第3話 愛せば振ってくれますか?

「ごめん、ワイシャツに……」

「ううん、別に大丈夫です」


 慌てて俺はポケットからテッシュを取り出して、黒宮さんのワイシャツにかかった白い体液を拭いた。


 ヤってしまった。

 夢じゃないよな?

 放課後の屋上というシチュエーションで、あの学年一の美少女である、黒宮静香とヤってしまった。

 それも生で。


「どう、気持ちよかったですか?」


 服を着て、安全柵に寄りかかり外の様子を見ながらそう言う黒宮さん。


 結論から言うと、緊張で気持ち良いという感情は出てこなかった。

 ただ、下腹部が興奮していただけだ。


「……緊張でそれどころじゃなかったです」


 すると、ぷっ、と吹き出して笑いだす黒宮さん。


「何それ、面白いですね」


 なんだかわからないけど、先ほどまでの絶望な表情からそんな笑顔になってくれてよかった。


「私は痛かったです」

「その、ごめんなさい」

「ううん、でも、なんだか心が満たされたので大丈夫ですよ。むしろ、もっとシたいくらいです」


 黒宮さんのその言葉に俺は唾をゴクリと呑み込んだ。


 やっべ、なんかエロすぎだろ。


「さてと、私はこれからどうすればいいんでしょうかね……」


 そう言いながら、空を見上げた。


「二人が浮気してるからって理由は言いたくない……なら、やっぱり向こうから振ってもらうのを待つ感じしかないんですかね」


 えへへ、と笑う黒宮さん。


 でも、それが作り笑いだということは一瞬にしてわかった。

 

「あ〜あ、どうすれば向こうから振ってくれますかね?」

「……」


 そんなこと言われたって、俺には思いつかない。

 そもそも、俺には恋愛経験がないもので。


「そうだ」

「?」


 黒宮さんは俺の目を見て、ニヤリと微笑んだ。


「簡単なことですね、あなたを愛せばいいんです」

「え?」

「そういえば名前はなんて言うんですか? 私は黒宮静香です」


 そういえばまだ、名前を教えていなかったな。


「櫻井隼人です」

「隼人くんを愛して愛して愛しまくっていれば、いずれ向こうはもう私が自分のことを好きでもない、ということに気づいて桜と、あ、親友の名前です。桜ともっと深い関係になってくれると思います。そうすれば、自然消滅していくと。だから、私はたくさん隼人くんを愛しますね……」


 黒宮さんは天使のような微笑みをした。


「それが、私を生かした責任です♡」


 ゾクゾクと全身に恐怖が走りわたる。


 けれど、学年一可愛い女の子から愛されまくる。

 これ以上ない幸せだ。


 そう思うとニヤけてしまった。


「だから、隼人くんも私を愛してくださいね」

「お、おう……」



「ただいま〜」


 と、玄関を開けると一足のローファーが綺麗に置かれていた。


 誰のローファーか、簡単だ。

 すぐに誰のかわかってしまった。


 リビングの扉を開けて、中に入ると。


「おかえり、隼人」


 ソファに寝転がっている、隣に住む生まれた時からの家族ぐるみの幼馴染、花園秋葉がいた。


「洋子さん、今日遅くなるからってご飯作るの任されちゃった」


 洋子さんとは俺の母親である。

 父親は海外にいるためいなく、今は二人暮らし中だ。

 秋葉の両親も忙しいらしくほぼ家にいない。

 そのため、いつも夕食は俺と母親と秋葉の三人で食べることが多いわけだが、今日は二人のようだ。


「まずいのだけは作らないでくれよ」

「私を誰だと思ってるの……」


 と、秋葉は身体を起こして俺を見た。


「え、なんかニヤニヤしてない?」


 俺は慌てて後ろを振り向いた。


 まだニヤニヤが止まっていないらしい。


「怪しい……何かあったな」

「いや、何にも……」


 逆にニヤニヤしない方が無理だ。

 あんなことがあったんだぞ?

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