ルリアザミにリンドウ(7)
朝がきて、暗かった夜はたちまち明けていく。いつものように朝ごはんを用意しながら、私はふと、自分の手を見つめた。
(そう、昨日は、眠れなくて、それで…)
神様に口づけられたことを思い出して、思わず顔に熱が集まった。きっと今の私は、ゆであがった蟹か海老のように真っ赤になっていることだろう。
思わず口づけられた指先を、もう片方の手でするりと撫でてしまう。そうすると、薄暗がりの中、人から外れた美しい笑みで私の手を取った神様が自然と思い出されて。
「だ、ダメ!今はご飯の用意をしなくちゃ。」
そう呟いて、頬を両手でぱちんと叩き、気合を入れる。
【朝から何がダメなんだ、クイート?もしかして、料理に失敗でもしたのか?ああ、それとも具合でも悪いのか?】
「ひぇ!?」
最近いやに神出鬼没になった神様が、台所の壁に昨日のようにもたれていた。驚きのあまり、ひっくり返ったような変な声が出てしまう。いつの間に、いやそれより聞かれていたのか、というかいつももっと寝坊しているのに、とぐるぐると頭の中で思考がこんがらがっていく。
【どうしたの、クイート。まさか本当に、体調を崩したのか?昨日は夜更かししてしまったし…。熱はないな。ってクイート?!本当にどうしたんだ?】
固まってしまった私に、神様が戯れのように歩み寄る。昨日までは意識なんてしていなかったのに。神様の綺麗な顔を近づけられて私自身の顔をのぞき込まれ、額をこつんとあわされてしまえば、私はもういっぱいいっぱいになってしまう。具体的に言えば、顔から本当に湯気が出そうなほどのぼせ上って足元がおぼつかなくなり、倒れそうになってしまった。
意図せず床に倒れこみそうになった私を、神様がすっと腕を伸ばして抱き留めてくれる。その腕は華奢なのに力強くて、私はますます真っ赤になった。そのまま神様に誘導されて椅子に座り、先ほどのように顔をのぞき込まれる。
【本当に今日はどうしたんだ?もう具合が悪いなら早く寝所に…いや、先刻のように突然倒れてはいけないな。よし、ちょっと僕に摑まってくれ。】
そういうや否や、神様はさっと私を横抱きにして歩き出した。こんなの異国の御伽噺のようで、恥ずかしさに私はじたばたと手足を動かした。
「お、おろしてください!歩けますから、大丈夫ですから!」
【いやいや、どう考えたって先刻倒れそうだっただろう。こんなに顔が紅いなら、熱があるかもしれない。暴れないで、大人しく僕に摑まっていればいい。】
そういわれてしまえば、私にはなすすべもない。結局、神様に横抱きにされたまま寝所まで連れていかれ、そっと布団に下ろされる。そのまま、神様は私の目をそっと覆った。神様の手は少しひんやりしていて、火照った顔には心地いい。
私はほどなく意識を失い、穏やかで無防備な顔をさらす。
【ごめんなさい、クイート。僕は、君を…】
代わりにしているんだ。そう神様が、泣きそうな声で呟いたことを、私は知らない。
朝の柔らかい光に照らされた部屋の中で、「神様」であるその人が流した涙は、月光のように柔らかに光に照らされていた。
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