第五話 悪計


 古墳の内部への入り口は、土から露出している部分だ。すべてが掘り起こされていないが、地下へと降りる傾斜の滑らかな階段が続いている。


 内部は薄暗いが、測定の結果人体に影響のある毒ガスなどは発生していない。念のため、入り口からは酸素供給用に巨大扇風機により空気が内部へと送り込まれている。


「じゃあ真昼君、頼めるか?」

「はい。いきます」


 真昼は浄化の霊術を発動する。手に持っていた複数の霊符がパラパラと宙へと舞い上がり、それらが一斉に内部へと入っていく。ぺたりぺたりと壁に張り付いていく霊符。


 浄化の力が内部へと浸透していく。もし内部がそこまでの広さがなければ、また最下級以下の妖魔や雑霊や弱い悪霊や怨霊だけならば、その余波だけで消滅させられているだろう。


 真昼は星守の人間でありながら、京極のようにすべての属性に適正があった。星守一族も代々複数の系統の霊術をかなり高レベルで習得できるが、他の六家には劣るし適正があるのも多くても二つか三つである。


 対して真昼は、炎、風、水、氷、雷すべてに適正があり、それぞれの強さも一属性に特化した六家の宗家にも匹敵する程でありどの術も高いレベルに至っている。


 攻撃系だけではない。結界や治癒、浄化などの補助系も含めすべての術を扱える。ただ補助系は攻撃系ほど高いレベルで習得しているわけではないのだが、それでも一般的な退魔師から見れば破格だった。


 霊符から溢れる霊気が風に乗ってさらに奥へと運ばれる。運ばれる霊気はごく僅かだが、それでも多少なりとも効果はある。


 一定の時間が経過したのを見計らい、勇助達は内部へと突入することを告げる。


「よし。それじゃあ降りるぞ」


 勇助を先頭に彼らは階段を降りていく。段数で言えば三十段くらいだろうか。


 階段を降りると奥へと通じる通路になっている。通路は思った以上に広く、天井は三メートル以上あり、横幅も三メートル以上ある。明かりはない。そのため勇助は霊術で炎の塊をいくつも作り出して浮遊させ明かり代わりにする。いくつかは周辺に残し、残りを前方へと移動させ、数メートル間隔で設置する。


 こちらの位置が相手から丸わかりだが、敵の姿が見えない方がよほど問題だ。


「ここからは偵察用の式神を飛ばしつつ、奥へ進むぞ。前衛は事前に説明したとおり、星宮君に剛、火織お嬢で頼む」


 勇助はここまで感じたそれぞれの性格を考慮して、目立ちたがり屋の大和と剛を前衛にすることで不満を解消する。


この二人だけだと足の引っ張り合いをしたり、危険に晒されることも考えられるので、フォローをするために火織も前衛に回す。彼女ならば険悪になりそうな二人の間に入っても問題ないだろう。


「殿は星守君、楓ちゃんと朱音お嬢に任せる。真昼君は悪いが、ある程度進んだ後にまた霊符を周囲へと貼り付けてくれ」

「わかりました」


 勇助の言葉に真昼も頷き、霊符の準備を行う。


 入り口からは風を引き続き流し込むと同時に、階段の下にも念のため大型の扇風機を一台設置し、古墳内部の空気の入れ換えや酸素不足を補うようにする。


 真昼は持ってきた霊符を使い、一定間隔で霊符を壁へと貼り付けていくと清浄な霊気が溢れ出し周囲を清めていく。


「君島さんは式神を操作して情報収集。倉田君と赤司は何かあった時のフォロー。俺は中央で式神を操作しつつ指揮を執る」


 後衛も真昼と楓と今の朱音ならば問題ないだろうと言う判断だ。三人も不満はなく、それぞれに頷いている。


「警戒は怠るなよ。じゃあいくぞ」


 皆はゆっくりと奥へと進んでいく。


「……奥に妖魔がいます」


 早苗が式神から送られてくる情報を皆に伝える。


「これは……大蝦蟇です!」

「蝦蟇ですか。雑魚ですね」


 永い年月を生きることで妖魔に変化した、あるいは妖気に取り憑かれ変化した蛙の成れの果てである。


 蝦蟇自体の強さはこのメンバーからすれば大したことが無いだろう。殆どの蝦蟇は見た目は大きいが、極端に強い妖魔ではない。強い個体でも中級に届けば良いところだろう。


「ああ、だが油断せずに進むぞ」


 勇助の号令の下、全員が先へと進む。


 ゲコゲコゲコ。


 しばらく進んだ後、声が聞こえた。炎に薄らと照らされる通路の先に、その妖魔は存在した。


 体長は一メートルくらいだろうか。茶色いイボがある皮膚。開いた大きな口から見える赤い舌。名前の通り巨大な蛙がそこにはいた。


 目の前の蝦蟇はどこか弱っているようにも見えた。どうやら真昼の霊気の影響を受けているようだ。


「俺が始末してやる!」

「いいえ、私が始末しますよ」

「はいはい! 喧嘩しない! こんなところで言い争っても何にもなんないんだからね!」


 我先に始末しようと張り切る剛と大和に火織は注意する。


「火織お嬢の言うとおりだ。それに弱っているとは言え、相手は妖魔だ。油断するな。先に星宮君に任せる。次は剛だ」


「ふっ! 俺の力を見ろ!」


 大和は右手をかざすと雷撃が放たれる。大和は雷の霊術を得意としており、雷撃が蝦蟇の身体を消し飛ばす。


「お見事」

「ふふん。どんなもんだ」


 火織の称賛に大和は自信満々の顔をする。剛はふんと鼻を鳴らしているが。


「前衛はこの調子で頼む。真昼君もこのまま霊符での援護を頼む」

「はい。まだまだ霊力にも霊符にも余裕があるから大丈夫です」


 真昼の言葉に満足すると、勇助は警戒を怠らずに先へと進んでいく。途中で数体の蝦蟇が同時に襲いかかってきたが、剛や大和、火織が難なく討伐した。


 距離にして三百メートルは進んだだろうか。その間にも何体かの蝦蟇が襲いかかってきたが、すべて下級以下で、大した苦戦もせず、合計で十四の蝦蟇を撃破した。


 古墳の内部を進めば、間にいくつかの部屋があったので、それらを見て回る。別段、おかしな物は無い。


 古墳らしくよくある人や馬などの埴輪が置かれた部屋。装飾品などの置かれた部屋。武器・武具が置かれた部屋、土器が置かれた部屋などに別れていた。部屋自体もそれなりに大きく、十二畳以上はあったが、そこからは妖魔の気配は無かった。


「結局、この程度の相手か。思ったよりも簡単な仕事だったな」

「本当ですね。まったく。これなら私一人でも十分でしたよ」

「まあまあそう言わない。何もない方が良いじゃない」


 前衛は軽口を叩きながら、少し緊張感が薄れているようにも思われた。ここまで順調すぎるほど順調で、時間にしても一時間もかかっていないが、短期決戦が多い退魔師の、それも経験も少ない彼らでは中だるみしても仕方が無い。


「おい、最後まで油断するな。これまでは何も無くてもここから先、何があるのか分からないんだぞ」

「心配性ですね。ですが問題ありません。何が来ようとも私が倒しますから」

「俺もだ! それに俺はまだ守護霊獣も出していないんだぞ! 余裕余裕!」

「まあまあ二人とも、勇助さんの言うとおり、最後まで気を抜かないようにしようよ」


 勇助の指摘に前衛三人がそれぞれに意見を言う。それを見ていた朱音は火織も含めて、あまり良くない雰囲気に思えた。


(確かにこのメンツと、ここまでの事を考えたらそうなるのも無理はないかも知れないけど、まだこの先に何があるか分からないし、前みたいに妖魔が急に強くなることも考えられるわ)


 朱音は真夜に言われた言葉を思い返す。油断と慢心はしてはいけないと肝に銘じているし、先日の赤面鬼のように、相手が進化するがごとく急速に手に負えない存在になる可能性もある。


 だからこそ、朱音は勇助と同じように気を抜かないでいる。


「何か心配事?」


 不意に、隣の真昼が朱音に問いかけてきた。


「まあね。油断と慢心は簡単に人を殺すんだって。だからあたしはどんな状況でも油断と慢心をしないように心がけようって話」

「確かにその通りだと思うよ」

「これも真夜の受け売りよ」

「真夜の? ……そっか、真夜がそんな事を」

「ねえ、真昼はどうして真夜の話題になるとそんな顔をするのよ? さっきもそうだったけど。あっ、別に今答えを聞きたいわけじゃないから。今は集中しないといけないからね」


 それだけ言うと、朱音は意識を周辺の警戒へと戻す。対して真昼は集中しようとしているが、どこか意識が散漫となっているようにも見受けられた。


(僕は……真夜に恨まれて当然の事をしてしまったんだ。それにそれを抜きにしても真夜は僕の事を憎んでいる。嫌っている。僕が真夜のために何かをしても真夜はきっと拒絶する。昔も、たぶんこれからも……)


 それは遠い記憶。真夜の事を思い、彼のために何かをしようとしていた時の記憶。ただ弟を心配して、兄として大切な弟のためにと思っての行動。でもそれは、お互いを傷つけることにしかならなかった。


(皆が僕を持てはやす。皆が僕を凄いと言う。でも違う。それは違うんだ。僕の力は、本当は……)


 その事に疑問を持ったきっかけは、とある出来事。確信を突きつけられたのは、ある事件で出会った存在から。だから真昼は、真夜に対してどうしようもない負い目を感じていた。


「……君、……真昼君!」

「あっ、はい!」

「どうしたんだ? 俺の声が聞こえていないようだったが」

「すいません。少し考え事をしていて」


 勇助が自分を呼んでいたことに気づくのが遅れた真昼は、素直に謝罪する。


「そうか。だがこの状況ではいただけないぞ。そろそろ次の霊符を頼む」

「はい。すぐにします」


 意識を集中させ、真昼は次の霊符を展開していく。と、通路の先に壁があることに気がついた。


「行き止まりか?」


 警戒しながら進む一行は、それが壁ではなく扉であると気がついた。横開きの石で出来た扉だ。取っ手のような物が付いている。


「ここが最奥か?」

「どうでしょうか? この中に妖魔がいる可能性はあるでしょうかね?」

「うーん。見た感じ、最近開けられた形跡があるからもしかすればいるかも知れないね」


 前衛の三人が扉を確認する。扉の周辺にも蝦蟇の足跡の痕跡もあるし、扉の取っ手にも微かに妖気が残っている。さらに横開きのような石の扉は最近動かしたような形跡もある。


「何がいるか分からんが、警戒するに超したことは無い。それに扉から漏れ出している妖気は大したことが無い。警戒はしつつも、不必要に恐れる必要はないぞ」


 勇助も念のために確認する。もし強力な妖魔がいる場合、その妖気はこの扉からでも溢れ出してくる。しかしそれが無いと言う事は、そこまでの相手はいないと言う事だろう。


「扉を開けた瞬間、攻撃されるかも知れん。まずは軽く開け、式神による偵察を行うぞ。剛、星宮君、扉を左右から少し開けてくれ」


 勇助の指示の元、左右から横開きに扉が少しだけ開くと、中へと式神を突入させ、内部を伺うのだった。



 ◆◆◆



「くかかかか。やっておるな」


 古墳の入り口では、一人の老人が地下の階段をのぞき込んでいた。


 少し離れた場所には、研究者や一般の警備員、果ては火野の連絡員の式符使いも数名待機しているが、誰も老人に気づいていない。


「しかし一般人はともかく、火野の式符使いはなっておらんのう。ちっとも儂の存在に気づきもせんし、違和感も感じんのか」


 未熟だのうと嘆くのは、ぬらりひょんと呼ばれる存在だ。これはぬらりひょんの能力とも言える。


 実のところ、ぬらりひょんと言う妖怪はその詳細があまり伝わっていない。一説によれば、つかみ所が無い妖怪とされ、江戸時代の妖怪などが描かれた書物の多くにも登場するのだが、詳細に関しては殆ど何も分かっていない。


 正体不明の存在。それが一人歩きするにつれ、ぬらりひょん自体の存在も徐々に変化していった。


 他にも勝手に人様の家に上がり込み、家人のように振る舞ってお茶やタバコをしたり、家の者がぬらりひょんを見ても、この家の主人だと誤認してしまったり、そもそもその存在そのものに気づかないと言う話がある。


だがこれは後生の人間の創作だとも言われている。


 名前だけが一人歩きし、つかみ所の無い存在として、名はあるが存在は不明瞭と言う、俗に言う影の薄い存在として、今のぬらりひょんが形成された。人々がそうなるように、そうだと言う思念がぬらりひょんに力を与えた。


 だから今も、ぬらりひょんは特別な事は何もしていない。本人が周囲に気づかせるようにしなければ、周囲は気づきもしない。


 六道幻那などの強い力を持つ者には本気で気配を消しても気づかれるが、逆に言えばそこまでの力が無ければ気づかれもしないのだ。これは様々な術式や罠にも同じ事が言える。


「まあ儂の存在に気づくには、それなりの力量がいるから仕方がないとは言えるが、それにしても面白くない」


 不満を口にするぬらりひょんだが、その関心はこの場にはすでに無く、古墳の内部にいるメンバーに向けられた。


「どれ。そろそろ頃合いじゃろうな。せっかく儂がお膳立てしてやった上に、幻那に無理を言って貰ってきた玩具も用意したのだ」


 そう。今回の件は、すべてはぬらりひょんのお膳立て。


 この遺跡は昔に見つけていた場所であった。


 依頼主に自分が家主だと勘違いさせ、火野一族に依頼が行くように吹き込み仕向けたのも、他の一族に協力を要請させるようにしたのも、すべてはこのぬらりひょんであった。


「しかし可能性が高かったとは言え星守に依頼をしてくれるとは。こうも予定通りだと嬉しい限りだのう。幻那に聞いて、目を付けておった双子の片割れも来てくれておるようで何よりだ」


 幻那からは自分を倒した星守真夜には接触しない方が良いと忠告を受けた。いや、そもそも星守一族には関わらぬ方が良いと警告された。


 だがそれを素直に受け入れるほど、ぬらりひょんは大人しくはなかった。


 俄然、興味がわいた。


 それでも幻那を倒すほどの存在である。何の策も準備もなく接触しよう物なら、簡単に消滅させられると理解していた。


 ならばまずは外堀を埋めるためにも情報を収集する。ぬらりひょんは強さこそあまりないが、その知恵は妖魔の中では飛び抜けていた。永い年月を生きてきたことで経験もあり、狡猾で様々な策を弄する事も慣れている。


「くかかか。そろそろ扉の前か。中の準備は出来ておるから、あとは儂の方。仕込みも十分した。あとは仕上げを済ませるとしようかのう」


 不気味な笑みを浮かべつつ、彼は古墳の中へと足を踏み入れるのだった。


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