第一話 星守一族

 

 星守本邸では、今日も一族の者やその門弟が修練に明け暮れていた。


 星守一族自体はそこまで多くはない。宗家、分家合わせて二十人に満たない数であり、平均で五十人以上いる他の六家に連なる一族に比べればかなり少ない。


 それでもその質は決して低くはなく、星守の秘術の習得によりその強さは六家の大半の者と渡り合える程だ。


 さらに星守は秘術こそ伝授することは出来ないが、六家の血筋では無い他の退魔師の一族の才能ある者や、突然に生まれる霊力の高い者を門下として受け入れている。その数はおよそ五十人。


 彼らは皆、日々鍛錬を繰り返しその力を高めていく。星守のお墨付きを貰えば、それだけで退魔師としては実力を保証されたようなものである。


 無論、門下生のすべてが認められるわけではないが、最強の一族と名高い星守での手ほどきを受けるのだ。誰もがやる気に満ち、修練を続けている。


「あっ、真昼さんだ」

「お疲れ様です、真昼さん!」

「今回の妖魔の討伐はどうでしたか?」


 妖魔の討伐を終え、本邸に帰還した真昼と楓を出迎えたのは、年の近い門下生達だった。男女問わず、真昼は人気が高い。


「うん。特に問題はなかったよ。楓もいたからね」

「そんな事はございません! すべては真昼様のお力です。私などがおらずとも、真昼様にかかれば最上級妖魔であろうと敵ではございません!」


 謙遜するように答える真昼だが、楓が否定するように答えると門下生達はさらに興奮の度合いを高めた。


「最上級妖魔だったんですか!?」

「それを二人で討伐するなんて凄いですよ!」

「流石星守で三番目の使い手!」

「今度また手合わせお願いします!」

「そんな事はないよ。僕もまだまだ修行中の身だから。それと手合わせはまた今度しようか」


 真昼は門下生達の言葉に優しげな笑みを浮かべながら丁寧に答える。退魔師として強大な力を持っていながらも、驕らず相手を見下さず丁寧に接する真昼は、門下生達の憧れであった。


「じゃあ僕達はもう行くね。父さんへの報告もあるから。みんな、修行頑張ってね。行こうか、楓」

「はい! 真昼様!」


 二人はそのままその場を後にし、本邸の方へと向かっていく。


「はぁ、やっぱり真昼様ってカッコいい」

「すげぇ強いのに俺達にも丁寧に接してくれるしな」

「くぅっ! 楓さん、いつ見てもすげぇプロポーション! 真昼様が羨ましい!」


 などと真昼が去った後に口々に門下生達は雑談を行う。


「でも今はもういないけど、双子の弟の真夜の方は全然ダメだったよな」

「ああ、あいつな。つうか俺でも簡単に勝てたからな。同じ兄弟なのに、なんであんなに違うんだろうな」

「あいつってさ、霊力も低いし放出も出来なかったじゃん。それに攻撃系の霊術が使えないどころか守護霊獣の契約にも失敗してるしな」

「本当に真昼さんの弟かって思ったよ。それにいつも真昼さんに突っかかってたし」


 今度はこの場にいない真夜の話題にシフトした。彼らからしてみれば、真昼は憧れの対象だったが、真夜は逆に見下す対象でしかなかった。


「そうだよな。しっかしああはなりたくないよな」

「あんな奴がいたら、星守の価値が落ちるっての」

「ほんとほんと。出て行ってくれて清々したよ」

「分家の人達もかなり嫌ってたらしいぞ」

「そりゃ同じ星守として恥ずかしいだろ。寧ろ何で真昼さんは真夜に何も言わなかったのか不思議でならないな」


 好き勝手言う門下生達。星守内部での真夜の評価はこの程度の物でしかなかった。


 ただ弱いから、無能だから、欠陥を抱えているから、前代未聞の醜態を晒したから。落ちこぼれのレッテルを貼られた星守真夜と言う存在を悪し様に言うのは、それが彼らにとっての一種の娯楽だったから。


 目に見えて自分より劣る者がいることで、優越感を感じ、相手を見下すことで自分の立ち位置を上に見ることが出来る。だからこそ、真夜はここから離れた。


 しかし彼らは知らない。そんな真夜が星守の誰にも、それこそ真昼やその父であり最強と名高い朝陽すら超える実力を身につけたことを。


 歴代の星守の当主達に比べても、なお大きく上回る最強の守護霊獣を手に入れたことを、彼らは知る由も無かった。


 ◆◆◆


「待て、真昼!」


 本邸の廊下で、真昼を呼び止める声が大きく響き渡る。真昼達は足を止め振り返ると、そこには一人の少年がいた。


 年の頃は真昼と同じくらいだろうか。ただし身長はかなり低い。身長は百五十半ばほど。茶色がかった黒髪をオールバックにしている。


「大和。君も帰っていたのか」


「さっき帰ってきた所だ! 聞いて驚け! 俺もついに単独で上級妖魔を倒したぞ! それも上級の高位の妖魔をな! さらに守護霊獣の助け無しにだ! これでお前に並んだな!」


 大和と呼ばれた少年は腕を組み、仰け反るように胸を張って自信満々に言い放つ。


 彼は星守一族の分家である星宮の嫡男である星宮大和。真昼や真夜と同い年の少年であった。


「お前も今回は上級の妖魔の討伐だったみたいだが、これからはさらに俺の方が腕を上げてお前を追い越すからな!」


 ビシッと人差し指を真昼に向ける。その姿に隣にいた楓は不快感を示した。


「大和様。失礼ながら今回に真昼様が倒した妖魔は「そうだね。僕も負けないように頑張るよ」…真昼様!?」


 楓が反論しようとしたが、即座に真昼が彼女の言葉を遮った。


「ふっ! いつまでも星守で三番目の実力者と呼ばれると思うなよ! その地位は俺が貰う! そしていつかは最強の術者となり宗家に婿入りして、星守の名を継ぐ!」


 ふはははははっっ! と高笑いする大和に楓はあきれ顔をする。


(上級妖魔を単独で倒したから何だと言うのか。真昼様が今回討伐されたのは下位とは言え最上級妖魔! しかも余裕を持って倒されている! 貴方とは実力に大きな差が存在している!)


 星守一族は他の六家とは違い霊器が具現化できる可能性が殆どない。朝陽を含めた歴代の五人の術者が例外であって、それを補うために守護霊獣がいるのだ。


 大和の場合、上級の上位を霊器も無しに倒すことから退魔師としての実力は低くはなく、かなり高いと言えよう。


 とは言え、退魔師界はそれ以上の実力者も多く存在する。


 真昼は勿論、霊器を持つとは言え上級妖魔複数を同時に倒した水波流樹や、真夜の霊符での強化があったとは言え、単独で最上級や複数の上級妖魔を討伐している火野朱音、京極渚。


 さらに素の状態でも朱音も渚も上級ならば余裕を持って討伐できる。今の真夜や朝陽ならば、比べるのもおこがましい。


 とにかく楓から言わせれば、その程度で威張り散らすなと言いたいのだ。最強の退魔師である朝陽や真昼の実力を身近に知っているのだから、増長など出来るはずもないと言うのに。


「きっと大和はもっと強くなるよ」

「当たり前だ! 俺はお前の弟の真夜とは違う! お前にだって才能では劣っていないぞ!」


 真夜の名前が出たことで、真昼は表情を固くした。


「お前も大変だな、あんな出来損ないの弟を持って! 全く、朝陽様もお前も優秀なのにあいつはああも不出来なのだろうな」


 それは常日頃から真昼の耳にも届いた弟への評価。兄である真昼はあんなに優秀なのに、弟の真夜は何故あれほどまでに無能なのかと。


「無能の弟を持つと苦労するな。星守の宗家に生まれながら、俺の足下にも及ばないとは。ふっ、違ったな。俺が優秀すぎたんだな」


 きざったらしく髪をかき上げながら、大和は真夜をこき下ろしつつ自分を持ち上げる。その様子に楓は顔をしかめている。


「大和、真夜の悪口は……」

「おっと、星守を出て行った奴の事をこれ以上言っても仕方がないな。あんな奴どうでもいいか」


 話題に出しながら興味を失ったかのように、大和は真夜の話を終えた。


「とにかくだ! いつまでもお前の天下でいられると思うなよ! 俺達の世代では最強とか言われているが、守護霊獣と一緒なら、今でも俺もお前以外には負けない! 噂の六家の霊器持ちの連中にもな!」


 若手で霊器を持つ人間は、現在かなり増えている。六家の中では真昼や大和と同じ年頃で霊器の具現化に成功した者が幾人もいる。本来は平均習得年齢は二十代半ばだと言うのに流樹や朱音を初め、数人の者が具現化に成功している。


 それでも大和は自身の守護霊獣ならば、霊器持ち達をも超えると自認していた。真昼はそれを大和のうぬぼれだとは思っていない。確かに大和と守護霊獣ならば霊器持ちでも、勝ち目が十分にあると思っていた。


「見ていろ! 今にお前に勝ち、星守に星宮大和ありと知らしめてやるからな」


 うわはははははっと高笑いをしながら大股歩きでその場を立ち去る大和に、真昼は思わず苦笑いをした。


「真昼様。ああ言う天狗になった者が一番危険ですよ」

「でも大和も実力は確かだよ。守護霊獣を含めれば分家最強と言われているし、大和自身どんどん強くなっているからね」

「それでもです! それに真昼様に勝つなどと!」

「僕も天才だって言われてるけど、上には上がいるから。父さんもそうだし、お婆さまも強いから」

「ですが、真昼様。真昼様はすでに「楓、それ以上は言わないで」……真昼様」


 何かを言おうとした楓を真昼は口止めした。


「それは僕達だけの秘密だって言ったでしょ?」 


 困ったような笑みを浮かべながら言う真昼に、楓はハッとした。楓はすぐに申し訳なさそうに真昼に謝罪した。


「申し訳ありません、真昼様。この楓、危うくお約束を破るところでした」

「ううん。楓も僕のことを思って言ってくれているって分かってるから。でも僕はこれ以上、騒がれたくないんだ。それに……」


 今まで以上に悲しそうな表情を浮かべる真昼。まるで何かに懺悔するかのような表情に、楓は思わず彼の手を取った。


「真昼様。楓はどんな事があろうとも真昼様の味方です。お約束しました、ずっと側にいると。貴方様を支えると。ですから、お一人で悩まないでください」

「……ありがとう、楓」

「いえ、お気になさらずに。ではそろそろ朝陽様がお待ちですので、向かわれませんか?」


 真昼の気を紛らわすため、あえて楓は朝陽への報告へ向かおうと促した。


「そうだね。父さんを待たせるわけにはいかないからね」


 楓の意図を察した真昼は、そのまま彼女を伴って父の待つ部屋へと向かうのだった。


 ◆◆◆


「星守真昼、並びに楓。依頼されていた妖魔の討伐、完了致しました」

「ああ、ご苦労様、二人とも」


 星守の本邸の和室の一室にて、朝陽は一段高くなった上座に正座しながら、帰ってきた息子とそのパートナーの楓を出迎える。


 朝陽の近くの一段下がった下座には真昼の祖母であり、朝陽の母でもある先代当主の明乃の姿もある。


 真昼と楓は朝陽の座る上座から三メートルほど離れた場所の、畳の上に正座で座る。


「簡単な報告書は受けたが、下位とは言えまさか最上級妖魔になっていたとはね。階梯が変わるに従い、妖魔の強さは段違いに強くなる。上級上位と最上級下位とでは、あまり差がないように思われがちだが、明確な強さの違いがあるものだ。それを無傷で討伐とは、さらに腕を上げたね、真昼」

「僕はまだまだですよ、当主。楓もいたから無傷で倒せただけのことです」


 謙遜する真昼に朝陽は優しい笑みを浮かべる。


「そうか。だがそれも含めてよくやってくれた。パパも鼻が高いよ。あと当主じゃなくてパパって呼んでね」

「おい、今は星守当主として話しているはずだ。そうやって態度を崩すな」

「母様、この場には私達しかいないのですから、構わないではないですか。父として息子の成長は喜ばしいものです。このまま行けば、真昼が私を超える日もそう遠くはないでしょう」


 明乃に窘められるが、朝陽はどこ吹く風と言った様子だ。今の朝陽は星守当主ではなく真昼の父と言う姿なのだ。


「お前と言う奴は……。だが確かに真昼の成長は著しい。楓がいたとしてもその年で最上級妖魔を単独で討伐するのは並大抵のことではない。朝陽が喜ぶのも頷ける」


 明乃も真昼の強さは認めるところだ。自分もうかうかしていれば、すぐにでも抜かれる可能性が高いと考えている。次代を担う者が強いことは、星守としてみれば喜ばしいことで頼もしいことである。


「真昼。これからも精進しなさい」

「はい、お婆様」


 軽く頭を下げる真昼に明乃も満足そうな顔をする。


「さて。帰ってきて早々だが、真昼。次の依頼を頼めるかな」


 表情を引き締め、朝陽は真昼に述べた。


「次の依頼ですか?」

「そうだ。ただし今回は火野との共同での仕事だ」

「火野一族と……」


 星守一族は基本的に他家との繋がりはあっても、共同で何かの依頼を受けることは殆どなかった。


 火野一族とは一番に交流が深かったし、現当主の弟である火野紅也(ひの こうや)と星守朝陽は良き友人の間柄であると真昼は知っているが、さりとて一族全体で見れば極端に仲が良いというわけでもない。


「今回はどうにも早急に人手がいるらしくてね。火野の主だった面々は手を離せず、さりとて依頼主から急ぐよう催促されていると言う状態らしくてね。そこで私の方へと話が来てね。若手を中心に交流もかねて共同で対処しようと言う話になったんだ」

「……私は反対だ。いちいち他家の事情に首を突っ込むものではない」

「母様。その件に関してはすでに話し合いを終えたはずです」


 どうも明乃はこの話には乗り気ではないらしい。だが現当主である朝陽の意向とそれなりに交流のある火野一族からの依頼と言うことで渋々受けたようだ。


「と言うわけで今回は火野は当主の娘の火野火織(ひの かおり)さんを含め若手が何人か来るらしいよ。星守からは真昼と、あとは大和を含め門下生数名から選りすぐって向かって貰うことにするよ。急で何だけど、来週の火曜日とのことだが、問題はないかい? ちょうど祝日で学校も休みだしね」

「僕の方は問題ありません。楓は?」

「私にお気遣いは不要です、真昼様。私も問題ありませんとも!」

「決まりだね。じゃあお願いするね。依頼の詳細は最近発見された古墳に住み着いていた、あるいは封印されていた妖魔達の討伐だ」


 こうして星守と火野の共同での退魔が行われる事になった。


 そして同時刻。


 ♪♪♪♪♪♪


 昨日に引き続き、真夜や渚と共に過ごしていた朱音のスマホに着信が入った。相手の名は火野紅也。朱音の父であった。


「あれ? お父様から電話だ。ちょっと待っててね。もしもし、お父様?」


 その電話が真夜達を新たな戦いへと誘うとは、この時の彼らは知る由も無かった。


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