、式神を通してみる中の光景は鮮明であった。
「内部構造は今のところ変化していません。ただ妖気が随分充満しています。妖魔の姿も確認できます。主に埴輪が妖魔化した物です」
目を閉じたまま、式神から得た情報を報告する。式神にも隠行の術が施されているので、妖魔達には見えていないようだった。しかしそれでも霊符から浄化の霊術を発動させており、周囲の妖気を浄化していっている。
弱い妖魔などはそれだけで行動不能になっているようだった。
「妖魔の半数近くは浄化されています。ですが中級以上は難しそうです」
「先に何体かは先行させてくれ。取りこぼしが発生するだろうが倒したり浄化しながら進むぞ。挟撃されても面倒だからな。今の渚の式神なら、上級妖魔が相手でも攻撃がまともに当たれば一撃で倒せる。最上級が相手でも時間と数をかけりゃ何とかなるだろ」
「わかりました。しかし奥の妖魔に気づかれるのでは?」
「その場合は仕方が無い。警戒されるが、俺達が進むにも邪魔だし、外が騒がしくなれば生存者に対応ばかりしてられないだろ。陽動にもなるしな」
真夜の意図を察し、渚はならばそれでもできる限り静かに、気づかれずに事を運ぶようにするようにする。
確かに騒ぎになれば中の生存者にばかり構ってられないだろうが、人質にされても困る。それに即座に殺されても困る。
「流石に内部が異界化したこの規模の古墳全部を一気に浄化は俺には出来ないからな。あいつがいれば別だが、内部まで完全に浄化するには外周部からじゃ無理だ」
それに浄化の霊術は肉体を持たない存在には有効であるが、肉体を持っている相手ではその効力も落ちる。下手に霊力を使うよりも、手堅く行く方法を選択した。
「討ち零したり残ったのは鞍馬が仕留めてくれ。俺も出来る限り援護する」
「要らぬ世話じゃ。儂が最上級妖魔以下の存在に遅れを取ったりはせん。お前はその娘を守ることだけを考えておれ」
ふんと長い鼻を鳴らし、鞍馬は自分を侮るなと憤慨する。
「わかった。渚、少し揺れるが我慢してくれ。できる限り集中力が乱れないように気をつける」
「お気遣いありがとうございます。ですが私は何も心配していませんよ? 真夜君に抱きかかえられているのでしたら、これ以上無く安心できますから」
穏やかな笑みを浮かべる渚に真夜は不敵に笑う。
「任せろ。絶対にどんな奴にも邪魔させねえし、かすり傷一つ付けさせねえよ。さて。じゃあ行くぞ」
真夜の言葉に渚も鞍馬も頷く。階段を降り、妖気が充満する古墳内部に足を踏み入れるが十二星霊符の防御で三人に取ってはさしたる障害では無くなっていた。
鞍馬を先頭に渚を抱きかかえた真夜が走りながらその後に続く。異界化した古墳は確かに内部が広がっているが、まだ変化して時間が経っていないために迷路のように複雑に入り組んではいない。部屋数こそ増えている物の、そのすべてを真夜の霊符を纏ったツバメが先行し、浄化を続けている。
「上級以下、すべて問題なく倒せています。浄化も順調です。前方より最上級妖魔とおぼしき個体を確認しました。このまま進めば遭遇します」
真夜の浄化の霊術の威力は真昼の比ではなく、圧倒的と言っても過言では無かった。小さな部屋ならば、一枚の霊符による浄化の霊術の光で十分なほどである。1枚では足りない広い部屋には複数のツバメが入り、五芒星の陣を展開して浄化していく。
「ふん。雑魚め」
錫杖を振るった鞍馬の一撃は最上級妖魔をも容易く葬り去る。流石に戦闘行動に移れば隠行は解除されるため、奇襲は多用できないが、最上級妖魔の数は数体だったために容易かった。
「ここまでは問題なさそうだな。渚、朱音達の姿は?」
「……いいえ。ここまでは確認できていません。先行した式神からの情報もまだ。ですが、遺体も見つかってはいません。生存の可能性はまだあります」
「最奥にいるのやもしれん。生きているか死んでいるかは不明だが、可能性が一番高いのはそこであろう」
「なら奥に進むだけだ」
「そうですね。式神をさらに奥へ向かわせます。途中に部屋はもうありませんでした。九体すべて隠行の術を強化して最奥へと進ませます!」
侵入者の事に気がつかれても、捜索用の式神がうろうろしていると気づかれるのはまずい。だからこそ、渚は完全に姿、気配を隠した式神を先行させた。
そして真夜達が一番知りたかった情報を手に入れた。
「見つけました! 朱音さん達です! 生きてます! ですが状況は切迫しています! 朱音さん達が危険です!」
最奥の巨大な大墳墓。本来は固く閉ざされているはずの扉は開かれていた。これは妖気を外へと漏れ出させるためにあえてしていたことだ。それにより古墳全体をより早く異界化させるためであった。
だがこれは真夜達にとっても幸いした。何の障害も無く、ツバメ達は内部へと侵入できたのだから。
渚は式神から送られてくる情報を即座に真夜へと伝える。朱音の生存の報せに胸をなで下ろしたが、続く情報に表情を険しくした。
全員が生存しているが、朱音と楓が壁に傷だらけで磔にされ、拷問に近い仕打ちを受けている事。他の七人は意識を失い粘膜に捕らえられ妖魔化が進行していること。そして真昼が操られているようだと言うこと。
ギリッと真夜は歯をきつく噛む。怒りが沸き上がり、今にも暴発しそうになる。
しかし感情を抑え込む。爆発させはしない。そんな事では二流以下である。
「一人に一体の式神を。兄貴は操られてるだけなら後回しだ。先に朱音達を優先する」
救出しなければならない者達は全部で十人。しかし式神と霊符は九つ。数が足りない。ならば優先順位を設ける。それに朱音達は危険な状況だ。
「わかりました! すぐに式神をそれぞれの方に向かわせます!」
渚は急ぎ式神達を操作し隠行の術を解除する。敵がそちらに意識を向けた。これで朱音に迫っていた妖魔も動きを止めた。あとは同時にそれぞれに救出しなければならない者達へと接近し、防御と浄化と治療を施す。
朱音の傷もかなり深かったが、真夜の霊符の効果で回復が進む。並の治癒術師では不可能な程の怪我も真夜の霊符を用いれば、そう時間をおかずに全快に出来る。
「これで星守真昼さん以外は霊符の防御が発動しました」
「そうか。ありがとうな、渚。渚の式神がいなけりゃ、間に合わなかったかも知れない」
「いえ。お役に立てて何よりです。ひとまずは朱音さんも大丈夫でしょうから」
式神の操作を終え、渚は目を開け真夜の顔を見る。朱音が無事な事に一安心した真夜の顔は、少しだけ険が取れていた。渚自身も思った以上に真夜の役に立てた上に朱音の無事を確認できたことに安堵した。
しかしまだ終わりでは無い。まだ行方不明者達の無事を確認し、保護しただけで事件は解決していない。
「真夜君。ここまで運んで頂きありがとうございます。式神の操作も終わりましたので、ここからは私も自分で進みます。その方が他の援護も出来ますので」
出来ればもうしばらくお姫様抱っこをされていたい感情もあったが、状況を鑑みて渚は真夜にそう告げる。それに朱音にも悪い気がしたからだ。
「そうか。悪いが頼む。俺も、色々としたいことがあるからな」
真夜が怒っている。それも今までに無いほどに。渚はもし彼が朱音が拷問に近い仕打ちをされている光景を目にすれば、その怒りはこの比では無いと感じた。それこそ渚でさえも恐怖する程の殺気を放つのでは無いかと。
「真夜君。朱音さんはもう大丈夫です。貴方の目で、それを直接確認してください」
真夜の腕から下ろされた渚は、できる限り真夜を落ち着かせようと気を遣う。そんな渚の気遣いに真夜は感謝する。
「ああ。いつもフォローしてもらって悪いな渚。ったく、俺もまだまだだな」
大丈夫だ。朱音達は生きている。間に合った。助けられた。ならば最後の最後まで気を抜かず、すべてを終わらせる。
「俺達も急ぐぞ」
「はい」
「うむ」
そして真夜達は最奥の部屋へと足を踏み入れた。
◆◆◆
火野、星守の大半の人間が生きていてさらに気を失っていたのは幸いだった。真夜達も鞍馬の幻術や霊符の隠行で姿を隠しているが、戦闘になればそれも完全では無くなる。
しかし意識があるのが朱音と星守の関係者であり、真昼のパートナーである楓のみ。真昼は意識があるのか無いのか分からないが、もしあったとしても後で二人に口止めして朝陽からも口添えをしてもらえば問題ない。
ある意味では真夜にとってはどこまでも好都合な状況だ。
七人には霊符で更に結界を展開する。意識を失っているが、念のため周囲から見えなくするのを応用して彼等からも周囲の様子が覗けないようにした。
霊力の消耗を抑えるため、隠行を解除し鞍馬も幻術を解く。三人の姿が露わになると磐野媛や周防の大蟆は驚愕した。
真夜は磔から解放され、床に座り込んでいる朱音の姿を確認する。服は何とか原型を留めてはいるがボロボロだ。治癒により回復したため、白い肌が覗いているが、先ほどまでその箇所は酷い切り傷になっていたはずだ。
壁や床が血で濡れている。出血も酷かったのだろう。もしもう少し遅かったら、出血死していたかも知れない
朱音は涙を流しているが、笑みを浮かべ真夜の方を見ている。いつもと変わらぬ彼女の姿に真夜は安堵した。
「私は先に朱音さんの方へ向かいます」
一言断りを入れ、渚は朱音の方へと急ぐと持ってきた荷物から上着を取り出すと朱音に着せる。
「ご無事で何よりです、朱音さん」
「来て、くれたんだ。ねえ、これって夢じゃないわよね?」
朱音は今見ている光景が自分が現実逃避で見ている都合のいい夢ではないかと疑っているようだった。
「大丈夫ですよ、朱音さん。紛れもない現実です。真夜君も幻じゃありません。ですがお疑いなら、頬でも抓りましょうか?」
少し冗談ぽく言う渚に朱音は苦笑した。
「ううん、遠慮しとくわ。でもほんとタイミング良すぎ。狙ってやってるんじゃ無いかって思うわよ」
絶体絶命のピンチに颯爽と駆けつける思い人。どこの漫画やアニメだと思ってしまう。だがその状況にときめいてしまっている自分も大概だと朱音は思っているが。
「狙ってやってはいませんが、本当にギリギリでした。もう少し早く駆けつければ良かったのですが」
「あっ、別に文句を言ってるわけじゃないのよ。これで不満なんて言ったら罰が当たるわ。でも何て言うか、真夜が来てくれたって言うだけで、もう大丈夫だって安心して」
「そうですね」
朱音の言葉に渚も同意する。
「真夜にも凄く心配かけちゃっな」
「ですが朱音さんが無事で凄く安心していましたよ。さっきだって朱音さんの姿を見て、ほっとした表情でした。朱音さんも見ましたよね」
「……うん」
自分が真夜に心配をかけたことが情けなくて、でも真夜に心配されていることが、ここまで助けに来てくれたことが凄く嬉しくて。
二人が見つめる先には真夜がいる。最強の退魔師と言っても過言では無い少年。その証拠にすでに彼は最上級妖魔である十二体の武人の内、四体を撃破していたのだった。
◆◆◆
真夜は近くにいた武人を即座に撃破した。手元にあるのは自身の防御に使っている一枚のみ。しかしそれでも最上級妖魔程度に苦戦しない。
「な、なんなんでぇ! おめえは!?」
周防の大蟆も慌てふためいている。大蟆だけでは無い。磐野媛も今までに無いほどに激しく動揺していた。
『貴様何者じゃ!? いや、それよりも何故妾の術が効かぬ!?』
朱音達を含めて、この部屋に突入してきた退魔師を弱体化させた結界が真夜に効いていない。術事態は確実に発動されている。なのに真夜だけでは無く鞍馬天狗も、救出された者達にも一切の効果を与えられない。
(誰がこっちの手の内を素直に教えるかよ)
真夜は慌てふためく連中を余所に、的確に近くにいる武人をまた一体撃破した。これで合計四体。鞍馬もすでに三体倒している。
磐野媛の結界が効いていないのは、十二星霊符の加護のおかげである。
六芒星の陣を組み、妖霊玉の底上げを受けている特級クラスの磐野媛の力ならば、超級クラスでさえも抑えられるようになっているが、妖魔の力に換算すれば超級どころか覇級クラスの力を持つ真夜の霊符には通用しない。
さらに真夜の霊符はこのような悪意ある術にこそ、効力を発揮する。
「邪魔だな、この陣は」
短く呟くと、真夜は結界を作り出している起点へと移動し、右手に霊力を収束して妖霊玉へと叩きつける。
妖霊玉は妖気の障壁で守られているが数瞬の拮抗の後、真夜の右手に粉々に破壊された。
『な、なっ!?』
その光景に磐野媛はより一層慌てふためいた。六芒星が消え、結界の効力が激減した。他の起点も破壊したいところだが、今は一点だけで十分だ。
(先に雑魚を含めて全部倒した後に兄貴を助けるか。幸い、妖魔化はしてない。単純に操られてるだけみたいだな。方法はあの勾玉の首輪か。あれさえ何とか出来れば、兄貴を無事助けられる)
妖魔化が進行しているようならば、最優先で助けなければならないが、霊符に余裕が無い。全員に一枚ずつ与えているのだ。それにこの結界もある。起点の一つを潰したことで効力が落ちたが、まだ脅威ではある。
七人の治療と浄化はまだ完了していない。朱音や渚、楓の方の霊符も残しておかなければならないし、鞍馬の方もだ。だからこそ、優先順位は下がる。
(悪いな兄貴。もう少し待っててくれよ)
心の中で謝罪しつつも出来ることから順に進めていく。
「ゲコゲコ。てめぇら! いい加減にしやがれ!」
周防の大蟆が槍を真夜達に向けるが、力の差を確実に感じ取っていた。他の残った五体の武人達もそうだ。
この部屋に配置されていた埴輪も真夜と鞍馬に次々と破壊された。それがたった二人に手練れ十人を壊滅させた罠や軍勢が逆に壊滅されかけているのだ。
『ふ、ふふふふ! やるではないか! しかしお主らもここまでじゃ!』
三下の台詞を吐く磐野媛に真夜は殺気を向ける。ひぃっと特級クラスの妖魔である磐野媛が悲鳴を漏らした。それほどまでに今の真夜は怒りを内包していたのだ。
『き、貴様らはこやつにより倒される! 見るが良い! 妾の最強の僕(しもべ)の力を!』
磐野媛がそう言うと二人の前に真昼がスッと歩み出る。身体から霊力が溢れ出し、周辺へと威圧感を与える。
最上級、いや下手をすれば特級妖魔とも比肩できるだけの霊力だ。真夜も鞍馬も真昼の霊力の多さに若干驚くが、この程度で恐れるはずも無い。
「小僧。どうする?」
「俺が抑えて、あの勾玉を外す。見たところかなり厄介な呪いの呪法具みたいだが、まあ何とかなるだろう。あんたは他の連中を頼めるか? 俺も直ぐに兄貴を無力化して他を潰す」
鞍馬の問いかけに真夜はそう答えた。真夜ならば問題なく対処できるだろう。鞍馬もそう楽観した。
だが……。
「あっ、あぁぁぁぁぁっ!」
真昼の霊力がさらに高まった。霊力が高まると同時に彼の両手に収束していく。
真夜と鞍馬だけではない。この場で意識のある楓を除いた退魔師側の全員が眼を見開いた。
霊力が収束していく。真昼の掌の中から何かが出現する。
右手からは白銀に輝く日本刀が出現した。だが現れたのはそれだけではない。左手からもまた何かが出現した。それは白銀に輝く細身の両刃の剣だった。
真昼の手に刀と剣が握られると、彼の霊力が増幅されていく。
「あれはまさか……」
「……霊器」
朱音と渚がそれの正体を推測した。
霊器。六家が誇る秘術。だが六家以外、それこそ星守でもその前例はあった。真夜や真昼の父である朝陽も発現させているのだ。真昼が発現させられないとは言えない。
だがこの場の者達が疑問に思ったのは、真昼の霊器が二つであるという点。そしてそれらが全く違う形状をしていると言う点である。
対になる霊器を発現させている退魔師は現在でも過去でも存在している。だがそれは対になる形でだ。
もし真昼の場合も日本刀だけ、あるいは剣だけであったならば誰も疑問に思わなかっただろう。
しかし真昼はまったく違う形状の霊器を左右で発現させた。だからこそあれは本当に霊器なのかと言う疑問が浮かぶのだ。
霊器だけではない。勾玉からも与えられ増幅された真昼の力は特級でも上位に、いや、下手をすれば超級にも匹敵する位置するまでに高まっている。
「……顕現せよ、守護霊獣」
真昼が小さく呟く。直後、彼の背後に膨大な霊力が二つ出現した。
佇むは二メートルに近い身長と巨体を持つ、赤髪の存在。その頭には二本の長い角があり、巨大な鉄製の戦斧を持った男性型の鬼の姿だった。
そしてその隣にもう一体。青いウェーブのかかった髪に頭には長い一本角が生え、水瓶を持った女性型の鬼が姿を表す。
前鬼と後鬼。それがこの二体の名前である。楓は真昼の守護霊獣では無い。彼女は真昼のパートナーであるが、守護霊獣ではなくこの二体こそが、本当の真昼の守護霊獣である。
前鬼と後鬼の本来の力は特級クラス。だが今は真昼の霊器の恩恵によりその力はさらに上がっている。それだけではない。勾玉より何らかの力が二体の鬼に流れ込み力を増している。
強化、あるいは狂暴化であろうか。今の二体の力は超級クラスにまで跳ね上がっていた。
『く、ははははは! どうじゃ! これこそが妾の切り札じゃ!』
声高らかに宣言する磐野媛だが真夜の視線は、どこまでも真昼へと注がれるのだった。
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