第十八話 それぞれの戦い



「はぁぁぁぁっっ!」


 朱音は最上級妖魔を相手に、己のすべてをぶつけるかのような苛烈な攻撃を加えた。


 突き、振り下ろし、なぎ払い、振り上げ。そのどれもが炎を纏った恐るべき破壊力を有していた。


 最上級妖魔は何とかそれらを回避しようとする。背中に翼もあるため飛翔能力はある。


 だが上空に逃げても、朱音の攻撃からは逃げられない。炎が空へと放たれ、妖魔は必死に回避する。的確に逃げ道を潰すかのような朱音の炎での攻撃は妖魔を追い詰める。


 空へ逃げたのは悪手だ。遮蔽物も無く、防戦一方で反撃すら出来ない。逆に朱音は周囲を気にせずに狙いたい放題だ。炎の弾丸だけでは無く、大剣のような炎までもが放たれる。


 侵掠すること火のごとくのように、激しい炎の槍での攻め。中級妖魔どころか上級妖魔でさえも触れるだけで燃やし尽くさんばかりの炎が圧縮された炎霊器。


 真夜の十二星霊符の加護により、朱音だけでなく霊器にまでその効果は及んでいた。


(最上級妖魔でも負ける気がしない! 絶対に倒す!)


 これは自分だけの力では無い。真夜のおかげであると理解している。だが真夜が自分に力を貸してくれている。見守ってくれている。助けてくれている。


 だからこそ、無様な真似は出来ない。慢心も油断も増長もしない。


 霊符の加護が無い状態でも、朱音は勝てるかどうかは別にして最低限、単独で最上級妖魔と戦える実力を有していた。


 それが今は真夜のおかげで、さらに上の階梯へと駆け上っている。力の増大に驚きつつ、その力に溺れないように自らも戒める。ここまでの雑魚妖魔の討伐で、上昇した力の感覚になれたのも大きかった。


 ただここまでお膳立てして貰って、この程度の妖魔に手こずっているようでは真夜に顔向けできない。彼と共に戦える術者になどなれるはずもない。


 真紅に輝く炎はさながら彼女の心を現すかのように、眩いばかりの魂の輝きのごとく光を放つ。


(あたしはあんた程度に負けてらんないのよ!)


 気合いでも今の朱音は妖魔を圧倒する。


 だが妖魔も負けじと朱音に襲いかかる。空から急速に降下し、地面すれすれを飛翔するとそのまま朱音へと突貫した。朱音もそのまま全速力を持って槍を突き出し、妖魔と交差する。


 交差した朱音の背後には、上半身を吹き飛ばされた妖魔の成れの果てが残っていた。


「これで終わりよ!」


 残った下半身に槍から炎の球体を向け、完全にその身体を消滅させるのだった。



 ◆◆◆



(今の私なら、最上級妖魔でも倒せるはずです)


 渚も目の前の最上級妖魔を前に刀を握る手に力が入る。朱音が火のごとく苛烈に攻める戦い方ならば、渚は風のごとく速さを持って相手を圧倒する。


 彼女は朱音や流樹達とは違い、霊器を具現化できていない。そもそも朱音達の年代で霊器を持っていることが稀であり、異常とも言って良い。才能と言う点では、渚も劣ってはいないだろう。


 しかし現時点では霊器のない彼女は不利と言っていい。


 彼女の持つ霊刀もかなりの業物であり、霊力を良く通し増幅させる効果はあるが、霊器ほどでは無い。


 さらに一撃の威力は圧倒的に劣る。攻撃力の高い炎を収束させた炎の槍を持つ朱音や、水を圧縮させ鞭のように振るう流樹とでは、渚の攻撃は比較にもならない。


 それでも今の自分は負けない。負けるわけにはいかない。


 渚の霊力量自体は朱音に負けるものでは無い。霊刀に霊力を収束させる。


「やぁぁっ!」


 声を出すことで自らを鼓舞する。最上級妖魔と単独で戦うことなどこれが初めてのことである。恐怖は勿論ある。それでも戦わなければならない。


 真夜や朱音に置いて行かれないように。最上級妖魔を倒せないようでは、二人と共に戦う事なんて出来るはずが無い。


 今の自分は一人では無い。真夜の力を感じる。以前の、六道幻那との戦いの時のような、圧倒的な安心感が身体を包んでいるようだった。


 身体がすべての枷から解放されたかのように軽く、いつも以上に鋭い動きも出来る。


 だが渚の戦い方は朱音のように、増幅された強力な破壊力の攻撃によるものではない。風のように速さと鋭さを持った攻撃を的確に相手に与える。


 最上級妖魔の外皮と妖力は上級とは比べものにならない。今の渚の攻撃を以てしても圧倒するには至らない。


 それでも攻撃を当て続ける。妖魔も一撃一撃の攻撃の威力はそこまでで無くても、ダメージは蓄積されていく。


 さらに妖魔の攻撃は当たらない。腕でのなぎ払いも、尾を振り回すことでのなぎ払いも、口から炎や果ては溶解液をはき出すが、そのすべてを渚は回避していく。


(これは思ったよりも辛いですね。私にも霊器があれば……)


 いや、無い物ねだりをしても仕方が無い。そもそも今の自分の力も真夜が力を貸してくれているからに過ぎない。もし真夜の霊符がなければ、最上級妖魔とこれほどまで戦えていたかどうかも疑問である。


(狙うは……)


 渚は最上級妖魔の動きを観察し、狙いを定める。一瞬、あえて渚は動きを止める。


「シャァァァァァァァッッ!」


 それを好機と判断したのか、最上級妖魔は腕を伸ばし渚の身体を切り裂こうとする。


(………ここっ!)


 しかしその前に、渚は動いた。妖魔の腕をかいくぐり、その懐へと滑り込むとすれ違いざまにその首筋に刀を食い込ませ真っ二つにした。


 渚の狙いはカウンター。相手の力をも利用しての一撃。首を切断された妖魔だが、それだけでは終わらない。蛇の生命力か、それでもまだ生きている。


 渚もそんな事は百も承知。動き出すまでに完全に倒す。


 刀身に光が宿る。渚は再び妖魔に肉薄し、刀を幾度も振るうと妖魔の身体が細切れになる。首が切断されたことで妖気の防御が薄れ、肉体的な防御力も頭部からの意思が失われたことで本来よりも格段に落ちた。


 今ならば渚の攻撃でも全力を以てすれば、最上級妖魔の肉体であろうとも簡単に切り裂ける。


「はぁっ!」


 最後に未だに残っていた頭部を一刀両断し、妖魔を完全に討ち滅ぼすのだった。



 ◆◆◆



「くそっ……」


 流樹は自身の足下周辺に倒れる三体の上級妖魔を前に、忌々しそうに呟いた。


 上級妖魔でしかも三体と言うことで、多少苦戦した物の倒すことは出来た。


 彼が悔しそうにしているのは、朱音と渚の強さにだ。


(どうして僕はこんなにも弱い!)


 流樹は自分であったなら、二人が倒した最上級妖魔を倒せたのかと思ったのだ。


 半ば嫉妬したと言っても良い。彼は赤面鬼や黒龍神相手に敗北を喫した。とは言え、それは相手が悪かったと言える。


 流樹自身は退魔師達の中でも上位に位置する。霊器を顕現できる時点で、すでに大半の術者よりも優れているだろう。


 しかし朱音や霊器を持たない渚が出来た最上級妖魔の討伐に彼は嫉妬した。


 上級妖魔三体を同時に相手をして倒せる事は十分に誇れることなのだが、最強の退魔師の朝陽には邪魔者扱いされ、逆に息子でサポートだけとは言え、戦う力の無い真夜が選ばれた事にも大きな落胆と失望を覚えた。


 とは言え、朱音と渚の強さはドーピングのような物があった為なのだが、流樹にはそれはわからない。


 もし流樹も真夜の霊符があれば、朱音に近い強さを発揮することが出来ただろうが。


 上級妖魔を倒した後も、周辺から現れた中級妖魔数体や、上級妖魔一体を倒している。


 これだけでも流樹が優秀な術者であると言うことが証明されるのだが、当人はそれでも納得しない。


「流樹様! 中級妖魔がまだ来ます!」


 思考にふけっていたが、水葉の言葉に意識を戻す。見ればまた数体の妖魔がこちらにやってくるではないか。


「この山のすべての妖魔を打ち倒すぞ、水葉」

「はい! 流樹様!」


 八つ当たりにも近い形で流樹は霊器の水王鞭を振るい、妖魔達を蹂躙していく。


 そんな様子を理人に担がれていた氷華は危うげに見ていた。


「ありゃ危ないな。流樹の奴、相当焦っとるな」

「そやな。けど水波の次期当主も相当やりおると思うけどな」


 氷華の呟きに理人が答える。理人からすれば、流樹も戦えば厄介な相手だと言う認識だ。今の朱音や渚も戦えば負ける可能性が高い。と言うよりも朱音の攻撃力は理人も恐ろしいと感じてしまう。


「あいつは自分がどんだけ強いか、今ひとつ分かっとらへんのや。ついでに言えば、あっちの二人も相当やばいな。あいつらは火野の宗家の人間と、もう一人は京極か? 確か以前に見たことがあるような」


 氷華もこの場にいる自分よりも年下の連中が、どいつもこいつもやばい奴ばかりで若干ビビっていたりもする。


 鍛えよう。うん、本当に鍛えよう。このままだと、当主になった時に色々とやばい。いや、当主に進んでなりたくは無いのだが、あのくそ親父に任せていては氷室がやばくなる。氷華は心にそう誓った。


「それよりも黒龍神や。さっきから力を感じへん。結界を張ったんやろうが、いくら星守とは言え、覇級妖魔に勝てるんか」


「どうやろうな。勝てへんかったら、この国は終わりやろうな」


 氷華は心配しているが、理人はそこまで悲観していなかった。なぜなら、結界が展開される直前に感じた気配が何なのか、理人も理解していたからだ。


(アレが出たって事はそれだけやばい事態ってことやろうけど、少なくともあいつらと最強の退魔師がいて負ける可能性は低いやろ)


 六道幻那一味を簡単に倒した二人と最強の退魔師と最強の守護霊獣。この組み合わせで勝てなければ、一体誰が勝てると言うのだろうか。


「俺らに出来るのは、祈ることだけや」

「ならばこなたも祈るのだ! あのいけ好かない妖魔が倒されるのを!」


 今まで黙っていた志乃も声を上げる。それを聞き、氷華も理人も苦笑する。


「そやな。それしか出来へんのは情けないが、今は祈るか……(大丈夫よ、氷華)。えっ?」


 だが不意に氷華の脳裏に声が響いた。


「えっ、あっ……」


 氷華の目の前に薄らと浮かぶ人影があった。


「雪花、さん……」


 身体は半分以上透けて見えるが、そこには確かに氷室雪花がいた。先ほどまでの妖魔の姿では無い。かつての人間の姿。しかし白い死に装束のような服を着ている。


(ごめんなさい。貴方には苦労をかけたわね)


 理人と志乃は気づいていない。ただ氷華だけに声は聞こえていた。


(もう大丈夫。黒龍神の脅威は去ったわ)


 すっと彼女は氷華に近づいてくる。その透き通った手で氷華の頭を撫でる。


(苦労をかけたわね。でももうこれ以上、苦しまないこと。私達も救われたから)


 見れば彼女の後ろに似たような死に装束を身に纏った二人の女性が立っていた。それは生け贄として黒龍神に捧げられた氷室の女性達だった。雪花と同じように穏やかな笑みを浮かべている。


(私達はすべてから解き放たれたわ)


 真夜の浄化の力とルフの力で、黒龍神の成れの果てに取り込まれた彼女達の魂は解放された。


 蒼と紅の光は彼女達の魂を優しく包み込み癒やした。彼女達の苦しみや悲しみ、恐怖や絶望から救い、これまでの苦労を労うかのように、多幸感を与えた。


 泡沫の、僅かばかりの物でしかないが、それでも彼女達の魂は救われた。


(氷室をお願いね。あと、貴方も幸せにね)


 彼女の姿が消えていく。待ってと氷華は言葉を出そうとするが、声が出ない。そんな氷華に雪花はもう一度、頭を撫でる。すぅっと彼女の中に何かが流れ込んで来る。


(天使様に私の我が儘、聞いて貰ったから。貴方の役に立つように。それはお守り。きっと貴方の力になるから)


 雪花の氷華への気持ちと共に、何かの力が流れ込んで来る。暖かい霊力が、氷華の中に満ちていく。


(雪花さん!)

(氷華、頑張れ。私はずっと見守ってるから)


 それだけ言うと雪花の姿は完全に消え去った。


「……雪花さん」

「ど、どうしたのだ、姉上! どこか痛いのか!?」

「お、おい。どうしたんや、氷華様」


 つぅっと一筋の涙が流れる様子を見た志乃と理人は、慌てて氷華に声をかける。


「……何でも無い。それよりも理人。そろそろ下ろしてくれ」

「無理すんなや。まだ身体が動かんのとちゃうんか?」

「もう大丈夫や。よっと。ほらな」


 理人の肩から自力で降りた氷華は、しっかりと地面に立った。コキコキと肩を慣らし、身体をほぐす。雪花の力が流れ込むことで、体の麻痺が消えたのだ。


「……理人、志乃。少し離れとき。ちょっとばかり、八つ当たりするから」


 言うと氷華は右手に霊力を集中する。氷の霊力が集まると、それを解き放つ。


 氷は近くに迫っていた数匹の妖魔を襲うと、一瞬にして凍り漬けにした。


「かかってこいや。うちが一匹残らず滅したる!」


 今までの鬱憤を晴らすかのごとく、氷華は声高々に宣言する。彼女もまた、強い力をその身に宿していた。


(ありがとうございます。雪花さん。うちも、頑張るからあっちで見といてや)


 そして始まるは六家のうち、四家による妖魔の殲滅。


 この日、氷室の神域に潜んでいた覇級妖魔・黒龍神とその配下たる九百九十九体の妖魔は、すべて刈り尽くされるのだった。


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