第三章 兄弟編

プロローグ


「はぁっ!」

「やぁっ!」


 誰もいない公園の広場で二人の少女が、気迫に満ちた声を上げながら、それぞれの手に槍と刀を持ちある存在に戦いを挑んでいた。


 二人は全力であり、本気であった。相手を殺すかのような勢いで、敵対している存在に攻撃を繰り返している。


 連携の取れた動きで相手に肉薄してそれぞれに槍と刀を振るうが、敵はいとも容易く二人の猛攻を回避して見せた。


「これならどう!?」


 朱金色の髪の毛をツインテールにした長身の少女――火野朱音が槍の穂先から人の大きさの炎の塊を相手へと放つ。


 しかし相手はほくそ笑むと右手を前にかざす。そこには一枚の札が浮かび上がり、炎を完全に受け止めると霧散させた。


「しっ!」


 だがその炎の影に隠れる形でもう一人の黒髪の少女――京極渚が相手に肉薄するとその右脇腹に目掛けて刀を横薙ぎに振るった。情けも容赦も無い、必殺の一撃。このまま入ると渚は確信した。


 だが。


「惜しいな」

「っ!?」


 刀が防がれた。刀身が何かに触れると衝撃と勢いが殺されたのだ。見れば刀身に触れているのは別の札だった。


 身体から数十センチの位置にあり、渚の一撃を受け止めている。


「まだまだ!」


 朱音は槍を突き出し、防御の隙間を突こうとするが槍の穂先を手で掴まれた。


「うそっ!?」

「もう少し考えないと、こうやって掴まれるぞ」

「このっ!」


 穂の部分に霊力を集中し炎を纏わせるが、熱量に動じる事も焦ることも、相手の手が離れることも無い。


(普通は穂先は掴めないし、掴もうとしないわよ! 掴んだら手が千切れ飛ぶか纏ってる炎の霊力で燃え上がるのに、何でそうならないのよ! と言うかあたしの方が怖いんだけど!)


 理不尽とも言える相手の力に朱音は内心で悪態をつく。また見れば、渚の方も刀の刀身をいとも容易く握られていた。


(分かっていたことですが、本当に笑えませんね。私達二人が全力で向かっても、軽くあしらわれるだけなんて)


 渚も刀身に霊力を込めてはいるが、相手はビクともしない。切れ味を増そうが、霊力を放出しようが、すべて抑え込まれているような形だ。だが不意にパッと槍と刀から手が離された。


「えっ?」

「なっ!」


 不意打ちに近い形だったため、朱音と渚の体勢が一瞬崩れ僅かな隙を生んでしまう。


 トンと朱音と渚の額に右手と左手、それぞれの人差し指が触れる。


「俺の勝ちだな」


 そう言うと今まで二人と戦っていた存在――星守真夜は軽く笑みを浮かべるのだった。



 ◆◆◆



「ほんと、真夜は強すぎよ」

「そうですね。私達も少しは強くなったと思っていましたが、まだまだですね」

「いや、随分と良いところまで来てると思うぞ。正直、十二星霊符がなかったら、もう少し苦戦していただろうしな」


 場所は変わって、真夜のマンションのリビングで三人は反省会と言う名のお茶会を行っていた。


 週末金曜日の夜。黒龍神を討伐した事件から数日後。三人はこうして集まっていた。


 渚はここからまだ離れたところに住んでいるため、平日はそう頻繁に来れるものでは無いのだが、出来る限り都合が付けばここに来るようにしていた。離れているといっても、車で三、四十分の距離であった。


 それでも遠いが、色々と都合を付けてやって来ていた。


「本当に? 真夜の場合、霊符が無くても十分強いじゃない。とてもそうとは思えないけど。そもそも全力の真夜って実際見てないのよね。あの六道幻那の時も真夜って消耗してたし、霊符も結界とあたし達に使ってたし」

「俺の全力か。俺の場合、霊符の大半は援護とか結界に使うからな。十二枚全部を戦闘中に自分に回すってのはあんまりないな」


 実際、本気で十二枚すべてを己に回せば、どれだけの事が出来るか。流石に強化率は一定以上は上がらないが、それでも防御や牽制、増幅、回復と使い道は色々ある。


 異世界での場合は十二枚すべてを自分で使うことは滅多に無かった。パーティーの強化や援護に回すことが大半で、仲間との模擬戦以外ではよほどのことが無い限りは十二枚すべてを使用した記憶は無い。


 尤も異世界では周囲の被害を気にせずに戦える事が多かったので、結界を張る必要性が低くその分融通は利いたが、仲間に使うのにもかなり必要だったので、自分自身で使うのはせいぜい一、二枚程度であった。


「黒龍神の時は、完全に隙をついて倒したからな。俺の場合、強い相手は全力を出される前に倒すってのがセオリーなんだよ。慢心してたり油断してたりする奴は恰好のカモだ。逆にあの六道幻那は敵にしたくないタイプだな」

「真夜君は体術もずば抜けています。正直、真夜君と星守朝陽様の戦いを見た後ではこちらが武器を持っていたとしても体術のみでも一対一では勝つイメージが出来ません。いえ、先ほど二人がかりでも負けたので、それ以下なのですが」


 朝陽との手合わせを見ている二人としては、とてもではないが霊符を使わない真夜に追いすがれるとは思えない。


 今回の模擬戦も真夜は霊符を二枚しか使っていない。真夜の霊符は全部で十二枚。結界などに使わない場合、そのすべてが防御に回るのだ。この防御を突破できる者はいないのではないかと思えてしまう。


「本当は三枚使ってたけどな。一枚は俺自身に貼り付けての防御だ。特級クラスの直撃も耐えられるだろうよ」

「それの恩恵に預かっていた身としてはあんまり言いたくないけど、他の退魔師が聞いたら驚くなんて話じゃ無いわよ、それ。と言うよりもあり得ないでしょ、そんな高性能の霊符とか!」


 特級クラスなど、滅多にどころか本来は遭遇する事など確率的にはゼロに近いはずだ。


 幻那を始め、銀牙、弥勒狂司、果て黒龍神とその配下と立て続けに超級、特級、覇級と続いているので、遭遇率はかなり高いのだが、普通なら最上級にさえ殆ど遭遇することはないはずなのだ。


 それを考えれば真夜の防御は、大半の妖魔の攻撃を無効化すると言っているのに等しい。


「はい。実質、殆どの妖魔の攻撃を無効化すると言う事ですからね。それが真夜君の霊器の能力と言われればそれまでなのですが、はっきり言って高性能な上、多機能すぎます」


 攻撃能力が一切無く補助に特化しているが、その性能が異常すぎる。


「それにまさか普通に武器を掴まれるとは思いませんでした。しかも白刃取りでもなく手のひらでそのまま刀身や穂先を。普通は柄の部分なのですが……」

「ほんとどうなってんのよ? いや、霊力でこっちの霊力を抑えてるのは分かるんだけど、手とかはどうして無事なのよ?」

「霊力を纏って守ってりゃ、ダメージを負わないだろ?」

「「いや(いえ)、その理屈はおかしいわよ(です)」」


 朱音の槍は霊器、渚の刀もそれなりに名の通った霊刀であり、いくら霊力を纏っていてもそれごと切り裂くはずだ。


 真夜の場合、膨大な霊力に加え、霊符で増幅した霊力を手に纏って防御力を上げているため、二人の武器であっても受け止められるのだ。その気になれば、霊符を使わずとも朱音の炎も受け止められるだろう。


「はぁ、本当に自信を無くすわね。でもあの黒龍神の戦いの後から、妙に身体の調子がいいのよね。それに霊力も上がってるような気がするのよ」

「朱音さんもですか? 私もです。あの時の真夜君の霊符による強化ほどでは無いですが、以前よりも格段に動きやすく霊力も増えている気がします」

「何か心当たりはって、真夜の霊符しかないわよね」

「そうですね。あの霊符には強化した人間の能力を根底から上げる作用もあるのですか?」


 二人に問われた真夜は、予め用意しておいた冷えたお茶の入ったコップを口に運びながら、その効果に当たりを付ける。


「ああ、そうだな。無くは無いが、殆ど今回が特殊なケースだと思うぞ」


 霊符の底上げの上に限界まで力を行使した。そのため彼女達のキャパが大幅に増えた。霊符はその拡張の手助けをしたのだと真夜は推測する。


「妖魔倒して経験値だレベルアップだとかそんなもんは無いが、今回に限って言えばあの状態で限界まで妖魔を刈り続けたのが良い方向に進んだな」


 霊符が彼女達の魂と共鳴し、器その物を広げた。身体能力の向上も魂が肉体を刺激し、最適な状態へと変化させたのだろう。


 真夜が異世界で死にかけたり、三途の川を渡りかけて聖女に蘇生されたりしたことで強くなったのと似たような物だ。二人の場合は真夜よりはマイルドだが、それでもあれだけの妖魔との戦いはハードであったが。


「強くなったと思ったけど、その強さを実感するどころか真夜との差をさらに思い知らされる形になったわね。ほんと道のりは遠いわ」


 炭酸飲料をストローで口に運びながら、朱音はふて腐れたように呟くとそのまま顎をテーブルに乗せる。


「そうですね。ですが以前よりは真夜君の動きに慣れてきました。先は長いですが、何とか追いつけるようにしたいですね」


 渚は真夜に淹れて貰ったコーヒーを飲みながら、ホッと一息着く。このコーヒーが渚は一番のお気に入りだった。


「生憎と俺もまだまだ先を目指すぞ」

「本当にあれ以上に強くなるつもり!? ちょっとはゆっくりしててもいいんじゃない?」

「馬鹿言うなよ。親父にもきっちりと宣言したからな。だから親父もさらに鍛えてくるんじゃ無いか?」


 真夜としては異世界での最終決戦時の、十九歳の自分よりも強くなることを目標としている。たどり着く場所は見えているし知っているのだ。至れない道理は無い。


 真夜と最強の退魔師がさらに強くなる。朱音と渚はその力の一端を知っているため、二人がさらに強くなると思うと恐ろしいと感じてしまうほどだ。


「はぁ、おじさんも強くなるとか凄いわね。でもそう考えると、同年代で真夜とまともに戦える退魔師っていないわよね。いや、まともどころか稽古相手にもならないわね」

「そうですね。京極でも若手で強い術者はいますが真夜君ほどではありません。と言うよりも真夜君が強すぎるのであって、私達に近い世代はそれなりに優秀な術者が多いと言われているんですが……。そもそも最強の退魔師と互角かそれ以上ならば、現役の殆どの術者が相手になりませんよ」

「そうだな。六家のトップクラスくらいか。それなりの戦いができそうなのは。同年代だと相手になるのは……、兄貴ならいい線行くかもな」


 もう一度お茶を飲みつつ、真夜はぽつりと呟いた。


「真夜のお兄さんって、真昼の話?」

「星守真昼。噂は聞いています。若手では最強の術者と目されている星守の麒麟児と」


 星守真昼。真夜の双子の兄にして、星守の次期当主の有力候補とされている天才退魔師だ。


 その力は父である朝陽にこそ劣る物の、六家の上位の退魔師どころか強さに自信のある当主クラスとさえ互角に戦えると噂されている。


「そうそう。麒麟児ってのでも収まりきらねえかもな。兄貴は俺と違って何でも出来たからな」


 霊力の多さ、霊術の習得速度、攻撃系や防御系、治癒や結界などの補助系すべての術への適正があり、京極のようにすべての属性の術も扱える鬼才と言うほかない存在だ。


 剣の腕前もずば抜けており、体術もかなり出来る。まさに万能と言っても過言では無い。


 どこか誇らしげに言う真夜に朱音は不思議に思った。以前の真夜は兄である真昼を目の敵と言うよりも憎んでいたようにも朱音は感じていたからだ。兄の話題を出されることを極端に嫌い、その名前が出れば顔をしかめ、あから様に不機嫌になっていた。


「真夜はその、もう真昼の事を……嫌ってないの?」


 朱音はできる限り控えめな表現で真夜に訪ねた。


「全然嫌ってないぞ。親父にも言ったが、もう恨んでも憎んでもいねえよ。あの頃は俺もガキだった。兄貴に嫉妬して、自分に無い物を全部持ってた事をそりゃ恨んださ」


 だがと真夜はかつての自分の考えを否定する。


「けどそれに何の意味も無いってのを教えられた。兄貴に嫉妬して、恨んで、それで俺が強くなるわけでも、霊術が使えるようになるわけでも無い。他人を羨んでも何も変わらない。そんな事を考えてる暇があったら強くなる努力をしろってな。実際その通りだろ?」


 無意味な嫉妬や恨み辛みは自分を惨めにするだけだ。何の生産性も無く、自分自身が救われることもない。


「別段、兄貴に嫌がらせを受けてたわけでも、暴力を振るわれてたわけでもないからな。逆に今だと兄貴に辛く当たったことを後悔してるくらいだ」


 あの頃は若かった。今も若いが、本当にどうしようもないガキだったと反省している。


「それに俺は強くなった。確かに俺は攻撃系の霊術が未だに一切使えないし、霊力の放出も出来ない。それでも兄貴や親父に負けないほどの強さを得た。確固たる自分を俺は見つけた。だから兄貴に対してもう今更どうこう思うことはないな」

「そうなんだ」

「本当に強いですね、真夜君は」

「褒めて貰って何だが、そこまで立派な人間でもないけどな」


 二人の安堵した顔や尊敬する眼差しに苦笑しつつ、真夜はしばらく疎遠になっている双子の兄の顔を思い起こす。


「兄貴の奴、元気してるかな」


 それは家族を、兄弟を心配し、慈しむ弟の姿であった。




 ◆◆◆



 夜のとばりが降りた、薄暗い神社の境内。すでに寂れて久しく、あちこちからは草が生え、落ち葉も散乱し建物自体もボロボロになっている。


 この周囲一帯に漂っているのは、濃密な妖気。一般人ならばそれに当てられただけで気分を害し肉体に悪影響が出るだろうし、下手をすれば意識を失うだろう。


 そんな場所に一人の黒髪の少年が立っていた。身長は百七十を超えた程度だろうか。顔立ちは整っているが、中性的と言うよりはもう少し幼く見える。白い装束を身に纏い、それぞれの手に小太刀が握られている。


「真昼様! この境内にいる妖魔は!」

「うん、わかってるよ、楓。上級って聞いてたけど、これは最上級だ」


 少年の隣にはいつの間にか巫女服の少女がいた。身長は少年よりも低いが、年の頃は少年よりも少し年上だろうか。


 肩甲骨当たりまで伸びるオレンジ色の髪。頭にはピンと伸びる三角耳。尾てい骨の付け根からはふさふさとした尻尾が伸びている。


 体つきも出るところは出て、引き締まるところは引き締まっており、見事なバランスの体つきであった。彼女は真昼と呼んだ少年を守るようにその前に立つと、境内の先の建物の方を睨みつける。


 星守真昼。真夜の双子の兄であり、星守一族の次代を担う少年。その傍らに立つのは、彼の相棒である妖狐の楓であった。


 オォォォォォォォォォ


 唸るような声が境内に響き渡る。現れるのは体高は二メートルはあるであろう巨大な犬、または狼のような妖魔だった。闇の中で紅く不気味に光る一対の瞳が、二人を睨みつけている。


 その瞳に映っていたのは怒りの感情。怨嗟に支配され、破壊衝動のままに、生きる物すべてを殺しつくさんと殺意を振りまく。


 一般人どころか並の退魔師でも恐怖するであろう眼光。巨体全身から吹き上がる妖気。


 次の瞬間には巨体が宙に浮かんでいた。


 ドンッと凄まじい衝撃と共に着地すると、衝撃を周囲へとまき散らす。並の退魔師ならばこれだけで惨たらしい、人の形を留めていない死体が出来上がっていただろう。


 だが二人はそんな妖魔の一撃を余裕で回避してみせる。


 グルゥゥッ!


 二人が離脱したのを視界か、あるいは匂いで判断したのだろう。巨大な尾が横薙ぎに振るわれる。妖気の込められた尾は、周囲にあった石の灯籠や木をなぎ払い、目標の真昼へと襲いかかる。


「はっ!」


 短く呟くと同時に真昼は小太刀の先端を尾に向ける。先端が尾に触れると、尾は一瞬にして粉々に砕け散った。


 グルゥッ!?


 唐突に消し飛んだ尾の事に妖魔の動きが一瞬鈍ったが、即座に妖魔は感じることになる。目の前の少年から解き放たれる霊力を。この境内に満ちていた妖気が、清浄なる霊力により中和され消えていくことを。


 力を得て、どんな相手にも負けないと自負していた妖魔は恐怖した。目の前の少年はそんな自分よりも圧倒的に強い強者であると本能が理解してしまったのだ。


 真昼が妖魔を見る目はどこか悲しそうであった。まるで目の前の妖魔を悼むような、そんな目であった。真昼は僅かに目を伏せるが、すぐに次の行動に出た。


「もうお休み」


 斬


 幾重にも重なる斬撃が妖魔を襲う。絶え間なく相手の反撃の暇を与えない高速の連撃。妖魔の身体は粉々に切り裂かれ浄化されていく。


「楓!」

「はい! 真昼様!」


 ゴオォッと巨大な炎の塊が妖魔に降り注ぐ。炎は妖魔の残骸を呑み込むとそのまま灰も残らぬ程に燃やし尽くしていく。


 十秒も経たない内に、妖魔は完全に消滅した。


「あとは……」


 風が周囲に優しく流れる。境内やこの神社一帯に溢れ留まっていた妖気が押し流され、浄化されていく。


 しばらくの後に、この場に妖魔がいた痕跡は完全に消え去った。


「お見事です、真昼様! この楓、感服致しました!」


 とことこと真昼に近づいてくる楓と呼ばれた少女は、破顔したかのような笑みを浮かべ真昼を褒め称えた。


「流石は星守の次期当主候補! 今でもそこらの退魔師は愚か、六家の上位者、いえ、当主達でも真昼様には敵いませんよ!」


 自分が仕える敬愛する最高の主・星守真昼。星守一族に生まれた天才児。星守一族の次代を担うにふさわしい御方。楓はそんな真昼に仕えられることを誇りに思っている。


 興奮する楓に真昼は苦笑する。


「そんな事は無いよ、楓。僕もまだまだ未熟だから。それに父さんには及ばないし」

「いえ、朝陽様は例外ですよ! あの方は色々な意味で可笑しいですよ!」

「まあ父さんは本当に凄いよね。この間も遠出の退魔から帰ってきたら、自分は未熟だって言って修行をやり直し始めたんだから」


 先日、京都方面での退魔から帰ってきた父である朝陽が、鍛え直しだと積極的に修練に明け暮れている。一族や門下も巻き込み、それはそれは楽しそうに修行していた。


 真昼も父に言われ、久しぶりに本気で手合わせした。まだ父には及ばないが、それでも一族の中では祖母に次ぐ三番目の実力者として扱われている。


「ですが真昼様も何ら劣っておりません! 修行を積み、経験を重ねれば、遠くない将来は朝陽様よりも必ず強くなれますよ!」

「……そうだね」


 熱弁する楓だったが、その言葉を聞いた真昼はどこか寂しそうな、辛そうな顔をした。まるで強くなるのを嫌がっているかのような、そんな顔に楓は思えてしまった。


「真昼様?」

「あっ、ううん。何でも無いよ。さあ、そろそろ行こうか。妖魔の討伐の完了を報告しないと」

「はい!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら、真昼の後を着いていく楓。


 この時、彼らは気づかなかった。そんな二人を静かに観察していた存在を。ニヤリと不気味に笑う一人の老人のことを、二人は最後まで気づくことはなかった。


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