第三話 火野一族


 週が明けた祝日の火曜日。朱音は一人、電車やタクシーを乗り継いで今回の火野、星守の共同で行われる妖魔の討伐の現場である新しく発見された古墳にまでやって来ていた。


 古墳自体は土に埋まっており、その全容を目視することは出来ないが測定の結果、古墳自体はかなり巨大な前方後円墳であり、これまでに発見された中では最大規模ではないかと研究チームの間では言われている。


 さらに内部構造も今までの物とは違い、通路の数、部屋の数を含めて最大規模の可能性が高いそうだ。


 すなわち学術的にも大発見であり、学者達からしてみれば早急に内部調査を行いたい。


 また彼らを支援しているスポンサーも世界からも注目を浴びる可能性のある大発見に加え、内部には貴重なお宝のような物まであるのではないかと言われては、何としてでも発掘を進めたい。


 しかし元々この中にいたのか、はたまた外から来て住み着いたのか内部には少なくない数の妖魔がいた。


 第一陣の調査班が内部に入ってしばらくしてから、妖魔に襲われ犠牲者が発生した。十人程の調査団の内、六人が妖魔に襲われ殺され、四人は命からがら逃げ帰った。


 依頼者は早急にと火野一族に話を持ち掛けたが、内部がどうなっているのか、妖魔の数、質がどれほどの物なのかも殆ど分かっていない状況では、即座に火野一族も動けなかった。


 付け加えればここ最近立て続けに起こった赤面鬼の事件や、六道一族の生き残りと思われる存在の調査、さらにはどう言うわけか立て続けに火野に舞い込む複数の依頼の対処で手が足りなくなっていた。


 そこで急遽今回のような形での依頼の受注となったのだ。


「さてと。もう来てるわね」


 朱音は指定された合流地点である、古墳から少し離れた場所にある広場に設置されているテントの方へと歩いて行く。テントではすでに数人の人間がパイプ椅子に腰掛けていた。


「おっ、来たかお嬢」

「お久しぶりです、勇助おじさん」


 テントに着くと、開口一番に声をかけたのはこの場にいる中で一番年上の男だった。椅子から立ち上がり、朱音を迎え入れる。


 歳は三十代後半くらいだろうか。身長は百八十半ばの肩幅の広いガタイの良い短髪黒髪の男だった。


「がははは。ほんとしばらくぶりだな。それにしてもまた一段と美人になったな」


 朱音に対してフランクに接するこの男は、火野の分家である西野勇助(にしの ゆうすけ)。分家では最強と言われるほどの使い手で、経験も豊富な男である。


 分家の長男であり実力も確かな男だが、誰かの上に立つのは好きじゃないと弟に家督を譲り、日本全国を修行と称して行脚した変わり者である。また誰に対しても分け隔て無く接し、宗家に対しても気安く接する。


 腫れ物扱いされる事の多かった朱音に対しても気安い態度を取るこの男は、彼女からしても信用できる相手でもあった。


「朱音ちゃん、久しぶり! 元気にしてた!?」


 と椅子から勢いよく足り上がり、朱音の方に突進してくる人影があった。


 身長は朱音よりも少し低いが、それでも百六十後半はあるだろう。ショートカットの赤髪が印象的な少女である。


 ただし朱音と大きく違うのはその胸の大きさだった。朱音がかなりの貧乳であるのに対して、彼女は巨乳であった。Eカップ、下手をすればFカップはあるかもしれない。


 火野火織。朱音の一つ年上の従姉妹であり火野一族現当主の娘である。


(………従姉妹同士でどうしてこんなにも違うのよ)


 スポーツブラをしているからある程度は抑えられてはいるが、動くたびにその胸が揺れる様は朱音に大きな敗北感を与える。


「ん? どうしたの? 朱音ちゃん?」

「……何でも無いわよ、火織。それよりも久しぶりね。あたしは元気にしてたわよ。そっちも元気にしてた?」

「うん! ボクは元気にしてたよ! 朱音ちゃんこそ、一人暮らしって大変じゃない?」

「そうでもないわよ。結構楽しいし、性に合ってるわね」

「そうなんだ。ボクもお父様に頼んで一人暮らし始めてみようかな」


 本気で悩んでいるような火織に朱音は、この子も自由奔放なのよねと困り顔をする。


「お久しぶりですね、朱音さん。私がいるのもお忘れ無く」

「ええ、久しぶりね、剛(ごう)」


 こちらも身長は百八十程の長身の男だった。勇助ほどガタイは良くないが、細いと言う印象はなく標準よりも肉付きは良い方だ。


 茶色の髪を逆立たせ、まるでデコの広さをアピールしているかのようだ。だがそこには一般人には見えないが、霊力で描かれた梵字が刻まれている。


 火野の分家である一つである南野家の跡取りである南野剛(みなみの ごう)である。分家ではおそらく上位に位置する使い手であり、宗家には劣る物の同年代では分家では最も優秀な術者であろう。


 その奥にも一人、赤髪の大学生くらいの青年がいる。整った顔立ちで美形と言っても差し支えないだろう。彼は朱音を一瞥すると、頭を一度下げるとそのまま腕を組んだまま瞑想をするかのように目を閉じた。


 火野一族の宗家の一人にして火織の三つ年上の兄である火野赤司(ひの あかし)。


 火野一族の若手では最強と目される火野の跡取り候補であった。寡黙であり、口数も少ない。朱音は彼が喋っているところを殆ど見たことがない。


「ええと、お兄様も朱音ちゃんが元気そうで安心したんだよ、きっと!」


 兄をフォローする火織だが、朱音としても別に無理に話す必要も無いので、赤司の態度に対して別段怒ってもいない。


「あたしは気にしてないわよ。でも火野の若手でもトップクラスの術者がそろい踏みなんて、そうそう無いんじゃ無いの?」

「そうだね。ボクもこのメンバーで仕事をするなんて初めてだよ! あとボクとしては朱音ちゃんと一緒に退魔師の仕事が出来るのが嬉しいかな!」

「そうですね。ですが私は一つ疑念がありますね。朱音さん、聞いた話ではあなた星守の落ちこぼれと連んでるそうじゃないですか」


 無邪気に笑う火織の言葉に続き、剛がどこか蔑むかのような目をしながら朱音に問いかけた。


「ええ、そうよ。それが何か問題でも?」

「火野一族の宗家の人間が、星守とは言えどうしようもない落ちこぼれと連むなど、火野一族全体の評価を落とすことになりかねませんからね。それにそんな奴と連んでいては、貴方のためにならない。貴方のような才能ある人間は、もっと優れた人間と共にあるべきだ」

「それを決めるのはあたしよ。それに別に真夜と連んでいたからって、火野の評判が落ちるとは思えないけど? それと真夜といるとあたしが弱くなるって言いたいわけ?」


 剛の物言いに、朱音は怒りを覚えなくもないが真夜の力を知っている今ならば、何を言われても受け流せる。今の言葉も別に喧嘩腰ではない。ただの確認に聞いているだけだ。


(反論したいけど、真夜はそんな事望んでないだろうし、下手にあたしが騒いだら真夜に迷惑がかかるからね)


 感情にかまけて思いの丈をすべてぶつけるなど愚かでしかない。しかも相手が秘密にしていたいことを自分が口にするなどお門違いでしかない。


「すでに他家からも噂として伝わっていますよ。それに弱い者と連んでいたら、自身まで堕落し弱くなってしまいます。貴方には火野一族宗家としての自覚を持って頂きたい」

「へぇ、言うじゃない。分家最強は違うわね。じゃああたしが堕落しているかどうか、確かめてみる?」


 挑発するかのように言う朱音は不敵に笑う。霊力は解放しない。ここで無意味に力を誇示するつもりはない。それでも分家に舐められ、付け上がらせるわけにはいかない。


「手合わせ願えるのなら、ありがたいですね」


 どうやら剛は自身の力に随分と自信があるようだ。しかし朱音からすれば、分家最強とは言え最上級妖魔にも届かないレベルだと考える。仮に最上級クラスでも今の朱音ならば勝利できる。


(こいつが段違いに強くなってるって言うんだったら、手合わせの意味もあるわね。真夜に言われたとおり、油断や慢心はしないようにしないと)


 ただ分家が増長して粋がっているだけとは考えない。実際、粋がっているだけかも知れないが相手を舐めてかかることだけはしてはいけない。


「こらこら、お前らいい加減にしろ。引率する俺が、そんな事を許すはずが無いだろ。と言うか、お前ら今は仕事の最中だって理解してるか?」


 勇助がため息交じりに二人を仲裁する。どうしてこう問題児が多いんだと言うようにも見える。


「……失礼しました。短慮すぎました。以後気をつけます」


 朱音は慇懃な態度を持って頭を下げ謝罪する。喧嘩っ早い、感情が表に出やすいと言うのは自分の欠点だと言う事を理解している。


 見習うべきは渚の姿。どんな時でも冷静沈着であらねばならないと朱音は自身の不甲斐なさを戒める。


「お、おう。お嬢も中々に大人になったな」


 昔から感情の制御が苦手な朱音の成長に、勇助は思わず動揺する。どれだけあたしはダメな子に思われていたんだと悲しくなってくるが、やらかした過去もあるため反論できない。


「まあ今日はこのメンツと星守とでの共同での仕事だ。身内でのトラブルは勿論、星守へのトラブルも厳禁だからな」

「ですが星守が仕掛けてきたら……」

「剛、お前さんはもう少し柔軟に対応しろ。いちいちけんか腰にならなきゃ、向こうだって下手なことはしてこないはずだ」

「そうそう。それに向こうは真昼君も来るんだよね。ボクはそれも楽しみなんだよね」

「何? 真昼と一緒に仕事できるのが楽しみなの?」

「そりゃそうだよ。何て言っても、真昼君はボク達の年代だと最強って名高い退魔師だよ。ボクも真昼君が戦ってる所を見た数は少ないけど、その強さには憧れるからね」


 朱音の問いにウキウキとしながら答える火織。朱音は真夜と幼馴染みであると同時に、昔はその関係から真昼ともそれなりに交流があった。火織の場合も幼馴染みとは言えないが、真昼とそこそこに顔を合わせている。


(あたしにとっては、真夜と一緒に仕事するのが楽しみみたいなものかな。確かに今の真昼の強さは知りたいし、実際戦ってるところは見たいわね)


 真夜に勝てないだろうが、同年代最強の退魔師と今の自分の実力の差を把握しておきたい。真昼にも勝てないようでは、真夜に並び立つことは不可能だ。


「星守真昼。その実力がどれほどのものか、実に楽しみですね」


 剛は不敵な笑みを浮かべており、隙あらば真昼に手合わせを要求しそうな雰囲気があった。


「おいおい、剛よ。本当に自重しろ。それと目的を忘れるな。俺達は妖魔退治でここにいるんだからな」


 血気盛んな剛を勇助が窘めている間に、火織が朱音の側にやって来た。


「ねえねえ、朱音ちゃん」

「ん、どうしたの、火織?」


 こそこそと火織が朱音に何事かを訪ねてくる。


「真夜君とはどこまで進んだの?」

「ぶっ!」


 朱音は思わず吹き出してしまった。


「な、何言ってるのよ、火織」

「ええっ。だって気になるよ。昔から朱音ちゃんは真夜君の事が好きだったでしょ? それに今はお隣同士で一緒に退魔の仕事にも行く仲なんでしょ?」


 顔を真っ赤にする朱音に火織は目を輝かせ恋バナを聞かせてと言ってきた。


「し、真夜とはそんな関係じゃないわよ」

「そうなの? てっきりもう付き合ってて、キスくらいはしてると思ったんだけど」

「き、キス!?」


 不意に、先日の事を思い出してしまった。気持ちが高まり思わず真夜の頬のキスをしてしまった事を。


「あっ、その顔は何かあったんだね!?」

「な、何も無いわよ、何も!」


 忘れようとしていた記憶が思い出され、思わず朱音はキッと火織を睨みつける。


 あの後、色々なことがあってスルーしていたしされていたが、真夜はいつも通りだったし、気にしていたのは自分だけと朱音は思っているので、余計に気恥ずかしくなった。


「だいたい、真夜があたしの事、そう言う風に見てるかもわからないし」

「ああ、確かに真夜君って余裕なさそうだったもんね。でもそれなら朱音ちゃんが癒やしてあげるとか」

「今の真夜にそんなのは必要ないわよ」

「そうなの?」


 朱音は若干、しまったと言う表情を浮かべるが別段、真夜が精神的に落ち着いたと言ったところで問題ないと思い直し、普通に言うことにした。


「ええそうよ。今の真夜って随分落ち着いてるわ。前みたいに真昼の事も嫌ってないし」

「そうなんだ。真夜君も高校生になって大人になったんだね。でも朱音ちゃんもどんどん綺麗になってるし、真夜君も放っておかないんじゃないかな?」

「どうかしらね」


 実際、そうなってくれれば嬉しいが今は自分だけでなく真夜の側には渚もいる。渚は友人であると同時に強力なライバルである。短い付き合いだが、渚は色々と真夜の手助けをしている。


 六道幻那の件や黒龍神の件も、彼女の機転で真夜の望むとおりの展開に持ち込めた。


 彼女がいなければ、双方の事件ではもっと大事になっていた可能性が高い。


(はぁ……、色々な面で頑張らないと渚に負けちゃうわね。退魔師としての実力でも負けたら、あたしの立つ瀬が無いわよ)


 本当に頑張ろうと朱音は決意を新たにする。


「所で火織はどうなのよ?」

「えっ、ボク? ボクはまだそう言う人はいないよ」

「でも火織もそれなりにモテるんじゃないの? 火野一族の中でも人気だったじゃない」


 火野では昔はともかく今は朱音も女性としての魅力に溢れているので、そこそこ人気が高かったが火織はその比ではない。


 ボーイッシュでありながら、女性としての魅力的な体つきと火野一族の宗家にふさわしい実力を秘めた少女。常に明るくまるで太陽のような彼女は、朱音以上に人気であり、他家にもその名は知れ渡っていた。


 朱音としてはその育ちに育った胸も関係あると半ば本気で思っており、以前に火織と並んでいた時に男の視線がそれぞれのとある部分を行き来し、比較されたような印象を受けた。


 それ以来、胸を大きくしようと努力しているのは朱音だけの秘密である。


「うーん。でもボクってそう言うの良く分からなくて。それに付き合うんだったら、やっぱりボクよりも強い相手じゃないと!」


 拳を握り、力説する火織だが朱音はそれだと相手がかなり絞られると呆れる。


「火織よりも強い相手なんて、同年代じゃ殆どいないじゃない。火野に限ったら、誰もいないんじゃないの?」

「それはそうだけど。ボクはね、好きな人と一緒に肩を並べて戦うって凄く憧れるんだ。朱音ちゃんは違うの?」

「まあ、そりゃね」


 朱音も火織の言葉を否定できない。寧ろ肯定する。以前の真夜になら、確実に求めていたであろう話だ。


(でも今だと、あたしが真夜に並ぶために努力しないとダメなのよね)


 もし真夜が恋人に求める条件に強さの項目があれば、朱音としては絶望するしかない。いや、追いつくために努力するが何年先の話になるのか見当も付かない。


「お父様にも言ってるんだ! ボクの結婚相手はボクよりも強い相手じゃないとダメだって! あと今はボクを倒せたら恋人になってあげるって、告白してくる相手には伝えてるんだよ」

「それ、逆に変な相手が沸いてこない?」


 この従姉妹もどこかズレてるなと思いつつ、まあ本人が良いならそれで構わないかと朱音は思いつつため息を吐く。


「でもボクよりも朱音ちゃんの方が大変じゃないの? その、真夜君の場合は……」

「まあ、それはね……」


 躊躇いがちに言う火織の言葉の意味を正確に理解した朱音だったが、曖昧な返事を返すだけに留めた。


 血筋は良くとも無能の烙印を押された退魔師と結ばれるには、朱音の父親以上に厳しい現実があると火織は言いたいのだ。


「心配してくれてありがとう、火織。でも何とかなるわよ、きっと」

「朱音ちゃん……」

(そう、結婚は何とかなるわ。問題は結婚する前の恋人になれるかどうかよ!)


 結婚できるかと先の事を心配する火織とは反対に、問題は最初の段階の真夜と恋人関係になれるかどうかであるとかなり悩んでいる朱音だった。


 恋人になれさえすれば……、いや付き合いだしても、結婚にこぎ着けるかどうかは怪しいが、婚約を結ぶ際の周囲の反対に関しては、朱音は何の心配もしていない。


(おじさんは認めてくれるだろうし、真夜も実力を見せればお父様は勿論、周囲の反対は起きないでしょうしね。でもライバルが増える前に何とかしたいけど……)


 朝陽は認めてくれるだろうし、真夜の実力が知れ渡れば掌を返したように火野一族からは真夜と結婚しろと言われる可能性が高い。


 しかしそうなると渚もそうだが、他にも真夜を狙うライバルが現れかねない。


 退魔師の世界は一夫多妻制が認められている。これは優秀な血を多く残すこともあるが、妖魔との戦いで命を落とし、お家が断絶しないようにするための風習でもある。


 だが退魔師ならば誰でも一夫多妻制が認められるわけではない。一族の宗家の人間である者、または分家などの当主であることが条件でもある。


 その点、真夜もそれぞれの一族の宗家の人間であるため、条件さえ整えば一夫多妻制でも問題ない。


(でもそれはそれ、これはこれよ。はぁ、どうしてあたしって真夜に言えないんだろ)


 悩みは尽きないが、そんな朱音に火織は真剣な面持ちで語りかける。


「朱音ちゃん! ボクは応援してるからね! 何があっても朱音ちゃんの味方だから」

「ありがとう、火織。その時はお願いね」


 まずは告白しよう。うん、来年くらいまでには……。いや、真夜に認められるようになってから……。


「遅くなりました。星守より派遣されてきた星守真昼です。このたびは宜しくお願いします」


 とそんな事を考えていると、ついに星守の術者達がその場へと到着したのだった。

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