第二話 思い


「……理由を聞いてもええか?」


 理人は絞り出すような声で真夜に訪ねる。


「理由なんて山ほどあるだろうが。相手は覇級クラスの化け物妖魔。さらにそいつは氷室が管轄している。そこへ殴り込みでもかけに行くつもりか?」

「……それは」

「封印されている、と言うか、そいつがいる場所はどこだ? 氷室の所有地だろ?」

「……氷室家が神域としている場所や。京都と奈良の県境にある」


 理人は正直に真夜に情報を提供する。その言葉を聞き、真夜は考え込んだ。


「なるほどね。とすれば、完全に氷室のお膝元。個人が事を構えるには難しいか」

「俺なら案内できる。氷室に見つからんようにな」

「いや、お前と行動を共にしたら、俺の立場が悪くなるだろうが」


 六道幻那がどれほどの悪党かは知らないが、その仲間であった理人と一緒に行動を取れば、あらぬ疑いをもたれることになりかねない。


「ついでに言えば、相手は犯罪者とは言え、お前も間接的に同じことをしたんだろうが。せめてそういうことは、そういった悪事に手を染める前に言えよ」

「っぅ!」


 正論であるがゆえに、理人は何も言えない。真夜はどこまでも醒めた目で理人を見下ろしながら、冷たく言い放つ。


「あとそれをして、俺にどんなメリットがある? デメリットしかないだろ。報酬も期待できなければ、俺が得することが何一つ無い。下手をすれば、俺が氷室に睨まれ、逆恨みされる可能性もある。それに取引なんてしてみろ。後々どうなるか分かったもんじゃない」


 さらに言えば、真夜達と敵対した一味であり、下手をすれば朱音や渚も非道な目に遭っていたかもしれない。


「それにお前らはこの二人を危険にさらした。もしお前が俺の立場だったら、そんな奴の頼みを聞くか?」


 そんな相手の言葉に乗るつもりは無いとはっきりと明言する。


「それは! あんたの言うこともよう分かる! 俺が全部悪かった! 罪も償う! 報酬もなんとか用意する! 俺の命も含めて、あんたに俺のすべてを渡す! あんたに絶対服従する! せやから!」

「そんなものいるかよ。悪いがどれだけ積まれても、お前の依頼は受けない」

「くっ、くぅっっっ!」


 言い返そうとするが、もはや真夜の意思をねじ曲げることはできないと考えたのか、悲痛な表情を浮かべる。


 理人も真夜の秘密を暴露するなどと、脅迫めいたことを言うことも考えたが、それで動じる相手では無いと思い直す。それを口にすれば最後、もはや用済みとばかりに口封じにかかるだろう未来がありありと浮かぶ。


「京極、こいつの処遇は?」

「問題ありません。京極の依頼は警察から入っています。警察に連絡すれば、すぐにでも対処してくれるでしょう。私達が何かをする必要もありません。あとは法や専門機関がなんとかしてくれます。あと六道幻那に関しても、ある程度こちらでごまかします。仲間割れをしていたとでもすれば良いでしょう」


 渚は即座に嘘を交えて警察や京極に報告すると言った。真夜は渚の頭の回転の速さや、機転の鋭さに感心する。さらに京極として、それなりに顔も利くのだろう。これは真夜も朱音も持ち得ないものだ。


「それと朱音さん達の名前も出してもよろしいでしょうか?」

「私達の?」

「はい。流石にこの案件を私一人の手で解決したというのは、少々無理があります。仲間割れをしていたという体にしても、朱音さん達が一緒にいたとすればより説得力があります」

「そうね。京極だけじゃなく、火野の力も使えばスムーズにいくわね」

「はい。それに六道幻那達の遺体は、すでに燃やしています。朱音さんが戦闘で不意をついて、とでもしておけば、状況的に無理が無いでしょう。それと彼はあくまでサポートで、私達が主体だということにしておけば……構いませんか?」


 渚は真夜に躊躇いがちに聞いてくる。彼女は真夜の力を隠すために、また当人の希望で平穏な生活を送りたいという願いの下に、一番良い案を考えていた。


 それが仲間割れのところに渚と朱音が強襲し、六道幻那を討伐。他のメンバーも倒し、理人を拘束したというシナリオだ。これに真夜が加わっても、なんら問題は無い。彼はサポートとして戦ったことにしておけばいい。


「ああ、俺もそれで構わないぞ。警察に八城が何か言ったところで、それならどちらの話を信じるかってことになるからな」


 あくまで犯罪者である理人の証言と、京極と火野の二人の名前での証言ではどちらを大多数は信じるか。


 また真夜のことを話しても、その正体が分かれば、ほとんどの人間は理人の話を一笑するだろう。 警察や他の退魔師達は渚や朱音の話を信じるだろう。


「くそっ! どうあっても無理なんか!?」

「そもそも、俺とあの堕天使とで、確実にその黒龍神を倒せる保証も無い」


 理人の言葉を真夜はあっさりと切り捨てるかのように言い放った。


「俺が強いとは言っても戦いに絶対は無い。強者ってのは強い奴のことじゃない。生き残った奴が強者なんだよ。今回は俺が生き残ったが、次もそうなるとは限らない」


 それは異世界での経験からの言葉でもある。かつて強者と言われた魔王や魔王軍の配下達。人類側でも強者と呼ばれる者が多数いた。


 だがそんな彼らも次々に死んでいった。最強と言われた魔王でさえ、勇者パーティー達の前に敗北したのだ。


「俺がお前の頼みを聞いてやる義理も義務も無いってのはわかってるだろう。絶対に倒せる保証も無い相手をリスクとデメリットしかない状況で引き受ける奴はいないだろう」


 突き放すように言い去る真夜に、理人は愕然とし絶望し、涙を流した。


「うっ、くぅっ……」


 溜まっていた感情が発露したのだろう。その姿に朱音と渚は痛ましい思いを胸中に抱いた。


 真夜が悪いわけではないし、理人の頼みを聞いてやる必要はない。それでもどこかなんとかしてやりたい気持ちも二人には混在していた。


(……自暴自棄になられて、こっちのことを言いふらされても困るが、ある程度心を折って、こっちへの反骨心を潰しておけば、下手なことはしないだろう)


 理人の姿に何も思わないわけではない真夜であるが、それでも安易に彼と口約束をしては、後々面倒なことになりかねない。下手に希望を持たせても困るし、真夜に期待をされても困るのだ。


「後のことは警察とかに任せる」

「……わかりました。今から知り合いに連絡します。申し訳ありませんが、お二方もここに残ってください」

「あたしは大丈夫だけど……」


 朱音は真夜の方をちらりと見る。彼の疲労具合が気になるのだ。


「俺も大丈夫だ。これはこれで、ある程度の偽装にも使えるだろ?」


 警察の聴取の際は、落ちこぼれで無能と呼ばれた真夜が一人、疲労困憊していても、彼が弱いからだと考えるだろう。


「そうですね。上手く利用させてもらいます。幸い、これから呼ぶ方は私の知り合いですので、ある程度はスムーズに事を運べると思います。ですが、申し訳ありませんが、お二人は私の話に合わせてください」

「わかったわ。上手くやってよね」

「俺もそれで構わない」

「では連絡させてもらいます」


 ◆◆◆


 渚が連絡してからそう時を置かずに、警察がやってきた。渚は手慣れたもので、警察に事情を説明し、拘束していた理人を早々に移送していった。


 真夜と朱音も事情聴取で、時間がかかるかとも思われたが、渚が二人はかなり消耗しているので、後日にできないかと提案してくれた。最低限の話は渚がしておいてくれるとのことだ。


「これくらいはさせてください」


 とは彼女の言葉である。真夜も朱音も渚一人に任せるのはと思わなくもないが、下手に喋ってボロが出ても困るし、明日もう一度二人の下に来るということで、この場はお開きになった。


 二人は警察車両に乗せられ、そのまま自宅に送られることになった。


「……まさかパトカーに乗って帰ってくるとは思わなかったぞ」

「……そうね。これって貴重な体験と言うべきなのかしら? それとも誰かに見られて大事にならないか心配するべきなのかしら?」


 疲れており、タクシー代もできれば節約したい二人であったから助かったと言えば助かったのだが、色々と複雑な気持ちになる。


 部屋の前まで来ると、朱音は真夜に何か言いたそうな顔をしている。


「どうした? ああ、俺がどうしてこんなに強くなったのを聞きたかったんだな」

「……それは当然あるんだけど、今はいいわ」


 朱音は真夜の問いかけに対して、そう答えた。


「気になるのは気になるけど、真夜も疲れてるのに、これ以上無理はさせられない。渚もそれが分かってたから、あたし達を先に帰らせたんだろうし」

「……悪いな。気を使わせて」

「良いわよ、それくらい。あたし達は今日、真夜に助けられた。あたしは昼間もだけどね。真夜がいなかったら、昼の一件であたしは死んでたと思う。もしさっきの奴らに捕まってたら、もっと悲惨な目に遭ってたと思う」


 だからと朱音は笑みを浮かべる。


「ありがとう、真夜! 助けてくれて! 守ってくれて! あたしは真夜に凄く感謝してる!」


 朱音は屈託の無い、今の自分に出せる最高の笑顔で真夜に礼を述べる。彼女はゆっくりと真夜の方へと近づくと、そのまま彼の右頬へと自分の唇を押しつけた。柔らかい感触が真夜の頬に伝わる。


「……おい」

「な、なによ。親愛の証でしょ? イギリスじゃ日常的な行為よ! そ、それに今日のお礼よ! よ、喜びなさいよね! このあたしが頬とは言え、き、キスしてあげたんだから!」


 すぐさま離れると、顔を真っ赤にして早口に言う朱音。一瞬、呆然としていたが、真夜はふっと笑みを浮かべた。


「お礼ね。まあありがたく受け取っておくさ」

「う、ううっ……な、何よ何よ! なんであたしばっかりこんな!」


 あたふたとする朱音とどこまでも冷静な真夜。その違いに、自分だけがこんな風に慌てふためくのが癪なのか、涙目になって朱音は自分の部屋の扉に向かい、鍵を開けて扉を勢いよく開いた。


「と、とにかく! 真夜はもうさっさと寝る! いいわね! お休みなさい!」


 バタンと勢いよく扉を閉めると、朱音はそのまま出てこなくなった。


 その様子に思わず真夜は苦笑した。


「ったく。似合わないことするからだろうが」


 そう言いつつ、まんざらでもなさそうに呟く真夜。今頃、部屋の中で自分の行動に悶えているだろう朱音の姿を想像し、せめて音が聞こえないように結界を張っておこうと考える。


「……俺もさっさと寝るか」


 二人の行為を無下にしないためにも、今は少しでも早く休息し体調を整えようと考える。


 明日にはまた渚も来るのだ。無様な姿はこれ以上さらせない。もちろん朱音にもだ。


「それに、しないといけないこともできたからな」


 誰にも聞こえない小さな声で、真夜はそう呟くのだった。



 ◆◆◆


「ううっ! うわあぁぁっ! ああぁぁぁっっっ! ああっ、もう! なんであんなことしたのよ、あたし!」


 自室のベッドの上で、枕を被って悶々としているの朱音だった。


 先ほどはどうにも感情が高ぶり、思わずあんなことをしてしまった。今思い返しても、気恥ずかしい。顔がどこまでも紅潮し、茹でたこのようである。


「それに真夜も真夜よ。全然動揺してないし! これじゃあ、あたしだけ気にしてるみたいじゃない!」


 もう一つ挙げるなら、それは自分だけがこんな思いをしているのに、真夜が全く何の変化も無かったことだろう。


 顔を赤らめもせず、呆然とするのでもなく、どこまでも平常心のような真夜の態度に朱音は理不尽な怒りを感じていた。


「……真夜って、やっぱり渚みたいなタイプが好みなのかな」


 それなりの付き合いがある朱音だが、真夜の女性の好みは今ひとつ分からない。


「身長は高いけど、胸はあんまり無いし……。それに男って、背の高い女って恋愛対象から外しやすいって聞いたことがある」


 逆に男からすれば、渚のように小柄で、胸がそこそこ大きく、可愛らしい容姿の方が好ましいのではないかと考える。


「……渚って、同性のあたしから見ても可愛いし、顔も整ってたわよね。それに退魔師としての腕も悪くないし、あたしよりも色々と知ってるし、手際も良いし……」


 比べれば比べるほど、自分が勝っているところがあまり無いことに気づく。


 退魔師としての強さならまだ自分の方が上だと自信があるが、それ以外では勝っている要素が見つけられない。身長は勝っているが、それは果たして優越感に浸れる項目なのであろうか。


 家柄も良く、金払いも良い。コネもあり、頭の回転も速い。


 ライバル宣言したは良いが、完全に負けている気がしてならない。


「ううっ……。こんな気持ちになるなら、あんなことしなきゃ良かった」


 結局、朱音は一睡もできないまま、次の日を迎えることになるのだった。


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