蕾の白薔薇(3)

「あ、神様!どうしたんですか、わざわざ私の方まで来るなんて。言ってくれれば、私の方から神様の方に行ったのに!」


人間用の一角に足を運ぶと、少女がぱたぱたと駆け寄ってくる。今まで寝所の方にいたのだろうか、見事な金髪は少しだけ乱れて、顔もどこか眠たそうだ。


【いや、そういえば告げ忘れていてね。今日のような満月の日には、決して寝所から出ないでくれ。日が沈んでからはこの部屋にいること。間違っても僕のいる方に来たり、外に出たりしてはいけない。】


「わかりました!だけど、気になりますね。神様が満月の夜に何を隠しているのか。いつか教える気になったら、教えてくださいね!…けほ。」


無邪気に笑い、承諾した少女。しかし会話の途中に不自然な咳が漏れた。喉から搾りだされたようなその音は、無理矢理に咳を抑え込んでいたようにも聞こえた。


まあ、疲れているのだろう。姿を隠すにも都合がいいし、今日はさっさと休んでもらうことにした。


【ここに来たことで疲れているようだ。今日はもう休んでくれ。】


「う、はーい。神様ともっとお話したかったのに……」


【それはまた明日だ。もう今日はお休み。】


「は、い。……かはっ、げほ、こほっ!」


【ど、どうしたんだ!?】


先ほどまでふつうに笑い、話していたはずの少女は突如として苦しみ始めた。まるで抑えていた咳が出たことでせき止めていたものがあふれてしまったように。ひゅーひゅーと嫌な呼吸音が彼女の喉で鳴る。立っていることすらできず、胸を押さえて座り込んでしまった彼女を前に、僕はただ慌てるばかりだった。


「けほっ……すみません、突然こんな姿をさらしてしまって。」


【謝ることはない。もう落ち着いたか?そんなに体調が思わしくないとは…】


数十分後。僕の神の力によって一時的に治療を施された彼女は、咳込んだことで出た涙をぬぐいながら、こんなことを言った。ぽつり、ぽつりと零されていく話を、僕は静かに聞いた。




私、もう長くないんです。お医者様には、十歳にもなれないだろうと言われていました。それでも十歳を超えた年になって、それからもう六年生きています。いまだに生きているだけでなく、寝たきりにもなっていないんです。そのことにお医者様は腰を抜かしていました。


ふふ、そうです。私、しぶといんです。簡単に病気になんてやられるものですか。このまま二十歳まで生きてやりますよ。


あ、そうでした。言いたいのはそうじゃなくて。私がどうしてここに来たかってことを言いたかったんです。


私、本当は生贄じゃありませんでした。私の村は毎年、神事の時に公正な籤を引いて生贄を決めるんです。そして当たりの籤を引いた人を生贄にしていました。


今年の生贄は、私の親友のはずでした。


その親友は、私の大切な友達です。こんな病弱な私にも寄り添ってくれて、すぐに発作を起こして苦しむ私を蔑むことなんてしない、優しい子。顔立ちだって綺麗なんですよ。神様にもみてほしかったなあ。


それで、その親友は婚姻をひかえていたんです。もうすぐ来る爽やかな初夏の緑の中で、式を挙げるはずでした。親同士が決めた婚姻でしたけど、お互い一目ぼれだったみたいで。すごく幸せそうに逢引きに出かけて行っていたのを思い出します。


私は、なんで、親友が生贄なのか、理解なんてできませんでした。


幸せになれるはずだったのに。もうすぐ、手を伸ばすまでもないほど近くに幸せな未来はあったのに。それを掴む直前で、運命は気まぐれに親友を地獄に突き落としました。


我慢なんてできませんでした。


私は親友に、籤の取り換えを提案しました。私の籤と、あなたの籤を交換しようって。当たりくじを持っている人が生贄だから、交換したってわからないと。


親友はそれを拒みました。自分が生贄に選ばれてしまったのだから仕方ないと、あきらめようとしていました。身代わりになろうなんて言わないで、と泣いていました。


私、最低なんです。その場では、残念そうに、わかったって、頷きました。儚く笑いながら自分が生贄だと申告にいく親友と肩を並べて歩きました。


そして、親友が生贄だと言おうとしたその時。


親友が持っていた籤と私が持っていた籤をパッと取り換えて、何食わぬ顔で自分が生贄だって、言いました。


親友は、私を振り向きました。泣いていました。どうして、身代わりになんてならなくていいって言ったじゃない、と。私はそんな親友を無視して続けました。私が生贄になってしまうと聞いて、優しい親友は心を痛めているのだと。もう長くない私を心配しているだけです、と。


そのあと、籤を配った宮司は静かに、私が生贄だと村に通達しました。


親友は泣き叫んでいましたね。どうして、やめて、なんであなたなの、と。そんな親友は婚約者に抱きしめられて、家に帰っていきました。きっと私、詐欺師の才能があったんでしょうね。そんな親友を見て、彼女はきっと幸せになってくれると思いました。私、村を出る前に置手紙を親友あてに残してきたんです。


私が代わりになったんだから、想い人と幸せになってくれなきゃ祟るからねって。


きっとあの手紙を読んで、親友はまた泣くのでしょうね。私、親友泣かせの悪い子です。でも、いまでもあの選択を後悔なんてしてません。


もういつ死ぬかわからない私の命一つで、いつも私に寄り添ってくれた親友が幸せになれるなら。それは私の命が散る意味になりますから。


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