第十四話 戦闘開始


「はぁぁぁっっ!」


 裂帛の気合いの下、朱音は炎の槍を突き出し、雑魚妖魔達を蹂躙していく。中級クラスの大蛇の群れがあちこちから飛びだしてくるが、それらを朱音は冷静に対処していく。


 炎の槍を突き出し、突撃して大蛇を貫くと同時に群がってくる相手には槍を横に高速で一回転させることで敵を吹き飛ばす。吹き飛ばされた大蛇達はそのまま炎に包まれて焼き尽くされていく。


「ふっ!」


 朱音の少し後ろを進む渚は彼女が討ち漏らした、あるいは反応しにくい位置にいる大蛇を風や氷の霊術で仕留めていく。


 念のため持ってきていた渚の愛刀に風の霊術を纏わせ横薙ぎに、あるいは振り下ろすと風の斬撃が飛び大蛇を切り裂いていく。さらに霊符を取り出し、祝詞を唱えると鋭利な氷柱が出現し大蛇達を貫き、凍り付けにしていく。


 急ごしらえのそれも碌に連携も取ったことの無い二人であったが、そのコンビネーションは驚くほど高く、まるで長年連れ添っているかのような動きであった。


「やるわね、渚!」

「朱音さんも流石です。援護は私がします。朱音さんは好きに動いてください」

「わかったわ! でもできる限りそっちに負担がいかないようにするから!」


 朱音も広範囲に鞍馬天狗が展開した結界が張られているとは言え、あまり炎を見境無く使えば火の海になるので、できる限り気をつけ妖魔だけを燃やすように調整している。


 渚は渚で、危険な炎は水などの霊術も用いて、延焼しないようにしている。


 すべての属性に適正がある京極の血を引く渚は、すべての術を高レベルで扱える。朱音のように高威力では無いが、並の術者から見ればとてもではないが真似できないレベルである。


 すでに数十を超える中級妖魔を蹴散らしている。


「ふん! この程度の雑魚どもで、儂を止められると思うなよ!」


 先程召喚された朝陽の守護霊獣である鞍馬天狗も、その手に持った錫杖を振るい、妖魔達を蹴散らしていく。


 超級妖魔の鞍馬天狗にしてみれば、中級など歯牙にもかけない相手だ。物理的に蹴散らすだけで無く、神通力を使った石つぶてで大蛇の身体を貫く。


 ただの石つぶてと侮る事なかれ。音速に近い速度で放たれる石は例え拳大でも驚異的な貫通力と破壊力を有する。そこに天狗の霊力が付加されているのだ。中級どころか最上級妖魔でもひとたまりも無い。


「キシャァァァァァッ!」

「うっさいのよ!」


 今度は上級妖魔クラスの妖気を持つ存在が出現する。翼の生えた大蛇や人面蛇身の大蛇。しかしそれらすべてを朱音が霊器の出力を上げ、炎を纏った高速の突きで身体を吹き飛ばす。


 さらに纏まっていた連中を朱音は地面を蹴り、高く跳躍すると槍を頭上から振り抜き大地へと叩きつける。


 妖魔もろとも大地が吹き飛び、周囲へと炎が広がる。直撃を避けた妖魔もその余波に巻き込まれ無残な屍をさらすことになる。


「朱音さんばかりに任せてはいられません」


 霊刀を片手に、渚も妖魔へと肉薄し一閃すると、妖魔の身体が真っ二つになる。踊っているかのような、舞を舞っているかのような滑らかな動きだ。


 朱音は力押しに傾倒しがちだが、渚は逆に技術で補っている印象である。


(何だろう、いつもより霊術が強い!!)

(不思議です。身体がとても軽いです。それに力が溢れてくるような感覚が……)


 彼女達は同年代どころか、退魔師の中でも上位の実力者である。だが今日はいつも以上に身体の調子が良い。身体が軽く、霊力が増幅されているような気がする。


 はっと二人は一瞬だけ真夜の方に視線を向ける。すると真夜はどこか悪戯小僧のような笑みを浮かべている。


「真夜、二人に何かしたのかい?」

「なぁに。ちょっとしたお守りを貼り付けただけだぜ?」


 朝陽の問いかけに真夜が飄々と答える。


 真夜の神造霊器(アーティファクト)である十二星霊符。それを一枚ずつ朱音と渚に貼り付けただけである。


 だがこの霊符の補助能力は反則クラスである。攻撃力や攻撃能力が一切備わっていない代わりに、防御や結界、治癒などの術を増幅させるだけでなく、自身や他者の能力の強化まで行えるのだ。霊力の増幅や身体能力や霊術の強化。


 異世界での勇者パーティーにおいても、真夜は聖女に次ぐ補助能力使いであった。


 防御、治癒、強化。ありとあらゆる面で聖女を補助し、自身は前線でも戦う。聖女と真夜の二重掛けの効果は凄まじく、聖女が不在時や戦えない時は真夜がその役を代行する事もあった。


 隠行の術を施した札が二人の背中に貼り付けられている。これは朝陽もよほど集中して見なければ気づかない。


「まったく。いつの間にそんな凄い術まで使えるようになったんだい?」

「親父も欲しいか? まだまだ余裕はあるぞ」

「いや、私はいい。真夜はできる限り消耗を抑えておきなさい。黒龍神を倒す要は真夜だよ」


 朝陽も朧気ながら、真夜の強さを感じ取っている。


 十五の息子にこのような期待をするのは、無用なプレッシャーを与えるとも思われるが、朝陽はそうは思わない。今の息子は、自分と同格以上の退魔師であると確信していた。


「……わかった」


 真夜は短く呟く。朝陽には切り札があることは伝えているし、十二星霊符の事もある程度は話している。だがルフの事は話していない。


 すべてを話すつもりはない。自らの能力が完全に白日の下に晒されれば、対処される可能性が高くなる。


 知られても問題ない能力もあるが、実戦に身を置く者はその危険性を理解している。朝陽の能力もすべて真夜が知っているわけでは無い。


 彼の霊器の存在もその形状も能力も知っているが、それらが朝陽の力のすべてではないだろう。


 だから朝陽も無理に聞き出そうとはしなかった。不確定要素を覇級妖魔との戦いに持ち込むのは危険が伴うだろうが、朝陽はそれでも真夜を信頼した。


 真夜としては出来ればルフは切りたくない切り札だ。必要に迫られれば出し惜しみするつもりは無いが、下手に危険視されても困る。


 だから十二星霊符が良い見せ札になる。


(雑魚を朱音と京極達が引き受けてくれるだけでも随分違うな。っても異世界じゃ、こんなことも結構あったな。一万の敵を俺達だけで蹴散らした時は、流石に辟易したけど)


 大量の物量を持って、勇者達を殺す。魔王軍の四天王の一人が、自らの配下を総動員して戦いを挑んできた。


 大魔導師が高威力の魔法を使えなければ、物量に押しつぶされていただろう。


 今回はその大火力が無い分、苦戦を強いられるだろうが、それでも朝陽と鞍馬天狗もいるので、まだ何とかなるはずだ。


(俺は俺のやるべき事をするだけだ。朱音や京極、親父がこうやって命張ってくれてんだ。俺が期待に応えなくてどうするんだ)


 真夜の眼前では朱音達が奮闘している。サポートは最大限に行うが、自分の役目は黒龍神を討伐すること。


 真夜はどう猛な笑みを浮かべる。父に期待されることに高揚を感じる。朱音や渚の奮闘に自分自身も奮起させられる。


(ああ、必ず俺が仕留めてやるさ。今日だけは勇者の真似事をさせて貰うぞ、黒龍神)


 だが相手も真夜達の存在を目障りに思ったのだろう。


 上級の数が増え、さらに最上級の力を持つ妖魔が出現する。上級が同時に十体。最上級が三体だ。


 最上級妖魔は人の上半身に蛇の下半身を持った化け物であった。長い舌を出し、翼まで生やしている。


「もう! 上級が同時に十体に、最上級が三体とかどうなってるのよ!?」


 さしもの朱音も苛立ちに声を上げた。普通なら焦りを感じるだろう。一対一ならばまだしも、最上級妖魔三体を同時に相手取るには、朱音でも覚悟を決めなければならないだろう。


「ここまでの妖魔の大軍勢がいるとは、予想外でした。しかも最上級妖魔が同時に現れるなんて」


 渚もこれまで最上級妖魔を一人で討伐した経験は無い。実力的には最上級妖魔とも戦える実力はあるだろうが、それでも最上級妖魔三体から放たれる威圧感は凄まじい。


 もし六道幻那やルフと邂逅していなければ、もしかすれば呑まれていたかも知れない。


「ふぅ。でもやるしかないわね。あたし達も強くならないといけないし」

「そうですね。ここで足踏みしている訳にはいきません」


 朱音も渚も呼吸を整え、今にもこちらに飛びかかろうとしている上級妖魔や最上級妖魔達を睨みつける。


 だが不意に、そんな二人の前に朝陽が躍り出た。


「おじさん!?」

「朱音ちゃんも渚ちゃんもここまでお疲れ様。良い戦いだったし、二人とも退魔師としては凄く優秀だ。私も驚いているよ。真ちゃんもそう思うだろ?」

「ああ、俺もそう思う」


 朝陽の問いかけに真夜も本心から同意する。朱音も渚もここまで決して足手まといではなかった。それどころかその力で真夜と朝陽の消耗を軽減してくれた。二人の言葉に朱音も渚も少しだけ顔を紅くする。


「そんな二人でも流石に最上級妖魔三体と、上級妖魔十体を同時となると苦戦は免れないだろう。まだ先は長いんだ。少し休みなさい。ここは私が受け持とう」


 朝陽はそう言うと右手を前に突き出した。彼の右手に霊力が収束していく。朱音や渚を遙かに上回る、凄まじい霊力が迸ると光が出現する。光は急速に形を変えていく。


 それは刀だった。しかし普通の刀では無い。五尺にも及ぶ長さの野太刀と呼ばれる刀であった。


「そろそろ私も準備運動ぐらいはしておきたいからね。それに……若い子達が頑張っているんだ。私も少し真ちゃん達の前で格好ぐらいつけたいからね」


 本気か冗談か分からない言葉を口にしつつ、朝陽は野太刀を右手だけで持つと、だらりと刀身を下げた。


(久しぶりに見るな、親父の霊器を……!)


 真夜も父の霊器の力を感じ取る。


 霊器の具現化は本来は六家にだけ伝わる秘術であったが、長い退魔師の歴史の中で六家以外にもその使い手は現れていた。


 だが星守一族の中で、霊器を獲得できた人間は驚くほど少ない。星守の歴史の中でも僅か五人。その中の一人が朝陽であった。


 放たれる圧力は朱音の霊器の比ではない。ただそこにあるだけで圧倒的な霊力を放ち、威圧感を周囲へとまき散らす。


 その力を感じ取ったのだろう。妖魔達が一斉に朝陽へと襲いかかった。


「真夜。よく見ておきなさい。これが私と霊器の力だ」


 朝陽は野太刀を横薙ぎに振るった。瞬間、風が吹き荒れた。荒れ狂う嵐の様な風の渦が妖魔達を呑み込み、彼らの身体を粉みじんに切り裂いていく。上級妖魔も、最上級妖魔も関係なく呑み込む風の奔流。


 妖魔だけでは無い。木々を呑み込み、後方にいたであろう他の妖魔達も容赦なく呑み込み消滅させた。


 後には何も残らない。数十メートルに渡って、切り開かれた森の跡地が存在するだけだ。


「流石は親父だな」


 真夜がぽつりと呟く。渚の風の霊術とは比較にならない程の力。朱音も渚もその力に眼を見開き驚愕している。これが最強の退魔師の力。


 真夜は笑みを浮かべる。自分の父の強さを目の当たりにし、そんな父に認められ期待されていると言う事実に。


「ふむ。少しやり過ぎてしまったかな。しかしこれで少なくない数を倒せたはずだ」


 どれだけの妖魔を巻き込んだのかはわからないが、今のでそれなりの数を討伐できただろう。


「そうだな。じゃあとっとと行こうぜ」


 ポンと横並びになって呆けている朱音と渚の肩に手を置くと、真夜はそう呟く。


「……もう。何て言うかレベルが違いすぎるわね」

「……そうですね。自分が如何に未熟か痛感します」

「いや、二人ともさっきも言ったが、十分強いと思うぞ。ただ親父が桁違いに凄いってだけだろ」

「ついでに真夜もね」


 真夜の言葉に朱音がジト目を向けながら言う。朱音からすれば、どちらも雲の上の存在に思えてしまう。


「そうですね。少し悔しいです」

「あまり焦る必要は無いさ。心配しなくても二人は強くなる。私が保証しよう」


 自分の非力さに嘆く渚に、朝陽はそんな事は無いと励ましの言葉を述べた。


「実戦での経験は普通の修行よりも遙かに得がたい物だ。確かに危険も伴うが、ここを自力でくぐり抜けれたなら、二人は飛躍的に強くなれるだろう」


 ただ見ているだけや真夜や朝陽におんぶに抱っこでは成長は望めないだろうが、二人がある程度自らの力で切り抜けられたのなら、朝陽は二人が成長できると確信していた。


「心配しなくても俺が守ってやる。だから気兼ねせずにやればいい」


 真夜も二人を危険な目に遭わせる気は無かった。だが彼の言葉が逆に二人に火をつけた。


「おあいにく様。あたしは真夜に、ずっと守ってもらってばっかりのつもりは無いんだからね!」

「私もです。守られてるばかりは嫌ですから」


 かつて二人は真夜に助けられた。真夜に守って貰えることは嬉しいし、大切に思ってくれていると感じられ、心が温かくなる。


 だがそれでも嫌なのだ。真夜に守られてばかりは。


 真夜に恩を返したい。彼の役に立ちたい。彼の負担になりたくない。


 だからこそ、強くなりたいと願うのだ。


「おじさん、ありがとうございます。でももう大丈夫です」

「はい。次に最上級妖魔が来た時は、私が相手をします」

「それはあたしもよ、渚。最上級妖魔の一体や二体くらい、仕留めてやるわよ」


 霊力を漲らせ、闘志を露わにする朱音と渚。真夜も朝陽もそんな二人に苦笑しつつ、頼もしく思う。


「わかった。頼りにさせて貰うよ」

「じゃあ俺はしばらく楽をさせて貰うぞ」

「ええ、任せなさい」

「期待していてください」


 そして真夜達はそのまま、黒龍神がいるであろう場所へと急ぐのだった。

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