第十五話 反動


 幻那の命を刈り取り、その亡骸を一瞥する真夜。


 死闘にこそならなかったものの、苦戦を強いられる相手には違いなかった。


 気を抜けば、こちらがやられていたであろう一幕は何度かあった。自分が弱体化していることを差し引いても容易ならざる相手であったのは間違いない。


 最後の最後まで気を抜けなかった。冥土の土産に名前を聞かれたが無視をした。名前を教えるだけでも、何かしらの術を行使してくる可能性があったからだ。


(自分から名前を教えて、それがトリガーになって発動する術もあるからな)


 名前というのは、知られるだけでリスクになる場合がある。かつて、陰陽術が隆盛を極めていた時代は、ただ人づてや別の方法で名前(真名)を知られただけでも、呪いや術をかけられる場合があった。


 現在ならば、ただ名前を知られただけでは、そこまで強力な呪いなどをかけるような術は失伝しており、返す術もあるのだが、自分から名前を相手に告げるのは一層の危険が伴う。


 特にあれだけの力を持った妖術師が相手では、どんな些細なことから、術式を発動させるか分からない。


「悪いな。敵じゃなかったら、嫌いな相手じゃなかったと思うぞ」


 憎しみは無い。だからこそ、自らが殺した相手の冥福を祈る。名前も知らない敵ではあった相手だが、それくらいはする。


 ルフにより、その身体は焼き尽くすが、その魂までは貶めるつもりは無い。怨念として現世に残られても困るが、さりとて消滅させるのも気が引ける。


 だから銀牙の魂も幻那の魂も、真夜は霊符を用いて成仏させ冥府へと送る。この場に残して、魂だけで暗躍されても困る。冥府に送りさえすれば、もう何もできない。天国か地獄に行き、あの世で輪廻転生の輪に入るだけだ。


 狂司の場合は、ルフにより魂までも分解されたが、あれは自業自得の部分がある。あの発言を聞いていれば、同情の余地のある相手とは思えない。


「これで敵は全部倒したな。あとは……」


 真夜は最後の一人、理人の方へと向かう。彼はまだ、息があった。気を失っているが、ルフは彼を生かしていた。いや、真夜がルフに頼み、生かしておいてもらった。


「真夜!」

「星守君!」


 すべてが終わったのを確認した朱音達が、真夜の下へと駆け寄ってきた。


「二人とも無事か?」

「それはこっちの台詞よ!? 大丈夫なの!? 異界に転移させられたってあいつらは言ってたけど!? それにあの凄い天使は何!? それと本当に怪我とかしてないの!? 痛い所とか無い!?」


 朱音が早口でまくし立てるように真夜に問いかける。彼を本気で心配しており、頭を上下させ、まじまじと全身をくまなく観察し、ぺたぺたと真夜の身体を触っている。


「火野さん、そんなに詰め寄っては星守君も困ってしまいます。ですが、本当に無事で良かったです」


 そんな朱音を渚が窘めたが、彼女も真夜の身を案じていた。


「そんなに心配するなって。どこも怪我はしてないぞ」


 消耗こそ激しいが、一切の怪我を負っていない。


「二人は怪我とかしてないか? してたら治癒術をかけてやるから」


「あたしは大丈夫よ。あたし達の心配をしてくれるのは嬉しいけど、真夜の方が大変だったじゃない。あんな凄いのを相手にしたのに。けど余裕で勝ってるし」


「私も問題ありません。星守君の霊符のおかげで、影響もありませんでしたし。それにしても星守君は凄いですね。あの四人を相手に完勝とは。あの首魁は明らかに超級クラスの力があったはずです」


「まあな。それに俺も余裕があったかと言われれば、そうでも無かったぞ。少なくともあの匿名希望は気を抜けばこっちがやられてた」


 真夜の言葉に二人はそれでもあきれ顔である。超級クラスの相手に無傷で勝利しておいて、何を言うんだという顔だ。普通、六家の最高クラスの術者達でも、超級クラスと一対一で戦えば死闘どころの話ではない。


 さらに特級クラスの妖魔が二体と一流の退魔師クラスの術者が一人。


 妖魔一体と退魔師は堕天使が倒したが、実質真夜は超級と特級の妖魔を一人で倒したことになる。これは快挙どころの話ではない。


「はぁ、それにしても本当になんなのよ。昼間っから驚きっぱなしなんだけど」

「そうですね。どうして星守君がここまで凄い力を持っているのか。それなのに、どうして落ちこぼれや、無能などと呼ばれなければいけないのか本当に疑問です。いえ、なぜこれほどの力があるのなら、それを隠していたということなのですか?」

「正確には少し違うな。隠していたわけじゃない。ただ俺が強くなっただけだ」


 そう。彼が落ちこぼれであり、無能であり、欠陥品であるというのは間違いではない。ただそれを覆すほどに強くなっただけの話だ。


「でもいつからよ? そんな兆候も素振りも見せなかったじゃない」


 朱音が疑問を口にする。お隣同士でほぼ毎日顔を合わせている真夜の変化の兆候など、朱音は気がつかないのはおかしいと感じたからだ。


「まあそれは後で話をしてやる。それよりも先にあいつの件だ」


 真夜の視線の先には地面に倒れる理人の姿がある。


「あいつ、生きてるの?」

「ああ、生かしてある」

「何故ですか? 情けをかけた、ということですか?」

「それも無くは無いが、あいつを生かしたのは、情報が欲しかったからだよ。首魁もその取り巻きも倒したとは言え、俺達はあいつらのことを何一つ知らない。何故俺達が襲われたのか、あいつらは何者だったのか、その目的はなんだったのか、あいつの言っていた大事ってのはなんだったのかとかな」


 真夜が理人を生かしたのは、彼が人間であったことと、他の三人よりも与しやすいと判断したからだ。


 狂司との会話で、理人の立ち位置が仲間というよりも、少し違うものであると感じたからだ。


 脅されている、とはまた違うだろうが、何かしらの理由があって行動を共にしていた可能性が高い。


 その理由を聞き、こちらが解決してやればこちら側に引き込める可能性が高かったからだ。


 首魁の匿名希望は論外。銀牙も忠義を誓っており、どのような手段を用いても、こちらに与しないだろう。狂司? あんな奴は即座に処理するに限る。話をするのも面倒だ。


「消去法であいつを残した。どこまで情報が得られるのか分からないが、何も分からないよりはマシだろ? それに人間なら、妖魔よりもやりようはある。無理なら、しかるべき所に突き出すだけだ」


 妖魔ならば殲滅。人間ならば警察機構やら、退魔師関連の機関に預ければ良い。


「なるほどね。でもいいの? それだと真夜のことが公になるわよ」


「その時はその時だ。けどまあ言っても信じないと思うし、その前に口裏を合わせるさ。それに、あいつは何か明確な目的があるみたいだからな。それを解決してやれば、少しはこっちに靡くだろ。無理なら力尽くで従わせるだけだ」

「力押しですね。ですが、確かに星守君の考えは理に適っています」

「そうね。でも勘だけど、あたしはあいつ、割と義理人情とかに厚いと思うわ。なんとなくだけど」

「朱音の勘は結構当たるからな。さてと……その前にまずは」


 真夜はルフの方に視線を向ける。彼女のおかげで、現世に帰還できたし、彼らを倒すことができた。


「ありがとうな。また、頼む」


 流石にルフをこの場に顕現させておくのが難しくなってきた。残りの霊力の問題もあるが、真夜の肉体が悲鳴を上げ始めた。


 まだ出来上がっていない成長期の身体には、彼女との同調は負担が大きすぎた。これ以上は、身体が持たないのだ。だからこそ、彼女を元の場所へと還さなければならない。


 真夜はルフに感謝の言葉を述べると、彼女も口元を微かに緩めた。


 するとその姿がゆっくりと薄れ、そのまま彼女の姿は蜃気楼のように消えていく。


「あっ! 待って! あたしからもお礼を言わせて! ありがとう! 貴方のおかげで助かったわ!」

「はい。守っていただき、ありがとうございました」


 朱音も渚もルフに礼を述べる。二人の言葉にルフは少しだけ驚いた表情を浮かべるが、すぐに優しげな微笑を浮かべ、手をひらひらと振る。まるでまたねと言っているようにも二人には見えた。


 数秒も経たないうちに、ルフの姿はこの場から消え去った。


「っと……」


 ふらりと真夜の身体がふらついた。


「真夜!?」


 倒れそうになった真夜の身体を、朱音が咄嗟に支えた。


「ちょっ、どうしたの!?」

「まさかやはりどこか怪我を!?」


 真夜の姿に慌てふためく二人に、真夜は苦笑した。


「悪い。どうやら思った以上に身体が限界みたいだ」


 全力の霊力の解放は、身体への負担が必要以上に大きかったらしい。さらにルフの召喚と強敵との戦いで思った以上に、心身共に疲労を蓄積していたようだ。


 全盛期、と言っても四年後の十九歳の肉体ならば、問題なく行使できたはずだ。いや、ルフとの同時展開の全力の霊力使用は、ほとんどしたことがなかった。


 その反動が、一気に襲ってきたようだ。


(こりゃ、明日はやばいな)


 疲労感で眠気までしてきた。瞼が開けてられなくなってくる。


「……真夜。あとはあたし達がやるから任せて」

「はい。これくらいは任せてください。彼の処遇も、決して悪いようにはしません。もちろん、あなたのことも。信用してください。貴方から受けた恩の数々、少しは返させてください」


 朱音も渚も真夜の身体が限界であることを察した。だからこれ以上、彼に負担をかけまいと言い出したのだ。


(………ああ、情けないが、もう限界だ。くそっ、二人に頼るのは気が引けるが……)


 それでも意地がある。


「じゃあそこのベンチに頼む。少しだけ寝させてもらうから」


 だからこそ、妥協する。この場を離れて、完全に任せることを良しとはしない。


 少しでも眠れば、多少は解決する。十分、いや、五分でいい。


「五分、くれ……。それでいいから」

「もう。信用無いわね、あたし達」


 唇を尖らせて、不満を口にする朱音。渚も心持ち、不満そうだ。表情に出ている。二人の様子に、真夜はばつが悪そうな顔をする。


「悪い、二人を信用していないわけじゃない。ただの俺の下らない意地だ」


 そう、くだらない意地である。男として、精神年齢的な年上として、異世界を戦い抜いた守護者として、成長し、強くなった星守真夜としての意地だ。


「……わかったわよ。今はそれで納得してあげるから。でもね、覚えておいて。いつか必ず、真夜が頼ってくれるようになるから」


 朱音は思う。助けられてばかりの自分に、彼に対して文句を言う資格は無い。彼が意地を張らなければならないほどに、自分はまだまだ弱く頼りないのだ。


「私もです。……ほとんど接点の無い私に星守君が信用ができないのはわかります。ですが、いつか必ず貴方の信用と信頼を勝ち取りますから」


 渚も思う。彼からしてみれば昨日今日の短い時間での付き合いしかない相手を、どうやって信用できようか。


 さらに退魔師としての実力も、彼に比べれば足下にも及ばない。


 一緒に過ごした時間でも、朱音にも遠く及ばないのだ。


 だからこそ、今は不満があっても、それは受け入れなければならない。怒りの矛先は彼ではなく、自分に向けるべきだ。


「ああ、その時は頼む」


 二人の言葉を聞き、真夜も笑みを浮かべて返事をする。ともかく、今は回復を優先する。五分と言ったからには、それである程度回復させなければならない。


 真夜はそう思いながら、二人にこの場を任せると意識を手放すのだった。

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