帰ってこない……




 ソフィさんの家に隠れさせてもらってから多分、一週間が経った。

 時間はソフィさんが教えてくれるだけで窓もないし、自分で知ることはなくて訓練終わりに帰ってくるときを一日として数えた。


「あ!おかえりなさい!」


「ただいま~ユート」


 いつものように疲れた体で帰ってきたソフィさんにおかえりなさいと言って軽く回復魔法をかけた。


「……ふぅ、ありがと」


 あとで、しっかりかけるから今はこれだけにしておく。

 次に出した言葉が一瞬敬語になりそうになったけど、『敬語はやめて』と初めに言われたのを思い出して言い直した。


「…そういえば、今日は遅かったけど何かあったの?」


 僕の前で着替え始めたソフィさんに少し気になっていたことを聞いてみる。

 僕の予想ではエリーが帰ってきたんじゃないかと疑っている。


「ん?訓練だよ~」


「…そっか、エリーまだ帰ってきてないんだ」


 僕がこぼすようにして言ったそれに反応するように着替え終わったソフィさんが僕の方に急に詰め寄ってきた。


「え……どうしたの?」


「……団長はまだ帰ってきてないよ」


 すぐに離れてくれたけど、一瞬見せた光のない目を僕は忘れることができなかった。


「ねえ、ちょっといい?」


「!…何?」


 びくりとしちゃったけど、平静を装って質問を返す。


「もし、さ。団長が帰ってきたらユートはどうするの?」


「え?ソフィリアに匿ってもらうのも申し訳ないし、自分の家に帰る……かな」


「私が全然邪魔じゃなかったとしても?」


「うん、僕の家はやっぱりあの家だから」


「……もういいや」


 瞬間、僕の体がベッドに押し倒された。

 あの日レティさんにされた時のことを思い出して体にしみこんだ恐怖が僕を支配して、硬直したまま意思とは関係なく震えが止まらない。


「ふふ、震えてるね。レティのことでも思い出したの?」


「……もう私だけを思ってほしいのに」


 表情がさっきから変わらないし、腕は固定されていて身動きが取れない。

 ソフィさんの甘い香りが近くに広がる。


「ね、ねえ何を言ってるの?」


「できれば、一回座って話さない?」


「……」


 僕に『黙れ』と意思を強制させるように僕の口が強制的にふさがれる。


「惚れ薬を使っても、私しか見れないようにしてもずっと君の中にいるのは団長だけ。そういえば前に団長が惚れ薬、持ってたけど効果がないのはそれのせいかな?」


「……」


「一つだけ、聞くね?」


「君が愛してるのは、誰?」


 僕はエリーを愛してることは間違いない。それにソフィさんのことも好きなのも間違ってない。優しくて、温かかったソフィさんは。


「僕、ソフィリアのことは好きだよ?でも……」


「あああああああああああああああああああああああああ」


「言わないで!私は君が好きなのに!レティにも頼んで君を私しか見れないようにしたのに!なんで、なんで私だけを愛してくれないの!?」


「君はもう私の!」


 子供のように泣きながら僕に覆いかぶさって黒い愛をずっと叫び続けている。

 そしたら突然、ソフィさんは腫れた目元のまま乾いたように笑った。


「はは……そうだ、団長が死んだら君は私を好きになってくれるよね?」


 よくわからないけど、この言葉には何とは言えない本気が混じっていた。

 もうエリーに会えなくても、それでもエリーには生きててほしい。

 僕の選択は一つに定まった。


「ソフィリア」


「なぁに?ユート」


 ソフィさんはその乾いた笑顔を変えることはない。


「これから僕はソフィリアのことしか見ないし、エリーにも会わない」


「それで?最後まで言ってほしいな?」


「僕は『君』と一生一緒にいたいです」


「ふふ、団長がちらつくのは気に入らないけどよろしくね?」



「その首輪、私のになったね」



「一生、君といる。だからエリーを殺さないで」


「団長のためってのは気に入らないけど……」


「よろしくね?」


 光のない瞳は僕のことをじっと映していた。

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