第八話 動き出す者達
「……ダメだ。って言っても着いてくる気だろ?」
「はい」
真夜の言葉に渚は正面から目を背けずに肯定する。
「危険すぎるし、足手まといだ」
「そう言われるのは致し方ありませんね。確かに強さという意味では事実です。ですが、お忘れですか? 私は京極です。こう見えて大半の術は高いレベルで習得しています。勿論、式符使い以上の式神の使い手でもあります」
渚は確かに強さと言う一点で見れば朱音にも劣る。しかしだからと言って、総合的に劣ってはいないと彼女は言う。
「同時に最大で九つの式神を展開して操作できます。もし古墳内部が異界化しているなら、捜索には手がかかりますよね? 真夜君にはその手段がありますか?」
そう言われると何も言えない。真夜にも出来ることと出来ないことがある。
「俺にはないが、無くは無いぞ」
「切り札はここぞと言う時に切るべきです。あの存在ならばもっと多くのことが出来るのでしょうが、その場合は真夜君の負担や消耗が大きくなります。それに今回の場合の最優先事項は救出です」
だからこそ人手は最低限ながらも必要だと渚は訴える。
「真夜君一人で最大で十人の救出を余裕を持って行えますか? 真夜君の霊符は強力無比ですが、数には限りがあります。全員が同じ場所にいるとも限りません。それは鞍馬天狗が加わっても難しいのではないですか?」
真夜がルフの力に頼ろうとしている事に渚は気がついているが、今回のケースも前回の黒龍神の時のように内部にどのような存在がいるのか未知数だ。下手をすればあの時のように千もの敵と戦わなければならないかもしれない。
「それにあまり言いたくはありませんが、最悪の場合は女性がいた方がいいケースに発展している場合もあります。私は式神以外にも結界や浄化の術も扱えます。確かに真夜君には大きく劣るでしょうが、霊符による強化をして頂ければ、サポート要員としてならば十分に役に立つと自負しています」
真夜の補助ならば十分に役に立つ。戦闘要員は鞍馬天狗が担い、自分が真夜の補助に回れば真夜も動きやすいと言うメリットがある。
「自分の身は自分で守れる等と大きな事は言えませんし、結局は真夜君に頼る形になりますが、行方不明者の捜索や救助においてはお役に立てるはずです。いえ立って見せます」
渚は確かに様々な術を習得しているし、最近の鍛錬で真夜もその事は理解しており、補助系の術も高いレベルで習得している。真夜の霊符による強化があれば、一流の術者以上の実力を発揮するかも知れない。
「内部に覇級妖魔がいる可能性もありますが真夜君と鞍馬天狗、あの堕天使で十分対処は可能でしょう。しかし行方不明者の対処が疎かになりかねません。そこを私が埋めます」
「俺がそれで首を縦に振るとでも?」
「どうしょうか。難しいとは思っています。私自身、悪辣な手段や考えに訴えて真夜君に迫ることも可能ですが、それはあまりしたくはありません」
「俺を思ってくれてるのはありがたいが、渚まで危険な目に遭う可能性は避けたい」
「私も真夜君のお気遣いは嬉しく思います。でも私も朱音さんの事が心配なんです。勿論、真夜君のことも」
真夜が負けるとは思えないが、今回は状況が違う。渚自身、真夜の足を引っ張る可能性も理解しているが、それでも何もせず手をこまねいている訳にもいかない。
他にも真夜に述べたとおり、渚は補助系の術も多数使える。結界や浄化、治癒に関しても、霊符の強化があれば真夜の負担を軽減できるのは間違いない。
真夜と鞍馬天狗ならばお互いに真夜が後ろで鞍馬天狗が戦闘を行えば良いであろうが、今回は行方不明者の数が多すぎる。無論、全員が無事に救出できる可能性は極めて低いだろう。
しかしそれでも二人では出来ることも限られている。
「京極の方には上手く言い含めます。アリバイ作りの方も含めて」
父への報告もあるが、独自に調査を継続するとすればいい。先日の一件で顔見知りになった真夜の方に接触するとでも言い含め、情報を流すと言えば良い。
「お願いします。真夜君の負担にはなりません。必ずお役に立ちます。私にも朱音さん達を助ける手助けをさせてください」
強い意志を宿した目で渚は真夜を見据える。真夜はその真っ直ぐな視線を受け止める。
「……わかった。だが自分の身の安全を最優先にしろ」
「っ! ありがとうございます!」
真夜がこうも簡単に認めてくれるとは思わなかった渚は、素直に感謝を述べる。真夜も渚を連れて行くべきでは無い言う考えもあるが、確かに彼女の言うように偵察が出来る式神が複数ある方が有利だろう。
(危険は伴うが、確かにメリットもある。渚にはあくまで補助に徹して貰えば……。それに俺が守れば良い)
異世界の勇者パーティーの守護者として、真夜は必ず渚を守ると心に誓う。そうだ。何があろうと自分が守ればいい。自分は異世界でも仲間を守ったのだから。
傲慢な考えかもしれない。驕った考えかもしれない。でも彼女の同行を許可したのは別の理由があったのかもしれない。
「準備ができ次第行くぞ。時間との勝負だ」
「はい。わかりました」
鞍馬が到着するまでに準備を整える。合流した鞍馬の能力で、急ぎ古墳へと向かうのだった。
◆◆◆
天才だと言われた。
星守始まって以来の麒麟児と謳われた。何でも出来ると褒められた。立派な退魔師になれると太鼓判を押された。嬉しかった。誇らしかった。皆に期待され、それに応えようと努力もした。
父のような立派な退魔師になりたかった。
でもそのたびに弟は比較された。
少しだけ自分の方が早く生まれただけ。でも才能は天と地ほどの差があった。
自分が出来ることを弟は出来ない。自分が習得していくことを弟は習得できない。自分が強くなっていく速さに、弟はついて来れない。何をしても兄に劣る弟。兄だけでは無い。一族や門下に比べても劣っていた。
周りは弟を無能と馬鹿にする。父と母はそんな弟を庇った。自分もそうだ。自分の弟なんだ。可愛い弟なんだ。ずっと一緒にいて育った兄弟なんだ。大切に思うのは当然だった。
確かに大きくなるに連れて、物事が理解できるようになるほどに、弟は自分を嫌い、憎みだした。
それでも自分は変わらず弟に接しようとした。だって自分は兄なのだから。兄は弟を守るんだと教えられたから。弟を守りたかったから。
けどそれは弟にとってはお節介で、腹立たしく、余計な事であった。
『うるせぇ! 兄貴の助けなんて必要ないんだよ! 余計なことするんじゃねぇ!』
一人の女の子を助けようと、無謀にも一人で自分よりも強い相手に喧嘩を売り、逆に返り討ちに遭っていた弟の姿を見た時、咄嗟に助けに入った。
その時の自分は怒っていたんだと思う。弟を傷つけた相手に。
『大丈夫? 怪我してる。僕が治療してあげるから見せて』
怪我をした弟を治療しようと手を近づけると弟はその手を払いのけて先ほどの言葉を述べた。そのまま一人どこかへと走って行った。
ただ弟が心配だった。弟を助けたかっただけだ。昔のように仲の良い兄弟に戻りたかった。弟に嫌われたくなかっただけだった。
だが何を言っても弟の心には響かない。寧ろ悪化していった。弟が父や母に頼み、強くなろうとしていたのを知り、自分も協力しようと修練の手助けを申し出た。でもそれは、弟のプライドを傷つけるだけでしかなかった。
『上から目線で見下してんじゃねぇ! こんなことも出来ないのかって、兄貴も俺を馬鹿にしてるんだろうが!』
『違う! 僕は○○が心配で!』
『俺が弱いって、出来損ないだって、兄貴だって本当は思ってんだろうが! 兄貴に全部の才能を持って行かれた出涸らしだって! 無能は無能らしくしろってことだろ!』
それでも何とか弟との仲を改善しようとした。父や母に相談もしたし、協力もしてくれた。でも逆効果だった。弟はどんどんと頑なになっていった。
そして十二歳の時、自分達の仲は最悪の状態になった。
あの日の弟の目を今でも覚えている。あの儀式の時の弟の目を。
儀式の直前まで希望に満ち、自分に勝つと強い意志を示していた目が絶望に染まったのを。そしてその後、自分と目を合わせた時の憎悪に満ちた目を。
それからだ。弟が恐ろしくなったのは。それからだ。弟を庇うことも、周囲に対して弟の事を悪く言うことを止めようともしなくなったのは。いや、出来なくなったのは……。
怖かったのだ。何かをするたびに、弟にあの目を向けられるのが。自分の助けなど必要ないと、余計な事をするなと弟はより距離を置いた。だから自分も距離を置いた。
弟にこれ以上嫌われたくなかったから。憎まれたくなかったから。
自分も弟を嫌いになれれば良かったのかも知れない。弟が言うように、見下せれば、無能と蔑められればどれだけ楽だったろうか。
でも自分は知っている。弟がどれだけ必死になって努力していたのかを。どれだけ周囲に認められようと愚直に修練をしていたのかを。
弟が本当は優しいことを、困っている人を放っておけない人間だと誰よりも知っていたから。だから自分は弟から憎悪を向けられても、彼を憎めなかったし、嫌いにもなれなかった。
いつの日か、また仲の良い兄弟に戻れる日が来ることを願いながら。
けどそれは決してあり得ない事だと思い知らされる事になる。
自分が何故こんなにも才能に溢れているのか、その事実を知ったから。
その事実を弟が知れば、弟は決して自分を許さないだろう。
弟が自分を憎むのも当然だ。
だって自分が凄いのは、自分がこんなにも才能が溢れているのは、弟の才能を■■■からなのだから。
◆◆◆
古墳内部は妖気が充ち満ちる程溢れていた。
磐野媛命(いわのひめのみこと)は古墳の最奥の大広間にて、棺の上に腰掛けていた。周辺には彼女を守るかのように四人の武人を従えている。
さらに彼女の眼前には、片膝を付き彼女に傅く星守真昼の姿があった。首には漆黒の勾玉をつなぎ合わせた装飾品を巻かれている。
『ふむ。こやつは中々の使い手じゃな。妾の配下にふさわしい』
磐野媛は満足そうに頷くと、真昼の事を気に入った風に呟く。永い年月を封印されていたが、ようやく解き放たれた。
『彼奴には感謝せねばならぬな』
封印されながらも、外から声が聞こえた。封印を解いてやろうと。そして力を貸してやろうと。
胡散臭い妖魔の声だった。ご丁寧に封印の一部を緩め、磐野媛の脳裏に顔と声を特殊な方法で伝え語りかけてきたのだ。
老人の姿をしたその存在は取引と言いつつ、こちらに一方的に要望を伝えてきた。本来ならば聞いてやるつもりもなく皇太后である自分に対して、何と不遜な言葉をと憤った。
しかし現実的に封印されている状態であり、自分は何も出来ない。ならば聞き入れるしか無い。
とは言え、その者は直接的に具体的な要求はしてこなかった。
ただ、ここに腕利きの術者を呼び寄せるので、そいつらを傀儡にして配下に加えろと言う内容だった。
『ふふふ。最初に聞いた時は何を言っていると訝しんだが、思った以上に豊作じゃ』
ちらりと視線を向けると、その向こうには同じように傅く八人の武士達と埴輪の兵士達。数こそ百にも満たないが、三体は最上級クラスの妖気を放ち、他の埴輪の兵士や馬なども上級クラスの妖気を放っている。
「ゲコゲコ。姫様、ご覧くだせぇ。捕らえた連中はこの通りですぜ。あと一日ありゃ、俺っち達の仲間入りでさぁ」
周防の大蟆が気味の悪い笑みを浮かべ手を揉みながら、磐野媛に話しかける。
磐野媛の背後に巨大な透明の粘膜の塊がある。透明な粘膜の中には黒い小さな塊が無数に点在し、妖気を放ちながら不気味に脈打っている。捕らえられている七つの人影。それはこの広間に突入した者達の成れの果てだった。
全員が粘膜の中に捕らえられ、黒い塊から妖気を体内に送り込まれている。
身体が妖気に浸食されていく。霊力を殆ど持たない、あるいは霊力が低い人間が長時間妖気に侵されると妖魔へと変貌することがある。もっとも妖魔になるのは稀で、その多くは妖気により妖魔化するよりも先に肉体が崩壊して死に至る。
高い霊力と妖気に対する耐性を持っている退魔師は、妖気をその身に受けても簡単には妖魔になどならないのだが、逆にその能力ゆえに長時間無防備に妖気に晒され続けると、高い確率で妖魔へと変貌してしまう。
彼らは今、その身を妖気に侵され続け、ゆっくりとだが着実に妖魔へと身体が作り替えられていっている。完全に妖魔へと肉体が変化してしまうと、人間に戻ることは不可能に近い。
『ふふふ。楽しみじゃな。弱い奴から先に妖魔になっていくようじゃが、どの者から妾の忠実な僕へとなるかのう』
玩具を目の前にする子供のように、磐野媛は口元に手を当てて嗤う。
『解放されてすぐにこうまで楽しみなことがあるとは、幸先が良い。さて最後まで妾達を手こずらせてくれたあの者達はどうしてくれようかのう?』
再び視線を別の場所へと移動させる。壁の一角。そこには衣服がボロボロになり、傷だらけで意識を失ったまま、血まみれで壁に磔にされている朱音と楓の姿があるのだった。
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