蕾の白薔薇
クイートを寝かせた後、自身の部屋に帰って知らず知らず止めていた息を吐き出す。その拍子に張り詰めていたものが切れたのか、僕は不覚にも涙をこらえることができなかった。
【君を、愛すると誓おう】
僕のその一言で、可憐な頬を染めたクイートも。僕が口づけた指先を、照れたように撫でていたクイートも。
見るだけで、罪悪感に押しつぶされそうになった。
だって、僕は。
あまりにそっくりなクイートを、あの子の代わりにしているようなものだから。
僕は、クイートを見るたびにあの子を思い出す。久々に少し、あの子とのことを振り返ってみようか。そう思って、自身の部屋で水晶玉に手をかざした。
「カンパニュラ様!こんにちは!」
【………は?】
彼女との出会いの第一声は、これだった。
軽い。神である僕に話しかけているはずだと言うのに。あまりにも軽い。これまでのように、付き添いの偉そうにふんぞり返った人間が、仰々しい言葉を述べることもなかった。というか、少女はたった一人で神殿の入り口に立っていた。
「ねえカンパニュラ様!あたし今日からお世話になりに来ました!カンパニュラ様はどう呼べばいいですか?神様?月の神様?それともカンラとか、どうですか?」
【ちょ、ちょっと待ってくれ!頼むから、いったん黙ってくれ、頼む。】
「はーい!」
僕は頭が痛くなった。こいつは、僕に対して恐れもなければ畏怖もないのか?ほぼほぼ日常会話のように、僕に話しかけて来る人間なんていなかったのに。だいたい、僕は神だぞ?なんで「カンラ」なんて愛称を勧められてるんだ?
取り敢えずものすごく混乱させられたが、女性をいつまでも外に立たせたままというのも気が引けたので。僕は風変わりすぎるあの子をとりあえず神殿に招き入れたのだった。
【こっちが君の住む方で、こっちが僕の部屋。頼むから、神聖な場所にまで無遠慮に入ってくれるなよ?】
「わかりました!それにしても広いです!ここにいるのは楽しそうです!」
【はあ…】
この神殿は森の奥深くにある。どのくらい遠くから来たのかもわからない、元気いっぱいの少女を休ませるため、僕は人間用に用意してある一角に少女を案内した。道中に簡単な紹介をしながら進んでいくと、僕の説明に少女は目を輝かせている。
【じゃあ、取り敢えず今日はここで休んでくれ。僕は僕の部屋に行くから。何かあれば、ドアを開けないで外から呼んでくれ。】
「わかりました!でも、なんでドアを開けちゃダメなんですか?」
【まあ、僕も神とはいえ生活様式は人間と変わらない。覗かれたらいやな時だってあるんだ。そのくらいは配慮してほしいけれど。】
「そういうものなんですね~。わかりました!」
【はあ……】
少しだけ言葉を交わした後。疲れた様子など微塵も見せない少女は、ぽすっと椅子に腰かけて僕を見送った。ご丁寧に元気いっぱいに大きく手を振って。その様子に、僕は今日何度ついたかわからないため息をこぼすのだった。
【つ、疲れた……!】
安心できる自分の部屋に戻り、僕は大きく息を吐き出す。これまでの生贄は、みんな委縮し怯えていて、声をかけるにも気を使った。そのために、生贄、というか人間を相手にするのは疲れると知っていたのだが。
あの少女といると、どうにも調子が狂う。今までの生贄と違いすぎて、どう接すればいいのか、どうにも距離感がつかめない。
【ただ、あの子なら…僕に怯えないかもしれない。】
気疲れしながらも、僕は少女に少し期待していた。微塵も僕を恐れない彼女なら、いつか僕に愛をくれるのではないかと。ずっと寂しかった僕にとって、少女は長い年月待ち続けていたわずかな希望だった。今度こそは…と、期待してしまう。
【でも、今日は。満月なんだよな…】
今日だけは、絶対に少女の前に現れないようにしよう。以前、うっかり化物の姿をさらしてしまった時。当時の生贄の、恐怖と怯えと恐れと懇願が入り乱れた瞳は忘れられなかった。あの表情はもう二度と見たくない。
満月が沈むまで、あと十五時間。
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